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まずはスーリアのうろこを掃除してやることにした。
ひなたぼっこをしたいというスーリアが、太陽光がさんさんと降り注ぐ場所に落ち着いたのを見て、修太はさっそくスーリアの体にのぼった。
子どもとはいえ、竜だけあって小山のような大きさだ。エメラルド色のうろこを持った巨体は、鎧を着こんでいるみたいな印象がある。天然ぼけを見せるスーリアだが、顔だけを見ると強面だ。
「スーリア、痛かったら言えよ」
「うむ!」
修太は旅人の指輪から、掃除用のブラシを取り出した。長い柄がついているので、見た目はデッキブラシに近い。セーセレティー精霊国に自生している、あるヤシの木の皮を素材としている。繊維をほぐして、乾燥させ、職人が一本ずつ土台に埋め込んで接着したものだ。
通いの家政婦ニミエが掃除に使うだろうと買ったのだが、彼女は愛用しているブラシがあったので、不要になったものである。石床磨き用なのだ。
頭の後ろ辺りをブラシでこすってみる。スーリアが何も言わないのでもう少し力を入れると、スーリアは弾んだ声を出した。
「気持ち良い~」
「これが本当のブラッシングってやつか……?」
修太のつぶやきに、バルが反応する。
「寒いことを言ってんなよ」
「お前、本当にどうでもいいとこだけ拾うよな!」
修太はすかさず言い返す。グレイとバルはスーリアからほどよい距離をたもっている。
「スーリア、そこの二人もスーリアに触っていいか? 俺一人じゃ大変だ」
「武器を置くならかまわんぞ」
グレイは少し考え、近場にハルバートを置いた。バルもそれにならって槍を手放す。
「シューター、他に道具はあるか? このままだと日が暮れる」
「ドラゴンに触る機会なんてめったとないから、観察ついでに手伝ってやるよ」
グレイは効率を、バルは好奇心を選んだようだ。ブラシはないが、たわしならいくつかあるので、二人に手渡す。
それから黙々とうろこを掃除し始めた。
「うーん、なんかグラついてるな。うわっ、とれた! スーリア、うろこが!」
ポロリと外れたのは、大人の男の手の平くらいはある一枚のうろこだ。
「生え変わり時期だから、とれるのが当たり前だ。すっきりだ」
うとうとと眠りかぶりながら、スーリアが答える。
「持っていっていいぞ」
「万年亀といい、扱いが雑だろ!」
「どうせ、捨てるか、寝床を固めるのに使うくらいだからなあ」
竜本人にとってはどうでもいい代物らしい。
「寝床に使うの?」
「そうだぞ。寝床の床に敷いて、踏み固めるのだ。代々のボスモンスターのうろこで地層ができているのではないかな」
「へー、防御力が高そう」
「魔法も効かぬし、私が寝返りを打っても壊れぬぞ!」
そんな感じの理由で、竜のうろこ敷きの床を作っているのかと思うと、とても微妙な気持ちにさせられる。
(ゲームをしていて、ボス部屋を探索するとアイテムを拾えるのって、こういうのが原因だったりするんだろうか)
日本ではまっていたロールプレイングゲームを思い出した。モンスターを倒して宝箱を拾うのは不思議だったが、こうやって考えてみると、あれはボスが巣の材料にしていたのかもしれない。
「でも、もらってばっかりもなあ。好きな食べ物とかってないのか」
「どうしてもくれると言うなら、〈黒〉の血をちょっとなめ……」
「却下」
修太は思い切り顔をしかめた。
「血をなめたいだあ? リーリレーネんところの雪乙女じゃあるまいし、お前もやばい奴か! 〈黒〉が可愛いから食べたいとか言い出すくちか!」
修太はツッコミを入れながら、ブラシでスーリアの背中をポスポスと叩く。
「ええ、何それ。本気でやばいじゃん」
バルがどん引きした様子で、スーリアを横目に見る。
「そういう過激なのも愛なのだ。ふふ、くふふふふ」
自分で言って、照れ笑いをしているスーリアに、修太は頭痛を覚える。
「その考えはいったいどこから仕入れてきたんだよ! 誰だ、犯人はっ。とにかく、それは却下! 他の食べ物!」
「魔法で出すから別にいらぬしなあ。ああ、そうだ。本が欲しいぞ」
