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ちび王様と自衛官な私  作者: 吉田
ベアルリンガ
23/28

覚悟と切っ先 (1/28加筆修正)

1/28、最後の部分に加筆しました。本文中、「その背後」以降です。



「デンスっ」

「デンスさんっ!?」


 左手の山から突然目の前に降ってきた黒く大きな影が、白刃をきらめかせて私たちに迫ってきていた影の攻撃を受け止めた。

 それは、里のみんなと一緒に逃げたはずのデンスさん、その人。

 ぐっとその大きな身体が沈み込んだかと思うと、影の初撃を跳ね返す。耳の奥に刃と刃がぶつかり合う不協和音が鳴り響き、私はとっさに耳を押さえた。息つく暇もなく再び襲いかかる影を紙一重で交わしながら、彼は声を張り上げる。


「ウェイ! こいつらの狙いはおまえだけじゃねえっ! お嬢ちゃんもだ!」

「なに……!?」


 私が、狙われてる――!?

 デンスさんの言葉に驚く間もなく、鳥竜が闇を引き裂くような声を上げて急に前進を開始した。突然のことに背の上でバランスを崩した私を、ちび様がしっかりと支えてくれる。筋肉はついているものの、まだ細さの残る片腕が私の腰からお腹に回り込み、もう一方の腕が手綱を引いて鳥竜の動きを抑えた。


「ハルトゥ!」


 ぐっと手綱を引き、ちび様が鋭く言葉をかけ、鳥竜を落ち着かせる。

 私たちの背後には、竜馬に乗ってこちらとの差を詰めてくる兵士四人。前を向けば、影と一定の距離を保ちつつ睨み合うデンスさんの背中。

 後ろから攻め立てられている今、やって来た方向に戻ることはできない。なんとしても、道の先へと逃げなければ。


「あいつら、矢を射てこないのはそういうことだったかよ……!」


 奥歯を噛み締めるように、ちび様がひとりごちる。

 後ろから迫ってきた四騎の兵士たちは、私たちを捕らえようとすればいくらでも方法はあったはず。なのに、それをしなかった。私を生け捕りにするため!?


「どうして、私を……」

「わからねえ。だが、これでお前を置いていくわけにもいかなくなったな……くそっ」

「ちび様?」


 置いていくって、どういうこと?

 私の声に、ちび様ははっと焦りの浮かんだ表情を改めた。思わず口にしてしまった、そんな感じで。私をどこかに置いていくつもりだった?

 言葉にしなかった疑問は、振り返って見た彼の強い瞳によって押さえ込まれる。私はざわついた胸を落ち着かせるように、唇を噛んだ。


「デンス」


 私の動揺を振り切るように、ちび様は背後を警戒しつつ目の前のデンスさんの背に小さく声をかける。

 その声に、デンスさんもまた影から目を離さずに耳をぴくり、と動かした。多分、聞こえているという合図なんだろう。


「ベアルは人の争いごとに不可侵のはずだろ」

「俺は三十ミニート前に、若長を引退したんだよ。今は、ただのデファンス。里抜けしたんで、里もまったく関係ねえな」

「おまえ……!」


 何でもないように告げられた言葉に、ちび様は顔を強張らせた。意味の半分も理解できていないだろう私にも、その驚きが伝わってくる。


「元々向いてねえんだよ、若長なんて。俺は縛られんのが大嫌えだって知ってんだろ? タルパの奴を一匹捕まえて締め上げてみりゃあ、狙われてんのはお前だけじゃなくそこのお嬢ちゃんもだってんじゃねえか。それじゃあ俺は黙って見送れねえよ」

「お前は馬鹿だ!」

「馬鹿で結構!」


 二人して同時に叫び、デンスさんは不意を付くようにして影へと突進。ちび様は私を片腕に抱いたまま、背後から距離を詰めてきた兵士たちに法力の風を浴びせた。

 大きな身体の割に俊敏なデンスさんの一撃を、まるで踊るような足取りで、余裕を持って影は避け続ける。鋭い爪の延長のように取り付けられたやいばが、風を切るように振るわれる度、冷たい光を放つ。

 密集して生える木々の間を、危なげなく後退しながら、影は時折鋭い一撃をデンスさんへと加えてくる。音もなく、懐深く入られたデンスさんが紙一重でそれをかわし、後ろへと大きく跳ねて下がる。


