7
ミストレイン王国の門。
門衛達は外を見たまま、ひそひそと話す。
「あの人間ども、本気にして虫の巣を退治しに行ったぞ。本当にできると思うか?」
「俺達でもくさいっていうのに、黒狼族にはたまらんだろ。さすがに無理かもな」
「できたらどうする? 取り次ぐのか?」
「まさか! どうして人間なんかの頼みを聞かなきゃいけないんだ」
くっと口端を上げて、意地悪に笑う門衛。もう一人は不安そうにする。
「だが、アーヴィン殿下の守衛一族にばれたら、少し面倒だぞ。村長の息子が医者で、薬師でもある陛下と親交がおありだそうだ」
「皆で口をつぐめば、無かったことになるさ」
適当な返事をする門衛に、どうだろうかともう一人は首を振る。
その時、崖の下から、黒いフードをかぶった少年が、一人でバ=イクに乗って戻ってきた。
「どうした、たった一人で」
「ふっ。まさか巨大蛾にやられてしまったのか?」
門衛達が問うと、少年は気まずそうに首をすくめる。
「ええと~、実は問題が起こりまして」
「なんだ、問題とは」
門衛がそう訊いた瞬間、青銀に輝く鱗を持った巨大な龍が、崖下から頭を出した。
「モンスターが虫の巣を壊さないで欲しいそうです!」
龍の頭には残りのメンバーが乗っており、門衛は直立不動のまま硬直した。
「あのー、聞いてます?」
首を傾げ、少年が問う。
我に返った門衛は悲鳴を上げた。
「うわああああ、ボスモンスターだ! 撤退! てったーい!」
通用口から分厚い城壁内に逃げ込んだ門衛達は、非常用の警鐘を鳴らす。
これはリストークの町側でも起き、平和な町に突如訪れた災害級モンスターにより、一帯はパニックに襲われた。
*
「あれえええ? 逃げちゃったよ」
一方、大騒ぎになったのを見て、修太は後ろ頭をかく。
「どうしよう、じいちゃん」
――まあ、あれが普通の反応じゃろうなあ。おぬしのほうがおかしい。
「モンスターにおかしいって言われるの、すげえムカつく」
悪態はついたものの、ここまでおびえるのが理解できない。
「なんでだろうなあ。話し合えば分かるのに」
「それはお前が〈黒〉だからだぞ、シューター」
龍の頭から身軽に飛び降りて、グレイが突っ込みを入れる。
「そうそう。君ほどモンスターにモテる〈黒〉も珍しいと思うけど」
トリトラは笑いながら言って、ヘレナを振り返る。
「君、下まで運んであげようか」
「えっ、どうしたの!? 優しいわね!」
「僕は女性には親切なほうだよ」
「助けてもらえるかしら。滑りそうで怖いわ」
そんなトリトラの服を、ウィルがガシッとつかむ。
「僕もお願いします!」
「男は知らないよ」
「ひどい!」
ウィルの懇願を無視して、トリトラはヘレナを抱えて、ひょいっと下へ降りる。見かねた修太は、バ=イクで迎えに行って、レコン以外を下ろしてあげた。
「ツカーラ君、優しい……!」
「それに比べて、なんだあいつらは、鬼畜か」
腰を抜かしそうになっていたウィルは祈る仕草をし、セヴァンは顔を引きつらせて黒狼族を一瞥する。
アズラエルはというと、護衛騎士のサポートを受けて、楽々と地面に戻った。どうやら護衛騎士は〈緑〉のようで、風を自在に操るようだ。
「これは困った。まさか交渉相手がいなくなるとは」
「龍のじいさんがこの辺に陣取っていれば、そのうち無視できずに、責任者が出てくるだろ」
グレイがあっさりと言い、龍に声をかける。
「じいさん、良い手はねえのか」
――おどかせばいいのじゃろ。よし、任せろ。
龍は水を操って宙に浮かびあがると、城壁の向こうに頭をのぞかせ、すうっと息を吸い込む。
――こらぁ、話があるから、責任者を出さんかーい!
びりびりと空気を震わせる大声に、修太はたまらず耳を押さえる。
「いや、おどかすってそういう感じなの!?」
――これ以外となると、城壁を壊すしかなくなるぞ。そうなると戦争じゃないかね?
「他にないのか?」
――うーん。海水を飛ばして、土地を塩害にあわせるとか?
