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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
紫ランク昇格試験編
111/178

 7



 帰路につこうとして、アイヘン沼で万年亀に呼び止められた。


「おぬしら、近くにゴミを放置していったろ。砂糖鳥に見張らせておるからな」

「ゴミ? 森にゴミなんか捨てないぞ」

「言葉のあやじゃ。盗賊のことだよ」

「盗賊……。あっ、あの悪い薬師どもか!」


 そういえば、悪党達を放置していた。大木の所まで行ってみると、彼らを砂糖鳥――タマゴドリが取り囲んでいる。重圧からの恐怖のせいだろうか、悪党達は青ざめており、気を失っている者もいた。


「砂糖鳥達、見張ってくれてたんだって? ありがとよ」


 修太が声をかけると、タマゴドリ達は「ギャア」と鳴き返す。

 グレイは心底嫌そうに眉をしかめ、縄を解く。


「放置しすぎたな。連中、漏らしてやがる」


 数時間放置すれば、そりゃあ人間なので生理的にもよおすだろう。修太でもにおいが気になったので、グレイやバルにはもっとひどいのは当然だ。

 まだ周りを固めているタマゴドリに、修太は試しに声をかける。


「ついでに、こいつら、森の外まで運んでほしいんだけど。お願いしてもいいか?」


 みんな、頭を――というより卵を突き合わせて何か話し合いをして、


「ギャギャッ」


 ぴょんと跳ねて返事をする。そしていっせいに悪党に襲いかかり、自分達の頭の上へのせた。それから森を疾走し、出口のほうへ突っ切っていく。


「うわあああ」

「ぎゃああああ。いてっ」

「ひーっ」


 悪党達の悲鳴がとどろく中、修太達も後を追う。

 タマゴドリは木の枝が出ていようが地形がデコボコしていようが気にしないで全力疾走するので、上にいる悪党はボコボコだろう。


「へえ。前に俺達を運んだ時って、一応は『丁寧』だったんだな」


 ひどく酔ったが、枝にぶつけられた記憶はない。


「シューター、バ=イクに乗れ。急いで追いかけるぞ」

「着いた頃には、逃げられてるかもな」


 グレイとバルの脚力にはかなわないので、修太は旅人の指輪からスノウフラウ・改を呼び出して、座席に飛び乗った。




 そして出口に着くと、悪党達は地面に倒れ伏している。タマゴドリが囲んでいるので、通りがかった冒険者や旅人は一目散に逃げていった。


「分かる。酔うよな」


 死に(てい)のあり様な彼らに同情しつつ、修太はバ=イクを降りて、旅人の指輪に収納した。タマゴドリに礼を言う。


「ありがとう、助かったよ。なあ、お前らって果物は好きか?」


 指輪に入れている果物を出して、一羽の前に置く。タマゴドリは果物にすり寄って、ふいに卵の真ん中に亀裂が入って、中の暗闇から黒い何かが飛び出した。バクンと飲み込んで卵が閉じられる。


