8
雨降らしの聖樹がかかわることなので、エルフ達はいったん話を持ち帰ることになった。
リストークの町で待つように言われ、修太達は町の保養所に戻る。
龍が出没した件で、リストークの自警団に事情を聞かれるハプニングがあったものの、アズラエルが間に入ってくれたので、事なきを得た。
この翌日、マッカイス家の三人が修太を訪ねてきた。
保養所の食堂にお茶菓子を用意して、久しぶりに彼らと話す。
「シューター君、お久しぶりね。大きくなって!」
セスの妻エトナは、相変わらず女神のような美貌の持ち主だ。優しい顔立ちをキラキラと輝かせ、修太に微笑みかける。
「ご無沙汰しています、エトナさん。前と変わらず綺麗ですね」
「ふふっ、ありがとう」
頬を朱色に染めて、少女のように恥ずかしがるエトナは天使かもしれない。セスだけでなく、ウェードも表情をゆるませているほどだ。
「もう、用が無い時でも、遊びに来てくれたらいいのに。この人ったら、あなたのことを思い出すと、会いたいってうるさくて困っているのよ」
エトナがからかうように、セスを見る。セスはばつが悪そうに、後ろ頭をかく。
「エトナ、それは言わない約束だろう?」
「ふふふ。そんな約束をしたかしら」
ころころと温かく笑う女性が一人いるだけで、場の空気がやわらかい。
修太は困って、首を振る。
「いやあ、でも、今回みたいに門で止められますし……。あんまり顔を出すと迷惑かなって」
「そんなことはない。人間は我々より時が進むのが速いから、遠慮していると、あっという間に老人になっていなくなってしまう。寂しいものだよ。近くまで来たら、声をかけてくれ。ほら、マッカイス家の家紋符をあげるから、これを門衛に見せれば手紙を届けてくれるさ」
社交辞令かと思いきや、セスは本気で言っているらしい。緻密に彫金された金属性の札を、修太の前に滑らせた。
「ええっ、こんなの頂いていいんですか!?」
「君達は特別だからね。イファ様の戴冠式あたりではずいぶん世話になった。ケイ君にも言っておいてくれ。特に、元銅の森の皆が会いたがってるから」
「あいつ、相変わらずエルフにモテるな……」
セーセレティーでは普通扱いされている啓介だが、他の土地では美青年なので、美しいものが大好きなエルフからもてはやされていた。
「君も、長老がたに人気だぞ。ほら、君がお腹を空かしてるんじゃないかと心配して、お土産を押し付けられたんだ」
セスが保存袋から出したのは、木箱いっぱいに詰め込まれた干したキノコやフルーツの類である。それから、焼き菓子に、豆菓子もあるようだ。
「わ~、やった! じいちゃん達にありがとうって手紙を書きますね!」
「うんうん、そうしてくれ」
おいしいものをくれる人は、間違いなく良い人だ。修太のテンションは自然と上がる。
「俺もお土産があるんですよ。保存袋ってどれくらい入れられます? 部屋で仕分けしておくんで、明日渡してもいいですか?」
「箱にまとめてくれれば、十枠は入るかな。それじゃあ、貸しておくね。何をくれるのか楽しみだ」
「サランジュリエ周辺で採れる薬草はいりますか?」
修太はそう訊きながら、スーリアからもらった使い道のない媒介石なんかを細かく砕いて、お土産として放り込んでおこうと決めた。魔動機を作るエルフ達なら、有効活用してくれるはずだ。
それに、スノーフラウのお代くらいにはなるだろう。
「まあ、薬草があるの?」
エトナが目を輝かせ、ウェードが若干前のめりになる。
「エトナさんって薬草に詳しいんですか?」
「ええ。薬師ほどではないけど、日常で使ううちに詳しくなったの」
「俺は母さんから薬草学の基礎を教わったんだ」
ウェードが付け足したので、エトナが詳しいことは分かった。
「セスさんも詳しいんですか?」
