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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
126/178

 8



 雨降らしの聖樹がかかわることなので、エルフ達はいったん話を持ち帰ることになった。

 リストークの町で待つように言われ、修太達は町の保養所に戻る。

 龍が出没した件で、リストークの自警団に事情を聞かれるハプニングがあったものの、アズラエルが間に入ってくれたので、事なきを得た。

 この翌日、マッカイス家の三人が修太を訪ねてきた。

 保養所の食堂にお茶菓子を用意して、久しぶりに彼らと話す。


「シューター君、お久しぶりね。大きくなって!」


 セスの妻エトナは、相変わらず女神のような美貌の持ち主だ。優しい顔立ちをキラキラと輝かせ、修太に微笑みかける。


「ご無沙汰しています、エトナさん。前と変わらず綺麗ですね」

「ふふっ、ありがとう」


 頬を朱色に染めて、少女のように恥ずかしがるエトナは天使かもしれない。セスだけでなく、ウェードも表情をゆるませているほどだ。


「もう、用が無い時でも、遊びに来てくれたらいいのに。この人ったら、あなたのことを思い出すと、会いたいってうるさくて困っているのよ」


 エトナがからかうように、セスを見る。セスはばつが悪そうに、後ろ頭をかく。


「エトナ、それは言わない約束だろう?」

「ふふふ。そんな約束をしたかしら」


 ころころと温かく笑う女性が一人いるだけで、場の空気がやわらかい。

 修太は困って、首を振る。


「いやあ、でも、今回みたいに門で止められますし……。あんまり顔を出すと迷惑かなって」


「そんなことはない。人間は我々より時が進むのが速いから、遠慮していると、あっという間に老人になっていなくなってしまう。寂しいものだよ。近くまで来たら、声をかけてくれ。ほら、マッカイス家の家紋符(かもんふ)をあげるから、これを門衛に見せれば手紙を届けてくれるさ」


 社交辞令かと思いきや、セスは本気で言っているらしい。緻密に彫金された金属性の札を、修太の前に滑らせた。


「ええっ、こんなの頂いていいんですか!?」

「君達は特別だからね。イファ様の戴冠式あたりではずいぶん世話になった。ケイ君にも言っておいてくれ。特に、元銅の森の皆が会いたがってるから」

「あいつ、相変わらずエルフにモテるな……」


 セーセレティーでは普通扱いされている啓介だが、他の土地では美青年なので、美しいものが大好きなエルフからもてはやされていた。


「君も、長老がたに人気だぞ。ほら、君がお腹を空かしてるんじゃないかと心配して、お土産を押し付けられたんだ」


 セスが保存袋から出したのは、木箱いっぱいに詰め込まれた干したキノコやフルーツの類である。それから、焼き菓子に、豆菓子もあるようだ。


「わ~、やった! じいちゃん達にありがとうって手紙を書きますね!」

「うんうん、そうしてくれ」


 おいしいものをくれる人は、間違いなく良い人だ。修太のテンションは自然と上がる。


「俺もお土産があるんですよ。保存袋ってどれくらい入れられます? 部屋で仕分けしておくんで、明日渡してもいいですか?」

「箱にまとめてくれれば、十枠は入るかな。それじゃあ、貸しておくね。何をくれるのか楽しみだ」

「サランジュリエ周辺で採れる薬草はいりますか?」


 修太はそう訊きながら、スーリアからもらった使い道のない媒介石なんかを細かく砕いて、お土産として放り込んでおこうと決めた。魔動機を作るエルフ達なら、有効活用してくれるはずだ。

 それに、スノーフラウのお代くらいにはなるだろう。


「まあ、薬草があるの?」


 エトナが目を輝かせ、ウェードが若干前のめりになる。


「エトナさんって薬草に詳しいんですか?」

「ええ。薬師ほどではないけど、日常で使ううちに詳しくなったの」

「俺は母さんから薬草学の基礎を教わったんだ」


 ウェードが付け足したので、エトナが詳しいことは分かった。


「セスさんも詳しいんですか?」


 そういえばウェードの師匠は誰なんだろうか。セスは首を振る。


「いいや、私は魔動機(オートマ)の開発が好きでね。生活を便利にする道具作りをして、村の生活向上に役立てようと研究しているんだよ。まあ、村長として、多少の警備くらいはできるがね」


