表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】【書籍化決定】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜  作者: 鈴木 桜
第1部 勤労令嬢、愛を知る-第1章 勤労令嬢と侯爵様

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/102

第12話 ただいま、お父様


 ジリアンとアレンが首都(ハンプソム)に到着したのは、それから25日後の夕暮れ時のことだった。


 首都(ハンプソム)市壁(しへき)はなく、街道を進めばそのまま街の中に入ることができた。街道沿いには宿や酒場、串焼きや惣菜(そうざい)露店(ろてん)が立ち並んでいる。かなり(にぎ)やかだ。

 二人はそれらを素通りして、とにかく街の中心に向かっている。珍しい街並みを眺めたい気持ちもあったが、今はとにかく身体を休めたかった。


「結局、最後まで歩いたな」

「うん」

「疲れた」

「だったら、なんで一緒に歩いたのよ」


 アレンの言いように、ジリアンは唇を尖らせた。


「そりゃあ、友達だから」

「……友達?」

「……違うのかよ」


 今度はアレンが唇を尖らせる。


「ううん。……そうだったらいいなって、思ってた」

「今更だろ。ひと月も一緒にいたら、普通は友達だ」

「そっか」

「おう」


 今度は、二人でモジモジしながら歩いた。


「私、友達って初めて」

「俺も」

「そうなの?」

「意外か?」

「うん。友達たくさんいそう」

「友達なんてつくる機会がなかったからな。周りは大人ばっかりだった」

「私も」

「じゃあ、俺たちは特別な友達だな」

「特別な友達?」

「そうだろ?」

「うん……!」


 ジリアンは胸の高鳴りを抑えられなかった。友達ができた。そして旅も無事に終わる。なにより。


(もうすぐ、侯爵様に会える……!)





 旅の間、毎日のように侯爵と手紙のやりとりをした。

 顔が見えないからだろうか、ジリアンは自分の素直な気持ちを伝えることができた。


『働くことは好き。働いてないと不安になっちゃう』


 でも、本当は。


『外で遊びまわる村の子供たちが(うらや)ましかった。ずっとお腹も空いてたし、叩かれるのは痛かった。辛かった。でも、私を助けてくれる人は一人もいなかった』


 あの日、侯爵に救い出されて嬉しかった。けれど。


『自分がそれに見合う人間になれるのか、ずっとずっと不安です』


 侯爵も、たくさんの気持ちを手紙に綴ってくれた。


『どうして私を引き取ってくれたんですか?』

『同情と打算だ。君の魔法の才能を見込んで、私の後継者にと考えた』


『侯爵様は、結婚はしないんですか?』

『私にも妻と子どもがいた。子どもが生まれてすぐに、二人とも病気で亡くなったんだ。15年前のことだ。私は戦場にいて、看取(みと)ることすらできなかった』

『再婚はしないんですか?』

『今でも妻を愛している。他の女性を妻にすることは考えたこともない』


『私は、亡くなったお子さんの代わりですか?』

『あるいは、そうかもしれない。あの子にしてやれなかったことを、代わりに君にしてあげたいと思っている』

『あの子にしてあげられなかったこと?』


『私の愛情の全てを注いで大切に育てること。そして、いつか私の元から巣立(すだ)っていく姿を見守ることだ』


 侯爵は、ジリアンの質問に真摯(しんし)に答えてくれた。心を痛める質問もあっただろうに、それでも真っ直ぐに答えてくれた。

 

『誰かの役に立とうと思ったり、自分の力を証明したりするのは、もっとずっと先でいい。私はただ、君に当たり前の子供時代を過ごしてもらいたい』


 侯爵からもらった手紙は、丁寧(ていねい)(たた)んで皮の袋に入れた。袋には(ひも)をつけて肩からかけて。ずっとずっと肌身離(はだみはな)さず持って歩いた。侯爵の言葉は、ジリアンにとっては宝物であり、お守りになった。