そういえばウェードの師匠は誰なんだろうか。セスは首を振る。
「いいや、私は魔動機の開発が好きでね。生活を便利にする道具作りをして、村の生活向上に役立てようと研究しているんだよ。まあ、村長として、多少の警備くらいはできるがね」
セスはやんわりと言ったが、ウェードが口元を引きつらせる。
「多少? 何を言ってるんですか。弓も魔法も、村一番でしょう」
「あ、そういえば、ウェードさんが村の防衛を指揮してましたよね。セスさんから教わったんですか?」
以前のことを思い出して、修太はセスを眺める。おだやかでのほほんとしたエルフの男だが、王宮での事件の時も、ウェードとともにアーヴィンを守護していた、実力があるのだろう。
「そうだ。とにかく、父さんはすごい方なんだ。分かったか! 人間の子ども!」
「そろそろ子どもって呼ばないでくださいよ! 十七歳です!」
「十七なんか、赤ん坊だろうが」
「エルフと一緒にしないでください!」
長くて三百年を生きるエルフからすれば、十七は赤ん坊だろう。修太はむすっと口をへの字に曲げる。
「はあ、まったくもう。えーと、サランジュリエ周辺の薬草ですよね。この辺に並べるんで、好きなだけ持って帰ってください」
修太が薬草について思い浮かべると、旅人の指輪がキラリと光り、テーブルのあいたスペースに、ザルにのせた薬草や、瓶や袋入りのものがずらりと並ぶ。
「これは! 貴重な薬草じゃないか。ずいぶん質が良いな」
一つを目ざとく見つけて、ウェードが興奮気味につぶやく。
「旅の仲間が薬草に詳しかったんで、教わったんですよ」
「自分で摘んだのか? お前みたいな人間にも、少しは取り柄があるのだな!」
「ちょっと! 人間嫌いなら何を言ってもいいと思ったら、大間違いだぞ」
修太の抗議をさらりと流して、ウェードは薬草を凝視している。エトナは花を手に取って、ふんわりと微笑んだ。
「あら、エルダーフラワーだわ。こんなにたくさん。ミストレインでは咲かないのよね」
「それなら、この町の花屋でも売ってるんじゃないですか?」
「ついでに寄っていこうかしら。ああ、でも、銀貨の持ち合わせがないわねえ。パスリルにいた時と違って、外貨で税金を納める必要がないから、商売もしていないし……」
「ミストレインのキノコなら、外でも売れそうですけどね」
「ふふ、そうだと良いけど。びっくりするくらいポコポコ生えてて、うんざりするのよ。昔は夏の終わりが待ち遠しかったけど、今はもう見たくないわ」
エトナが深いため息をつき、セスとウェードが同調する。
「ミストレイン育ちには、パンと同じで、毎日食べても飽きないみたいだが」
「毎食キノコは嫌になりますよね」
それほどなのか。
「いいなあ。俺、炭火焼のキノコを食べたいんですよね」
「そうかね? 旅の食事に持ってきたものがある。融通してあげよう」
セスがキノコを取り出すので、修太はひらめいた。
「じゃあ、それを俺が買い取るんで、買い物して帰ってくださいよ。エトナさんが長距離を行き来するのはかわいそうだ」
セスやウェードと違って、エトナははかなげな雰囲気がある。
「相変わらず優しい子ねえ。ほら、クッキーをおあがりなさいな」
「シューター君、飴があるぞ」
エトナとセスがどこからか菓子を取り出すので、修太は複雑な気持ちになる。
「いや、だからお二人とも、俺を小さな子ども扱いするのは……」
やめてほしいと言おうとしたら、ぷふーっと噴き出す声がした。トリトラが戸口で笑っている。
「あはははは、シューター、可愛がってもらえて良かったねえ」
「うるせーぞ、トリトラ!」
突然増えた声に、修太はビクッとしたものの、すかさず文句を言う。気配に気づかなかったのはセス達も同じだったようで、警戒がにじんだ。
「そういえば、戴冠式の時にもいたな。黒狼族と、こんなに長く一緒に過ごしているのか?」
