第十二話 聖樹の葉を求めて 1
ウィルに言われた三日のうちに、グレイはスレイトやバロアとともに〈四季の塔〉に挑み、依頼の薬草を難なく手に入れてきた。
学園から帰るなり冒険者ギルドに顔を出した修太は、グレイと薬師ギルドに向かった。
グレイは薬草を入れた袋をウィルの眼前に突き出す。
「頼まれた薬草、多めに採ってきたぞ。確認しろ」
「すごい! さすがは紫ランク、迅速で助かります!」
ウィルは大喜びで礼を言い、薬草をチェックしてにんまりする。
「ああ、可愛いなあ。麻痺毒がなかったら、頬ずりしたい」
「うぜぇな、こいつ」
ウィルのテンションがあんまりにも高いので、グレイは鬱陶しそうにつぶやいた。品質も問題ないということで、修太が再び旅人の指輪で預かることになった。
ウィルはお茶を淹れ、修太とグレイに椅子をすすめる。
「はい、お茶をどうぞ」
平日にもかかわらず、今日はどちらの助手もいない。
「ありがとうございます、ウィルさん。飲みやすくておいしい」
修太はお茶を飲んで、目を丸くする。
ポポ茶なんて誰が淹れても似たような味になるものだが、なぜだかほんのりと甘みを感じる。ぬるめのお茶は、すんなりと喉を流れ落ちていった。
「おいしく淹れてあげないと、草がかわいそうだろう?」
ウィルはそう言って、自分も席について一服し、ほうっと息をつく。
「それで、旅の予定はどうなった?」
グレイが切り出すと、ウィルは「ああ」とそちらを見る。
「三日後の朝に出発で、アズラエル様もご一緒するそうです」
「「は?」」
「それから、ヘレナも!」
ウィルは一団のリストをさし出した。
(それで、この浮かれようか……)
修太は納得した。
ウィルは長年、従妹のヘレナ・アンブロ―ズに片思いをしている。ヘレナが結婚しても忘れられなかったようだ。ウィルには一途すぎるところがあった。
ヘレナはすでに夫を亡くし、シングルマザーとして息子を育てながら、冒険者ギルドの医療部に勤めているそうだ。恋の障害はないのだから、せめて告白すればいいのにと、ウィルの『ウィルさんを応援する会』の皆はやきもきしているそうである。
(俺は『ウィルさんを応援する会』の会員じゃないけど、皆が教えてくれるんだよなあ)
助手と弟子は会員なので、雑談で自然と耳にする。ウィルさんを推している彼らに熱弁される、というほうが正しい。
「貴族と秘書官、それから護衛の騎士が五名。お前と、医療部部長の女に、シューターの担任で、すでに十人か。大所帯になると面倒くせえな。なんでまた、あの貴族は同行するつもりなんだ?」
グレイの質問に、ウィルは思い返すしぐさをする。
「エルフと聖樹の葉で取引をしている商人は、現時点では誰もいない。今回の件にかこつけて、定期的な商取引に持ち込めないかというお考えだそうですよ。確かに、パスリルの聖樹の代わりになるなら、薬師ギルドとしても商談をまとめたいところです」
珍しくウィルに、商人の顔がのぞいた。
「つまり、外交に発展するかもしれないから、ハートレイ子爵家の次期当主が代表として行くってことか?」
「あちらにも面子がありますからね。一介の薬師が交渉に行くより、子爵家の代表が顔を出すほうがいいでしょう」
修太はそっと手を挙げる。
「でも、あの人間嫌いのエルフが商談に乗るでしょうか?」
その問いには、ウィルは首をひねる。
「僕はエルフではないから、彼らの考えまでは分からないよ。でも、エルフはたまに魔動機を売りに出すだろう? あれはつまり、あちらも外貨が欲しいってことだと思うんだ。自分の国で手に入らない物を手に入れるために、どうしてもお金が必要だから」
「銅の森にいたエルフは、パスリル王国に税金を払うために魔動機を売っていたけど、ミストレインのエルフも何かしらの理由で魔動機を売るんですね」
この国でも魔動機が出回ることがあるのか。
ウィルは「そうらしいよ」と頷いた。
「彼らは人間を決して領土に入れようとしないだけで、完全な鎖国をしているわけではないんだ。エルフにも商人はいるんだよ。まあ、魔動機を売る時は、王家が管理している商団としかやりとりしないみたいだけど……」
ここでウィルは大きく首肯し、この取引には少しくらいは勝算があると強調する。
