第十三話 クエスト「巨大蛾の巣を退治せよ」 1
リストークの町は、セーセレティー精霊国、北の国境手前にある。
イソギンチャクの岩場から半日移動したら、修太の体調も回復し、そこから二日半かかって、やっと今回の旅の目的地に着いた。
「久しぶりだなあ」
修太はのどかな気分で、御者台から街並みを眺める。
この町には、医者や薬師が多い。その理由は二つある。一つは、飲めば寿命がのびるといわれる名水があること、二つは、人間とエルフが住む境界線の町であることだ。
質の良い薬には、良い水が欠かせない。そして、エルフは時折、薬を売ることがある。エルフが作った薬は、人間には及ばない英知を使っているので、効果がかなり高い。
薬の研究のために、自然と医者や薬師が集まり、そこへ治療目的の客が集まった。当然、生活する場所が必要なので、保養所が設けられている。
そして発展した町だ。
「わっ」
ガタッと馬車が揺れ、修太は座席にしがみついた。
町に入ってすぐに貸しグラスシープを返したため、馬車に移ることになったが、あの薬師ギルド事件以来、いまだに箱型馬車が苦手なので、御者台に落ち着いた。
日差しがさえぎられて涼しい水底森林地帯と違い、リストークは蒸し暑い。気温調節の魔法陣付きマントを着ているから良いが、そうでなかったらとっくに汗だくだろう。
町に着いたのは午後三時過ぎ頃で、これからミストレイン王国の門に行くには、時間帯が微妙だ。
アズラエルとは宿通りの高級宿前で別れ、修太達はセヴァンの実家にある保養所に向かうことになった。
「セヴァン先生、俺達、人数が増えたのに、大丈夫なんですか?」
修太は馬車の御者台の後ろにある小窓を開けて、中に問う。
「おう。実家の保養所は、団体用だから問題ない。うちは昔は貧しかったんだが、俺が稼いで仕送りした金で、弟が上手いことやってな。結構広いんだぜ」
「先生の弟! やっぱり先生に似て、目つきが悪いんですか?」
「そこかよ。というかツカーラ、本当に失礼だぞ!」
セヴァンが怒ったので、修太は急いで小窓を閉め、御者台に座りなおした。御者の騎士が肩を震わせて笑っている。
「君、なかなかの悪ガキぶりだな」
「それはどうも」
修太はそれだけ返した。
「ほわー、すげえでかい」
レノワール家の保養所は、木と石を上手く使った二階建ての建物だ。外観はロッジに近く、丸太屋根の上に、やしの葉が積まれている。
石造りの家が多いセーセレティー精霊国だが、貧民層だとヤシ科の大きな葉を使った屋根と壁だけの掘立小屋も見かける。やしの葉は水を弾くし、風を通すから涼しいそうだ。
土台はしっかりしているものの、材料は節約した建物である。庶民向けの保養所ならこんなものだろう。それより、中の清潔さが気になる。
「兄さん、お帰り。皆さんもようこそ!」
保養所の入り口に馬車を止め、荷物を下ろしていると、すぐにセヴァンの弟であるスヴェンが出てきた。彼らの両親と、弟の妻子も一緒だ。
セヴァンは家族とあいさつをする。
「保養所を使わせてくれてありがとうな」
「ちゃんと宿賃ももらうんだから、こちらにはありがたいよ。雨季休暇が終わると、この辺も静かだからね」
スヴェンはセヴァンと似ているが、いくらかはつらつとして明るい印象がある。セヴァンが同行者を紹介すると、スヴェンはウィルに右手を差し出して握手をかわす。
「あなたがウィルの兄貴ですか! 兄さんから手紙でおうかがいしております。ドナエル先生と親しくされていらっしゃるんでしょう? 兄がご迷惑をおかけしていないといいのですが」
「とんでもない。むしろ僕のほうが迷惑をかけているくらいです。いつも手伝ってくれて、本当に優しい人ですよ、あなたのお兄さんは」
「照れるからやめてくれ!」
弟とウィルの会話に、セヴァンが割り込んだ。
「いや、でも先生は確かに良い人だし、優しいと思います」
「ツカーラ、よいしょしなくていいぞ」
「え? 真面目に言ってるんですけど」
修太が首を傾げると、セヴァンはくるりと背を向けた。
「やめろ。家族の前でそういう話をされるのは駄目なんだ。俺は中をチェックしてくる!」
「あ、逃げた」
ヘレナがぼそりと呟くくらいには、セヴァンは見事な逃走ぶりだ。スヴェンは気にせず笑っている。