ウェードの問いに、トリトラはじとりと半眼になる。
「なんだい、一緒にいちゃいけないのかい?」
「悪いとは言っていない。珍しいこともあるものだと、感心しているだけだ」
ウェードは返事しながらも、薬草を選別する手は止めない。
「まあ、珍しいかもね。師匠がシューターを養子にしたんだ。弟子の僕にとっては、彼は弟分だよ」
「養子! それは驚いた」
セスが目を丸くし、エトナが口を手で覆う。
そういえば、戴冠式の辺りでは、まだ修太はグレイの養子ではなかった。
「大丈夫なの? 黒狼族って男に厳しいでしょう? いじめられてないかしら」
「それ、師匠の過保護っぷりを見てから心配したほうがいいよ。ところで、お茶をしてると思ったけど、薬草くさいね。何してんの?」
トリトラはぞんざいに返し、テーブルに近づく。
「サランジュリエ近辺の薬草を分けてあげてるんだ。ほら、ウェードさんは医者だろ」
修太が説明すると、トリトラは顔をしかめる。
「そいつ、シューターにきついじゃん。親切にしてどうするのさ」
「まあそうだけど、良い人だよ。俺も、魔力欠乏症でぶっ倒れた時に、世話になったしな」
物言いはきついが、医者としての倫理観と誇りはある人なのだ。だから、苦手意識はあっても嫌いにはなれない。
「うるさいぞ!」
「ええっ、なんで怒ったんですか、今」
「シューター君、ただの照れ隠しだよ。うちの子は素直じゃないからね」
セスがとりなすと、ウェードはばつが悪そうに目をそらす。
「ふーん」
会話に口を挟んでおいて、トリトラは興味が無さそうだ。
「シューターが良いなら、良いんだけどさあ。ねえ、君のお茶が飲みたいんだけど」
「なんだ、小腹が空いたのかよ。しかたねえなあ」
トリトラの催促に、修太は椅子を立つ。台所で手早く薬草ブレンドティーを淹れると、勝手に隣の席に座っているトリトラの前にカップを置いた。
「……本当に黒狼族っていうのは、自由気ままだな」
ウェードがぼそりと呟き、マッカイス夫妻が苦笑する。
「礼儀として、一言くらい座っていいか断ったらどうだ」
「ここは共同利用の食堂だよ。部外者の許可なんて必要なかったと思うけど?」
「共同利用の場だからこそ、あいさつは大事だろう」
毒舌と正論の戦いが怖い。
「まあまあ、その辺に……」
修太はどうやってなだめようかと悩みながら、とりあえず声をかけてみたが、ウェードにじろりとにらまれただけだった。
「いい年した子どもを甘やかすものじゃない」
「子ども!? 二十一歳の僕を、子どもって言った?」
「……? 二十歳なら、子どもだろうが」
「エルフってなんでこう腹立つ奴が多いんだ!」
トリトラが頭を抱えると、その後ろ襟をグレイがガシッとつかんだ。
「今のはお前が悪い、トリトラ。一言くらい断れ、手間をケチるんじゃねえよ」
突然グレイが現れたように見えて、修太はポットをひっくり返しそうになり、ウェード達はビクリと肩を震わせる。
「い、いつの間に来たのかね?」
セスが胸を手で押さえて、引きつった顔で問う。グレイは短く答える。
「今だが? ったく、行くぞ、トリトラ。シューターが他の連中と仲良くしていると、邪魔しに行くのをやめろ。ガキか、てめえは。本当に成長しねえな」
「あああ、待ってください、師匠。シューターのお茶がぁ」
トリトラが邪魔をするのを見越して、グレイがトリトラを捕獲しに来たようだ。グレイがトリトラを引きずって出て行くのを、修太はぽかんと見送る。それから、とりあえずトリトラのお茶を自分で飲むことにした。
「あーあ、あいつ、本当に子どもっぽいな」
「お前はじじいくさいぞ」
「よく言われますけど、さすがにエルフに言われるとこたえるんでやめてください」
修太は真顔で、ウェードに抗議した。




