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その日は、隊商宿での宿泊となった。
二階の大食堂には、長いテーブルが三つ並んでおり、そこに旅人達がそれぞれで固まってめいめいに食事をしている。
「黒狼族との旅なんて上手くやれるか不安だったけど、ツカーラ君にもびっくりしたわ。さすが、彼らと親しくできるだけあるわねえ」
「どういう意味ですか、ヘレナさん。俺にも父さん達にも失礼でしょ」
ケテケテ鳥のピリ辛煮込みと、モルゴン芋を蒸したポルケを食べながら、修太はヘレナに言い返す。
そこへグレイがエールと小瓶三本を手に戻ってきた。
「どうした?」
「ヘレナさんが、俺のことを変人呼ばわりするんだ」
「……そうだろうな」
「なんで否定しないの? 俺、こんなに普通なのに!」
修太は自分の胸を叩いて主張したが、居合わせている面々は誰も同意せず、すっと目をそらした。
なんだ、その反応は。
修太には納得がいかないが、それよりもグレイの様子が気になった。
「ところで父さん、なんだか機嫌が良い気がするけど、なんかあったの?」
「昼間に食べたヤミシシの残りを売ったら、良い値がついた。ここには行商は来るが、ヤミシシの肉が持ち込まれることはほとんどないそうだ」
「へえ、良かったな。父さんといるとよく食べるけど、そういえば高級食材だっけ、ヤミシシって」
普通は最低でもプロの冒険者が四人で、遠くから弓矢で射て、弱らせてしとめる大物の猛獣だ。狩るのが大変だが、肉は美味なので、高値で売れる。
「従業員に〈青〉がいるそうでな。値引く代わりに、魔力混合水を融通してもらった。後で飲んでおけよ」
「ありがとう」
小瓶を受け取り、修太は礼を言う。グレイは返事をする代わりに、修太の頭にポンと手を置いた。話は済んだようで、エールをあおる。
こんな旅なので、貴族でも食堂で共に食べている。真ん中のほうの席で、騎士と隣あってスープを飲んでいたアズラエルは、こちらをじっと見ていた。
「なんですか?」
「ああ、いや、本当に親子なのだなと思ってね。仲が良くて微笑ましい。君もそう思わないか」
アズラエルが隣の騎士に声をかけると、いかつい顔の騎士も同意した。
「ええ、そうでございますな、アズラエル様」
「うれしいです、ありがとうございます。父さん、褒めてくれたよ、良かったな」
修太は機嫌よく返したが、グレイは鼻で笑う。
「ふん。周りがどう言おうが、興味ねえよ。親子らしくないと言われたからと言って、親子でないってことにはならんだろ」
「そりゃあ、そうだけどさあ。父さんはぶれないなあ。良いと思うぜ」
皮肉のこもったグレイの言葉も、修太にはありふれた日常だ。
気にもとめずにあっさり流している修太の様子に、アズラエルは微苦笑を浮かべる。
「はは。やっぱりお前さん、変わってるなあ」
セヴァンが笑う。
「どこがですか。――ふう、これ、ちょっと辛いけどおいしいな。すみませーん、お代わりいいですか?」
ちょうど近場に給仕がやって来たので、修太は手を挙げて呼び止め、すかさず注文する。
「お前、よく食べるな。学園でも思っていたが、どこにそんなに入るんだ?」
ハーブソルトで味付けをしたケテケテ鳥の串焼きを手に、レコンがけげんそうに問う。
「シューターは大食いだからねえ。っていうか、そんなもんでいいの? いつも三人前くらい食べてるじゃないか」
トリトラの指摘に、修太は大きく頷く。
「後でおやつを食べるつもりだから、いいんだ。最近、冒険者ギルドで、食べ物を依頼するのにはまっててさ。そっちも食べなきゃ」
「ああ、〈四季の塔〉のドロップアイテムって、たまに料理があるもんね。言ってくれたら、僕が取ってきてあげるのに」
「前に、草団子でこりたからいいよ。紫ランクの家族なら、低層階のアイテムは依頼してくれってリックに注意されたんだよな」