「兄は褒めると喜ぶくせに、照れ屋なんですよね。さあ、どうぞ。施設の使い方を教えながら、中をご案内いたします」
スヴェンは、荷物は家族が運ぶから放っておくように言って手招く。
こちらには騎士一人と馬車が置かれることになるそうで、それ以外の騎士はアズラエルの護衛に戻った。
食堂や風呂場の解放時間や使い方、洗濯の代金などを教えると、夜は宿直以外は家に帰ると言って、スヴェンを残してレノワール家の人々はいなくなった。
保養所には住み込みのスタッフが七人おり、ほとんど何かしらの家事をしているようだ。家族は通いだという。
団体客向けと言っても、部屋は個室や二人部屋がほとんどだ。
「ここは治療に来た患者さんやその付き添いがほとんどなので、大部屋はあまり人気がないんですよ。追加のお二人分は別にいただきますが、団体割引をしておきますね」
スヴェンが告げた一日分の宿代に、トリトラが驚く。
「そんなに安くていいの? 食費込みでしょ?」
「ええ。元々、まるごと一棟の契約なんで、余っている部屋を使ってくれるならこちらもありがたいですし」
スヴェンはそれじゃあと断って、宿直室のほうへ下がった。
「ベッドもしっかりしてるし、良い部屋じゃないか」
しっかりマットや掛布をチェックしながら、トリトラが言う。修太が割り当てられた部屋は、トリトラの左隣だ。その左がグレイの部屋だ。
「へえ、部屋によって雰囲気が違うんだな。面白い」
「見たい見たい」
しばらくそれぞれの部屋を行き来して、部屋の違いを見て回った。
最低限の家具しかないが、リゾートホテルの客室に似ている。
蒸し暑いのは嫌なので、修太は魔具屋で買っておいた、気温を下げる効果のある魔法陣が刺繍されたタペストリーを、壁に引っ掛けておいた。このタペストリー、ギルドなどで見かけるものだ。糸の材料が、魔法使いの血を使う血染めの糸なのが怖いが、それだけで十年くらいは使えるそうだから、もちが良い。
効果が消えたら、買い替えだ。
ただ、例外がある。修太のような〈黒〉だと、日常的に魔力を放出しているので、血染めの糸がその魔力をたくわえるから、普段着にしているなら、ほぼ永久的に魔法陣の効果は切れない。
(生きている充電装置かよって話だよな)
啓介から、効果の検証をするため、オルファーレンにもらった魔法陣付きマントの効果が切れたら、修太のところに持ってきていいかと訊かれたのを思い出して、修太はふっと笑った。
(魔力混合液に浸すとかじゃ駄目なのかな?)
水に魔力が含まれているのだから、やり方次第では上手くいくのではだろうか。
(湧き水に浸しておいたらどうなるんだろう)
エルフが湧き水から魔力を取り出して魔動機を動かせるのだから、魔法陣でも同じことができるんじゃないだろうか。
(啓介も、これくらいなら思いついてそうだよな。今度、手紙で話してみよう)
実験好きな啓介なので、喜んで試行錯誤するだろう。
そこでくうっとお腹が鳴り、修太は窓に目を向ける。外はまだまだ明るい。
(夕食まで時間があるし、近くに市場があったから、覗いてこようかな)
リストークのお菓子を食べたいと思って、廊下に出る。部屋に鍵をかけると、グレイが顔を出した。
「どうした?」
「外に出かけようぜ。おやつを食べたい」
「俺もこいつを買いたいと思ってたところだ。ついでに、酒も」
どうやらグレイは紙煙草と酒を買いに行くつもりのようで、自然と一緒に出掛けることが決定した。
「僕も行くよ。リストークのお酒って何があるかな」
面白い酒が好きなトリトラは、楽しげにつぶやく。レコンも何も言わずに続くので、どうやら一緒に来るようだ。しかし何も言わないので、念のために確認する。
「来るの?」
「俺は修行の補足のために来てるんだぞ。グレイの時間をもらってるんだから、学ばないとな」
「お前って意外と真面目だな」
「もったいないだろ」
「あ、違うか。がめつい」
「うるさい」
レコンの時間や金への節約思考は、いったいどこで身に着いたんだろうか。気分を優先するグレイやトリトラ、シークばかり見ていたので、修太には黒狼族としては変わっているほうに映った。
2020.8/9 修正しました。いくらか削りました。
2020.9/2 タイトル変更。




