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「幽霊なんて、いるのは当たり前じゃないか。何が怖いんだ?」
図書館を出た後、馬車に乗り込んで、リックは修太に疑問をぶつけた。
前の席に座った客達も振り返り、「その通り」と大きく頷く。
「なんで当たり前なんだよ!」
修太は噛みついた。それから疑問に答えていないと気づいたようで、まくしたてるようにして続ける。
「幽霊は枕元に立ったりするんだぞ。呪われたらどうするんだよ、怖いじゃないか」
「呪うって、おとぎ話じゃないんだし。枕元に立つことはあるかもしれないけど、霊魂にそんな力はない。生きている人間のほうがずっと怖いぞ」
リックの言葉に、馬車の中から声が上がる。
「その通り!」
「霊は見守ってくださるし、手助けもしてくれるが、生きている人間は何をするか分からんから怖いぞ」
「ええ、本当に」
彼らの目は、先頭にいるジルフォイに向けられている。客達が幽霊よりジルフォイのほうが面倒と考えているのはあきらかだ。
「意味が分からねえ。呪うのはおとぎ話で、霊魂はそうじゃない? セーセレティーの考えが謎すぎる」
修太は頭を抱えてぶつぶつぼやく。
「シューターは見えないほうなんだな」
「リックは見えるのか?」
「セーセレティーの民には降霊の秘儀があるから、あれをしたことがある人なら見たことがあるよ。だから、先祖の霊と精霊を大事にするんだ」
リックは秘儀をしたことはない。仮面をつけ、手順通りに踊るのだ。聖堂で踊りの試験があり、そこでクリアしなければ伝授されない。
「秘儀を会得しなくても、霊が見える体質の人もいるよ。ダンジョンには死体回収屋っていう連中がいるんだが、そいつらは儀式もなしに霊魂と話せるんだよ」
「すごい霊能者って意味?」
「まあ、そういうことだな」
「ダンジョンにはいろんな人がいるんだなあ。冒険者ギルドにもいるの?」
「見た目は冒険者と変わらないよ。死体になったら物扱いになるのか、保存袋で回収できるからな」
よく分からないと、修太が腕を組む。
「死体は残っているものなのか?」
「外と違って、ダンジョンに出るモンスターは人間を食わないからな。テリトリーに入った生き物を敵と判断して攻撃してくるけど、食べないんだ。だから、死体はそのまま残ってる。溶岩エリアに落下したとか、毒で溶けたとかでもない限りは回収できるんだよ」
「へえ、そうなのか……」
修太はそれきり黙りこんだ。
会話が途切れたので、リックは修太の顔の前で手を振る。
「もしかして馬車酔いでもしたか?」
「そうじゃなくて。そんな危険な場所に出かけてるんだなと、少し考えてただけだよ」
「ああ、親父さんが心配ってこと?」
「リックも、だよ。よくやるよ。ダンジョンを少し見学してみたいけど、外のほうが安心だな」
それはそうだ。修太は〈黒〉だから、ダンジョン以外のモンスターには襲われない。
そんな話をしているうちに、馬車はメインストリートを南下していく。
ダンジョン研究者の集まる研究所や、水路の設備を見学した所で昼食の時間になった。
このツアーは金持ちや貴族を対象にしているため、西区の貴族街に近い場所にある、豪華なホテルで下された。一階の高級レストランが会場のようだ。
リックはそわそわし始めた。
こんな場所、リックみたいな庶民には不釣り合いだ。
「うわぁ、経費でごちそうを食べられると思えばうれしいけど、こういう場所は苦手だ。いいのか、こんな私服で入って」
「大部屋を貸し切ってるみたいだぞ」
「シューターは平気そうだな」
「一人じゃないからな」
そうだった。他にも仲間がいるのだから、そう構えなくても大丈夫だろう。
ここでも、ジルフォイはわがままを言い出した。テーブルを一人で使いたいのだそうだ。
上等な顧客は、最初からグループごとの席にしていたようで、ガイドは決めてあった席にジルフォイを案内したが、ジルフォイは窓際が良いと言って、席替えを要求していた。
ガイドもホテルのスタッフもあきらめ顔で対応した。犠牲になった若いカップルに平謝りし、カップルはジルフォイをにらんでから、彼から一番遠い席にするようにと注文をつけた。
スタッフ達のてんてこまいぶりがあわれである。
