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「バルデッド様、応接室にご案内します」
「ここで構わんわい」
ウィルが落ち着かない様子で切り出すと、バルデッドはさっさと椅子に座った。
ウィルは困った顔をしたものの、すぐにお茶と菓子を用意する。様子見で誰も座らないのを見て、バルデッドが指示した。
「皆も座りなさい。薬師ギルドのトップをしておるが、別に噛みついたりはせんぞ」
バルデッドが手をひらひらと振る。思ったよりも気安い感じの老人だ。
「えっと、俺は出て行きますね」
上司の会合という雰囲気なので、薬師としては見習いであるし、学生という立場の修太がいていい空気ではない。しかし、バルデッドに呼び止められた。
「よいよい、ここにいなさい。子爵から話は聞いておる。いろいろとな。君も立派に、この試験の関係者だろう」
子爵と聞いて、納得した。アズラエルがすでに根回しを終えていたのだろう。ウィルが試験を受けられるように調整してくれていたようだし、さすがは仕事ができる人だ。
「さすがに、エルフとの貿易を決めてくるとは驚いたが。前任のマスターに目をつけられるだけはあるということかな」
「バルデッド様、その話題はおやめください。彼はまだ後遺症があるので」
病気のことになると、ウィルは厳しい態度も辞さない。バルデッドを軽くにらむので、修太のほうが慌てる。
「大丈夫ですよ、ウィルさん」
「駄目だよ、君の大丈夫はあてにならない」
――どうして他の皆も頷いているんですかね?
修太は苦笑した。
「それに……龍と知り合った経緯も聞きましたが、かなり苦労しているみたいで。きっとエルフとのほうも重い理由がありそうな」
ウィルの言葉に、修太は少し迷って、要点だけ教えることにした。
「ええと、それはパスリルからレステファルテに逃げる途中で、銅の森に迷いこんで」
「ちょっと、まさか白教の迫害から逃げてきたの!?」
ガタッと椅子を鳴らして、ウィルが立ち上がる。アランも腰を浮かせ、エスターは目を丸くして固まった。
バルデッドだけは落ち着いた様子で、あごひげを撫でる。
「銅の森。そういえば、数年前にエルフが集団で移動していたな。何事があったのかと注目しておった」
「ああ、あれですか。ミストレインの王様が急死したので、王位継承問題で揺れていたんですよ。前の王様がある王子を銅の森に追放したんですけど、その王子と家臣が帰還したんですよね」
「やけに詳しいな」
「その王子と親しくしてた魔女に、その王子を連れてこいと頼まれて、そのまま巻き込まれちゃって。王宮でも、内乱に巻き込まれそうになって、うっかり死にかけましたね」
だいたい危険な目にあうと、誰かが助けてくれたので、なんとか生きているが。
「うっかり!」
「なるほど、黒狼族が過保護になるんですものね……」
「だいぶ感覚が麻痺してるみたいだね、ツカーラ君」
ウィル達が頭を抱えているが、いったいどうしたのだろうか。
「おや、ミストレインに入ったことがあるのかね?」
「その一度だけですよ。エルフってのんびりしてるから、旅人という劇薬を放りこんで、早く解決させようという……恐らくあのクソ王子の策略で」
アーヴィンが嫌いという気持ちが単語で出てしまったが、修太は流した。バルデッドは愉快そうに、含みを持たせて呟く。
「クソか」
「花の騎士アーヴィンと呼ばれてます。会いたければ、迷宮都市ビルクモーレにいると思いますよ。まあ、方向音痴なんで、しょっちゅうダンジョンで遭難しかけてますから、簡単には会えないでしょうけど」
だというのに、なぜか修太との遭遇率は高い。そういう運の良さはいらない。
「魔女らしい難問じゃな。方向音痴で、どこにいるか分からない王子を連れてこいとは」
「まあ、案外あっさり見つけたりするんですけどね。別に会いたくもないけど」
「会いたくない相手にほど、会うものだよ。分かるぞ!」
よく分からない話の流れで、バルデッドは修太に共感して、何度も頷いた。
