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断片の使徒 After   作者: 草野 瀬津璃
のんびり小休止編
102/178

 6



 自由時間が終わると、最後に冒険者ギルドに案内された。


「こちらが、この都市の中枢とも呼べる冒険者ギルドです」


 ガイドの紹介を聞きながら、ぞろぞろと待合室に入る。受付の女性職員が待っており、説明を引き継いだ。

 なんてことはない、普通の利用方法に、歴史が追加された程度だ。


 待合室にいる冒険者達は、団体客が居座るのを邪魔そうににらんでくる。女性職員の笑顔がこわばり始めたので、リックは周りを見回して、「落ち着いてくれ」と仕草で示す。そして、客の中に修太がいるのを指で示すと、彼らはガンつけるのをやめた。


 それどころか、ちらっと待合室の奥をうかがう。そこでは待機をしているグレイが、煙草をくゆらせていた。

 修太もグレイに気づいて、親しげに手を振った。グレイは手を振り返す真似はしなかったが、こくりと頷く。


 このやりとりで、待合室に走った緊張がほどけて消える。

 冒険者達は客をいない存在として扱うことにしたようで、自分達の話し合いに没頭し始めた。


(うわぁー、どう見ても賊狩りの兄さんが裏ボスって感じだよな)


 ボスが許したからしかたない。そんな空気があった。


 冒険者ギルドの職員とはいえ、ああいう敵意に満ちた瞬間は苦手だ。背中には冷や汗がにじんでいる。

 一般人の客は気づいていないが、商人ギルドのマイルズやガイドは、汗をハンカチでぬぐっている。客商売の彼らは、ああいった機微(きび)に鋭いのだろう。


 女性職員の説明が終わると、ガイドが旗を振った。


「これでツアーは終わりです。こちらで解散とさせていただきます」


 そう言った時、ジルフォイが口を開いた。


「待て。これで終わり? ここまで来たら、普通はダンジョンも案内するだろうが!」

「いいえ、ダンジョンに入れるのは冒険者だけです」


 女性職員がきっぱりと断るが、ジルフォイは納得しなかった。


「護衛をつければ、冒険者だけでなくとも入れるのは知っているぞ。馬鹿にするな」

「まあまあ、いいじゃないですか。ここで終わりと言ってるんですから」

「そうですわ、ツアー外のことはしかたありませんよ」


 上品な老夫婦がジルフォイをなだめても、ジルフォイは聞いてはいない。


「護衛が必要なら、出せばいいだろう。客の満足度を高める努力を惜しむとは、なんてツアーガイドだ」

「おい、いい加減にしろよ」


 もう我慢も限界だ。リックはジルフォイの前に出た。


「ツアー中、ずっとわがままばかり言いやがって。このツアーに冒険者ギルドを含めるのは問題があると、マスターが市長に伝えたはずだ。事業に金を出しているからって、なんでも思い通りになると思うなよ」


