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一時間後、修太達はまた崖上に集まった。
荷物はそれぞれが保存袋や旅人の指輪に入れて保管し、修太は蛾の討伐に行く者を、一人ずつ順番にバ=イクで下ろすこととなった。
その際、ちょっとしたもめごとが起きた。
討伐に行くメンバーが、修太、グレイ、トリトラ、ウィル、ヘレナ、セヴァン、それからアズラエルとその護衛騎士一人だったのだ。
当然、アズラエルの参加には、全員が難色を示した。
「貴族のぼんぼんを連れていくわけねえだろ」
グレイはきっぱりと拒絶したが、アズラエルも負けていない。
「ぼんぼんではなく、この一団の責任者だ。みずから行動しない者を、エルフが信用すると思わない」
簡潔な言葉には説得力があり、グレイが黙りこむほどだった。
「ですが、あなたにもしもがあれば、ハートレイ子爵領の今後が気にかかります」
ウィルがおずおずと切り出すと、アズラエルは皮肉っぽく笑い返す。
「私一人がいない程度でつぶれる領など、とっととつぶれたほうがいい」
アズラエルの護衛騎士も秘書官も、「これはだめだ」とあきらめ顔をして、天をあおぐ。
修太達は困り果て、グレイの顔をうかがった。戦闘面でトップにいるのは、グレイなので。グレイは舌打ちする。
「ちっ。邪魔になったら帰すからな」
「私は〈青〉としてそれなりに研鑽も積んでいる。足手まといにはならないよ」
そうは言うが、バ=イクで一人ずつ下へ運ぶ時になって、修太はものすごく緊張した。この金髪イケメンと二人きりなんて、どうしていいか分からない。
「すごい。空を飛んでいる」
アズラエルは修太の肩をつかんだまま、わくわくした声を出す。修太はバ=イクを慎重に操作する。
「君は素晴らしいね。漆黒の〈黒〉で、薬草の目利き、賢くて魔動機まで乗りこなすし、顔が広い。私の側近に欲しいくらいだ」
「そっ」
うっかりハンドルを切りそうになり、冷や汗がどっと噴き出す。
「とはいえ、保護者は間に合っているようだ。でも、もし貴族の保護が必要なら、私を訪ねておいで。弟も君を気に入っているようだしね」
さりげなく家族愛をちらつかせ、アズラエルは淡々とした口調に、優しさをにじませる。
(この人は間違いなく良い人!)
修太はそう感じたが、貴族に借りを作るほど恐ろしいものはない。
「聞かなかったことにしておきます。もしそんなことになったら、俺は父さん達と森の奥にでも引っ越しますから」
「ははは! 賢者ではなく、隠者になると? 面白いなあ、君は」
よく分からないが、修太の答えは、アズラエルをひどく満足させたようだった。下に到着すると、アズラエルはひらりと荷台を降りる。
「楽しい空の旅をありがとう」
「……どういたしまして」
地味だといわれていても、彼にカリスマがあるのは間違いなさそうだ。
(かっこいい! ファンになりそう!)
