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自由時間が終わると、最後に冒険者ギルドに案内された。
「こちらが、この都市の中枢とも呼べる冒険者ギルドです」
ガイドの紹介を聞きながら、ぞろぞろと待合室に入る。受付の女性職員が待っており、説明を引き継いだ。
なんてことはない、普通の利用方法に、歴史が追加された程度だ。
待合室にいる冒険者達は、団体客が居座るのを邪魔そうににらんでくる。女性職員の笑顔がこわばり始めたので、リックは周りを見回して、「落ち着いてくれ」と仕草で示す。そして、客の中に修太がいるのを指で示すと、彼らはガンつけるのをやめた。
それどころか、ちらっと待合室の奥をうかがう。そこでは待機をしているグレイが、煙草をくゆらせていた。
修太もグレイに気づいて、親しげに手を振った。グレイは手を振り返す真似はしなかったが、こくりと頷く。
このやりとりで、待合室に走った緊張がほどけて消える。
冒険者達は客をいない存在として扱うことにしたようで、自分達の話し合いに没頭し始めた。
(うわぁー、どう見ても賊狩りの兄さんが裏ボスって感じだよな)
ボスが許したからしかたない。そんな空気があった。
冒険者ギルドの職員とはいえ、ああいう敵意に満ちた瞬間は苦手だ。背中には冷や汗がにじんでいる。
一般人の客は気づいていないが、商人ギルドのマイルズやガイドは、汗をハンカチでぬぐっている。客商売の彼らは、ああいった機微に鋭いのだろう。
女性職員の説明が終わると、ガイドが旗を振った。
「これでツアーは終わりです。こちらで解散とさせていただきます」
そう言った時、ジルフォイが口を開いた。
「待て。これで終わり? ここまで来たら、普通はダンジョンも案内するだろうが!」
「いいえ、ダンジョンに入れるのは冒険者だけです」
女性職員がきっぱりと断るが、ジルフォイは納得しなかった。
「護衛をつければ、冒険者だけでなくとも入れるのは知っているぞ。馬鹿にするな」
「まあまあ、いいじゃないですか。ここで終わりと言ってるんですから」
「そうですわ、ツアー外のことはしかたありませんよ」
上品な老夫婦がジルフォイをなだめても、ジルフォイは聞いてはいない。
「護衛が必要なら、出せばいいだろう。客の満足度を高める努力を惜しむとは、なんてツアーガイドだ」
「おい、いい加減にしろよ」
もう我慢も限界だ。リックはジルフォイの前に出た。
「ツアー中、ずっとわがままばかり言いやがって。このツアーに冒険者ギルドを含めるのは問題があると、マスターが市長に伝えたはずだ。事業に金を出しているからって、なんでも思い通りになると思うなよ」
「なんだと、貴様!」
ジルフォイはリックをにらみつけ、ふと何かに気づいたように、にやりと嫌な笑いかたをした。
「お前、どこかで見た顔だと思っていたら、リック・ウィスコットじゃないか」
ぎくりとした。
どうやらジルフォイはリックを思い出したようだ。
「よーく覚えておるぞ。お前の父親は、しょうもない詐欺師に引っかかって、わしから金を借りたんだ」
「おい、やめろ」
リックは止めようとしたが、ジルフォイはますます声を大きくする。
「結局、過労死してしまったがな。母親が首をつって死んだ時はどうしようかと思ったよ。子どもが一人だけ取り残されて……かわいそうになあ!」
「やめろって言ってるだろ!」
よりによって、職場で過去を暴露され、リックは顔を真っ赤にした。情けないし、恥ずかしい。
周りはシンと静まりかえり、ぎこちない空気が流れる。
「恥ずかしい父親を持って、どんな気分だ? ははははは!」
ジルフォイの笑い声が響く。胸糞悪さに気分が悪くなってきた時、リックの前に、黒い影が立った。