「本? モンスターなのに、文字を読めるのか?」
「ボスモンスターは生まれた時から、オルファーレン様の加護により英知をさずかるからな。たいがいのことはできる。前に、森にこの本が落ちていてな。砂糖鳥が拾ってきてくれたのだ」
スーリアがふぅと息を吐くと、蔦がザーッと伸びていって、洞窟から本をつかんで戻ってきた。なめし革の表紙がついた、ペラペラのソフトカバー本だ。
「なんだぁ? 『モンスターのあなた』? うわっ、成人指定本じゃねえか!」
表紙に書かれたタイトルを読んで首を傾げ、本を開いた修太はのけぞった。内容は大人向けのロマンス小説だった。
人型をとれるモンスターと人間の恋物語だ。
「愛には種族も性別も関係ないのだと、メアリーが言っておったぞ!」
主人公の名前をあげて、スーリアは純粋無垢な目を輝かせる。
「さいっあく! なんつーもんを教科書にしてんだ。くぉら、万年亀のじいさん、ちゃんと教育しろーっ」
頭を抱えて、修太はアイヘン沼に向けて叫んだ。
「てゆか、こんなアブノーマル本が流通してんのかよ、セーセレティーの書籍事情、怖い……」
「血のしみがあるわけでもねえから、持ち主が怪我したとは思えない。内容は、女向けのようだな。女の冒険者か旅人が落としたんじゃねえか?」
パラッと本をめくって、グレイが呟く。バルも興味を覚えたようで本を取ろうとするのを、修太は阻止した。
「こら! 子どもは駄目!」
「はあ? 俺は十三歳だから、もう大人だ!」
「人間の常識では十五歳が大人です。ちなみに俺の故郷は二十歳だ」
「その理屈なら、お前も子どもじゃないか! モンスターとの恋愛本ってなんだよ、気になる!」
修太とバルが口喧嘩をする真下で、スーリアはのんびりと答える。
「砂糖鳥が道に落ちておったと言っていた。他にも落とし物を拾ってきては置いていくから、あっちの洞窟に捨てているぞ」
「また、ゴミか……。お前のテリトリーのゴミ問題、どうにかなんねえのかよ」
「砂糖鳥はそうやって森を綺麗にしているのだ。落としていく人間が悪い。しかしなあ、ここには火属性のモンスターはいないから、どうにも処分できなくてな。あれも引き取ってくれ」
「なんで俺、モンスターのゴミ引き取り業者みたいになってんの?」
頭痛がひどくなったが、人間達のせいで森が汚れたと聞いては放っておけない。
「はあ。わかったよ、引き取る。本は恋愛小説がいいわけ?」
「なんでもいいぞ。暇つぶしだ」
「お前の教育に良さそうなのにしておくよ」
どうしてボスモンスターの教育事情にまで首を突っ込んでるんだろうか。修太はうんざりした。
結局、『モンスターのあなた』という本はバルに取られた。
「人型をしていて容姿が綺麗な、血を吸うモンスター? へえ、そんなのがいるのか」
「吸血鬼かよ」
修太はすぐに閉じたが、バルは知的好奇心のままに本をめくっていく。
「人型をとれる者はめったとおらぬから、想像のものだろう。吸血コウモリのモンスターがいるから、それの擬人化ではないか? 人間とは面白い生き物だな! モンスターを人化させる想像などするのか」
「うわー、なんでか知らんが、いたたまれないぞーっ」
人間代表として、どうとも表しがたい羞恥にさいなまれる。
「なんか台詞が鳥肌ものだな。返す」
バルはしかめ面をして、スーリアの蔦の上に本を置いた。
「相手の容姿ばっかり褒めてるから、うさんくせえぞ、このモンスター。外側ばっかり見てもしかたねえだろ」
なんか大人なことを言ってる……。修太はバルにうろんな目を向ける。
「そうなのだ。結局、若さと容貌を賛美した後、その美しさが愛おしいと言って、血を吸って殺してしまうのだ。それで死体をホルマリン漬けにして、眺めて愛でるらしい。ずいぶん猟奇的で利己的な愛だろう? しかし、食べたくなるほど可愛いという気持ちは、モンスターとしては理解できなくも……」
「アウトー! 駄目、絶対! そういう痛々しい恋愛ものは苦手だ。聞きたくない!」
ホラー寄りのサスペンスものは大の苦手である。修太は大声を出して、スーリアの語りを止めた。