 ジリアンは手紙の入った袋をぎゅっと握りしめた。あと数十歩で、侯爵のタウンハウスにたどり着く。


「お嬢様!」


 不意に、その門の方から声が上がった。


「お嬢様! お嬢様!」


 オリヴィアだ。泣きながらこちらに駆けてくる。


「お嬢様!」


 ジリアンのもとまで一気に駆けて来たオリヴィアが、その身体をぎゅっと抱きしめた。


「お怪我はありませんか? お腹は空いていませんか?」

「大丈夫」

「お顔を見せてください。……ああ、お嬢様!」


 ジリアンの顔をまじまじと見つめたオリヴィアは、再びジリアンを抱きしめてわんわんと泣き始めてしまった。


「心配かけてごめんなさい」

「いいえ、いいえ。いいんです。……ご立派でしたよ、お嬢様」


 つられてジリアンの目尻にも涙が浮かんだ。何と言えばいいのかわからなく、ジリアンもオリヴィアの体にぎゅっと抱きついた。


「まずは屋敷に入りましょう」


 声をかけてくれたのは、いつの間にか隣に立っていたロイド氏だ。ずっとジリアンを見守ってくれていた人。ジリアンの願いを()んで、いっさい姿を見せることなく、ただそばにいてくれた人。


「はい」


 ロイド氏がジリアンとオリヴィアを促した。

 もう、ジリアンを抱き上げようとはしなかった。


「お帰りなさいませ」


 門の中には、屋敷中の使用人が集まっていた。口々にジリアンに声をかけてくれる。


「ご無事で何よりです」

「今夜はごちそうを作ってありますよ」

「お菓子もたくさんあります」

「まずは温かいお茶はいかがですか?」

「お風呂には薔薇(ばら)の花びらを入れましょうね」


 門から玄関に向かう小道には、バラのアーチが続いていた。秋咲きの鮮やかな色味のバラが咲き誇っている。


「もう、秋なんだね」

「そうだな」


 その庭の入り口で、アレンが立ち止まった。


「じゃあな」

「え?」

「え、ってなんだよ」

「だって……」

「俺も家に帰るよ」

「そっか」

「……またすぐ、会いにくる」

「ほんと?」

「ほんと。友達だろ?」

「約束?」

「約束だ」


 アレンが、ジリアンの右手をとった。そのまま、その指先に優しく口付ける。


「ア、アレン!」

「ただの挨拶だろ?」

「でも!」


 みんなが見ているのに、と続くはずだった言葉は、大きな手のひらに遮られてしまった。


「気安く触るな」


 マクリーン侯爵だ。

 アレンに握られていたジリアンの手をとり、そのままくるりと自分の背の後ろに隠してしまった。


「これはこれはマクリーン侯爵閣下、失礼いたしました」

「……」


 侯爵は何も答えなかった。


「じゃあな、ジリアン」

「うん。またね」


 ジリアンが侯爵の後ろから顔を(のぞ)かせると、アレンは笑顔で手を振って。颯爽(さっそう)と門の外へと去っていった。すぐ外には馬車が待っていて、その馬車もあっという間に見えなくなってしまった。


「……ずいぶん、仲良くなったんだな」

「はい。特別な友達です」

「……そうか」


 それっきり、侯爵は黙り込んでしまった。

 その様子を見ている使用人たちの肩が震えている。


(どうしたのかしら)


「ジリアン」

「はい」

「旅はどうだった?」

「楽しかったです」

「そうか。ならよかった」

「……はい!」


 侯爵がジリアンの手を引く。けれど、ジリアンは立ち止まったまま動かなかった。


「どうした?」


 ジリアンはごくりと喉を鳴らした。


(言わなきゃ。でも、大丈夫かな……)


 嫌われるかもしれない、という不安は簡単には拭い去れない。顔を見て話せばなおさらだ。

 それでも。


(勇気を出すのよ、ジリアン!)




「ただいま帰りました。……お父様」




 侯爵の目が大きく見開かれた。次いで、その目尻にくしゃりと(しわ)がよる。


「おかえり、ジリアン」


 甘い甘いトフィーのような瞳が、ジリアンを見つめる。

 ジリアンは、思わずその身体に飛びついた。侯爵は軽々とジリアンを抱き上げて、その小さな身体をぎゅっと抱きしめる。


「頑張ったな」

「はい」

(えら)かったぞ」

「はい」

「立派だ」

「はい」

「君は、きっと人の役に立つ人になる」

「はい」


 ジリアンの瞳から涙があふれた。声を上げるのも我慢できなかった。



 わんわんと子供のように泣き始めたジリアンを、誰もが優しく見守ってくれていた。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] え〜。12話目にしてもう泣かせに来ます? ジリアンも侯爵も…よ"がっだねぇ…(´;ω;`)
[良い点] ・侯爵をお父様と呼ぶジリアン [一言] ちょっと、目から水が…
[良い点] 「ただいま」ってとっても良い言葉なのですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