表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ちび王様と自衛官な私  作者: 吉田
インゼリア
3/28

自衛隊体操は本気でやると結構辛い



 自衛官の朝はラッパとともに始まる――のが当たり前だったのは約1ヶ月前まで。

 今や私の朝はむさ苦しい男の大声で叩き起こされるという、激しく最悪の始まりをするのだった。


「ウラバ―!朝の体操の時間だぞ!!」


 ちょっと待て、大体おかしいだろう。

 妙齢の娘の寝室に、なんで男が早朝から突撃してくんだよ。誰か止めろよ! ていうか、止めてよ!!


「うっさい! 朝くらい爽やかに目覚めさせろ!」

「この上なくさわやかな美声で起こしてやってるだろうが。とにかく早くしろ、お前がいないと、ジエイタイ体操ができない!」


 ああ……バカだな、過去の自分。なんでこんな筋肉バカに自衛隊体操なんて伝授しようとしたんだろうか。

 いや、あの時はちょっと判断能力に問題ありまくりだったし、なんか色々明らかに自分が怪しかったし、身元を説明するはずが斜め上にいきすぎたんだ。

 鉄鉢てっぱちからサスペンダーに弾帯、弾倉入れと空弾倉、小銃、果ては顔の色は真緑。右の頬には猫ヒゲの如き黒の3本線。いや、猫ヒゲじゃなくて小隊識別マークなんだけどさ。

 もしもその格好をした人間が、いきなり自分の家の扉から勢いよく飛び込んできたら――私でも通報する。実際、只今絶賛扉の前で待機中の筋肉バカ――もとい、近衛隊のジュンレン隊長なんて今にも私に飛びかからんばかりで警戒態勢だった。

 なんか、今や物凄い勢いで懐かれている気もしないでもないが、それはひとえにあのちび王様が放った一言によるもので。


『緑の乙女』


 そう、私の目の前に立ったあの生意気そうな……いや、大変賢そうなちびっここそ、この国インゼリアの現国王、ウェイフォン・インゼルその人だったのだ。

 宰相だという白髪はくはつの素敵なおじ様、シルワールムさんによる『なぜなにインゼリア!』的な説明で軽く自分の立場を理解した私は、なんやかんやとこうして王宮で寝起きするに至っている。

 インゼリアは深い森に囲まれた、古い歴史のある小国だということ。国は小さいけれども交易なんかが盛んで、慎ましく生活する分には充分豊かな国であるということ。前述した通り、現在国を治めているのがちびっ子王様で、この国唯一の王族だってこと。

 そして私が『暫定』緑の乙女らしいってことだ。

 いやいや待て待て。よく考えたら全く意味わからなくないか?

 流されやすく和を尊ぶ日本人故にあえて突っ込みを入れるのを躊躇ってたけど、だからその『緑の乙女』っていう恥ずかしい単語はなんなんだよと。

 ところがなぜかそこらは「あとは追々」なんて年の功的何かに誤魔化され、7夜8日テンションでは抗いきれず、今ここに至る。

 正直に言うと、眠かった。死ぬほど眠かったんだ。しかも飢えていた。

 だから訊きたいことは死ぬほどあったけれど、シルワールムさん――シム宰相に「お部屋に案内しますよ」って言われて断れなかったんだ……。

 それでもって寝た。

 ああ、久しぶりの清潔な布の感触! ビバ王宮! なにこの布団すんげえやらかい!!とか感動しているうちに爆睡かまし、気が付いたら次の日の昼。

 起きたら起きたでまるでそれを読んでいたかの如く、目の前に並べられた美味しそうな食事に私の理性はさっぱりと消え去ったのだった。飢えた訓練明けの自衛官なんてそんなもん。

 そんなこんなでなし崩しに過ごすこと1ヶ月あまり。うっかり馴染んでしまったこのインゼリアで、私は今日も隊長と近衛騎士達に自衛隊体操を伝授すべく支度を始めるのであった。



***



「みんな、待たせたな! ジエイタイ体操を始めるぞ!」


 一度でいいから、隊長のテンションを最下層まで引きずり降ろしてみたい。

 そう願わずにはおれないような爽やかな笑顔でジュンレン隊長が宣言すると、王宮の中庭に集まっていた若い近衛隊兵士たちが、これまた元気に声を上げる。

 かつてこれくらいやる気に満ちた朝礼、というか自衛隊体操を指導したことがあっただろうか。反語。ないない、あり得ない。少なくともうちの4DS(第4普通科直接支援小隊)では。

 自衛官は国旗掲揚の時間になると、どこぞの宗教かとびびるくらいに、ぴたっと動きを止めて国旗が昇るのを待たねばならない。さらに、国旗が見える場所では敬礼も。

 新隊員の頃なんかはもうびしっと気を付けしてたりするが、こなれてきた部隊配属後の自衛官など面倒とばかりに自分の小隊の事務室に駆け込み、建物内では誰に見咎められるでもなく煙草を吹かしてソファに座っていたりする。

 最初はどん引いていた新人も、数ヶ月すればラッパ前に「やべっ」とか言って事務室に駆け込んでくるようになるのだ。いやあ、慣れって恐ろしい。

 朝礼が長引いたりするとその手も使えず、きっちり気を付けでその時が過ぎ去るのを待つ。冬なんかはちょっと辛い。群馬寒い、ちょう寒い。

 だので、朝礼で下っ端が強制担当する自衛隊体操の指導なんか、ちょっとでももたついたり動きや名称を忘れていたりすると、古参からどやされるのである。特に二戸3曹。

 だから、嫌でもこの本気でやると超汗掻きまくりの体操は、私の身体に染みつきまくっているわけで。


「気をー付けー! 自衛隊体操その1、その場駆け足の運動から!」


 ほんと、身体に教え込まれた習性ってやだな。

 近衛隊の前に立てば自然とうっかりやってしまうんだから、自衛官って……自衛官って……。すげえ洗脳されてるよ、私!