「あれ? なんの話でしたっけ」
「おっと、そうじゃった。わしが相談したいのじゃよ」
ウィルとアランは我に返って座りなおす。三人は頭痛を耐えるような仕草をしながら、バルデッドのほうを見た。なんだかいろいろと言いたいことがありそうだ。
「簡単に聞いただけで充分分かったが、おぬし、若いのに大変な人生を歩んでおるようじゃな。これ以後、詳細は聞かないことを約束しよう」
先に、バルデッドは気遣いをこめて宣言する。
「助かります」
修太はぺこっと会釈した。
厳しそうな老人だが、優しい面もあるようだ。
「うむ。それで、相談なんじゃがな。実は、あの三人の若造どもは、わしの後釜を狙っておるんじゃ」
「えっ、バルデッド様、どこかお悪いのですか?」
ウィルが心配すると、バルデッドは首を振る。
「いいや。じゃが、わしもいい年じゃからのう、そろそろ後進に任せて、引退したほうがいいじゃろうと思っていてな。老いた者がずっと上にいては、組織が成長しない」
「そんなにすぐに引退なさるんですか?」
ショックを隠さず、ウィルが問う。エスターとアランまで悲壮な面持ちになっている。
「あと五年はいるつもりじゃ。その間に、次のトップを鍛えておこうと思ってな。あの連中はこざかしいが、薬師としての腕は本物なのが厄介じゃ。なんであんなに権力志向が強いのか、性格面はどれもマイナスじゃな」
辛口評価をしたものの、バルデッドは話を続ける。
「とはいえ、誰にでも短所はあるものじゃ。組織の腐敗さえしなければ、それでよい。トップとはいえ、王ではない。重要な案件は、必ず会議にかけられるゆえ、あとはその下が目を光らせればいいのじゃ」
独裁は不可能となっているようで、安心した。
「どうせ、こちらが頼まんでも、足を引っ張ってくる輩はいるのでの」
面倒くさそうにぼやくあたり、バルデッドもトップなりの苦労をしているようだ。
「あやつらは、次のトップになるために、王都で重役にいるよりも、大都市のギルドマスターとなって勢力を広げようと考えておるようじゃ」
「鶏口牛後ってことですか」
修太が何げなくぽつりと言うと、バルデッドが問う。
「なんじゃ?」
「どこかで聞いたことわざです。大組織の下っ端でいるより、小さな組織のトップのほうがいいっていう意味です。鶏って、セーセレティーでいうケテケテ鳥です」
「ほう、そんな言葉があるのかい。それもあるかもしれんがのう、薬師はとにかく伝手作りじゃて。同じ場所にいるより、他の地に行けばチャンスがあると考えたんじゃろう。わしは、土地の顔役は、その土地の者から出すべきと考えておるがの」
バルデッドはそう言って、あの三人を叱りつけていた。
「バルデッド様、質問してもよろしゅうございますか」
エスターがおずおずと挙手するので、バルデッドは言うように示す。
「バルデッド様はあの三人から次をお選びになるのですか?」
「まだ決めておらぬが、他にも候補はおるぞ。とりあえず三人ばかり選んで、傍で様子見をして、トップの器があるかを見ようかと思っておるが」
バルデッドは大げさに肩をすくめる。
「薬師の腕だけでなく、根回しと伝手が大事でのう。他人の意見を取り入れられる者かどうか見極めようと考えているよ。どれだけ優れていても、聞く耳持たずでは破綻する」
「ええ、その通りですわ」
「多少、性格が悪くても、仕事ができるなら問題ない。だが、そんな者は周りに嫌われるから、とてもではないが上になんぞ行けぬがのぅ。貴族の家と違って、ギルドは実力主義じゃて」
バルデッドの言うことは、どれも真っ当だ。
「まあ、それはそれとして、あやつらは性格が悪い」
バルデッドが言い切ったため、修太達はなんとも言えない顔になった。
「絶対におぬしの試験を邪魔するじゃろうな。いい機会じゃから、お灸をすえてやろうと思うてな。クリーバリー、おぬしを守るためにも、皆、わしに協力しておくれ」
とりあえず分かったのは、相談が協力要請になったことだ。
さすがは年の功だけあって、巻き込みかたが上手すぎる。修太は静かに面くらっていた。




