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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
125/178

 7



 ミストレイン王国の門。

 門衛達は外を見たまま、ひそひそと話す。


「あの人間ども、本気にして虫の巣を退治しに行ったぞ。本当にできると思うか?」

「俺達でもくさいっていうのに、黒狼族にはたまらんだろ。さすがに無理かもな」

「できたらどうする? 取り次ぐのか?」

「まさか! どうして人間なんかの頼みを聞かなきゃいけないんだ」


 くっと口端を上げて、意地悪に笑う門衛。もう一人は不安そうにする。


「だが、アーヴィン殿下の守衛一族にばれたら、少し面倒だぞ。村長の息子が医者で、薬師でもある陛下と親交がおありだそうだ」

「皆で口をつぐめば、無かったことになるさ」


 適当な返事をする門衛に、どうだろうかともう一人は首を振る。

 その時、崖の下から、黒いフードをかぶった少年が、一人でバ=イクに乗って戻ってきた。


「どうした、たった一人で」

「ふっ。まさか巨大蛾にやられてしまったのか?」


 門衛達が問うと、少年は気まずそうに首をすくめる。


「ええと~、実は問題が起こりまして」

「なんだ、問題とは」


 門衛がそう訊いた瞬間、青銀に輝く鱗を持った巨大な龍が、崖下から頭を出した。


「モンスターが虫の巣を壊さないで欲しいそうです!」


 龍の頭には残りのメンバーが乗っており、門衛は直立不動のまま硬直した。


「あのー、聞いてます?」


 首を傾げ、少年が問う。

 我に返った門衛は悲鳴を上げた。


「うわああああ、ボスモンスターだ! 撤退! てったーい!」


 通用口から分厚い城壁内に逃げ込んだ門衛達は、非常用の警鐘を鳴らす。

 これはリストークの町側でも起き、平和な町に突如訪れた災害級モンスターにより、一帯はパニックに襲われた。



     *



「あれえええ? 逃げちゃったよ」


 一方、大騒ぎになったのを見て、修太は後ろ頭をかく。


「どうしよう、じいちゃん」


 ――まあ、あれが普通の反応じゃろうなあ。おぬしのほうがおかしい。


「モンスターにおかしいって言われるの、すげえムカつく」


 悪態はついたものの、ここまでおびえるのが理解できない。


「なんでだろうなあ。話し合えば分かるのに」

「それはお前が〈黒〉だからだぞ、シューター」


 龍の頭から身軽に飛び降りて、グレイが突っ込みを入れる。


「そうそう。君ほどモンスターにモテる〈黒〉も珍しいと思うけど」


 トリトラは笑いながら言って、ヘレナを振り返る。


「君、下まで運んであげようか」

「えっ、どうしたの!? 優しいわね!」

「僕は女性には親切なほうだよ」

「助けてもらえるかしら。滑りそうで怖いわ」


 そんなトリトラの服を、ウィルがガシッとつかむ。


「僕もお願いします!」

「男は知らないよ」

「ひどい!」


 ウィルの懇願を無視して、トリトラはヘレナを抱えて、ひょいっと下へ降りる。見かねた修太は、バ=イクで迎えに行って、レコン以外を下ろしてあげた。


「ツカーラ君、優しい……!」

「それに比べて、なんだあいつらは、鬼畜か」


 腰を抜かしそうになっていたウィルは祈る仕草をし、セヴァンは顔を引きつらせて黒狼族を一瞥する。

 アズラエルはというと、護衛騎士のサポートを受けて、楽々と地面に戻った。どうやら護衛騎士は〈緑〉のようで、風を自在に操るようだ。


「これは困った。まさか交渉相手がいなくなるとは」

「龍のじいさんがこの辺に陣取っていれば、そのうち無視できずに、責任者が出てくるだろ」


 グレイがあっさりと言い、龍に声をかける。


「じいさん、良い手はねえのか」


 ――おどかせばいいのじゃろ。よし、任せろ。


 龍は水を操って宙に浮かびあがると、城壁の向こうに頭をのぞかせ、すうっと息を吸い込む。


 ――こらぁ、話があるから、責任者を出さんかーい!


 びりびりと空気を震わせる大声に、修太はたまらず耳を押さえる。

「いや、おどかすってそういう感じなの!?」


 ――これ以外となると、城壁を壊すしかなくなるぞ。そうなると戦争じゃないかね?


「他にないのか?」


 ――うーん。海水を飛ばして、土地を塩害(えんがい)にあわせるとか?