 しかも隊長と共に近衛隊の若い隊員たちがこれまた素直に気持ちよく従うもんだから、非常にいい汗をかけてしまったりして、複雑に悔しい。

 そして一見ラジオ体操のように見えて、本気でやると朝からすんごい疲れるのが自衛隊体操でもあったりする。呼吸運動を最後にようやく体操が終わった頃には、中庭に2列横隊で並んだ隊長以下隊員13名はぐったりと柔らかな芝の上に腰を下ろした。


「慣れてきたとはいえ、まだまだきついものがあるな。ウラバの国の近衛隊はまさに精強なのだろう」


 手にした布で髪や顔を拭いながら、満面の笑みで隊長が私を振り返る。


「そうでもないですけど。まあ、定期的に大規模な訓練とかしたり、人数はやたら多いです。インゼリアの軍隊って……まさかこれで全員とか?」

「そんなわけあるか!」


 心外な!と続ける隊長に、ですよねえと私も軽く返す。

 シム宰相によると千年以上続くこの国の兵隊がこれだけなんて――。


「このティアオとクワイとガンの3人は行儀見習いみたいなもんで、隊士じゃない。だから、正式な近衛隊は俺を含めて10名だな」


 どこのリヒテンシュタイン公国だよ。ていうか、10人の近衛隊って。

 確かにこの国にはどこかのんびりとした空気が流れていた。

 私が一室借りている王宮だって最初に飛び込んだ謁見室はまだしも、建物自体は歴史を感じさせる――ぶっちゃけ古いし、物語に出てきそうなメイドさんやら使用人の姿もない。

 それどころか王宮内には普通に街の人々が出入りしているし、ここにいる近衛隊は始終遊びに来る子供達を追い出すので精一杯。

 その街だって大都市って感じではなく、森を背負うようにして立つ王宮の下にこぢんまりと村よりいくらか上等な街並みが広がっているだけだ。

 まあ、交易が盛んなだけあって街には活気があるし、それなりに綺麗に整備された通りには他の国から来たんだろう人々が行き交っていたりするけれど。


「平和なんですねえ」


 群馬の山の中から出てきた私が言うことではないけど、なんだかしみじみとした感情を込めて呟くと、隊長は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「いいところだろう? 俺たちがこうして平和でいられるのも、ウェイフォン様のおかげなんだ」

「ちび様の?」


 街の人たちが親しみを込めて呼ぶ王様の愛称に、隊長はちょっと困ったような表情をする。この人とシム宰相だけは、ちび王様をきちんと「ウェイフォン様」と呼ぶのだ。


「この国は深い森とウェイフォン様のお力で守られている。敵意を持っている者は国境を越えることすらできないのさ」

「へええ、ちび様ってすごいんだ」


 あんなにちっさいのに、という気持ちを言外に感じ取ったのか、隊長は大きくため息をついた。わ、悪気はないんだよ、悪気は。

 そのちび様といえば、最初に謁見室で会って以来だ。

 どうも王様というのは忙しいらしく、朝から晩までどこかを飛び回っているらしい。

 反対に特に何にもすることがない私と言えば、王宮や街を当て所なくぶらぶらしてみたり、こうして近衛隊の訓練に混ざって運動してみたり、自由に過ごしている。その折にちび様の姿を見かけることがあるが、あの幼さの残る綺麗な顔はいつでも難しいそうに顰められていて、私のような半ニートが気軽に声を掛けられる雰囲気ではなかった。

 王様っていうのはもっとこう、執務室にどっかり座って判子を押すだけとか、煌びやかな王宮で舞踏会三昧とか、昼から後宮でしっぽりとか、そういうイメージだったんだけどなあ。


「宰相殿が付いているとはいえ、殆どおひとりで政務をこなされているからな。まあ、もう少しすればおまえとゆっくり話す機会も設けられるだろう」

「はあ」


 出来れば早めに「あとは追々」辺りの事情を聞きたいんだけどなあ。

 うーん、と唸る私を置いて隊長は素早く立ち上がると、小休止していた隊士たちに解散の命を出す。そして軽く私の頭を叩くと、3人の見習を連れて王宮へと戻っていった。

 毎朝叩き起こしに来なければいい人なんだけど。

 いつも通りに予定のない私はしばらくその場で空を眺め、それから勢いを付けて立ち上がった。こうしていても仕方がない!


「天気もいいし、今日は森でも散策してみるかあ!」


 どうしても緑の方向に進みたがるのは自衛官たる所以なのか。複雑な心境を抱えつつ、私は王宮の裏に広がる森を目指して歩き始めた。

 どこか不穏な空気を感じることもないままに――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