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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
103/178

 7



「ふ、ふん! 最初から素直に案内しておけば良かったのだ。まったく!」


 気を取り直したジルフォイは、そんな悪態をつく。

 グレイはジルフォイに注意する。


「俺の言うことを守れ。でなければ、命の保証はできない」

「分かった。お前の言うことに従おう」


 わがままが通って機嫌を直したジルフォイは、軽く請け負った。

 グレイがなんの考えもなしに、こんな提案をすると思えない。いったいこれから何が起きるのだとおびえるリックや冒険者達はお構いなしに、グレイはツアー客を見回す。


「他の奴らはどうする?」

「えっ。父さん、俺も入っていいの?」


 修太が興味を示すと、グレイはこくりと頷く。


「ああ。俺がついているし、一階だけならそこまで危険じゃねえ。だが、俺の傍を離れるんじゃねえぞ。それが守れねえなら、駄目だ」

「守るよ! やった、一回、入ってみたかったんだよな」


 グレイが過保護に守っている養子が素直に喜んでいるのを見て、ガイドや商人ギルドの男も恐る恐る手を上げる。


「ついていってもいいですか?」

「見てみたいです」


 グレイが好きにしろと言うと、結局、他の客も全てダンジョン見学をすることになった。


「だ、大丈夫なのか、賊狩りの兄さん」

「俺とお前がいるなら、一階は問題ねえだろ」


 そうだろうが、グレイがただの親切で言い出すわけがない。いったい何を考えているのだ。

 リックには空恐ろしい気持ちしかわかない。

 たしかに、一階には雑魚の植物系モンスターしか出ない。トラップもない。その代わり、旨味もないが。


「ダンジョンに入る前に、この誓約書にサインしてもらう」


 女性職員が運んできた書類を示し、グレイが言った。

 文字を読めない者もいるので、女性職員が内容を読み上げる。


「ダンジョン内で起こった一切のことに、冒険者ギルドは責任を負いません。全て自己責任です。承知された方だけ、中に入れます。ご納得いただけた方は、下記にサインをしてください」


 ツアー客はざわついたが、中に入りたい者はサインした。


「あなた、自己責任だなんて、危ないのではない?」

「十分長く生きたのだし、ちょっとぐらいのスリルは面白いだろう」


 老夫妻がそんなやりとりをして、夫がサインするので、妻のほうもしぶしぶサインした。ツアー客は全員がサインをして、書類を返す。

 ジルフォイが提出した瞬間、グレイが口端で笑ったのに気付いて、リックはゾッとした。

 グレイが先導して歩きだし、ぞろぞろとついていく。後方で短剣を持ったリックに、修太がこそっと問う。


「なあ、父さんは何をたくらんでるんだろう?」

「俺が知るわけないだろ」

「だって、俺はダンジョンに入ったことがないけど、リックなら分かるんじゃねえ?」

「一階にはそんなに危険なモンスターはいない」

「ふーん。それなら、大丈夫かな?」


 修太もグレイが何かやらかさないか不安に思っているようだ。

 絶対に何かするとリックは確信しているが、何が起きるかまでは分からない。


 冒険者ギルドの待合室を通り抜けると、通路の奥にチケットブースがある。安全のために〈四季の塔〉は壁で囲まれ、冒険者ギルドからしか出入りできない。城壁では衛兵が巡回し、勝手に入り込んだ者を捕まえ、処罰の対象にする。


 チケットブースで入場料を払うと、引き換えに番号札をもらう。

 ギルドを出ると、巨大な塔が姿を現した。あまりにも大きすぎて、ここから見ると塔というよりも、岩山だ。


 ダンジョンでは何が起きるか分からないため、壁でさえぎっている。もしモンスターがダンジョンから出てくる事態になっても、簡単には町まで入り込めない。そういう意味でも、大事な壁だ。


 草地の中に、人々が踏みしめたせいで、天然の道ができている。その道をたどると、ちょうどダンジョンから出てきた冒険者とすれ違った。疲れているのか、こちらを見ることもない。


「ここで番号札を渡すんだ。ここから先はダンジョンだ。勝手に、俺の傍を離れるなよ」


 グレイは再び念を押した。

 塔の出入り口にもチケットブースがあり、こちらには冒険者ギルドの職員が常に警備についている。受付の女性職員は番号札を受け取って、中へ通すのだ。


「すごいなあ。この塔って、こんなふうになってるんだ」


 修太は興味津々という様子で、きょろきょろと見回している。すると、グレイが修太を呼んだ。


「シューター、お前はこっちだ」

「はい」


 グレイがすぐ後ろを示すので、修太は素直に駆け寄った。


(相変わらず、ナチュラルに過保護……)