もし学園にいたら、憧れの先輩になっていたかもしれない。
「あの貴族の何がそんなに良いわけ?」
トリトラがつまらなさそうに、横から言う。アズラエルが最後なので、他の者はすでに下で待っていた。
「なんだよ、いきなり」
「楽しそうなにおいがする」
「それくらい、なんとなくで分かれよ。かっこいいじゃんか、アズラエル様。憧れのお兄さんって感じだよな」
「師匠のほうが百万倍かっこいい」
「お前さ、そこは比べたらだめだろ」
そりゃあ、グレイとアズラエルだったら、グレイのほうに軍配が上がる。グレイは性格面に難ありだが、修太からはかっこいい大人に見えるのだ。
「ほら、行くぞ」
修太はバ=イクにまたがったまま、岩場の道を歩く人々についていく。誰かがうっかり足を踏み外しても、バ=イクで拾いに行けるように。
人間達は慎重に歩く中、グレイとトリトラはひょいひょいと身軽に歩いていく。
崖底は暗く、はるか頭上にある空からうっすらと光が差し込んでいるだけだ。
「よくそんなに気軽に歩けるなあ」
修太が感嘆をこめて言うと、グレイが後ろを一瞥し、「ああ」とつぶやく。
「そうか、人間にはこの程度で見えんのだな。俺達は夜目がきくから、特に問題ない」
「足場が湿ってるんじゃなくて、暗いせいか」
「そうだ」
ゆっくりと道を歩いていくと、グレイが前を指さした。
「見ろ、あの辺りが巣だ」
その時、巣から巨大な蛾がひらりと姿を見せる。グレイ達がとっさに身構えた瞬間、川から何か巨大なものが飛び出してきた。
――ふはは、虫の踊り食いじゃーっ
むしゃあっと巨大蛾を頬張るのは、いつかレステファルテの海で会った龍だった。
「は――――!? うっそだろ、シーガルドのじいちゃん、ここで何やってんの!?」
薄闇の中で、うろこが青銀にひらめく。
細かい水しぶきに身をすくめた直後、川の水がはねて、波になった。
グレイとトリトラが修太のバ=イクを同時につかんで、壁際に下がる。驚いてハンドルを握りしめていたのが功をそうし、水をかぶっただけで済んだ。
慌てて振り返ると、全員、無事だ。ずぶ濡れになっている以外。
――ん? 気のせいか、今、ワシの名を呼ばなかったか?
巨大蛾をスナック菓子みたいに食べていた龍は、不思議そうにこちらに頭を近づける。ヘレナがヒッと息をのみ、護衛騎士が剣を構えた。
「レステファルテで会っただろ! 幽霊船の時の!」
修太がフードを脱いで、大声を出すと、龍は目を細める。
――ああ、あの幽霊船の時の〈黒〉の童か? あいかわらず小さいな。
「はあああ? 成長! してます! が!?」
ブチ切れた修太が怒ると、龍は頭を振る。
――人間なんぞ、どれもこれも小さいわ
「この違いが分かんねえとか、老眼かよ」
――なんじゃと、失礼な奴じゃのう!
「耳は良いのかよ!」
ぎゃいぎゃいと言い合う修太と龍に、グレイが割って入る。
「おい、うるせえぞ。シューター、相変わらず平然とモンスターと話しているが、普通はああだからな」
くいっと親指で示す先では、ウィル達が信じられないと引きつった顔をしている。警戒したトリトラとレコンも壁に張り付いていた。
「あ、えーと、龍のじいちゃんとは、レステファルテで知り合ったんだ。そう、俺が海賊に捕まって檻に入れられてた時に、グレイに助けられたんだよな。その後、グレイが乗ってた官船が、オーガーの津波で壊滅した町の救出に向かう時に……」
「待って待って、内容が濃すぎる! 海賊!? 檻!? 津波で壊滅!?」
「オーガーとか言われても分からないわよ!」
ウィルが頭を抱え、ヘレナが突っ込む。
しかたがないので、断片についてははしょって、おおよそを説明した。
「狂いモンスターを鎮めた時に知り合ったんだ?」
トリトラの問いに、修太は頷く。
「そういうことだよ。で、なんでレステファルテの海にいるはずのじいちゃんがここにいるの?」
――ほっほっ。ワシは別にレステファルテの海域にしかいないわけではないぞ。海ならばどこでも行けるのでな。まあ、遠出してもこの辺じゃがの。
龍はそう断ってから、のんびりと返す。
――ここにはたまに寄生虫落としに来て、ついでにおやつを食べるんじゃ。
「寄生虫~?」
――海水でしか生きられぬ寄生虫でな。淡水で体を洗えば、さっぱりするわけじゃよ。
「へえ、そうなんだ。でも、普通は淡水に入ったら死ぬんじゃないか?」
――ワシを魚と一緒にするでない! モンスターじゃぞ!