「最悪だ! 本当だよ、怒鳴るほうがましだ!」


 それから夕方になると、この緊急事態のために、ミストレインの国王であるイファ・ソルジアが、ヘリーズ村の元村長セスと息子のウェードを連れて駆け付けた。

 どうやら銅の森について話していると伝わったようで、城壁の上から、ウェードが凍えるような目でにらみつけてくる。


「人間の子ども! また何か騒動を起こしているのか、いい加減にしろ」

「誤解ですよ、ウェードさん!」

「何が誤解だ。そこのモンスターはなんだ! 巨大蛾の討伐を頼んで、どうして龍が出てくる!?」

「まあまあ、ウェード。今はそんな話をしている場合じゃないよ」


 セスになだめられて、ウェードはいくらか落ち着きを取り戻すが、こちらを見る目は冷たい。相変わらずの人間嫌いっぷりだ。


「やあ、戴冠式(たいかんしき)以来だね」


 イファはマイペースにあいさつして、龍に声をかける。


「それで、そちらのボスモンスター殿は何を話したいのですかな」


 ――おお、話の分かる者が来たか。ワシはその虫の巣のことで話があってのう。こやつらに仲介を頼んだのだが、門番に逃げられてしもうて困っておったのじゃ。


 やれやれとため息をつく龍。城壁には、弓矢や杖を構える兵士達が並んでいる。


 ――危害は加えぬよ。そのつもりなら、城壁を壊して暴れておるわ。


 龍は殺気立つエルフ達をなだめようとしたが、彼らが警戒するのはもっともだ。


「しかたねえなあ、俺が話すよ。頭に乗せてくれ」

「シューター、そいつなら攻撃されてもびくともしねえだろ」

「そういう問題じゃないよ、父さん。じいちゃんが平気でも、じいちゃんの配下が怒ったら意味がない」

「ったく、言い出したら聞かねえ奴だな」


 グレイは面倒くさそうに首を振り、龍の頭に遠慮なく登る修太についてきた。トリトラもひょいっと飛び乗る。


「ちょ、ちょっと危ないんじゃないか?」


 セヴァンが泡をくって止めるが、修太は頷き返す。


「危ないのは分かってますよ。こういう時は誠意ってものを見せないと」

「ツカーラ、(きも)がすわってんなあ」


 あ然とする彼らに手を振って、修太は龍に合図して頭を持ち上げてもらう。


「この通り! この龍は話し合いに来ただけですよ」


 修太が龍の頭上からエルフ達に手を振ると、彼らは話し合い、武器を下ろす。何かあればすぐに攻撃に移るだろうが、一歩前進だ。


「なんの話をしに来られたのかね?」


 イファの問いに、龍は簡単に説明する。


「つまり、巨大蛾をおやつにしているから、全部駆除しないで欲しい……と?」


 イファが戸惑うのも理解できる。こんな巨大な龍が現れて、言うことがそれって何? という感じだろう。

 数秒後、イファとセスは笑い出した。


「ぷっ。はははは、龍が現れたから何事かと思えば、おやつじゃと!」

「あっはっはっは、そんな面白い頼みとは」


 二人が大笑いするのを、ウェードや配下がたしなめる。


「陛下、そんなふうに笑っては威厳がそこなわれます」

「父さん! ああもう、ツボに入ってる!」


 ひとしきり笑ってから、イファは了承した。


「構いませんとも! 三ヶ月ごとに来られなかったら、多少は討伐しますがね。それでよろしければ」


 ――では満月で期間を決めようではないか。


 モンスターは暦をもたないが、大雑把に満月で時間経過を把握しているようだ。龍はイファと話し合い、ちょうどいいラインを決める。


 ――よし、それで決まりだ。ワシはもう少しおやつを食べてから、レステファルテに戻るとしよう。


 うれしそうにヒゲをひくひくさせ、龍は目を細める。修太達を地面に下ろすと、龍はにんまり笑った。


 ――(わらべ)や、ありがとうのう。


「こっちこそ、助かったよ。元気でな!」


 ――おぬしらもな。そうだ、礼に(うろこ)をくれてやろう。ちょうど古いのが抜けるところじゃったのでな。


 川に潜ってから、龍は再び頭を出す。水流に包まれて、大人の顔ほどもありそうな青銀の鱗が浮かび上がる。


 ――エルフの王よ、寛大な心に感謝する。


 イファに鱗を三枚、修太に一枚くれた。


「ええっ、別にいらないんだけど!」


 ――どうせ捨てるだけだから、もらっていけ。人間には高値で売れるのじゃろ。


 龍はカッカッカと笑い、尾をゆるく振る。


 ――では、さらばじゃ。


 そして川の中に潜り、あっという間に龍の姿が見えなくなった。


「この川ってかなり深いんだな。龍が潜れるくらいか」


 修太は崖下に目を向けて、しげしげと呟く。


「ここって、海溝(かいこう)地帯なのかな」