「ひっ」


 ものすごく怖いものを見た。

 修太はひきつった声を漏らしたが、どうやらタマゴドリは果物を気に入ったようなので、残りの果物を全部呼び出して地面に置く。

 タマゴドリは果物に群がり、あっという間に食べ終えると、ドドドドと足音を立てて森へ戻っていった。


「タマゴドリの本体ってなんなんだ。すげえ怖い」

「あまり深く考えるな。あれは鳥だ……ということにしておく」

「見なかったことにしよう」


 青くなる修太と、現実逃避に走るグレイとバル。今、見たもののことは忘れることにした。

 タマゴドリ……なかなか深いモンスターである。




 悪党を縛りなおし、サランジュリエの門で衛兵に突き出した。

 彼らは森で恐怖体験をした反動で、グレイが脅さずとも歩き、衛兵に助けを求める始末だった。おかげで、グレイが何かしたと勘違いされた。


「こんなに怖がるなんて、いったい何をしたんですか、賊狩り殿」

「こいつら、俺達がちょっと木に縛り付けて放置している間に、タマゴドリに囲まれたみたいでな」

「ああ、そういうことですか。あれは怖いですもんね……」


 理由を聞いて、衛兵は納得した。そしていくばくかの同情の視線を悪党達に向けたが、彼らがどうして襲ってきたかを教えると、たちまち視線が冷たくなった。


「お前達、まだ反省していないのか。逆恨みをするなんて。今度は町から追放になっても知らないぞ!」


 衛兵がおどかすと、悪党達は地面にひざまずいてペコペコと謝り始める。


「許してください」

「もう二度としません! あんな化け物がいる外なんて嫌だ!」


 よほどタマゴドリの威圧が怖かったのか、かわいそうなくらいおびえている。

 牢に入れると言われて喜んでいる悪党達を見て、衛兵はなんとも言えない顔をしていた。




 それから薬師ギルドに顔を出す頃には、とっぷりと日が暮れていた。


「お腹が空いたけど、先に報告だけ済ませておこうぜ」


 ウィルが喜ぶだろうと想像して、修太の足取りは軽い。


「それからいつもの酒場に行くか。バルはどうする?」

「俺もぺこぺこなんで、ご一緒します」


 バルは薬師ギルド入り口で待つと言い、修太とグレイだけ中に入る。研究室に顔を出すと、ウィルが自分の机で頭を抱えていた。


「どうしたんですか、体調が悪いんですか?」

「あ、ツカーラ君。いや、違うよ。ちょっと問題が起きて……それよりどうしたの?」


 ウィルは笑みを取り繕い、修太に用件を問う。修太はヤドリギの花を取り出した。


「ウィルさん、ヤドリギの花を見つけてきましたよ。こちらで合ってます?」

「えっ、もう採ってきたの? うんうん、これだよ、ありがとう! 量も足りるね。保管しておいてもらっていいかな」

「もちろんです。あとは父さんがダンジョンで手に入れれば、俺達の分は終わりですね」

「かなり助かるよ。ありがとう……!」


 笑顔満面で礼を言うウィルだが、また落ち込んでしまった。


「どうした、お前がへこむなんて珍しいな」


 グレイの遠慮のない指摘に、ウィルは眉を八の字にする。


「僕だって落ち込むことくらいありますよ。実は薬草問屋(どんや)に調達をお願いしていた薬草が、もう手に入らないからと希少価値が上がって、価格が高騰(こうとう)しまくってまして。僕みたいな一介の薬師にはとても買えそうにありません」


「手に入らない? どんな薬草なんですか。俺、持ってるかも」


 修太が興味を覚えて問うと、ウィルは苦笑いをする。


「君のような〈黒〉には、絶対に近づけない場所にあったんだ」

「〈黒〉……というと、パスリル王国とかですか?」

「そう。その薬草は、パスリル人が神のように大切にしていた聖樹の葉っぱだ」

「聖樹リヴァエリアンか。確かに俺には近づけないな」


 修太のつぶやきに、ウィルが聞き返す。


「ん? あれの名前って、聖樹オルファーレニアンじゃなかったっけ」

「パスリル人にはそういわれてるそうですね。サーシャは、クラ森の上に浮かんでいる霊樹リヴァエルの挿し木だって言ってました」

「えーと、サーシャって君の薬草の師匠?」

「そう。ダークエルフだから、なんかそういう伝説に詳しいんですよ」


 修太は適当にごまかした。


「へえ、面白いな。そんな伝説は聞いたことがない。メモしておこう」


 ウィルは帳面を取り出して、メモを書きつける。


(まさか断片を回収したことが、こんなふうに影響するとはなあ)


