第18話 私は、いちばんになる
「王立魔法学院に入学を、との王命だ」
ジリアンは、ついにこの時がきたと思った。
王立魔法学院が設立された当時から、入学することは間違いないと言われ続けてきたのだ。才能を持つ魔法使いが、国中から集められるのだから。
「はい」
「……断るか?」
「どうしてですか?」
「君には学ぶ必要がない」
「そんなことありませんよ。教授の中には魔族の方もいらっしゃるのでしょう? 魔法について、もっともっと学べるということです」
「そう、だな」
侯爵は暗い顔で俯いてしまった。これにはジリアンも困ってしまう。こんな様子の侯爵を見るのは、初めてだったのだ。
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
「君が王立魔法学院に入学すれば、侯爵家の後継者として顔も名も知れ渡ることになる」
「そうですね」
「……このまま私の後を継ぐということで、本当にいいのか?」
意外な質問だった。それは、侯爵自身が望んでいることだと思っていたから。
「はい。もちろんです」
「それは、義務感ではないか? 私に対する、恩返しとか……」
侯爵が両手を握ったままもじもじと指を動かしている。
(どうして、そんなことを不安に思うのかしら?)
ジリアンが侯爵の後継者になりたいのは、侯爵のためだ。彼の言う通り、義務感に近いのかもしれない。しかし、それではいけないのだろうか。
「それでは、いけませんか?」
素直に聞いてみた。あの手紙を交わした頃から、それだけは気をつけている。不安に思うことがあれば必ず伝えるようにしているのだ。
「……いけなくはない」
そう言いながら、侯爵はジリアンの隣に座り直した。
「だが、それだけではいけない」
「どうしてですか?」
「君は私の娘だ」
「はい」
即座に頷いたジリアンに、侯爵が苦笑いを浮かべた。
「……私が、君のことを『亡くなった子どもの代わりかもしれない』と言ったことを覚えているか?」
「はい」
「すまなかった」
「いいです。今は、ちゃんと言ってもらえて良かったって思っています」
本心だ。どんな綺麗事を並べたところで、ジリアンは侯爵の血を分けた子どもにはなれない。はっきり言ってもらえたことで、それについて悩む必要はなくなったからだ。
「だが、今は違う」
それには、首を傾げたジリアンだった。ジリアンはそれでも構わないと納得しているからこそ、違うと言われたことが疑問だったのだ。
「今は、君を誰かの代わりだなんて思っていないということだ」
ジリアンは頬が上気するのがわかった。
(嬉しい)
侯爵は、ジリアンを自分の娘として認めてくれている。それがわかったから。
「だから、君には自分の意思で私の後を継いでもらいたい」
「はい。間違いなく、私の意思です」
「そうか」
侯爵が、少しだけ寂しそうに笑った。その意味がジリアンにはわからなかった。
「ほどほどにな」
「はい。がんばります」
ごまかすように頭を撫でられる。侯爵は、何を言いたかったのだろうか、それは分からない。
(だけど、私のやることは変わらない)
「私を後継者に指名してくれたお父様に報いたいです。……ずっとずっと、お父様の自慢の娘でいたい」
「……そうか」
「はい。だから、何も心配いりません」
「そうだな」
「はい」
* * *
(私は、クリフォード・マクリーンの娘。クリフォード・マクリーンに選ばれた、侯爵家の次期当主)
好奇の視線が集まる中を、ジリアンは堂々と歩いた。
(私は、いちばんになる。お父様のために)
クリフォード・マクリーン侯爵の自慢の娘であるために。
「では、まずは魔力保有量の測定を」
教員に促されて測定器に触れると、それはすぐに反応した。魔法玉が真っ白に光る。光は輝度をどんどん増していき……。
──パリンッ!
砕け散ってしまった。
ジリアンの魔力に、耐えられなかったのだ。
「属性傾向なしの10!」
教員の声に、講堂が静まり返った。この測定方法が広まって以降、魔法玉を砕いてしまった、つまり『10』という数字を出した魔法使いは、両手で数えられる程しかいない。
しかも、『属性傾向なし』だ。それはつまり、『あらゆる魔法を使うことができる』ということを意味する。
「実技を!」
(いちばんになるためには、誰にも真似できない魔法を──)
ジリアンは目を閉じて、両の手のひらを上に向けた。
すると、その手のひらにバラの花が咲いた。バラの花は次々とあふれるように咲いていき、風に吹かれるように舞い上がる。
次いで、窓にかかっていたカーテンの色が変わった。深みのあるワインレッドから、鮮やかなピンク色へ。さらに、その縁には繊細なレースの縁飾りが施されていった。テーブルにかかっていたランナーや燭台などの調度品も、ピンク色と金色を基調とした華やかものに姿を変えていく。
講堂中にあふれたバラの花はカーテンを彩り、テーブルに並んだ金の花瓶に生けられた。講堂の中央には噴水が出来上がり、サラサラと水が流れる。壁の色も変わった。木の目を生かした重厚な雰囲気の壁面が真っ白に染まり、白亜の宮殿のような装飾が施されている。
講堂が、一瞬にして姿を変えてしまったのだ。白亜の宮殿で行われる、華やかな舞踏会の会場へと。
最後に、ジリアンの手にはバラの花束。
「どうぞ」
ジリアンが差し出すと、教員が恐る恐る受け取った。
その瞬間。
──ボォ!
すべてが燃え上がった。講堂から悲鳴が上がる。しかし、その炎はすぐに消えてなくなってしまった。残ったのは、元通りの講堂だけ。
「……あらゆる属性を、ここまで複雑に構築するとは。思い描いた結果を、逆算して現実にする魔法。これこそが、新しい魔法の真骨頂ということですね」
教員の言葉には、にこりと笑顔だけで返して。ジリアンは黙ったまま壇上から降りたのだった。
「……次!」
講堂が静寂に包まれるなか、序列決めが進んでいく。
「……後の生徒が気の毒ですね」
ノアが小さな声でボソリとこぼした。
「そう?」
「はい」
「いちばんに、なれるかしら?」
「申し分ありません」
周囲の生徒たちは、壇上の序列決めなどには目もくれず、ジリアンの様子をうかがっている。
第一席に間違いないので、どうやって取り入ろうかと考えているのだろう。
「しかし、やりすぎでは?」
「そうかしら」
「ええ。かなり、目立っています」
「そうね。でも、これくらいやらなくちゃ」
壇上では、序列決めが続いている。ジリアンと同じように新しい魔法を披露する生徒もいた。いくつかの属性を絡めた、複雑な魔法だ。旧来の四元素から構築する方法では、決して実現し得ない魔法。
けれど、ジリアン程の規模と複雑さを披露できた者はいなかった。
「序列を発表する。第十席、イライアス・ラトリッジ!」
呼ばれた生徒が、順に壇上に登っていく。
「……第八席、モニカ・オニール!」
意外だった。
モニカ嬢は、旧来の貴族らしい魔法を披露した。水を発生させ、その温度を下げて氷像を造ったのだ。水を形として収束させるだけでなく、温度を制御して氷に変えた。上級の水魔法だ。
どうやら、彼女にも魔法の才能があったらしい。
(序列が近いと、顔を合わせる機会も多いかもしれないわね)
感心しつつも、それだけが気がかりだった。
「……第一席、ジリアン・マクリーン!」
当然の結果といえばそうだ。
だが、ジリアンにとっては第一歩にすぎない。
(私は、国いちばんの魔法使いになる。そのために王立魔法学院に来たのだから!)
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