カップルは、出入り口に近い席にいた修太とリックの隣の席に来た。
「なんなの、あのおじさん!」
「まあまあ、リンダ。かかわらないほうがいいよ」
「せっかくのあなたとの旅行なのに!」
怒りをおさえきれないらしき女性が文句を言うのを、彼氏がなだめている。
「僕は君が一緒なら、どこでも楽しいよ」
「う……っ。そう言うなら、しかたないわね」
隣で始まったリア充ぶりに、リックは気まずくなった。止めないから、よそでやってくれないか。
同意を求めて修太のほうを見ると、修太は何かを真剣に考えている。
「どうした?」
「ああ、リック。いや、ここってお代わりできるのかなって考えてたんだ」
「ははっ、平和だなぁ」
修太はトラブルについては眼中になく、食事の心配をしている。
修太の声が聞こえていたのか、壁際にいたスタッフがすっとやって来て、「お代わりは有料となります」と教えてくれた。
「リック、お代わり分はちゃんと俺が払うからな」
「ああ、そうしてくれ」
まだ料理が並んでもいないのに、お代わりの心配をしているので、リックは笑いがこみあげるのを我慢できなかった。
しかし、修太の心配は的中した。
金持ちの料理というのは、良いものを少量ずつ味わうようで、肉をがっつり派のリックには物足りない。
「こういう店は少ないんだよ。いっぱい頼むから、シェアしようぜ」
そう言うと、修太はスタッフを呼んで、短時間で作りやすそうな料理をメインに、追加注文する。
スープやステーキ、パンだったので、すぐにお代わりを持ってきてくれた。
この席だけ、あきらかに雰囲気が庶民めいていたが、「おいしい!」「最高!」「すっごい幸せ!」と連呼しながら修太がたいらげていくので、スタッフがすっかり気を良くしていた。
上客にあいさつに来た料理長が、最後には修太に声をかけに来たほどだ。
「食事を楽しんでいらっしゃいますか?」
「ものすごく!」
修太の力強い返事に、料理長は顔をくしゃっとさせて笑っていた。
その後、スタッフが食器を下げる時に、驚きを込めて話しかけてきた。
「すごいですわ。料理長、料理の腕はいいけれど、とても偏屈なんです。あんなふうに笑うのは、初めて見ました」
「どれもこれもおいしいです。ところで、このケーキって持ち帰りで包んでもらえませんか?」
修太はメニューを示して、スタッフに問う。
さらなる追加注文に、さすがにスタッフもあっけにとられたが、確認すると言って調理場に下がった。
ややあって、料理長が木箱を持ってやって来て、修太と握手をして帰っていった。
「すごいな。料理人に好かれすぎじゃないか?」
「おいしいものをおいしいと言ってるだけだよ。また来ようかな。ここって予約制かな? 後で確認しないとな」
修太のほうも、レストランを気に入ったようだ。
「こういう店って、女の人が好きそうだろ? 今度、ササラさんを連れてきてあげようかな」
「親孝行発言かよ。彼女は? シューターなら、すぐに作れそうなのに」
「良いことを教えてやろう、リック。学園ではこう言われてる。根暗、地味」
「それはお前のことをよく知らない連中だろ。性格はイケメンじゃないか」
ササラへの気の遣い方を見ていても、修太は優しいので女性うけしそうだ。
「顔はそうでもないって!?」
「うーん、普通?」
正確には、地味よりの平凡顔だろうか。そう言ったら、修太がへそを曲げそうなので、最初のほうは伏せた。
セーセレティー人の感覚が外国人と違うのは知っているので、どう言えば不快にさせないか自信がない。
「セーセレティー人にかっこいいって言われたら悩むから、これでいいのか……?」
修太も自信がないのか、首をひねっている。
「俺、全然もてないからなあ。彼女って、どうやって作るんだ?」
「どうって言われてもな。告白されたら、オーケーすればいいんじゃねえ?」
「くそーっ、このイケメン! 告白され慣れてやがる!」
どうやらまったく役に立たないアドバイスだったみたいだ。
リックはトラウマのせいで親しい人を作れないだけで、同僚や冒険者、近所の娘などから告白されることはあった。
「俺から好きになったことがないから、分からないな」
「それを自慢と言うんだ!」
修太は憤然と返し、水をぐいっとあおって飲み干した。




