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サランジュリエから東に行き、そこから北上して王都を目指す。
雨季休暇では、修太がグラスシープに乗り、グレイが横を駆けるという強行突破をしたので片道三日で済んだが、ゆっくり進むと王都まで五日はかかる。
町や村で宿泊する以外だと、街道沿いに隊商宿がある。堅牢な石壁で作られた二階建ての建物で、門から中に入ると中庭に進み、一階に厩舎と台所や風呂があり、二階が宿泊施設と宿の主人や従業員の部屋になっていた。
王都までは大きな街道があり、商人が多く行きかう。盗賊やモンスター、猛獣に襲われる危険をまぬかれ、ベッドで休める宿泊所はいつ来てもにぎわっていた。小さな村くらいの設備だ。場所によっては、隣が騎士団の屯所になっている。
国仕えの騎士団は見回りを兼ねて、街道の整備も担当している。セーセレティー精霊国の民はのんびりしているが、警備などはしっかりしているので、旅人にとっては安心だ。もちろん悪い人もいるが、ほとんどは真面目だ。
外との戦がないかわり、たまに内戦が起きて国が荒れるだけあって、貴族でも国内の平安には気を配っているそうである。
他には、聖堂につとめる祭司は慈善事業に精を出しており、国の手が足りないところをカバーしている。
騎士や兵士が足りなければ、冒険者や傭兵に声がかかるため、持ちつ持たれつの関係だ。
「おー、コウ、やるじゃねえか。よしよし」
街道沿いで休憩していると、コウが森のほうへ駆けていき、しばらくして鳥をくわえて戻ってきた。修太はコウを褒めて、頭を撫でる。
「トリトラ兄さん、これ、さばいてくれよ」
「よしきた。任せて」
修太が鳥をトリトラに差し出すと、トリトラは喜んで引き受ける。トリトラは獲物の解体が好きなので、あまり断らない。
そこへ、枝を拾ってきたグレイが手早く焚火を作った。
「雨のにおいもしねえから、今のうちに食事にするか」
「父さん、ちょっと周りを見てきていい? 野草を摘んできたい」
グレイは無言でウィルのほうを見た。視線に気づいたウィルは快く引き受ける。
「僕が同行しますよ。ツカーラ君、行こうか」
「私も行く」
「俺も」
ヘレナとセヴァンもついてきた。ヘレナが隣に並ぶと、ウィルが分かりやすく緊張したので、修太はこっそり笑う。
そして数歩もいかないうちに、薬草を見つけて摘む。
「やった、イシコロダケだ。スープにしよう」
「「「は?」」」
ウィル達はこわばった顔をする。ヘレナがツッコミを入れた。
「ちょっと、ツカーラ君ったら。解熱剤になる希少素材じゃないの」
「おいしいですよ」
「いや、料理にするくらいなら、私にちょうだ……」
「駄目だよ、ヘレナ。薬草を摘んだ人がどう使おうが自由だ」
ヘレナが薬草として欲しがったが、ウィルが止めた。
「じゃあ、次に見つけたらあげますね。あっ、ほら、そこにあるじゃないですか」
修太が散歩するような足取りで進み、ぴょんと座っては薬草を摘み、旅人の指輪から出したざるに入れていくのを見て、ウィル達は黙り込む。
「慣れている私にも、彼の目がおかしいとしか思えない」
「なんであの距離で見つけるんだ? すげえな、ツカーラ」
「僕にも小石にしか見えないよ」
三人が信じられないと話しているので、修太は不思議に思って返す。
「え? まあ、俺もたまに小石と間違えてますけど、イシコロダケはアジュ草の根元と、グレンガシの根元に多く生えやすいから、その辺を探していれば見つかりますよ」
「「「はー?」」」
「うわ、びっくりした。何?」
三人が声をそろえて叫んだので、修太はビクッと肩を揺する。
「いやいや、イシコロダケの生態は不明なのに! 森を歩いていてたまたま見つけたらラッキーっていう薬草だよ?」
ウィルが前のめりで主張する。
「はい。俺も森を歩いていたら、たまたま見つけますよ!」
「それ、たまたまって言わない!」
「そんなこと言われても……」
頭を抱えているウィルを前に、修太は困って視線をさまよわせる。
もしかしてまずいことを言ったんだろうか。
(でもなあ、いつもそれを目印に探してるしなあ)
首を傾げる修太の前で、セヴァンが帳面を取り出す。
「ところで、ツカーラ。それについてメモをしても?」
「構いませんけど、俺はこいつをスープにしますからね?」
「好きにしろ」
セヴァンが記録をとりたいと言うので、修太は違う場所に移動しながら、コツを教える。
「はー、本当だな。確かにこの二種の根元に見かける」
セヴァンはしゃがみこんで、しげしげとイシコロダケを眺める。ヘレナとウィルも傍にしゃがみこんで、仕事モードで話し合う。
「すごいわ。でも、扱い方を間違えると、薬草が根絶やしにされてしまいそうね」
「対策をまとめるまで、口外しないようにしないとね。ツカーラ君も、うっかり話さないでほしい。イシコロダケはよく効くし高価だから、皆、欲しがるんだよ」
「分かりました。俺もスープの材料がなくなるのは嫌だし」
修太の返事に、ヘレナがため息を返す。
「スープから離れなさいってば」
「ヘレナさん、エスターさんと同じこと言ってる」
「言いたくもなるわよ」
ひとまず薬草を半分だけ摘むと、修太がスープにする分以外は、ウィル達が均等に分け合った。
そして休憩場所に戻ると、グレイの姿がない。
「あれ? 父さんは?」
「師匠なら、獲物のにおいがするって出かけたよ」
「ふーん」
トリトラの説明に、修太はとりあえず頷いた。トリトラがさばいた鳥肉を見せる。
「シューター、水の出る魔具を持ってたよね?」
肉はもちろん、ナイフと手も洗いたいようなので、修太は魔具を出して、離れた所で水を出してあげた。
「これ、塩焼きにするね」
「俺はスープを作るよ」
修太とトリトラは料理の用意を始める。レコンは少し離れた場所に立って、周囲の警戒をしている。
修太はいつも通り、自然と役割分担をして、好きに動いていた。
アズラエルのほうは、騎士と部下が食事の支度をしながら、警戒に当たっている。
「旅をしながら、料理もするの? 面倒くさいから、出来あいのものを保存袋に入れてきたわよ」
ヘレナが意外そうに口を出し、ウィルとセヴァンも同調する。
「干し芋と干し肉で済ませるほうが楽だけどな」
「せいぜい、夜に焚火しながら茶を飲む程度ですよね、兄貴」
確かに、修太も一人旅だったらそうしていただろう。しかし、ここにいるのは黒狼族だ。
「別に、狩りをして調理するくらい、手間じゃないでしょ」
トリトラがあっさりと返した時、ズズ……と何かが引きずられる音が近づいてきた。
グレイがヤミシシの後ろ脚をつかんで、引きずって現れる。
「おい、良いものを狩ってきたぞ」
「お帰り、父さん。わーっ、やった、ヤミシシだ!」
修太が立ち上がって喜ぶ横で、トリトラも顔を輝かせる。
「すごいです、師匠。ごちそうだ!」
「さすが!」
レコンもガッツポーズをした。
この光景に、ウィル達はあ然として、顔を引きつらせる。ヘレナがツッコミを入れた。
「いやもう、あんた達、絶対におかしいわよ!」