「あ、そっか。ごめん。でも、おやつって?」
――川の上流に、虫の巣があるだろう? 虫はおやつじゃて
「魚の釣り餌じゃん」
――魚ではないと言っとろうが!
ぷんすかと怒る龍を、修太はまじまじと眺める。
「海蛇?」
――海龍じゃ! まったく、蛇ならとっくに世代交代しておるわ。
修太はきょろきょろして、バ=イクを降りて、川のほうを見る。
「何を探してるんだ?」
グレイの問いに、修太は龍に目をこらしたまま返す。
「じいちゃんのことだから、またオーガーをくっつけてんじゃないかと思って」
――あやつらは海水でしか生きられぬぞ。
「そういえばあれって金魚なの? 蛙?」
――オーガーじゃ。
……さようですか。
モンスターでひとくくりなんだろうか。深く考えないでおこう。
奇妙な偶然だが、龍が寄生虫落としに来たタイミングと、修太の用事が重なった。
「なあ、じいちゃん。頼みがあるんだけど」
――なんじゃ?
「そこの虫の巣、まるごと食ってくんねえ?」
――嫌じゃ。
「なんで!」
――全部食べたら、来年のおやつがなくなるじゃろ!
「そっか。実はエルフが迷惑していてさ。俺達、これからあの虫の巣に毒餌をばらまいて、巣を燃やすところなんだ」
――えぐいな!
ボスモンスターでさえ、たじろいでいる。
修太は誤解だと声を張り上げる。
「待て、俺の案じゃないからな! グレイだ!」
――んん~? そこの斧を持った黒いのも、船にいたような覚えがあるぞ。
「なんで俺のことは適当なのに、グレイのことは覚えてるんだよ!」
――ワシはモンスターじゃぞ。危険なほうに目が向くのは当然じゃろうが! おぬしなんぞ、まったく怖くないわ!
(ああ、なるほど~)
修太だけでなく、周りの人々もグレイを眺めて、龍の言葉に同意して頷いた。
「何か言いたいことがあるのか?」
グレイが周りに目を向けると、彼らはさっと目をそらす。
龍は楽しそうに笑う。
――ははは、なつかしいのう。あの馬鹿王子に砲撃を浴びせられて、逃げ回ったこともあったのう。そういえば、白いのや、猫の騎士や、黒の娘はどうした?
「啓介とフランジェスカとリコさんのこと? ああ、あの時は、俺は寝込んでたけど、そういや啓介が馬鹿王子から砲撃をくらったって言ってたな。今は別行動してるんだ。啓介は結婚して、フランは冒険者で活躍してて、リコさんはあの船の提督と結婚した」
――なんだ、結婚ばっかりだな。おぬしはせんのか?
「俺はまだ子どもだから……ハハハ」
まったくモテないことをわざわざ言うつもりもなく、修太はそろりと視線をそらす。
――人間の大きさの違いはよく分からん。はあ、ワシのおやつ……どうしようかのう。
「レステファルテだと、ああいう巨大な虫は湧かないのか?」
――巨大な虫が多いのは、大陸北部だからな。あっちは陸も海も、蛇が多い。
「じいちゃんもだもんな」
――ワシは海龍じゃと言っとろうが! まったく、失礼な童じゃのう。
そこでグレイが口を挟む。
「で、その話はいつ終わる? お前が食わないなら、俺達が虫の巣を壊す。それだけの話だ」
「ちょっと師匠、モンスターを怒らせたらどうするんですか」
トリトラがひそひそと言うが、グレイは意に介さない。
「毒餌を使う先が変わるだけだ」
この冷たい返事に、ウィルが震えあがる。
「ツカーラ君があんなに親しそうにしている相手を、躊躇なく毒の餌食にできるなんて! さすがすぎる、怖い!」
「私、絶対にあいつだけは敵にしないわ」
ヘレナが決意を込めてつぶやいた。
「ちょっと父さん、ストップ! うーん、どうしよう。どっちの要望もクリアできる良い方法はないものかな」
修太は腕を組んで、考え込む。
長生きしている龍のことを思えば、ささやかな楽しみを奪うのは申し訳ない。だが、放置しているとエルフに被害が行く。
すると、アズラエルが前に出た。
「海龍殿、あなたがエルフを脅せば解決するのでは?」
――なんかとんでもないことを言い出したぞ、この貴族。
修太はぎょっとして、アズラエルの顔を凝視する。
――脅す~?