 一階のレベルなら、リックが傍にいれば大丈夫なのに。グレイが怖いので、リックは苦笑にとどめる。

 出入り口を通り抜けると、岩でできた洞窟が現れた。


「うわぁ、塔の中とは思えない」

「こんなふうになってるのね、すごいわ!」


 客達は歓声を上げる。

 リックも、初めてダンジョンに入った時は、彼らと同じように驚いた。

 塔というから、建物の内部を想像していたのに、階層ごとに山や水辺などのフィールドが姿を現すのだ。


 ダンジョンは、大昔に地精が技を競うため、世界の縮図を表現した場所だという言い伝えがあるのも納得だ。

 どうしてダンジョンの中は勝手に修復され、モンスターが消えてもまた湧き出し、取ったはずのアイテムもまた現れるのか。昔からダンジョン研究者が調査を続けているが、いまだにまったく分かっていない。


「いいか、勝手に道をそれるなよ。特に草むらには近づくな」


 グレイがまた注意をして、一階の中央を伸びる道を歩き出す。五十一階のダンジョン・シティーまでは、時間経過でのフィールド変化は起きないため、道には冒険者ギルドが設置した魔具のランプがほのかに輝いている。


 あまりまぶしくすると、モンスターが敵と判断して壊すせいだ。

 薄暗い場所を、ツアー客は恐る恐る進んでいく。

 そのまま一階奥に着いた。

 グレイは奥の小部屋を指さす。


「あの魔法陣が、他の階からの脱出ポートの出口になる。そこの階段を登れば二階だ。このダンジョンは、一階ごとに脱出ポートがある。他のダンジョンは二階ごとが多い」


 一階ごとに脱出ポートがあるのは、難易度の高さを考えると助かる仕組みだ。

 どうして脱出ポートがあるのかも、実はよく分かっていない。あの魔法陣をもとに、空間転移の魔法を再構築しようとした学者もいるが、これは上手くいっていない。ダンジョンは謎だらけだ。


「ふん、なんだ、何も出てこないし、たいしたことはないではないか」


 ジルフォイは鼻で笑い、グレイの傍を離れる。


「草むらがなんだ、どうせ何もないんだろ!」

「おい、待て」


 リックは止めたが、ジルフォイは意外に動きが素早かった。腰の高さまである草むらに向かい、馬鹿にするように踏みつける。

 その瞬間。

 草むらから蔦が伸びて、ジルフォイを高く持ち上げ、宙吊りにした。


「うわああああ!」


 ジルフォイの悲鳴に、ツアー客達はビクリと震え、グレイの傍に固まる。


「な、なんですか、あれ!」

「助けてあげて!」


 彼らはグレイに話しかけたが、グレイは淡々と説明をする。


「あれはモンスターだ。植物系の雑魚(ざこ)だな。大丈夫だ、今すぐに死ぬわけじゃねえ」

「そ、そそそ、そんなこと言っても! いつか死ぬってことでしょ」

「そりゃあ、あのまま放置してたら、餓死するだろ」


 グレイが、東から太陽が昇って西に沈むというくらい、しごく当たり前のことを平然と返すので、客達は「この人、何言ってんの?」という顔をした。

 グレイはもう一度、客に注意する。


「道を勝手にそれるな。草むらには近づくなよ」


 そして、客を押しのけてジルフォイのほうへ向かう。


「よう、いい格好じゃねえか、クソ野郎。ざまあねえな」


 ジルフォイを見上げ、グレイはものすごく意地悪にあいさつする。ジルフォイはじたばたと暴れた。


「貴様ーっ。くそっ、助けろ! 早く下ろせ!」


「そんなに慌てなくても、そのモンスターは雑魚だ。そうやって獲物を宙吊りにして、弱って死んだ後、腐り始めたら食うんだよ。冒険者なら、ナイフで切ればすぐに脱出できるから、被害にあう奴はいねえ」


 ではどうしてそんなことを知っているかといえば、ダンジョン研究者が動物を使って実験した記録があるのだ。階層ごとの情報は冒険者ギルドで販売されているので、グレイはそこで知ったと思われる。