「なんでもいいが、端に近づくな。そいつをどうする」


 グレイに橋の中央に寄るように言われ、修太は崖を覗くのをやめる。


「俺は使わないから、責任者にあげるよ」

「そうだな。面倒事は上に押し付ければ解決だ」


 修太とグレイの意見は微妙に違うものの、アズラエルに渡すという点は一致した。


「はい、アズラエル様、龍の鱗」

「まったく、とんでもないことを平然とするなあ、君は!」


 アズラエルは頭を抱えて、天を仰ぐ。


「私がもらっても、困ったことになる。そうだな、貿易が上手くいきそうならば、陛下に献上して、この件の優遇処置を願うとするか。ふむ。そうすれば領にとっても良いことだ」


 どうやら有効活用してくれるようだ。


(ん? つまり、龍の鱗って国宝レベルなのか……?)


 旅人の指輪に入れている地竜スーリアの鱗を思い出して、修太はゾッとした。


(こええ。モンスターにとってはゴミでも、人間には宝の山か……)


 龍が去って少ししてから、門が開いた。

 セスとウェードが兵士とともに現れる。ウェードはこめかみに青筋を立てていた。右が青で、左が黄色という珍しい二色持ちの魔法使いだ。嫌味なほど整った容貌は、怒っていると迫力が増す。


「おい、人間の子ども。お前が来ると、何かしら騒動が起きるよな」

「え、ええー、たまたま問題があるところに、俺がいるだけで」

「なんだって?」

「なんでもありません! そんなに怒らなくてもいいでしょ、ウェードさんっ」


 いつ会っても、ピリピリと怒っている人だ。

 ウェードの後ろから、セスがひょっこりと顔を出す。ほのぼのとゆるんだ笑みを浮かべて、右手を挙げた。


「スノーフラウ・改を大事にしてくれているようでうれしいよ。最近、調子はどうだい? またウェードに薬を作ってもらったらどうかな」

「い、いえ、あの薬草ジュースはもうこりごりなんで……」


 修太はぶんぶんと激しく首を振って、セスの親切を断る。するとウェードの顔が修羅(しゅら)のようになった。


「は? お前、父さんの好意を無視するつもりか!」

「ひいっ、ウェードさん、本当にセスさんが大好きですよね!」

「当たり前だろう!」

「すみません!」


 相変わらず、親が大好きなウェードである。修太はびびりながら、そっとグレイの後ろに隠れた。


「まあまあ、ウェード、そんなにカリカリしなくてもいいだろう。それで、私に会いたかったそうじゃないか。スノーフラウの修理でないなら、いったいどんな話だろうか」


「実は、今回はサランジュリエの代表で来てまして……」

「サランジュリエ? 確か、セーセレティーの最難関ダンジョンがある都市だったかな。なあ、ウェード」


 セスが確認すると、ウェードはこくりと頷いた。


「そうですが、なぜ、俺に訊くんです?」

「え? 図書館に行ってみたいと、よく話していたではないか。それから、毒の魔女の論文が面白いとかなんとか……」


 修太はパッと表情を明るくする。


「その毒の魔女って、そちらの女性です!」

「ほう? あなたが毒の解析で有名なヘレナ・アンブローズ女史ですか? お会いできて光栄です。俺はウェード・マッカイスといいます。論文の固さのわりに、お若いですね」


 ヘレナは苦笑を浮かべ、会釈をする。


「ふふ。どういたしましてとお返事しておきますわ」


 よそいきの笑みを浮かべるヘレナは、いつもより変人度が薄い。


「なあ、君、ケイはどこにいるんだ?」

銀星(ぎんぼし)(きみ)にお会いしたいわ」


 後ろからそわそわとした態度で、エルフ達が話しかけてくる。修太は噴き出しそうになった。


「銀……っ。ぶふっ。ケイは別行動をしているんで、いませんよ」


 エルフ達が残念そうにため息をつく。


「そうなの?」

「がっかり~」

「悪かったな、地味な俺が来て!」


 あからさまな態度に、修太は思わず言い返す。


「君のことは、じじ様達が会いたがってたよ」

「え、じいちゃん達が? そうだ、せっかくだからサランジュリエ土産でも……」

「シューター君、(あめ)があるから食べないかね」


 修太がエルフ達とわいわい話していると、ウェードが(せき)払いをする。


「おい、親戚みたいなやりとりをして(なご)むな! 父さんも! お菓子を出さない!」


 セスが保存袋からお菓子を出すのを、ウェードが止める。


「お前も、とっとと用件を言わないか!」

「すみません!」


 修太は慌てて謝って、訪問の事情を話した。


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