「そうです。そしてあちらがおびえている隙に、交渉を有利に進めるんですよ。そうですね。定期的に虫を食べに来る代わりに、虫の巣は放置するように、と。私達が仲介人になりましょう。そうすれば、クエスト失敗ではなく、クエスト変更になるので」
今度はグレイが口を開く。
「つまり、海龍なんて災害級モンスターがいたから、虫の巣破壊はできなくてもしかたがないし、今後のエルフの安全のために、海龍と話し合いの場をもうければ、あちらに恩を売れて一石二鳥ってことか? 虫の巣を壊して、海龍のうらみを買うわけにもいかない。怒らせれば、ミストレインに被害があるかもしれない。海龍と巨大蛾なら、前者のほうが脅威は上だ」
「そうですよ。話し合いという切り札を持ってきた恩人におさまれば、万事解決というわけですね」
「普通ならばそう簡単にいくかと言うところだが、今回に限っては、そいつとは知り合いだからいけるな。――どうする、龍のじいさん。うっかり半年も寝過ごすような奴が、定期的な駆除を約束できるのか、俺には疑問だがな」
グレイがいつかのことを持ち出すと、龍がおおげさにのけぞる。
――うぐっ。ちょっと昼寝しておったことを持ち出しおってからに!
「じゃあ、この時期までにじいちゃんが来なかったら、虫を駆除するっていうラインを決めるのはどうだ?」
修太が付け足すと、龍はむうとうなる。
――そうじゃなあ。それがいいだろう。ワシとおぬしらでは時間の流れが違うからなあ。
「ちょっと昼寝で、半年だもんな」
オーガーと龍が口喧嘩していたのを思い出して、修太はしみじみと同意する。
――しつこい!
そういうわけで、龍がエルフと交渉することに決まった。
「せっかく毒餌を準備したのに。あの危険物、どうしましょ」
ため息交じりにつぶやくヘレナに、グレイはこともなげに返す。
「ダンジョンに捨てに行けばいいだろ」
「簡単に言ってくれるわよね」
「その程度のことは、大した問題じゃない」
グレイがきっぱりと断定したので、同行者達は反論をのみ込んだ。
「なあ、トリトラ。グレイが行動を共にしている奴らが変なのだと聞いていたが、もしかしてグレイも……」
「しーっ、レコン。死にたくなかったら黙って!」
レコンがひそりとトリトラに話しかけるのを、トリトラが必死に止める。
「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」
グレイがレコンに話しかけると、レコンは無謀にも正直に話す。
「グレイも変人なんじゃ……いだーっ。なんで殴るんです!?」
容赦なくグレイの鉄拳が飛んだので、レコンは頭を押さえてしゃがみこむ。痛みのせいか、あのレコンが涙目になっている。
「言えとは言ったが、制裁しないとは言ってない」
「理不尽……!」
レコンのつぶやきに、トリトラが大きく頷いた。
「だから黙れと言ったのに。馬鹿正直なんてアホじゃない?」
「あんたも辛辣だな!」
トリトラの毒舌まで加わって、レコンがかわいそうだ。
「え、えーっと、とりあえずおおよその流れをまとめようぜ?」
場をどうにかしようと、修太は無理矢理、会話を方向転換した。
短めに区切るか迷って、久しぶりにちょっと長めにしました。
そしてご無沙汰な、シーガルドのおじいちゃんです。