「あいつ、口うるさいなあ。上の階なら頼まれるからね。ま、ソロで行けるのは二十階までだけど。それより先は少しずつ人手がいるんだよね」
トリトラは面倒くさそうにぼやく。
「ははっ、そういえばトリトラ、パーティに入ってはもめて離脱ばっかりしてたよな。最近はどうなんだ?」
「僕がシークや師匠以外と、上手くやれると思う?」
「あはははは、無理そう!」
修太はテーブルを叩いて、遠慮なく笑う。
「ひどい人だよねえ。なんで駄目なんだろうなあ?」
「いや、考えるまでもなく、その毒舌のせいだろ」
「本当のことしか言ってないのに」
「人間には本音と建前があるんだって」
「君達は面倒くさいよね」
「それ、こっちの台詞!」
ポンポンと軽口が飛び交うのを、ウィルがはらはらと口を出す。
「ちょ、ちょっと、お互いに言いすぎじゃない?」
「いつもこんなもんですよ、ウィルさん」
「同じことを君に言われたらムカつくけど、シューターだから問題ない」
修太とトリトラの返事は、しごくあっさりしている。遠慮のない言い合いは、親しいからできることだ。
「すごいなあ。僕にはだいぶドキドキする言い合いだよ」
ウィルは小心者な面を見せて、肩をすくめて身を縮める。
「お待ちどうさま、お代わりだよ」
「ありがとう、お兄さん!」
そこへ給仕が料理を運んできたので、修太は入れ替わりに空になった器を渡す。
食事が済むと、早々に部屋に引き上げる。
隊商宿には、大部屋しかない。一部屋を貸し切るか、見知らぬ者との相部屋だ。相部屋はベッド単位で借りる形になる。
修太達は十四人いるから、十五人用の大部屋を貸し切っていた。
こんな安宿には客用の風呂場はないが、湯を入れたたらいを運んでくれるサービスがあるので、お湯に布を浸して軽く拭いた。
ほとんどベンチみたいなベッドに、旅人の指輪から出した布団を敷いて休む。
旅をしていると、グレイは見知らぬ者の前では横にならないので、壁際に椅子を置いて座ったまま時間を過ごしている。
女性が一人だけということで、端っこのベッドに落ち着いたヘレナは、そんなグレイにびびっている。
「ちょっと賊狩り、夜中に見たら怖いじゃないの」
「そうか。慣れろ」
「最低ね」
文句は言いつつも、馬車に揺られて疲れていたようで、ヘレナはあっさり夢の中に落ちる。
(そうか、俺はとっくに慣れたけど、普通の人には父さんの休み方は怖いのか……)
修太は意外に思いながら、眠りに落ちた。
平穏な旅になりそうだと安心していたが、夜中に宿の主人に扉を叩いて起こされた。
「すみません、薬師の方でしたよね。息子が熱を出したので、診ていただけませんか。宿代をおまけしますから!」
人の好いウィルはすぐに対応し、おかげで翌朝には腕の良い薬師がいることが隊商宿内に広まった。
「うちの家内も診てください!」
「お代、果物でもいいですか」
「ちょっと具合が悪くて……」
早朝に食事をしたら出発するつもりが、ウィル達が宿の従業員や旅人に捕まったせいで、昼までずるずると延期することになった。
「お前ら、旅をするつもりがあるのか? 今後は薬師ってことは隠せ。次に同じことがあったら、置いていく」
予定の大幅な狂いにグレイが怒り、条件を突きつける。
「すみませんすみません、本当に申し訳ありませんでした!」
グレイだけでなく、多忙なアズラエルの時間も奪っているだけに、ウィルは平身低頭で謝り倒す。
「父さん、あんまり言うとかわいそうだよ」
「シューター、いい大人を甘やかすな。お人好しを放っておくと、いつまで経っても目的地につかねえだろ。――いいか、よっぽどの重症以外、薬師の仕事はするなよ。そこの二人もだ」
「はい、お約束いたします」
「すみませんでした」
「気を付けるよ」
うなだれるウィルの後ろで、ヘレナとセヴァンも気まずげに同意した。
しかし、重症以外はと付けるあたり、グレイは優しいほうだと思う。
「父さん、良い人だね」
「は? どうしてそんな話になった」
修太が思わずつぶやくと、グレイは眉をひそめた。