「今回は、魔動機は関係ないから、王家に許可を取る必要はない。エルフにしてみれば、貴重な魔動機を手放すより、もっと安全に外貨を手に入れられるチャンスだ。人間側が聖樹の葉を買い叩きさえしなければ、上手いことできるんじゃないかな」
勝手に落ちた葉のみとか、年間に十枚程度など、条件をつけて取引をするなら、聖樹が痛む心配もないだろう。エルフにとってもおいしい話だ。
「あの若造が、そこまで考えて取引に行くと言い出したのなら、この領地はしばらく安泰だろうな」
グレイの評価に、ウィルもうんうんと頷く。
「アズラエル様、少し地味だけど、真面目で良い方ですしね」
「えっ、あれが地味? 普通にかっこいいお兄さんだったじゃないですか!」
驚く修太に、ウィルは不可解そうにする。
「え? ひょろっとされてて、僕にはあんまりかっこいいほうには見えなかったけどな」
「セーセレティーの美的感覚! 怖い!」
そうだった。ウィルもセーセレティー人なのだから、修太とは美的感覚が違うのだった。
「アズラエル様なら、エルフ受け間違いなしですよ! 美形が大好きですから、あいつら。あ、思い出したらムカついてきた」
「お前、あの花畑エルフに地味だと連呼されて切れてたな」
「そうだよ、父さん。あ、そうだ。アーヴィンに手伝ってもらうのは……はーい、やめておきまーす」
一瞬にしてグレイが拒否のオーラを出したので、修太は撤回した。
花畑エルフと呼んでいるのは、ハイエルフの生き残りで、エルフの王族であるアーヴィン王子のことだ。彼は植物に愛されていて、アーヴィンの背後では勝手に薔薇が咲く。ナルシストで、美しいものが大好きだから、周りに美形が多いせいで、パーティメンバーにいる地味な修太のことを悪気なく――だから厄介なのだが!――地味だの普通だのとこきおろしてくれていた。
なよなよした男が嫌いなグレイはもちろんのこと、修太もアーヴィンが嫌いだ。
しかも、方向音痴なくせに、単独行動をするある意味「勇者」でもあった。
(たしか王位継承問題の後、迷宮都市ビルクモーレに戻ってたよな? 先に寄ってもいいけど、あいつを探しだすのが手間か)
迷子になって遭難しかけても、不思議と無事に戻ってくるアーヴィンを思い出して、それだけで面倒くさくなった。
「あーあ、せめて啓介が近くに住んでたら良かったんだけど。顔面偏差値の高い父さんがいるから大丈夫かな?」
「ケイスケって?」
「俺の幼馴染なんですけど、エルフにも人気があるんですよ。とにかくあの連中は面食いだから、美形を連れていくと効果的です」
「何その、美人局みたいな話……」
ウィルは呆れているが、実際にそうなのだから、修太にそんな目をされても困る。
「商談を整えつつ、この人数で、三日後に出発できるのか?」
グレイが根本的なところを問うと、ウィルは同意した。
「アズラエル様がそうおっしゃってたので、大丈夫だと思います。僕やヘレナも、部下や信頼できる薬師に仕事を割り振っているところです。あとはツカーラ君とグレイさんですね。旅費はお二人の分だけ出してくださるそうなので、他に人数が増えるなら、そちらは自腹でとのことです」
「まあ、それが当然だな」
「そうだね」
グレイの言葉に、修太も同意する。それ以上は甘えすぎだ。貴族に借りを作るのは怖いので、あまり寄りかかりすぎたくもない。
「こちらの人数が増えるのは自由なんだな?」
「ええ。食料や宿の確保をそちらでしてもらえるなら、ですね」
「誰に言ってるんだ?」
「黒狼族に対して、失礼でした」
ウィルは失言を察してうなだれる。
「父さん、あんまり手厳しくしないでくれよ。ウィルさんがかわいそうだ」
「ただの会話だ」
「……すみません、ウィルさん」
伝わらないので、修太が代わりに謝った。ウィルはなんとも言えない顔で笑う。
「大丈夫だよ、黒狼族だからしかたがない」
セーセレティー人は異種族に寛容すぎるんじゃないだろうか。ありがたいから、いいけど。
「シューター、レコンの住処に行くぞ」
「えっ、急にどうしたんだ?」
「あいつも連れていく。修業期間の三か月目で、父親に追い出されたんだとよ。足りてねえことを、旅の間に教えておく」
「そういうことか。父さんは面倒見が良いなあ。レコンも喜ぶと思うぜ。――で、どこに住んでるんだ?」
「下宿だ」
いや、通りの名前とか……と修太は思ったが、一緒についていけば分かるだろうと、詳しく訊くのはやめにした。