「最悪だ! 本当だよ、怒鳴るほうがましだ!」
それから夕方になると、この緊急事態のために、ミストレインの国王であるイファ・ソルジアが、ヘリーズ村の元村長セスと息子のウェードを連れて駆け付けた。
どうやら銅の森について話していると伝わったようで、城壁の上から、ウェードが凍えるような目でにらみつけてくる。
「人間の子ども! また何か騒動を起こしているのか、いい加減にしろ」
「誤解ですよ、ウェードさん!」
「何が誤解だ。そこのモンスターはなんだ! 巨大蛾の討伐を頼んで、どうして龍が出てくる!?」
「まあまあ、ウェード。今はそんな話をしている場合じゃないよ」
セスになだめられて、ウェードはいくらか落ち着きを取り戻すが、こちらを見る目は冷たい。相変わらずの人間嫌いっぷりだ。
「やあ、戴冠式以来だね」
イファはマイペースにあいさつして、龍に声をかける。
「それで、そちらのボスモンスター殿は何を話したいのですかな」
――おお、話の分かる者が来たか。ワシはその虫の巣のことで話があってのう。こやつらに仲介を頼んだのだが、門番に逃げられてしもうて困っておったのじゃ。
やれやれとため息をつく龍。城壁には、弓矢や杖を構える兵士達が並んでいる。
――危害は加えぬよ。そのつもりなら、城壁を壊して暴れておるわ。
龍は殺気立つエルフ達をなだめようとしたが、彼らが警戒するのはもっともだ。
「しかたねえなあ、俺が話すよ。頭に乗せてくれ」
「シューター、そいつなら攻撃されてもびくともしねえだろ」
「そういう問題じゃないよ、父さん。じいちゃんが平気でも、じいちゃんの配下が怒ったら意味がない」
「ったく、言い出したら聞かねえ奴だな」
グレイは面倒くさそうに首を振り、龍の頭に遠慮なく登る修太についてきた。トリトラもひょいっと飛び乗る。
「ちょ、ちょっと危ないんじゃないか?」
セヴァンが泡をくって止めるが、修太は頷き返す。
「危ないのは分かってますよ。こういう時は誠意ってものを見せないと」
「ツカーラ、肝がすわってんなあ」
あ然とする彼らに手を振って、修太は龍に合図して頭を持ち上げてもらう。
「この通り! この龍は話し合いに来ただけですよ」
修太が龍の頭上からエルフ達に手を振ると、彼らは話し合い、武器を下ろす。何かあればすぐに攻撃に移るだろうが、一歩前進だ。
「なんの話をしに来られたのかね?」
イファの問いに、龍は簡単に説明する。
「つまり、巨大蛾をおやつにしているから、全部駆除しないで欲しい……と?」
イファが戸惑うのも理解できる。こんな巨大な龍が現れて、言うことがそれって何? という感じだろう。
数秒後、イファとセスは笑い出した。
「ぷっ。はははは、龍が現れたから何事かと思えば、おやつじゃと!」
「あっはっはっは、そんな面白い頼みとは」
二人が大笑いするのを、ウェードや配下がたしなめる。
「陛下、そんなふうに笑っては威厳がそこなわれます」
「父さん! ああもう、ツボに入ってる!」
ひとしきり笑ってから、イファは了承した。
「構いませんとも! 三ヶ月ごとに来られなかったら、多少は討伐しますがね。それでよろしければ」
――では満月で期間を決めようではないか。
モンスターは暦をもたないが、大雑把に満月で時間経過を把握しているようだ。龍はイファと話し合い、ちょうどいいラインを決める。
――よし、それで決まりだ。ワシはもう少しおやつを食べてから、レステファルテに戻るとしよう。
うれしそうにヒゲをひくひくさせ、龍は目を細める。修太達を地面に下ろすと、龍はにんまり笑った。
――童や、ありがとうのう。
「こっちこそ、助かったよ。元気でな!」
――おぬしらもな。そうだ、礼に鱗をくれてやろう。ちょうど古いのが抜けるところじゃったのでな。
川に潜ってから、龍は再び頭を出す。水流に包まれて、大人の顔ほどもありそうな青銀の鱗が浮かび上がる。
――エルフの王よ、寛大な心に感謝する。
イファに鱗を三枚、修太に一枚くれた。
「ええっ、別にいらないんだけど!」
――どうせ捨てるだけだから、もらっていけ。人間には高値で売れるのじゃろ。
龍はカッカッカと笑い、尾をゆるく振る。
――では、さらばじゃ。
そして川の中に潜り、あっという間に龍の姿が見えなくなった。
「この川ってかなり深いんだな。龍が潜れるくらいか」
修太は崖下に目を向けて、しげしげと呟く。
「ここって、海溝地帯なのかな」
「なんでもいいが、端に近づくな。そいつをどうする」
グレイに橋の中央に寄るように言われ、修太は崖を覗くのをやめる。
「俺は使わないから、責任者にあげるよ」
「そうだな。面倒事は上に押し付ければ解決だ」
修太とグレイの意見は微妙に違うものの、アズラエルに渡すという点は一致した。
「はい、アズラエル様、龍の鱗」
「まったく、とんでもないことを平然とするなあ、君は!」
アズラエルは頭を抱えて、天を仰ぐ。
「私がもらっても、困ったことになる。そうだな、貿易が上手くいきそうならば、陛下に献上して、この件の優遇処置を願うとするか。ふむ。そうすれば領にとっても良いことだ」
どうやら有効活用してくれるようだ。
(ん? つまり、龍の鱗って国宝レベルなのか……?)