「なぜ、こいつを狙う!?」


 影とデンスさんとの攻防に息を詰めていた私の頭上で、今度は鋭くちび様の声が辺りに響き渡った。

 はっとして後ろを振り向けば、ちび様も兵士たちもすでにその手に剣を握っている。 ちび様の細く鋭い片刃のものと比べ、兵士たちの持つそれは両刃の太い剣。身につけている甲冑と同じ、無骨でひたすら実用的なものだった。

 切っ先がこちらに向き、月明かりを受けて光のを見て初めてぞくりと震えが走る。これは、訓練でも冗談でもないんだ。私はもう、この刃と関わらずにはいられない。

 理由はわからないけれど、ちび様だけじゃなく私までもが追われている、今。


「答えろっ!!」


 まるで炎を吹くように、膨れあがった怒りを叩きつけるようにして、ちび様の身体から発された風の力が対峙する兵士たちへと襲いかかる。

 しかし、彼らはそれを予測していたかのように、素早く竜馬を操って左右へと分かれる。そしてこちらが体勢を立て直す前に、一斉に距離を詰めてきた。


「ウラバ、こいつに掴まって伏せてろ!」


 私の身体を抱いていた腕を離し、ちび様はそう叫ぶと纏う空気を一変させ、迫り来る兵士たちへと正対した。

 返事をする余裕もなく、私は言われたとおりに鳥竜の手綱を握り、その背に身体を伏せさせる。柔らかな羽毛で包まれた鳥竜の身体も、緊張に硬くなっているのがわかった。

 地面からどっどっと重いものが地を駆ける音が響き、そうして一瞬の後、頭上でちび様と兵士が切り結ぶ音が聞こえてきた。

 薄い金属を何かで引っ掻いたような、不快な音。


翼長よくちょう!」

「腕の一本はかまわん。ただし、女には一切傷を付けるなとのご命令だ」

「はっ」


 短く交わされる敵方の言葉に、再びちび様の身体から風が巻き起こる。

 今度はばらばらにこちらに迫ってきた兵士のうち、二人はその風に巻き込まれ落馬した。今日に乗り手を失った竜馬の足下を狙い、鋭い風の刃が放たれる。布を切り裂くような嘶きとともに、二匹の竜馬は地面へと転げた。口から泡を吹き、痛みに悶える二匹を見ながら、私はただひたすらに奥歯を噛み締め悲鳴を殺す。

 その竜馬を踏みつけるようにして、翼長と呼ばれたひとりを含む残りの二人がこちらに駆けてきた。

 鳥竜の背の上に立ち上がったちび様は、右手に持った刀を目の高さで水平にし、左の手のひらをその背に添えて迎え撃つ。

 ふたつの剣がその小さな身体に吸い込まれたかのように見えた瞬間、ちび様は中空へと浮き上がり、ひとりの兵士の首を飛ばす。闇に黒く見える血が、乾いた音とともに噴き出した。首を失った主を乗せたまま、竜馬は闇の中に駆け抜けて消える。

 私は込み上げてくる吐き気を抑えるように、手で口を覆った。私とちび様が生きるために、人が死ぬ。

 それを否定することも、そこから目を逸らすことも私はしない。それだけが、唯一この場で私にできることだった。


「もう一度訊く。なぜ、ウラバを狙う?」

「それは私が知るところではない」


 仲間の死を目の前に見ても、翼長と呼ばれた兵士の口調は荒れることはなかった。顔を覆うように付けられている兜の中から覗く、茶色の瞳。そこには憎しみも恐怖も、何も感じられない。ただ、揺れることのない強い光が、そこにはあった。

 それは生き死にを前にしても揺れることのない、覚悟のようなもの。


「ガーディ、ヨルムン!」


 男が叫べば、さきほど馬から落とされた二人の兵士が素早く立ち上がる。狙っていたのだろうか、鳥竜を降りたちび様を取り囲むように、三人の兵士はゆっくりと動き出す。円を描くように、切っ先を中心にむけて。

 しかし、ちび様は慌てることなく、背後をとる兵士二人よりも竜馬に乗ったままの翼長を見つめたまま、再び刀を構えた。

 私は情けなくも震える身体を鳥竜に押しつけ、それを見守る。

 普通に生活をしていた時、何か困難なことにあたる度に私はどこかの神様に手を合わせたりしていた。けれど、今この時ほどそれが虚しく感じられることはない。

 苦しいこと辛いことなんて、通り過ぎて振り返ればほんのちょっとの時間なのよ、と新隊員の時、区隊付きは言っていたけれど。


 ここでもし、何もかもが終わってしまったとしたら――?