「なんだと、貴様!」


 ジルフォイはリックをにらみつけ、ふと何かに気づいたように、にやりと嫌な笑いかたをした。


「お前、どこかで見た顔だと思っていたら、リック・ウィスコットじゃないか」


 ぎくりとした。

 どうやらジルフォイはリックを思い出したようだ。


「よーく覚えておるぞ。お前の父親は、しょうもない詐欺師に引っかかって、わしから金を借りたんだ」

「おい、やめろ」


 リックは止めようとしたが、ジルフォイはますます声を大きくする。


「結局、過労死してしまったがな。母親が首をつって死んだ時はどうしようかと思ったよ。子どもが一人だけ取り残されて……かわいそうになあ!」

「やめろって言ってるだろ!」


 よりによって、職場で過去を暴露され、リックは顔を真っ赤にした。情けないし、恥ずかしい。

 周りはシンと静まりかえり、ぎこちない空気が流れる。


「恥ずかしい父親を持って、どんな気分だ? ははははは!」


 ジルフォイの笑い声が響く。胸糞悪さに気分が悪くなってきた時、リックの前に、黒い影が立った。

 修太はダンと床を踏みつけ、ビシッとジルフォイを指さす。


「黙れよ、このクソ野郎! 他人の過去を笑いものにするなんて、恥ずかしくねえのか!」


 怒鳴りつける修太に驚いていると、修太がこちらを振り返った。


「リックも、リックだ。どうして黙ってるんだ。お前のことだ、借金を踏み倒したわけじゃねえんだろ!」

「え……。ああ、そうだ。俺が全部、返した」


 原因である父をあげられて頭が真っ白になってしまったが、たしかに修太の言う通り、借金は完済している。


「親の作った借金を、たった一人で返したんなら、リックはむしろすごいじゃないか。冒険者をやって返したんだろ。成人したてで、努力したんだぞ。こんなクソなおっさんに笑われたから、なんだよ。へこむ必要はないだろ。顔を上げて、胸を張れ!」


 修太に叱られ、うつむきかけていたリックは言う通りにした。顔を上げ、背筋を伸ばす。

 待合室にわっと拍手と歓声が上がる。


「そうだ、そうだ! シューターの言う通り!」

「リック、お前はすごいぞ」

「さすが、うちの受付!」


 ツアー仲間達も拍手を送る。

 目元が熱くなった。


「みんな……」


 親が死んでから、リックは誰も信じられなくなったのに。彼らはリックを見ていてくれたのだ。

 修太は仁王立ちをして、ジルフォイに真っ向から挑む。


「おっさん、自分の要望が通らないからって、俺の友達を馬鹿にするのはやめろよな! 駄目なもんは駄目なんだから、あきらめて帰れ!」


 出口を示す修太のはっきりとした態度に勢いづいたのか、冒険者達がはやしたてる。


「帰れ、帰れ!」

「俺達のギルドから出て行け!」


 帰れコールが響く中、ジルフォイはぶるぶると震える。ぶちっと切れ、杖を振り上げた。


「馬鹿にしおって! 下級民が!」


 修太に向けて振り下ろされた杖を、リックはジルフォイの右手首をつかんで止める。


「ジルフォイ氏、あんたがよくご存知の通り、俺は十五からここで冒険者としてやってきたんだ。これ以上、俺の神聖な職場で騒ぐなら――――殺すぞ」


 ジルフォイにしか聞こえない声で、脅しをかける。リックの温度のない目を見て、ジルフォイの顔から血の気が引く。

 カランと杖が床に転がる。

 ジルフォイはへたっとその場にしりもちをついた。


 この男を外に引きずりだすのは少々骨だなと思いながら、リックがジルフォイの後ろ(えり)をつかもうとした時、すっと黒衣が現れた。


 足音も気配もなかったので、リックはぎくりと固まる。

 グレイはジルフォイを見下ろして、くっとわずかに口端を上げて笑った。


(わ、わ、笑った……!)


 背筋が凍る笑みなんて、初めて見たかもしれない。


「まあ、いいじゃねえか。そんなにダンジョンに入りたいなら、俺が付き添ってやろう」

「……父さん?」


 修太のいぶかしげな声が場に落ちる。

 あんなにはやしたてていた声がいつの間にか消えており、待合室は墓場みたいな静けさの中にあった。


 リックは全身総毛が立ち、ぞわぞわした。これが善意で言っているようには、とても思えなかったのだ。


「で、ですが、グレイ様、ダンジョンには……」


 女性職員も、引きつった顔で口を挟む。無理だと首を振るが、グレイはこう付け足した。


「あの誓約書に、きちっとサインさせろ。――いいな?」

「……ハイ」


 これにイエス以外の返事なんて、誰もできないだろう。

 リックは同僚の女性が気の毒になった。



 久しぶりの更新ですね。

 ちゃんとざまぁもありますが、また間があくかもしれません。


 それから、こちらでもお知らせです。

 「勇者の幼馴染(女子)がか弱い……わけがない。」が書籍化することになりました。10/26に引き下げのため、ご興味おありの方、お早めにお読みください。

 くわしくは活動報告をごらんください。

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