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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
123/178

 5



 崖の上まで戻ると、周りには見物人が増えていた。


「おお、来たぞ!」

「すごいわ、エルフの魔動機を乗りこなしてる!」


 拍手とともに歓声が上がる。修太はフードの下で口元を引きつらせた。


「なんなんだ、うぜえな」


 グレイの独り言に、珍しく同意見だ。


「ああ、戻ってきた! 良かった! 怪我はない?」


 落ち着きなく歩き回っていたウィルが、パーッと明るい顔をして駆け寄るのを、グレイがじろりとにらむ。


「あ? 俺がいるのに、こいつに怪我をさせるわけがねえだろ」

「すみません! でも僕はちゃんとグレイさんの心配も」

「余計な世話だな」


 ウィルがしょんぼりと肩を落とす。いい大人だが、そうしていると捨てられた子犬みたいだ。ヘレナがなぐさめると、ウィルは分かりやすく顔を赤くする。

 良いんだか悪いんだかだなと思いながら、修太はグレイに声をかけた。


「もう、父さん。せっかく優しくしてくれてるんだから、そんな言い方はないだろ」

「弱いと言われるのは、黒狼族への最大の侮辱だ」

「そうだけどさぁ。ウィルさん、ごめんなさい」


 これ以上言ってもしかたがないので、修太がグレイの代わりに謝った。


「いや、いいんだよ。うん……」


 ウィルは手を振るが、大丈夫ではなさそうだ。

 バ=イクをよく見ようと近づく野次馬を見て、グレイが荷台から降りた。トリトラからハルバートを受け取り、彼らをじろとねめつける。


「それ以上近づいたら、崖から蹴り落とす」


 脅しではなく、宣言だ。野次馬がザッと後ろに戻った。黒狼族ならばやりかねないのを、セーセレティーの民はよく分かっているようだ。

 崖下で見たことを、グレイが旅の同行者達に手短に説明する。


「道があるのか、良いことを聞いた。そこまでくさいなら、罠を仕掛けて遠距離で起動が良いだろうな」


 セヴァンのつぶやきに、トリトラが口を出す。


「巣に油をまいておいて、簡易設置型地雷魔具か、投げ込み型爆晶石(ダムズ)で爆破がいいんじゃない?」

「簡易設置型地雷魔具って、ビルクモーレで前に投げ込まれたやつか? ほら、俺がよく知らずに触って無効化しちまったやつ」

「それそれ。そんなこともあったねえ」


 修太が懐かしく思っていると、レコンにどん引きされた。


「は? 暗殺未遂をのんきにしゃべるなよ」

「あれはグレイが狙われたから、俺宛てじゃないぞ」

「巻き込まれている時点で、似たようなもんだろ」


 レコンの言葉に、ウィル達が深く頷く。


「俺が触るとまた無効化しちまいそうだな」

「あんな危険物を素人に触らせるわけがない」


 グレイが手を振り、投げ込み型爆晶石にするべきだと言った。


「地雷型魔具は触れると爆発するから、退避時間がとれないかもしれん」

「相手は虫ですしね、それがいいですね」


 トリトラが了承し、セヴァンが段取りを呟く。


「じゃあ、油を用意するか」

「お前ら、薬師だろ。虫用の駆除剤も用意しろ。餌に混ぜて投げ込んで、動けなくなったら爆破でとどめを刺す」

「えげつなっ」


 人間達はあからさまに引いたが、害になるモンスター退治だと割り切ったのか、毒餌の用意について受け入れた。


「それなら麻痺毒がいいかしら。毒餌は私に任せて。毒の魔女ですから」


 ヘレナが挙手し、ウィルと修太を見る。


「あなた達、手伝ってちょうだい」

「もちろん」

「え、俺も?」


 驚く修太に、ヘレナは首肯する。


「ツカーラ君なら扱いが分かる種類の薬草よ。まずは薬屋を当たって……ん? いや、あなたならもしかして持ってるかも」

「毒草は持ち歩かないよ。食べられないだろ」

「あはは! それもそうね!」


 何が面白かったのか、ツボに入ったヘレナは腹を抱えて笑い出す。


「緊張感がない会話だな」

「いいじゃないか、レコン。かわいいだろ」

「あんたもあいつに甘いよな」


 にこにこしているトリトラに、レコンは呆れの目を向けた。

 それから、グレイはセヴァンに予定を話す。


「油はそちらに任せて、俺達は爆晶石の調達をする」

「グレイ、そんな危険物をほいほい買えるのか?」


「まさか。冒険者なら緑ランク以上、それ以外の者が買う時は許可証が必要だ。冒険者でも、ギルドで講習を受けないと買えない。ダンジョンなんて逃げ場のない場所で、巻き添えくらうなんて誰でもごめんだからな」


 想像してみると、かなりの地獄絵図だ。


「しっかりしたギルドで安心したよ」


 修太は胸をなでおろす。


「半鐘後に、ここに集合だ。トリトラ、お前はシューターについていけ。レコンには、ついでに爆晶石の扱い方をレクチャーする」

「分かりました」


 それぞれ動き始めようとすると、アズラエルの秘書官が呼び止めた。


「皆さん、領収書をもらってくださいね。経費ですから、あとで報酬と一緒にお返しします」


 さすがは秘書官、しっかりしている。


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