表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
112/178

第十二話 聖樹の葉を求めて 1

 


 ウィルに言われた三日のうちに、グレイはスレイトやバロアとともに〈四季の塔〉に挑み、依頼の薬草を難なく手に入れてきた。

 学園から帰るなり冒険者ギルドに顔を出した修太は、グレイと薬師ギルドに向かった。

 グレイは薬草を入れた袋をウィルの眼前に突き出す。


「頼まれた薬草、多めに採ってきたぞ。確認しろ」

「すごい! さすがは紫ランク、迅速で助かります!」


 ウィルは大喜びで礼を言い、薬草をチェックしてにんまりする。


「ああ、可愛いなあ。麻痺毒がなかったら、頬ずりしたい」

「うぜぇな、こいつ」


 ウィルのテンションがあんまりにも高いので、グレイは鬱陶しそうにつぶやいた。品質も問題ないということで、修太が再び旅人の指輪で預かることになった。

 ウィルはお茶を淹れ、修太とグレイに椅子をすすめる。


「はい、お茶をどうぞ」


 平日にもかかわらず、今日はどちらの助手もいない。


「ありがとうございます、ウィルさん。飲みやすくておいしい」


 修太はお茶を飲んで、目を丸くする。

 ポポ茶なんて誰が淹れても似たような味になるものだが、なぜだかほんのりと甘みを感じる。ぬるめのお茶は、すんなりと喉を流れ落ちていった。


「おいしく淹れてあげないと、草がかわいそうだろう?」


 ウィルはそう言って、自分も席について一服し、ほうっと息をつく。


「それで、旅の予定はどうなった?」


 グレイが切り出すと、ウィルは「ああ」とそちらを見る。


「三日後の朝に出発で、アズラエル様もご一緒するそうです」

「「は?」」

「それから、ヘレナも!」


 ウィルは一団のリストをさし出した。


(それで、この浮かれようか……)


 修太は納得した。

 ウィルは長年、従妹のヘレナ・アンブロ―ズに片思いをしている。ヘレナが結婚しても忘れられなかったようだ。ウィルには一途すぎるところがあった。

 ヘレナはすでに夫を亡くし、シングルマザーとして息子を育てながら、冒険者ギルドの医療部に勤めているそうだ。恋の障害はないのだから、せめて告白すればいいのにと、ウィルの『ウィルさんを応援する会』の皆はやきもきしているそうである。


(俺は『ウィルさんを応援する会』の会員じゃないけど、皆が教えてくれるんだよなあ)


 助手と弟子は会員なので、雑談で自然と耳にする。ウィルさんを()している彼らに熱弁される、というほうが正しい。


「貴族と秘書官、それから護衛の騎士が五名。お前と、医療部部長の女に、シューターの担任で、すでに十人か。大所帯になると面倒くせえな。なんでまた、あの貴族は同行するつもりなんだ?」


 グレイの質問に、ウィルは思い返すしぐさをする。


「エルフと聖樹の葉で取引をしている商人は、現時点では誰もいない。今回の件にかこつけて、定期的な商取引に持ち込めないかというお考えだそうですよ。確かに、パスリルの聖樹の代わりになるなら、薬師ギルドとしても商談をまとめたいところです」


 珍しくウィルに、商人の顔がのぞいた。


「つまり、外交に発展するかもしれないから、ハートレイ子爵家の次期当主が代表として行くってことか?」

「あちらにも面子(めんつ)がありますからね。一介の薬師が交渉に行くより、子爵家の代表が顔を出すほうがいいでしょう」


 修太はそっと手を挙げる。


「でも、あの人間嫌いのエルフが商談に乗るでしょうか?」


 その問いには、ウィルは首をひねる。


「僕はエルフではないから、彼らの考えまでは分からないよ。でも、エルフはたまに魔動機(オートマ)を売りに出すだろう? あれはつまり、あちらも外貨が欲しいってことだと思うんだ。自分の国で手に入らない物を手に入れるために、どうしてもお金が必要だから」


「銅の森にいたエルフは、パスリル王国に税金を払うために魔動機を売っていたけど、ミストレインのエルフも何かしらの理由で魔動機を売るんですね」


 この国でも魔動機が出回ることがあるのか。

 ウィルは「そうらしいよ」と頷いた。


「彼らは人間を決して領土に入れようとしないだけで、完全な鎖国をしているわけではないんだ。エルフにも商人はいるんだよ。まあ、魔動機を売る時は、王家が管理している商団としかやりとりしないみたいだけど……」


