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「正直なところ、薬師ギルドで起きた問題の被害者に、都市の危機だから手伝えというのもおかしな話だとは思うのだが。そうも言ってられなくてな」
アズラエルは淡々とした口調で、常識的なことを言った。
それだけで、貴族に偏見がある修太としては、良い人かもしれないと期待を抱く。
「王都の薬師は、ええとねえ」
どう話そうかと迷うウィルに対し、ヘレナはズバッと表現する。
「あっちの薬師はクソなのよ。権威志向で、金にうるさいあこぎ。それだけならまだ良かったけど、王侯貴族と伝手がある奴もいるから厄介なわけ」
修太は結論を出す。
「つまり、マスターになったが最後、後ろ盾をかさにきてあれこれ口出しされるかもしれないし、簡単に辞めさせられないってことなんですね」
「前任のクソ野郎より困った奴もいるかもしれないわ。断固阻止しなくちゃってことで、サランジュリエ側としては、ウィル兄さんの全面支援を決めたわけ」
「なるほど」
ヘレナの口は悪いが、分かりやすい理由だ。
「あのクソ野郎よりもかよ。……引っ越すか」
グレイは眉をひそめ、ぼそっと呟く。これに、アズラエルが口を挟む。
「それは少し待ってくれないか、賊狩り殿。まだ決まったわけではないんだ。クリーバリーさえ紫ランクに昇格できれば、遠慮なく話を蹴れるのだからな。この都市の薬師では、この男の腕が一番良い。性格面も問題ない。――ああ、すまない。アンブローズ女史には失礼だったか」
アズラエルはヘレナのほうを気にした。ヘレナは首を振る。
「いいえ、アズラエル様。私もウィル兄さんの腕だけは認めていますから、お気になさらず。薬の調合よりも、解析のほうが得意なんですよね、私」
「その腕は一級品だ。試験が調合しかないだけで、あなたの実力は紫ランク相当だと思っているよ」
「まあ。リップサービスでもうれしいですわ」
ヘレナは機嫌良く微笑んだ。
「ツカーラ、君も師事するならばこのような男のほうがいいだろう。正直、こんなに人畜無害な薬師は珍しい。人望がある者で、権力を嫌ってとっつきにくい者ならばたまに見かけるが……」
アズラエルにも、ウィルはお人好しすぎて心配されているようだ。
「そうですね。どうしようもなくなったら、父さんの言うように引っ越しも考えますが、まずはウィルさんをお手伝いしたいです。――駄目かな、父さん」
修太は意見を口にしてから、グレイのほうを見た。グレイはしばし沈黙し、溜息とともに頷く。
「しかたねえな。だが、そいつが無理だったら、引っ越すからな。ビルクモーレで暮らすのも悪くねえだろ」
「それはちょっと心惹かれるけど、今は学園に通いたいからなあ」
迷宮都市ビルクモーレは、グレイにとっては実父の墓がある、縁の深いダンジョン都市だ。修太も親しい冒険者が多いので、ビルクモーレは住み心地が良い。サランジュリエと違い、毎日暑いのだけがネックだ。
アズラエルはかすかに口角を引き上げて笑みのようなものを浮かべると、修太に付け足す。
「もちろん、無償で手伝えなどと非常識なことは言わない。薬草はこちらで買い取るし、もし遠出するならば旅費や報酬も出す。書面にまとめているから、詳しくはクリーバリーに聞いてくれ。内容が不満なら、私の秘書官と交渉してくれたまえ。しばらくこの件でギルドを出入りするのでね」
アズラエルは、少し離れて控えている三十代ほどの男を示した。
領主家の本気が伝わってきた。できる限り、修太に融通をきかせてくれるつもりがあるようだ。
しかし、貴族に貸しを作るのは怖い。ひとまず書類を読もうと考えながら、修太は頷く。
「分かりました」
「ありがとう。では、私はこれで失礼する。何か用件があれば、領主家に連絡を」
アズラエルは集まった面々に「よろしく頼む」と重ねて言ってから、薬師ギルドを出て行った。
会議のメンバーも解散し、薬師ギルドにはウィルと修太達だけが残された。
ウィルは情けない顔をして、修太に謝る。
「ごめんね、ツカーラ君。できるだけ君の手は借りたくなかったんだけど……」
「いや、先にランク昇格の手伝いをするって言ったのは俺ですよ? なんで遠慮するんですか」
「あんなことがあったから、利用するみたいで悪いなあと思って」
「ウィルさんがギルドマスターのほうが絶対に平和ですから! 一緒にがんばりましょ!」
「うん。ありがとう。君って優しいねえ」
しょんぼりと肩を落としていたウィルが、嬉しそうに微笑んだ。あんまり分かりやすいので、修太はしかたがないなあという気分になる。
それはグレイも同じようだった。
「俺も手伝ってやるから、めそめそするんじゃねえよ」
「はい! すみません!」
ウィルの顔がしゃきっとなる。
ちょっと頼りないところが、手伝ってやるかという気にさせる。それがグレイにも通じるのだから、ウィルってすごい。お人好しすぎるところを知っているから、手を貸したくなるのだろうか。
それから必要な薬草を確かめるため、いったんウィルの研究室に向かうことになった。