旅人の指輪に入れている地竜スーリアの鱗を思い出して、修太はゾッとした。
(こええ。モンスターにとってはゴミでも、人間には宝の山か……)
龍が去って少ししてから、門が開いた。
セスとウェードが兵士とともに現れる。ウェードはこめかみに青筋を立てていた。右が青で、左が黄色という珍しい二色持ちの魔法使いだ。嫌味なほど整った容貌は、怒っていると迫力が増す。
「おい、人間の子ども。お前が来ると、何かしら騒動が起きるよな」
「え、ええー、たまたま問題があるところに、俺がいるだけで」
「なんだって?」
「なんでもありません! そんなに怒らなくてもいいでしょ、ウェードさんっ」
いつ会っても、ピリピリと怒っている人だ。
ウェードの後ろから、セスがひょっこりと顔を出す。ほのぼのとゆるんだ笑みを浮かべて、右手を挙げた。
「スノーフラウ・改を大事にしてくれているようでうれしいよ。最近、調子はどうだい? またウェードに薬を作ってもらったらどうかな」
「い、いえ、あの薬草ジュースはもうこりごりなんで……」
修太はぶんぶんと激しく首を振って、セスの親切を断る。するとウェードの顔が修羅のようになった。
「は? お前、父さんの好意を無視するつもりか!」
「ひいっ、ウェードさん、本当にセスさんが大好きですよね!」
「当たり前だろう!」
「すみません!」
相変わらず、親が大好きなウェードである。修太はびびりながら、そっとグレイの後ろに隠れた。
「まあまあ、ウェード、そんなにカリカリしなくてもいいだろう。それで、私に会いたかったそうじゃないか。スノーフラウの修理でないなら、いったいどんな話だろうか」
「実は、今回はサランジュリエの代表で来てまして……」
「サランジュリエ? 確か、セーセレティーの最難関ダンジョンがある都市だったかな。なあ、ウェード」
セスが確認すると、ウェードはこくりと頷いた。
「そうですが、なぜ、俺に訊くんです?」
「え? 図書館に行ってみたいと、よく話していたではないか。それから、毒の魔女の論文が面白いとかなんとか……」
修太はパッと表情を明るくする。
「その毒の魔女って、そちらの女性です!」
「ほう? あなたが毒の解析で有名なヘレナ・アンブローズ女史ですか? お会いできて光栄です。俺はウェード・マッカイスといいます。論文の固さのわりに、お若いですね」
ヘレナは苦笑を浮かべ、会釈をする。
「ふふ。どういたしましてとお返事しておきますわ」
よそいきの笑みを浮かべるヘレナは、いつもより変人度が薄い。
「なあ、君、ケイはどこにいるんだ?」
「銀星の君にお会いしたいわ」
後ろからそわそわとした態度で、エルフ達が話しかけてくる。修太は噴き出しそうになった。
「銀……っ。ぶふっ。ケイは別行動をしているんで、いませんよ」
エルフ達が残念そうにため息をつく。
「そうなの?」
「がっかり~」
「悪かったな、地味な俺が来て!」
あからさまな態度に、修太は思わず言い返す。
「君のことは、じじ様達が会いたがってたよ」
「え、じいちゃん達が? そうだ、せっかくだからサランジュリエ土産でも……」
「シューター君、飴があるから食べないかね」
修太がエルフ達とわいわい話していると、ウェードが咳払いをする。
「おい、親戚みたいなやりとりをして和むな! 父さんも! お菓子を出さない!」
セスが保存袋からお菓子を出すのを、ウェードが止める。
「お前も、とっとと用件を言わないか!」
「すみません!」
修太は慌てて謝って、訪問の事情を話した。