「お前みたいな連中は、注意と命令を嫌がるんだ。そして、反対のことをしでかす。こんなに上手く引っかかるとは、さすがに驚いたぜ。馬鹿すぎて」


 グレイの毒舌は、今日も冴えわたっている。

 この悪人じみた顔に、ジルフォイに迷惑をかけられたツアー客達も引いている。


「なるほど。だからやたらと、『親切な注意』をしてたのか。父さん、策士だな。こわっ」


 養子の修太までビビッている。


「罠にはめたのか! 貴様、ダンジョンを出たら、すぐに訴えてやる!」

「好きにしろよ。俺はちゃんと注意をした。それを勝手にやぶったのはそちらだ。この事実は変わらん」

「ごたくを並べていないで、わしを下ろせ!」

「断る」

「は!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか、ジルフォイが動きを止めた。


「断ると言った。そこでそのまま、宙吊りになっていろ。お前、ダンジョンに入る時、何にサインしたか忘れたのか?」

「何って……ダンジョンの中では、自己責任……?」


 ジルフォイの顔から、さーっと血の気が引いていく。


「お、おい、お前っ。わしを助けろ! 金ならやる!」


 グレイの本気をさとったのか、ジルフォイはリックに助けを求める。


「賊狩りの兄さんを敵にしたくないから、無理」


 リックが返事をした後、通りすがりの冒険者達も同じ反応をした。次第にジルフォイは半泣きになっていく。


「頼む、助けてくれ! こんな死に方、したくない……っ」


 やがて無様(ぶざま)に大泣きし始めたので、修太がそっとグレイの上着を引っ張った。


「父さん、その辺にしておいてやれよ。いくらなんでもやりすぎだ」


 この鶴の一声で、グレイはしぶしぶジルフォイと向き直る。


「助けてやってもいいが、その前に、そいつに言うべきことがあるだろう?」

「「え……?」」


 ジルフォイとリックの声が重なった。

 まさかグレイがリックを示して、そんなことを言うとは思わない。


「そうか、分からんのなら、あと一鐘、考えるんだな。さて、帰るか」

「待て待て待て待て!」


 さくっと見切りをつけて帰ろうとするグレイを、ジルフォイが慌てて呼び止める。そして、神妙な顔でリックに謝った。


「お前の父親について馬鹿にして悪かった、リック・ウィスコット」

「どうだ、受付。許さないのなら、一鐘放置して……」

「待った! 分かった、許すよ。だから助けてやってくれ」


 こんな醜態を見たら、ジルフォイに笑いものにされたことなんか、どうでも良くなった。スカッとするというより、濁流による物理で、もやもやが押し流されていった感じがするが。


「そうか」


 グレイは頷くと、ハルバートをいっせんする。

 蔦が切れて、ジルフォイは地面へと落ちた。打ち付けた尻が痛かったのか、しばし無言でビクビクと震えている。


「まさか俺のことでそんなに怒ってくれるなんて思わなかった。ありがとう、グレイ」


 リックがグレイに礼を言うと、グレイはわずかに首をかしげる。


「それもあるが……そいつがシューターを杖で叩こうとしただろ」

「ん? ああ、そういえば」

「それで、『こいつ、いっぺん()めてやろう』と思った」

「むしろそっちが九割ってとこな! 了解!」


 くっそー、グレイにもギルド仲間への親愛があるのかと、感動して損した気分だ。


「父さんってば……。まあ、いいか。今回はリックに謝って欲しかったからな」


 修太は呆れをこめてグレイを見上げ、それからリックのほうを見て、にまりと笑う。

 その後、グレイはジルフォイの巨体を引きずってダンジョンを出た。

 ジルフォイは安全圏に入るや激怒して、グレイを怒鳴りつける。


「貴様、覚えていろよ! 絶対に訴えてやる! ただで済むと思わんことだ!」


 ぎゃんぎゃんとわめき、ジルフォイは冒険者ギルドを出て行った。


「あいつ、めちゃくちゃ怒ってたけど、大丈夫かな」


 グレイを心配する修太に、リックは迷わず頷く。


「賊狩りの兄さんは、訴えられても勝てる要素を全部おさえてる。自己責任の誓約書、事前に何回も注意、脅しはしたが結局助けて連れ帰ってきた。裁判になったところで、裁判官に恥をさらすだけだよ。冷静になったら、あいつは訴える気を失くすだろうな」


 説明しながら、リックは悪寒がした。なんて用意周到なんだ。怖い。

 ツアーはここで解散となり、それぞれアンケートを提出してもらったが、ほぼ全員が「冒険者ギルドをツアーに含むのは、やめたほうがいい」にチェックする結果となった。


 あと、後日談が少しあります。

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