3
「レコンさあ、逃げきれないからって、俺まで巻き添えにするなよ」
昼休み。修太はレコンに文句を言った。
研究棟横の空き地で、いつものように敷物を広げて、アジャンと食事していたら、レコンがリューク達を連れてやって来たのだ。
「また、それが弁当なのか?」
呆れているライゼルよりも、修太は彼らの後ろに立っている、どう見ても場違いな貴族令嬢を気にした。光を受けてきらめく赤銅色の髪をポニーテールにし、勝気な赤目をしているのに、凛と立つ姿には上品さがある。
入学式の時、首席として前に出ていた少女だ。ローズマリィ・メルヴィータ。伯爵家の令嬢だと聞いている。問題児の一人だ。
「メルヴィータさんまで、どうしたんだよ」
「食事しながら話しましょう。昼休みがなくなってしまいます」
ローズマリィとセレスは通用口の階段に座ろうとするが、扉が突然開くと怪我をするかもしれないので、修太は止めた。
渋々ながら、旅人の指輪から、追加で敷物を出した。女の子にはクッションもおまけで付けておく。
「あら、ありがとうございます。気がききますわね」
「ありがとうございます、ツカーラ君」
ローズマリィはちょっと澄ました感じに、セレスは感じよく礼を言った。
男は敷物であぐらをかいて、弁当を広げる。さっそく弁当に手をつけながら、リュークが事情を説明する。
「この五人で戦闘学の班を組んだんだよ。昼休みに自己紹介をかねて食事しようと思ったのに、彼が逃げるんで追いかけてきた」
「まじでうぜぇ」
レコンはしかめ面をする。修太も口をへの字にした。
「レコン、それは俺のセリフだよ。巻き込むなよな」
「お前でも巻き込んだほうが気分的にマシだ」
「なんて最低なんだ」
修太は苦々しく返し、とりあえず昼食の制覇にとりかかる。アジャンは興味津々にうかがいながら、修太が分けた夕飯の残り物を頬張る。
彼らが班の方針を話す横で、修太はアジャンと雑談する。
「アジャンは誰と組んだんだ?」
「フィルやソロン達だよ。友達だから気が楽だろ? ま、親しくない人とパーティを組む練習もすべきなんだろうけど、それはおいおいな」
「そうだな。とりあえず言えるのは、もめる時はもめるってことだな。トリトラが毒舌なせいで喧嘩しては、パーティから抜けてるんだ」
「トリトラさんって、黒狼族にしては感じが良いのにな」
「愛想は良いほうだけど、手厳しいぞ」
修太達の会話に、レコンが口を挟む。
「そいつには激甘だがな。トリトラがあんなに親切なのは珍しい」
「弟分扱いされてんだよなあ。癖はあるけど、良い奴だよ。父さんの弟子なんだから、たぶん良い人ばっかりだろ」
「お前、シュレインに会ってもそんなことが言えるのか?」
分かりやすく引いた顔をして、レコンが訊いた。
「その弟子には会ったことがない」
「絶対に近づくな。あいつ、黒狼族内でも問題児なんだ。いつ処分対象になるか分からないんで、仲間も動向を気にしてるんだが、賞金首ハンターをやっていて、上手いこと裏に潜伏してるそうだぜ」
レコンは首を振る。
「ちょっと気にさわったってだけで、仲間でも半殺しにするんだ」
「父さんがお仕置きするのとは、また違う感じなのか?」
「あの人は手加減してるだろ」
「手加減……? 溝に突っ込んだり、畑に穴をあけたりするのが?」
黒狼族の表現はいまいち分からない。本気で首を傾げるが、レコンは頷く。
「骨は折れないし、内臓も無事だろ」
「こわっ。でも、言われてみるとそうだな。トリトラもシークも、ボロボロになってても普通に歩いてたもんな」
過去を振り返り、修太は納得した。レコンは付け足す。
「それから、グレイの弟子でも、シークは良い奴じゃねえからな」
「恨んでるなあ……」
レコンの暗い目つきもおっかない。
そこで、レコンは不可解そうにリューク達を見る。彼らはそろって、ぽかんとしていた。
「レコンって意外としゃべるんだな」
「無口なんだと思ってたわ」
リュークとセレスがつぶやき、ライゼルとローズマリィも首肯する。レコンは当然のように言った。
「必要が無いのに、話さねえよ。そいつらが、厄介な同胞にうかつに近寄りそうだから注意しただけだ」