修太はダンと床を踏みつけ、ビシッとジルフォイを指さす。
「黙れよ、このクソ野郎! 他人の過去を笑いものにするなんて、恥ずかしくねえのか!」
怒鳴りつける修太に驚いていると、修太がこちらを振り返った。
「リックも、リックだ。どうして黙ってるんだ。お前のことだ、借金を踏み倒したわけじゃねえんだろ!」
「え……。ああ、そうだ。俺が全部、返した」
原因である父をあげられて頭が真っ白になってしまったが、たしかに修太の言う通り、借金は完済している。
「親の作った借金を、たった一人で返したんなら、リックはむしろすごいじゃないか。冒険者をやって返したんだろ。成人したてで、努力したんだぞ。こんなクソなおっさんに笑われたから、なんだよ。へこむ必要はないだろ。顔を上げて、胸を張れ!」
修太に叱られ、うつむきかけていたリックは言う通りにした。顔を上げ、背筋を伸ばす。
待合室にわっと拍手と歓声が上がる。
「そうだ、そうだ! シューターの言う通り!」
「リック、お前はすごいぞ」
「さすが、うちの受付!」
ツアー仲間達も拍手を送る。
目元が熱くなった。
「みんな……」
親が死んでから、リックは誰も信じられなくなったのに。彼らはリックを見ていてくれたのだ。
修太は仁王立ちをして、ジルフォイに真っ向から挑む。
「おっさん、自分の要望が通らないからって、俺の友達を馬鹿にするのはやめろよな! 駄目なもんは駄目なんだから、あきらめて帰れ!」
出口を示す修太のはっきりとした態度に勢いづいたのか、冒険者達がはやしたてる。
「帰れ、帰れ!」
「俺達のギルドから出て行け!」
帰れコールが響く中、ジルフォイはぶるぶると震える。ぶちっと切れ、杖を振り上げた。
「馬鹿にしおって! 下級民が!」
修太に向けて振り下ろされた杖を、リックはジルフォイの右手首をつかんで止める。
「ジルフォイ氏、あんたがよくご存知の通り、俺は十五からここで冒険者としてやってきたんだ。これ以上、俺の神聖な職場で騒ぐなら――――殺すぞ」
ジルフォイにしか聞こえない声で、脅しをかける。リックの温度のない目を見て、ジルフォイの顔から血の気が引く。
カランと杖が床に転がる。
ジルフォイはへたっとその場にしりもちをついた。
この男を外に引きずりだすのは少々骨だなと思いながら、リックがジルフォイの後ろ襟をつかもうとした時、すっと黒衣が現れた。
足音も気配もなかったので、リックはぎくりと固まる。
グレイはジルフォイを見下ろして、くっとわずかに口端を上げて笑った。
(わ、わ、笑った……!)
背筋が凍る笑みなんて、初めて見たかもしれない。
「まあ、いいじゃねえか。そんなにダンジョンに入りたいなら、俺が付き添ってやろう」
「……父さん?」
修太のいぶかしげな声が場に落ちる。
あんなにはやしたてていた声がいつの間にか消えており、待合室は墓場みたいな静けさの中にあった。
リックは全身総毛が立ち、ぞわぞわした。これが善意で言っているようには、とても思えなかったのだ。
「で、ですが、グレイ様、ダンジョンには……」
女性職員も、引きつった顔で口を挟む。無理だと首を振るが、グレイはこう付け足した。
「あの誓約書に、きちっとサインさせろ。――いいな?」
「……ハイ」
これにイエス以外の返事なんて、誰もできないだろう。
リックは同僚の女性が気の毒になった。
久しぶりの更新ですね。
ちゃんとざまぁもありますが、また間があくかもしれません。
それから、こちらでもお知らせです。
「勇者の幼馴染(女子)がか弱い……わけがない。」が書籍化することになりました。10/26に引き下げのため、ご興味おありの方、お早めにお読みください。
くわしくは活動報告をごらんください。