 パスリル王国から聖樹が消えたのは修太達の仕業なので、だいぶ良心が痛む。どうにかできないかと考えて、ふとエルフの国を思い出した。


「ウィルさん、それって他の聖樹の葉だと代用できないんでしょうか」

「え? 代用?」

「ミストレイン王国にある雨降らしの聖樹も、聖樹でしょ」

「たしかに……! もう手に入らないものを探すよりは、手に入れやすいかも。試したことはないけど、試す価値はある」


 希望が見え、ウィルの目がキラキラと輝き始めたが、すぐに落胆に戻った。


「いや、でも、相手は人間嫌いのエルフだよね。かなりハードそうだ」

「買えるか保証はできませんけど、俺、エルフに知り合いがいるんで、駄目元で話してみましょうか」

「えっ、知り合いがいるの!?」


 ウィルは目を真ん丸にし、のけぞって椅子の背にぶつかった。


「君、知り合いが広すぎない? 人間より、異種族が多い気がするけど」

「はあ。俺、人間のほうが苦手なんで……」

「あ、そうか。〈黒〉だから苦労してるんだね。訊いて悪かったよ」


 そんなおおげさなことではないと言おうとして、確かにウィルの言う通りだと思い直す。修太が人間のほうが苦手なのは、だいたいにして〈黒〉にまつわる何かのせいだ。


「手紙だと話が伝わるかわからないし、直接、行ってこようかな。いいだろ、父さん」


「お前は言い出したら聞かないからな。しかたねえ。ついでにあのおしゃべりエルフに、バ=イクのメンテナンスをしてもらえ」


「セスさん、元気にしてるかなあ。ウェードさんにまたにらまれないといいけど」

「無理だろ。あの医者、お前が顔を出すと、父親をとられるから気に入らねえらしい」

「そんなこと言って、おしゃべりにはうんざりしてるみたいだから、上手くいかないもんだよな」


 いつも不機嫌な人間嫌いのウェードと、父親のセスのやりとりを思い浮かべ、修太は思い出し笑いをする。


「学園を長期休学することになるんで、口添えをお願いしてもいいですか」

「それはもちろんだよ! アズラエル様にも頼んでみるね。領主家の一筆書きのほうが強いから」


 ウィルは頷いてから、こちらにすっ飛んできた。


「ねえ、ところで、その旅に僕もついていっていいかな? その聖樹の葉が代用できるかどうか、実物を見てみたいし……リストークにいる弟子から薬草を引き取ろうと思うんだ。セヴァンにも話してみようかな。彼の実家があるから、助けてもらえるかも」


「セヴァン先生も?」

「地元の人間がいると、ある程度の融通が利くからね。手伝ってくれるそうだから、声をかけておかないと、後ですねちゃうと思うんだ」


 そんなかわいらしい性格の男だっただろうかと、修太はセヴァンを思い浮かべる。

 しかし、尊敬している先輩に手伝うと言っているのに声もかけられなかったら、後輩としてはがっかりしそうには思う。


「そんなに仲が良いんですか?」

「うん。兄貴って呼んでくれるんだよ。うれしくない? 兄貴だよ」

「うーん、よく分かんないですけど」


 ウィルにとっては良いことみたいだ。にこにこと問われて否定もできず、修太は首を傾げる。


「アズラエル様に旅費の相談をしておくよ」


 三日後に顔を出すように言い、悩み事に解決策を得たウィルは意気揚々と笑った。



 第十一話、終わりです。


 ちょっと汚い表現を入れちゃってすみませんね。変なところでリアルに書きたくなる。


 次はひさしぶりに旅の回になります。


 ミストレインにいるセスに手紙を渡してほしいと門番に頼むが、人間嫌いの彼らに断られる。

 食い下がる修太に、彼らは断崖の下に住み着いた大型の蛾が大繁殖して困っているから、巣を燃やしてきてほしいと言い出す。それをクリアできたら、連絡するという条件をつけられてしまった。

 未知の断崖エリアに怖気づきつつ、バ=イクで下まで降りた修太達は、蛾の巣穴を目指すことに。


 ……っていう、虫注意な回になる予定です。

 草野、蛾が大嫌いなんですけど、蛾にしたいんですよ……。

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