 ここでウィルは大きく首肯し、この取引には少しくらいは勝算があると強調する。


「今回は、魔動機は関係ないから、王家に許可を取る必要はない。エルフにしてみれば、貴重な魔動機を手放すより、もっと安全に外貨を手に入れられるチャンスだ。人間側が聖樹の葉を買い叩きさえしなければ、上手いことできるんじゃないかな」


 勝手に落ちた葉のみとか、年間に十枚程度など、条件をつけて取引をするなら、聖樹が痛む心配もないだろう。エルフにとってもおいしい話だ。


「あの若造が、そこまで考えて取引に行くと言い出したのなら、この領地はしばらく安泰だろうな」


 グレイの評価に、ウィルもうんうんと頷く。


「アズラエル様、少し地味だけど、真面目で良い方ですしね」

「えっ、あれが地味? 普通にかっこいいお兄さんだったじゃないですか!」


 驚く修太に、ウィルは不可解そうにする。


「え? ひょろっとされてて、僕にはあんまりかっこいいほうには見えなかったけどな」

「セーセレティーの美的感覚! 怖い!」


 そうだった。ウィルもセーセレティー人なのだから、修太とは美的感覚が違うのだった。


「アズラエル様なら、エルフ受け間違いなしですよ! 美形が大好きですから、あいつら。あ、思い出したらムカついてきた」

「お前、あの花畑エルフに地味だと連呼されて切れてたな」

「そうだよ、父さん。あ、そうだ。アーヴィンに手伝ってもらうのは……はーい、やめておきまーす」


 一瞬にしてグレイが拒否のオーラを出したので、修太は撤回した。

 花畑エルフと呼んでいるのは、ハイエルフの生き残りで、エルフの王族であるアーヴィン王子のことだ。彼は植物に愛されていて、アーヴィンの背後では勝手に薔薇が咲く。ナルシストで、美しいものが大好きだから、周りに美形が多いせいで、パーティメンバーにいる地味な修太のことを悪気なく――だから厄介なのだが!――地味だの普通だのとこきおろしてくれていた。


 なよなよした男が嫌いなグレイはもちろんのこと、修太もアーヴィンが嫌いだ。

 しかも、方向音痴なくせに、単独行動をするある意味「勇者」でもあった。


(たしか王位継承問題の後、迷宮都市ビルクモーレに戻ってたよな? 先に寄ってもいいけど、あいつを探しだすのが手間か)


 迷子になって遭難しかけても、不思議と無事に戻ってくるアーヴィンを思い出して、それだけで面倒くさくなった。


「あーあ、せめて啓介が近くに住んでたら良かったんだけど。顔面偏差値の高い父さんがいるから大丈夫かな?」

「ケイスケって?」

「俺の幼馴染なんですけど、エルフにも人気があるんですよ。とにかくあの連中は面食いだから、美形を連れていくと効果的です」

「何その、美人局(つつもたせ)みたいな話……」


 ウィルは呆れているが、実際にそうなのだから、修太にそんな目をされても困る。


「商談を整えつつ、この人数で、三日後に出発できるのか?」


 グレイが根本的なところを問うと、ウィルは同意した。


「アズラエル様がそうおっしゃってたので、大丈夫だと思います。僕やヘレナも、部下や信頼できる薬師に仕事を割り振っているところです。あとはツカーラ君とグレイさんですね。旅費はお二人の分だけ出してくださるそうなので、他に人数が増えるなら、そちらは自腹でとのことです」


「まあ、それが当然だな」

「そうだね」


 グレイの言葉に、修太も同意する。それ以上は甘えすぎだ。貴族に借りを作るのは怖いので、あまり寄りかかりすぎたくもない。


「こちらの人数が増えるのは自由なんだな?」

「ええ。食料や宿の確保をそちらでしてもらえるなら、ですね」

「誰に言ってるんだ?」

「黒狼族に対して、失礼でした」


 ウィルは失言を察してうなだれる。


「父さん、あんまり手厳しくしないでくれよ。ウィルさんがかわいそうだ」

「ただの会話だ」

「……すみません、ウィルさん」


 伝わらないので、修太が代わりに謝った。ウィルはなんとも言えない顔で笑う。


「大丈夫だよ、黒狼族だからしかたがない」


 セーセレティー人は異種族に寛容すぎるんじゃないだろうか。ありがたいから、いいけど。


「シューター、レコンの住処に行くぞ」

「えっ、急にどうしたんだ?」

「あいつも連れていく。修業期間の三か月目で、父親に追い出されたんだとよ。足りてねえことを、旅の間に教えておく」


「そういうことか。父さんは面倒見が良いなあ。レコンも喜ぶと思うぜ。――で、どこに住んでるんだ?」

「下宿だ」


 いや、通りの名前とか……と修太は思ったが、一緒についていけば分かるだろうと、詳しく訊くのはやめにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