 セスはやんわりと言ったが、ウェードが口元を引きつらせる。


「多少? 何を言ってるんですか。弓も魔法も、村一番でしょう」

「あ、そういえば、ウェードさんが村の防衛を指揮してましたよね。セスさんから教わったんですか?」


 以前のことを思い出して、修太はセスを眺める。おだやかでのほほんとしたエルフの男だが、王宮での事件の時も、ウェードとともにアーヴィンを守護していた、実力があるのだろう。


「そうだ。とにかく、父さんはすごい方なんだ。分かったか! 人間の子ども!」

「そろそろ子どもって呼ばないでくださいよ! 十七歳です!」

「十七なんか、赤ん坊だろうが」

「エルフと一緒にしないでください!」


 長くて三百年を生きるエルフからすれば、十七は赤ん坊だろう。修太はむすっと口をへの字に曲げる。


「はあ、まったくもう。えーと、サランジュリエ周辺の薬草ですよね。この辺に並べるんで、好きなだけ持って帰ってください」


 修太が薬草について思い浮かべると、旅人の指輪がキラリと光り、テーブルのあいたスペースに、ザルにのせた薬草や、瓶や袋入りのものがずらりと並ぶ。


「これは! 貴重な薬草じゃないか。ずいぶん質が良いな」


 一つを目ざとく見つけて、ウェードが興奮気味につぶやく。


「旅の仲間が薬草に詳しかったんで、教わったんですよ」

「自分で摘んだのか? お前みたいな人間にも、少しは取り柄があるのだな!」

「ちょっと! 人間嫌いなら何を言ってもいいと思ったら、大間違いだぞ」


 修太の抗議をさらりと流して、ウェードは薬草を凝視している。エトナは花を手に取って、ふんわりと微笑んだ。


「あら、エルダーフラワーだわ。こんなにたくさん。ミストレインでは咲かないのよね」

「それなら、この町の花屋でも売ってるんじゃないですか?」

「ついでに寄っていこうかしら。ああ、でも、銀貨の持ち合わせがないわねえ。パスリルにいた時と違って、外貨(がいか)で税金を納める必要がないから、商売もしていないし……」