一方、バルはさも当然だとばかりに言う。
「この本のモンスターの気持ちはまったく理解できないけど、浮気されるくらいなら、殺すほうがマシっていうのはわかる」
「さすが、族長の血を引いているだけあるな。族長もそのタイプだ。スレイトが、族長の愛が過激すぎて刺激的だとのろけていた」
グレイの言葉に、修太はツッコミを返す。
「それってのろけでいいの!? 黒狼族の価値観も怖い。俺の前でそういう話をするの、やめてくれます?」
とても聞いていられないので、修太はうろこの掃除を必死にこなす。早いところ終わらせて、ここから逃げたい。
「っていうかさ、その流れで〈黒〉の血をなめたいって、やばすぎだろ! 余計にゾッとするわ!」
「いや、〈黒〉の血は沈静の作用があるから、ありがたいだけだぞ。シューターがここにずっといてくれれば必要ないが」
「駄目なもんは駄目だからな。お前、まだ子どもなんだから、毒素汚染も進んでないだろ」
「ちぇーっ」
スーリアは舌打ちをして、あからさまにむくれる。
修太はどうやってスーリアからこの本を没収しようかと考えたが、結局、スーリアにとってはバイブルだからと、そのまま洞窟に戻されたのだった。
砂糖鳥が集めたというゴミもなかなかの量があった。
生ごみなどの自然にかえるようなものはなく、衣服や武器、アクセサリー、食器のような日用品といったものがほとんどだ。大雑把に分類して、汚れて使いものにならない衣類は焚火で焼いた。
「なんでこんなに衣類があるんだ?」
「森で死んだ者の衣服だけ残っていたり、落としていったものだったりだ」
「そういや、他のモンスターからも、そういう装備品が邪魔だから持っていけと渡されたなあ」
モンスターにとっては不用品だから、お礼にとか、修太を気に入ったからとか、そんな理由でもらったものが旅人の指輪に入っている。死者の物だと思うとゾッとするが、モンスターにとっては燃えないゴミなのだと思うと、なんとも言えない悲哀が感じられる。
持ち主の名前が書いてあるものは、後で冒険者ギルドにでも届けておこうかと思い、修太はそこからさらに分類した。
「はあ。いい加減、旅人の指輪の中を整理しないとなあ。面倒くせえ」
「ほとんどは再利用できるとして、危険物はダンジョンに捨ててきてやるよ」
「その時は頼むよ、父さん」
使いものになる装備品と粗悪な装備品に分類してくれたグレイがそう言うので、修太はここぞとばかりにお願いしておく。
「竜のうろこが手に入ったから、処分の対価と思えば安いもんだな」
「それですら、スーリアにとってはゴミっていうのがな……」
しかし、モンスターのテリトリー内におけるゴミ問題は、結構深刻ではないだろうか。
「ここでこうなら、ダンジョンはゴミだらけじゃないの?」
「変化なしエリアは、冒険者ギルドの職員が定期的に掃除してるが、変化ありエリアはダンジョンが飲み込んじまうから消えてなくなるぞ」
「ええっ、冒険者ギルドってダンジョンの掃除もしてるの?」
「ダンジョン都市の場合、ダンジョンの管理と運営が仕事に入ってるからな」
「大変なんだなあ、冒険者ギルドも」
しみじみと苦労を思っているうちに、すっかり夕方だ。
「さて、そろそろ帰るか。ん? 何か忘れてるよな」
「薬草はどうした」
グレイに指摘されて、修太は目的を思い出した。
「あっ、そうだった! スーリアの本とゴミ問題にびっくりして忘れてた! スーリア、約束していた薬草をくれよ」
「ああ、そうだったな。うろに生えるヤドリギの花だな? んー? これか?」
スーリアはベチッと前足で地面を叩く。すると地面から草が生えた。
「違うやつだ」
「では、これか?」
「似てるけど……はずれ」
「これか!」
「ああ、これだ。ありがとう、スーリア!」
いくつか草花を生やしてくれ、ようやく正解にたどり着いた。修太は薬草を根っこから大事に摘み取って、旅人の指輪に入れる。
「それじゃあ、今度、お礼に本を持ってくるよ。またな」
「ああ、掃除してくれてありがとう。今度はゆっくり昼寝しような」
スーリアはご機嫌ににんまりと目を細め、気を付けて帰るようにと付け足した。




