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崖の上まで戻ると、周りには見物人が増えていた。
「おお、来たぞ!」
「すごいわ、エルフの魔動機を乗りこなしてる!」
拍手とともに歓声が上がる。修太はフードの下で口元を引きつらせた。
「なんなんだ、うぜえな」
グレイの独り言に、珍しく同意見だ。
「ああ、戻ってきた! 良かった! 怪我はない?」
落ち着きなく歩き回っていたウィルが、パーッと明るい顔をして駆け寄るのを、グレイがじろりとにらむ。
「あ? 俺がいるのに、こいつに怪我をさせるわけがねえだろ」
「すみません! でも僕はちゃんとグレイさんの心配も」
「余計な世話だな」
ウィルがしょんぼりと肩を落とす。いい大人だが、そうしていると捨てられた子犬みたいだ。ヘレナがなぐさめると、ウィルは分かりやすく顔を赤くする。
良いんだか悪いんだかだなと思いながら、修太はグレイに声をかけた。
「もう、父さん。せっかく優しくしてくれてるんだから、そんな言い方はないだろ」
「弱いと言われるのは、黒狼族への最大の侮辱だ」
「そうだけどさぁ。ウィルさん、ごめんなさい」
これ以上言ってもしかたがないので、修太がグレイの代わりに謝った。
「いや、いいんだよ。うん……」
ウィルは手を振るが、大丈夫ではなさそうだ。
バ=イクをよく見ようと近づく野次馬を見て、グレイが荷台から降りた。トリトラからハルバートを受け取り、彼らをじろとねめつける。
「それ以上近づいたら、崖から蹴り落とす」
脅しではなく、宣言だ。野次馬がザッと後ろに戻った。黒狼族ならばやりかねないのを、セーセレティーの民はよく分かっているようだ。
崖下で見たことを、グレイが旅の同行者達に手短に説明する。
「道があるのか、良いことを聞いた。そこまでくさいなら、罠を仕掛けて遠距離で起動が良いだろうな」
セヴァンのつぶやきに、トリトラが口を出す。
「巣に油をまいておいて、簡易設置型地雷魔具か、投げ込み型爆晶石で爆破がいいんじゃない?」
「簡易設置型地雷魔具って、ビルクモーレで前に投げ込まれたやつか? ほら、俺がよく知らずに触って無効化しちまったやつ」
「それそれ。そんなこともあったねえ」
修太が懐かしく思っていると、レコンにどん引きされた。
「は? 暗殺未遂をのんきにしゃべるなよ」
「あれはグレイが狙われたから、俺宛てじゃないぞ」
「巻き込まれている時点で、似たようなもんだろ」
レコンの言葉に、ウィル達が深く頷く。
「俺が触るとまた無効化しちまいそうだな」
「あんな危険物を素人に触らせるわけがない」
グレイが手を振り、投げ込み型爆晶石にするべきだと言った。
「地雷型魔具は触れると爆発するから、退避時間がとれないかもしれん」
「相手は虫ですしね、それがいいですね」
トリトラが了承し、セヴァンが段取りを呟く。
「じゃあ、油を用意するか」
「お前ら、薬師だろ。虫用の駆除剤も用意しろ。餌に混ぜて投げ込んで、動けなくなったら爆破でとどめを刺す」
「えげつなっ」
人間達はあからさまに引いたが、害になるモンスター退治だと割り切ったのか、毒餌の用意について受け入れた。
「それなら麻痺毒がいいかしら。毒餌は私に任せて。毒の魔女ですから」
ヘレナが挙手し、ウィルと修太を見る。
「あなた達、手伝ってちょうだい」
「もちろん」
「え、俺も?」
驚く修太に、ヘレナは首肯する。
「ツカーラ君なら扱いが分かる種類の薬草よ。まずは薬屋を当たって……ん? いや、あなたならもしかして持ってるかも」
「毒草は持ち歩かないよ。食べられないだろ」
「あはは! それもそうね!」
何が面白かったのか、ツボに入ったヘレナは腹を抱えて笑い出す。
「緊張感がない会話だな」
「いいじゃないか、レコン。かわいいだろ」
「あんたもあいつに甘いよな」
にこにこしているトリトラに、レコンは呆れの目を向けた。
それから、グレイはセヴァンに予定を話す。
「油はそちらに任せて、俺達は爆晶石の調達をする」
「グレイ、そんな危険物をほいほい買えるのか?」
「まさか。冒険者なら緑ランク以上、それ以外の者が買う時は許可証が必要だ。冒険者でも、ギルドで講習を受けないと買えない。ダンジョンなんて逃げ場のない場所で、巻き添えくらうなんて誰でもごめんだからな」
想像してみると、かなりの地獄絵図だ。
「しっかりしたギルドで安心したよ」
修太は胸をなでおろす。
「半鐘後に、ここに集合だ。トリトラ、お前はシューターについていけ。レコンには、ついでに爆晶石の扱い方をレクチャーする」
「分かりました」
それぞれ動き始めようとすると、アズラエルの秘書官が呼び止めた。
「皆さん、領収書をもらってくださいね。経費ですから、あとで報酬と一緒にお返しします」
さすがは秘書官、しっかりしている。




