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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
114/178

 3



 それからサランジュリエの南門まで来ると、見慣れた青年が手を振った。

 ゆるやかなウェーブをえがく灰色の髪と青灰色の目。色白で、女性的な美貌を持つ黒狼族の青年・トリトラだ。


 駆け寄ってくるトリトラを見て、騎士がアズラエルのいる馬車を背に守る。

 しかしトリトラは騎士など眼中になく、グレイの傍へまっすぐやって来た。


「師匠とシューターじゃないですか。ん?」


 ほがらかにあいさつをしたトリトラは、くんと鼻を鳴らし、レコンに目をとめる。


「このにおい、もしかしてレコン?」

「いや、顔で気付けよ」


 レコンが言い返すと、トリトラはあははと笑う。


「ごめんごめん。あのチビっこが、すっかり成長したもんだね」

「トリトラ、シークはどこだ。あの野郎、一撃ぶちかましてやる!」


 刀の柄に手をかけて殺気立つレコンに、トリトラはひらひらと手を振って返す。


「シークはレステファルテだよ。イェリのおじさんとこの女の子と結婚したんだ。今頃、幸せいっぱいじゃないかな」

「結婚だと! あの馬鹿が? 幸せにしてるとか、くっそ腹立つ!」


 普段のクールさをかなぐりすて、レコンは顔を赤くして怒りを見せる。トリトラはレコンを不思議そうに眺め、思い出して頷いた。


「ああ、そういえば君、小さい頃、シークに泣かされてたもんねえ。まあ、次に会ったら、一撃入れてやりなよ。僕は止めないから」

「いや、止めろよ、トリトラ!」


 修太は思わず口を挟んだ。トリトラはこちらを見上げて、にこっと笑う。


「そうそう、シューター、お土産を買ってきたんだよ。ねえねえ、どこに行くの? いかにも旅って感じだけど、今日中に戻ってくるのかな?」

「いや、これからリストークに行くんだ」


「リストークって、水底森林地帯の向こうにある町だよね。あそこに近づくのはちょっと嫌だけど、そういうことなら、僕もついていっていい?」

「俺に聞かれてもなあ。えーと、すみませーん」


 修太が騎士に声をかけると、話を聞いていた騎士がすぐにアズラエルに報告し、返事をくれた。


「構わないそうです」

「ありがとうございます。トリトラ、大丈夫だって」

「うん」


 トリトラは頷くと、気まぐれじみた足取りで修太の傍に並ぶ。止まっていた馬車が再び動き始めた。


「貴族の護衛か何か? 気になるけど、それよりシューター」

「何?」

「僕のことはなんて呼ぶ約束だっけ。ねえねえ」


 子どもみたいに催促され、修太はふとスーリアを思い出す。トリトラとシークの相手をしていると、幼稚園の保父になったような気分になることがあった。こいつら、もしや同類か。


「分かってるよ。トリトラ兄さんだろ」

「それが聞きたかったんだよ、弟分!」


 トリトラは心底うれしそうに、ガッツポーズをする。往来でそんなことを叫ばれた修太は恥ずかしさで逃げたくなった。

 すると、レコンが意外そうに口を挟む。


「好き嫌いの激しいトリトラが弟分と言い出すなんて、そいつをかなり気に入ってるんだな」


「不愛想なところが可愛いだろ。それに、特に親しくもないのに、師匠の弟子だからって、毒で寝込んでた僕の看病をしてくれたんだ」


「どうしてそんな真似をするのか理解できん」

「良い子なんだよ」


 トリトラは褒めてくれるが、修太は顔をしかめる。


「やめろよ、トリトラ。子ども扱いするなよな」

「何を言ってんの。初めて会った頃は、これくらい小さかったでしょ」


 トリトラが手で身長を示すので、修太はむきになって言い返す。


「いーや、もっと背はあった!」

「はいはい」


 だが、トリトラには微笑ましげにかわされた。


「それで、なんでまたレコンが一緒にいるの?」

「俺のクラスメイトなんだ」


 修太はトリトラに、レコンの事情を説明した。トリトラは呆れを見せて、レコンに話しかける。


「修業三ヶ月目で放り出されたの? そういう時は、イェリおじさんの所に行くようにって、旅立つ前にちゃんと注意されていたと思うけど」

「セーセレティーにいたから、遠すぎてやめたんだ」


「そういうことか。ふーん、それじゃあ、君は臨時の弟弟子ってことだね。僕も手合わせくらいはしてあげるよ。――でも、シューターの兄貴分の座はゆずらないからね?」


「いや、本気でどうでもいい……」


 トリトラににらまれ、レコンは面倒くさそうに肩を落とす。


「トリトラまで過保護なのか?」

「シューターは危なっかしいんだよ。目を離すと、すぐ死にかけるから」

「そうかあ?」


 トリトラは真面目に言うが、修太にはそうとは思えない。


「君、弱いくせに、無茶ばっかりするよね?」

「あーっと、それより兄さん、南方の低レベルダンジョンの村ってどうだったんだ?」


 トリトラが説教じみてきたので、修太は急いで話題を変える。兄さんと呼ばれ、トリトラは相好をくずした。


「のどかな所だったよ。しばらく果実酒を満喫してきた。魔力具有果のお酒もあってさ、水よりも魔力補給に効果的だって。薬代わりに飲んでみたらどうかな?」

「へえ、そんなのがあるのか。でも、俺、酒はなあ……」


 故郷のルールだと二十歳まで飲めないのが引っかかるし、あまり酒に強くない修太は、あっさり寝落ちしてしまう。翌日まで響かないのはいいが、周りに迷惑をかけたくないので、どうしても気が引ける。


「一口くらいなら平気じゃない? 師匠、どう思います?」

「試す程度だぞ。無理強いするな」

「はい、分かりました!」


 薬代わりと聞いたせいか、グレイの返事は甘かった。

 トリトラは上機嫌に笑ってから、そもそもの問いをする。


「ねえ、それで、どうしてリストークに行くの?」

「ウィルさんの手伝いのためだよ」


 それから修太は、グラスシープの背に揺られながら、トリトラにいきさつを説明し始めた。


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