 軽々しく息も出来ないほど濃厚な空気が、動く。

 一騎打ちなんかではなく、ちび様の抵抗を封じるために兵士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。腕の一本は、というさっきの言葉が甦り、私は息を詰めた。

 ちび様は三方からの攻撃を避けることなく、むしろ竜馬の翼長へと突進する。下手に避けてこの狭い場所で追いつめられないように。

 その動きを予測していたのか、翼長は手綱を引いて竜馬の前足を高く掲げさせ、上からちび様の身体を押しつぶそうと勢いを付ける。が、それよりも早く、ちび様の身体が竜馬の腹に入り、刀を一閃させた。

 ごぼっと嫌な水音とともに、切り開かれた馬の腹から内蔵と血が地面へとこぼれ落ちる。断末魔の叫びを上げて竜馬は倒れ伏す。

 翼長は下敷きになる前に馬上から飛びのき、体勢を立て直そうとする間に、今度は二人の兵士がちび様に斬りかかる。背後に飛んでそれを凌ぎ、法力を使って牽制。三対一でも、ちび様が劣勢になることはなく。

 インゼリアで見た時のように、風の刃を駆使して距離をとった兵士のひとりに傷を負わせた。くぐもった悲鳴。片足を押さえて転がった兵士を、一瞥することもなく残った二人はさらに攻撃を加えてくる。

 一瞬でも気をとられれば、危ない。

 けれど私が心配するまでもなく、ちび様は無駄のない動きで二人目の兵士の胸を貫き、その刀を引き抜く隙を狙って近づいた翼長を、今度は風の力で巻き上げ、地に叩きつけた。

 重苦しい響きが地面を伝わる。それが、ひとりの人間の重みだった。


「……力を、使いすぎたか……っ」


 荒い息の間に囁かれた言葉にちび様を見れば、額にはいくつもの汗が浮かんでいる。暗闇の中、少し距離のあるここからではよくわからないけれど、その顔は苦しげにしかめられているようにも見える。

 ちび様は無造作に腕で汗を拭い、鳥竜の上で固まっている私のほうへと足を向けた。安心させるように、少しだけその瞳を柔らかく細め何か声をかけようとして。


 その、背後。


 最初に彼の刀を足に受けて転がっていた兵士が、ゆっくりと上半身を起こしたのが見えた。転がった時に外れた兜の下にあったのは、まだ年若い顔。苦痛と、恐怖と、憎しみに歪んで……。

 まるでスローモーションのように、ゆっくりと、ひどくもどかしく時間が流れるように感じられる。

 兵士の手に握られた短剣。

 最後に残った力を振り絞るように、何かの叫び声を上げて彼はそれを振りかぶる。

 空気を割くように、誰かの悲鳴。ちび様の名を呼んだそれは、私の声?

 竜鳥の腹を蹴ったのは咄嗟だった。応えるように嘶く間もなく、鳥によく似た足が鋭い爪を地面にめり込ませ急激に前へと直進していく。がくり、と揺れる視界の中でちび様がこちらを振り向いたのが見えた。

 日の落ちた闇の中で黒にも見える群青の瞳。その中に迫る私の姿が映る。それと同時に背後からぶれることなく飛んでくる刃の、光。

 不思議なほどに鮮明に、克明に、一瞬の光景が私の中に入ってきた。

 考えていることは何もない。


 ただ、手を伸ばした。


 ちび様にぶつかるような勢いで突っ込んでいく竜鳥の上、半ば立ち上がって。

 あとでこの時のことを振り返ってみても、どうしてそんな無茶なことができたのかはわからなかった。


 竜鳥の背を蹴って、ちび様へと飛びつく。

 いくら鍛えているといっても少年体型のちび様の身体。ぶつかってきた私を受け止めきれずに突き飛ばされ、地面に倒れ伏す。


 その全ては数分の出来事だったと思う。

 次の瞬間、鈍くどろりとした時間が急速に本来の流れを取り戻し、動き出した。左肩に重い衝撃を受け、同時に音も感覚も全て消えて無くなる。

 こちらを見上げてちび様が何かを叫ぶ。青い瞳が、恐怖に見開かれるのが見えた。


 そして――。



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