「トリトラ、厄介扱いされてるのか」
「へえ、レコンって意外と親切なのな」
修太がぽつりとこぼし、アジャンは目を丸くする。
気を取り直し、リュークがレコンに頼み込む。
「なあ、その調子で、旅の話をしてくれよ」
「面倒くせえ……」
うんざりという顔をしたものの、レコンは簡潔に話をする。
「……という流れだな」
「ツカーラ、ボスモンスターと知り合いなのか!」
「さすがに驚きましたわ」
リュークが目を輝かせ、ローズマリィは口を手で押さえる。
「って言ってもなあ。海賊船に捕まってた時に、グレイが助けてくれてさ。その後、官船に保護されたんだけど、モンスターが起こした津波で壊滅した町を救援に行くことになっちまったんだ。その闇堕ちしてたモンスターの親玉だっただけで」
場がしーんと静まり返ったが、修太は予鈴を聞いて慌てて片付け始める。
「あっ、いけねっ。授業に遅れる! ほら、片付けるぞ」
「う、うわー、そんな重い過去をあっさり話された俺達はどうすればいいんだ」
アジャンが愕然と問うので、修太は首を傾げる。
「重いか? あれはすぐに助けられたからましだったぞ。まあでも、俺は人間のほうが苦手だけどな。異種族のほうがよっぽど優しいよ。それより早く片付けろって。うわっ、なんで泣いてるんだ、メルヴィータさん!」
「ぐすっ、だからお顔に傷があって、フードで隠してらっしゃるのね。悲惨な過去を話していただいて申し訳ございませんっ」
「ええっ、なんか重くとらえてる!? そんなに大したことない……こともないのか?」
いろいろとありすぎて麻痺しているが、実は重い過去に入るんだろうか。
とりあえずローズマリィをなだめすかして、なんとか片付けを終えたものの、教室に戻った時にはだいぶ遅刻していた。
「こら、遅いぞ、お前達。って、どうして泣いてるんだ?」
たまたまセヴァンの薬草学だったので、セヴァンが教壇でぎょっとしている。教室もざわめいた。ローズマリィほどではないが、セレスも目をうるうるさせているので、勘ぐった女生徒達から、修太ら男子生徒に鋭い視線が飛ぶ。そのあまりの恐ろしさに、修太は口元を引きつらせた。
「えーと、ほら、龍と知り合った経緯を簡単に教えたら、なんか不憫がられて泣き出してしまって」
事情を知っているセヴァンは、ローズマリィに同情の目を向けた。
「あ、あー、あれな……。いや、なんでツカーラはそんなにあっさりしてるんだ?」
「え? あれはすぐに解決したから、ましなほうで」
「やめろ、それ以上は言わんでいいっ。いいから、席に座れ。あー、皆、ツカーラのことはあまり詮索しないように。若いのに苦労してるからなあ……」
遠い目をして、セヴァンがつぶやいたので、批判的な目が同情に塗りかわった。
「そんなに重いか?」
修太がこそっとアジャンに問うと、アジャンはかわいそうなものを見る目をした。
「お前が海賊に捕まってた時、親父さんのランクはなんだった?」
「紫だよ」
「やっぱりか。紫ランクがわざわざ出向くってことは、凶悪な犯罪者だ。ちょっと考えれば、どれだけやばいか分かるってもんだろ」
ふいに、檻の床にこびりついていた黒い痕を思い出した。確か、前に檻に入れられていた〈黒〉は自死したのだった。すぐに助けられたからあっさりしているが、そうでなかったらひどい目にあったのかもしれない。
「なるほど、そういえばそうだ」
「俺が言うことじゃないと思うが、不幸慣れするのは良くないぞ」
アジャンがひそひそと忠告し、机の下で、修太の足を軽く蹴った。励ましのつもりだろうか。
ローズマリィもそうだが、アジャンも良い人だ。
学園に入ってみて良かったと思う。
どうしても人間相手になると警戒から入ってしまうが、こういう人達に触れていると、実は良い人のほうが多いのかもしれないと感じられる。
ネガティブなほうが記憶に残りやすいだけで、これまでにも人々の親切や善意はあった。
(俺って幸せ者だな)
今が幸せだから、気にしないでいられるのだろう。
できれば、この平穏が長続きしてほしい。