「ミストレインのキノコなら、外でも売れそうですけどね」

「ふふ、そうだと良いけど。びっくりするくらいポコポコ生えてて、うんざりするのよ。昔は夏の終わりが待ち遠しかったけど、今はもう見たくないわ」


 エトナが深いため息をつき、セスとウェードが同調する。


「ミストレイン育ちには、パンと同じで、毎日食べても飽きないみたいだが」

「毎食キノコは嫌になりますよね」


 それほどなのか。


「いいなあ。俺、炭火焼のキノコを食べたいんですよね」

「そうかね? 旅の食事に持ってきたものがある。融通してあげよう」


 セスがキノコを取り出すので、修太はひらめいた。


「じゃあ、それを俺が買い取るんで、買い物して帰ってくださいよ。エトナさんが長距離を行き来するのはかわいそうだ」


 セスやウェードと違って、エトナははかなげな雰囲気がある。


「相変わらず優しい子ねえ。ほら、クッキーをおあがりなさいな」

「シューター君、飴があるぞ」


 エトナとセスがどこからか菓子を取り出すので、修太は複雑な気持ちになる。


「いや、だからお二人とも、俺を小さな子ども扱いするのは……」


 やめてほしいと言おうとしたら、ぷふーっと噴き出す声がした。トリトラが戸口で笑っている。


「あはははは、シューター、可愛がってもらえて良かったねえ」

「うるせーぞ、トリトラ!」


 突然増えた声に、修太はビクッとしたものの、すかさず文句を言う。気配に気づかなかったのはセス達も同じだったようで、警戒がにじんだ。


「そういえば、戴冠式の時にもいたな。黒狼族と、こんなに長く一緒に過ごしているのか?」


 ウェードの問いに、トリトラはじとりと半眼になる。


「なんだい、一緒にいちゃいけないのかい?」

「悪いとは言っていない。珍しいこともあるものだと、感心しているだけだ」


 ウェードは返事しながらも、薬草を選別する手は止めない。


「まあ、珍しいかもね。師匠がシューターを養子にしたんだ。弟子の僕にとっては、彼は弟分だよ」

「養子! それは驚いた」


 セスが目を丸くし、エトナが口を手で覆う。

 そういえば、戴冠式の辺りでは、まだ修太はグレイの養子ではなかった。


「大丈夫なの? 黒狼族って男に厳しいでしょう? いじめられてないかしら」


「それ、師匠の過保護っぷりを見てから心配したほうがいいよ。ところで、お茶をしてると思ったけど、薬草くさいね。何してんの?」


 トリトラはぞんざいに返し、テーブルに近づく。


「サランジュリエ近辺の薬草を分けてあげてるんだ。ほら、ウェードさんは医者だろ」


 修太が説明すると、トリトラは顔をしかめる。


「そいつ、シューターにきついじゃん。親切にしてどうするのさ」

「まあそうだけど、良い人だよ。俺も、魔力欠乏症でぶっ倒れた時に、世話になったしな」


 物言いはきついが、医者としての倫理観と誇りはある人なのだ。だから、苦手意識はあっても嫌いにはなれない。


「うるさいぞ!」

「ええっ、なんで怒ったんですか、今」

「シューター君、ただの照れ隠しだよ。うちの子は素直じゃないからね」


 セスがとりなすと、ウェードはばつが悪そうに目をそらす。


「ふーん」


 会話に口を挟んでおいて、トリトラは興味が無さそうだ。


「シューターが良いなら、良いんだけどさあ。ねえ、君のお茶が飲みたいんだけど」

「なんだ、小腹が空いたのかよ。しかたねえなあ」


 トリトラの催促に、修太は椅子を立つ。台所で手早く薬草ブレンドティーを淹れると、勝手に隣の席に座っているトリトラの前にカップを置いた。


「……本当に黒狼族っていうのは、自由気ままだな」


 ウェードがぼそりと呟き、マッカイス夫妻が苦笑する。


「礼儀として、一言くらい座っていいか断ったらどうだ」

「ここは共同利用の食堂だよ。部外者の許可なんて必要なかったと思うけど?」

「共同利用の場だからこそ、あいさつは大事だろう」


 毒舌と正論の戦いが怖い。


「まあまあ、その辺に……」


 修太はどうやってなだめようかと悩みながら、とりあえず声をかけてみたが、ウェードにじろりとにらまれただけだった。


「いい年した子どもを甘やかすものじゃない」

「子ども!? 二十一歳の僕を、子どもって言った?」

「……? 二十歳なら、子どもだろうが」

「エルフってなんでこう腹立つ奴が多いんだ!」


 トリトラが頭を抱えると、その後ろ襟をグレイがガシッとつかんだ。


「今のはお前が悪い、トリトラ。一言くらい断れ、手間をケチるんじゃねえよ」


 突然グレイが現れたように見えて、修太はポットをひっくり返しそうになり、ウェード達はビクリと肩を震わせる。


「い、いつの間に来たのかね?」


 セスが胸を手で押さえて、引きつった顔で問う。グレイは短く答える。


「今だが? ったく、行くぞ、トリトラ。シューターが他の連中と仲良くしていると、邪魔しに行くのをやめろ。ガキか、てめえは。本当に成長しねえな」

「あああ、待ってください、師匠。シューターのお茶がぁ」


 トリトラが邪魔をするのを見越して、グレイがトリトラを捕獲しに来たようだ。グレイがトリトラを引きずって出て行くのを、修太はぽかんと見送る。それから、とりあえずトリトラのお茶を自分で飲むことにした。


「あーあ、あいつ、本当に子どもっぽいな」

「お前はじじいくさいぞ」

「よく言われますけど、さすがにエルフに言われるとこたえるんでやめてください」


 修太は真顔で、ウェードに抗議した。


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