かつて平均ではなかった莉緒
BWOとは関係ない
あまりいい話ではない
イメージ崩壊注意
等の理由で苦手な人は激しくスルー推奨。
幼少の頃から知能指数が大人顔負けなほどに高く、男女間の壁をやすやすと踏み越える抜群の運動神経に、あらゆる分野の競技だろうが一目見て実践するだけで細部まで習得するずば抜けた学習能力を持つ。
前世は偉業を成し遂げた傑物なのではと見紛うほどの明晰な頭脳を齢六歳の頃に覚醒。十年に一度レベルの驚異的で万能な才能を語るなら、全国模試一位は勿論のこと、美術の科目の一環でコンクールで作品を提出すれば必ず最優秀賞を受賞し、果てには飛び級で一流大学の受験に合格する事さえも理論上可能な程。
ただし努力だけは何を差し引いても怠らず、何より苦労を知らず努力しない天才よりかは血の滲む努力をした秀才である方が親しみをもたれやすいと自覚しているため、ひたむきな姿勢を周囲の人間に隠そうなどとはしない。
――平均値を凌駕し、非の打ち所がなく品性高潔と文武両道を絵に描いたような神童であるこの戸沢莉緒は、輝かしい将来が期待される子供の意味合いを持つ麒麟児と称えられるようになったのです。
……麒麟児とは正確には少年のみに当てはまる言葉で、少女である私が頂くのはどこか不自然な話ですが、そんな細かい点については気にしませんでしたし、低劣にしつこく揚げ足を取るのは無粋でしょう。
「おや、本堂さん。今日はどうされましたか」
あの人が相談事に来た記憶ですね。
「困り事や相談は莉緒に聞け」だのと決り文句のように持て囃され、志の高さによる正義感や義務感からクラス委員長をも兼任していたのは今となっては懐かしく忌々しい記憶です。
「突然呼んだりしてごめんね戸沢さん。実はわたし、どうしても相談したいことがあって……」
後ろ向きな性格で背も小さいですが、心の広さは私の上を往く本堂あいすさんは、私が手芸に専念していた時期、趣味を通じて仲を深めていたため、教室が違うにも関わらず気兼ねなく呼び出せていました。
それぞれ自分を表現した自作のフェルトの人形を贈り合い、互いに大切な宝物としてランドセルに飾っているまでに親しく、上級生にすら畏怖される私と唯一対等に話してくれると、心許せる友人関係なのですよ。
「最近ね、近くの席の男子達がわたしをからかってくることが多くなってる気がするの」
「そうなのですか。差し支え無ければ具体的に教えて下さい」
「うん。これも全部わたしの名前のせいで……」
「すみません、やっぱり言わなくても結構です。必ず解決させますので、今日はつらいことなど忘れて一緒に帰りましょう」
相談内容を直感で察した私は、本堂さんの不安感を薄れさせるために手を繋ぎました。
本堂さんの下の名は未だ偏見の目があるキラキラネームの域に達してしまっているため、クラスメートの一部から言われようのないいじめの対象となっていたのです。
何かと彼女を気にかけていた私は、次の日、腹痛を装い他クラスの教室を通りかかった際、本堂さんの給食に無理矢理牛乳をかけられていた現場を目撃しました。
今日中に当人の男子生徒達を直接呼び出してやんわりと咎めたので、いじめは収束したのです。
これで本堂さんにとって、学校が恐いところではないと伝えられたでしょうか。
「戸沢さん、戸沢さん」
ある日、本堂さんが重い影を残したような表情で私の袖を握って尋ねていますが、なんだかモヤモヤしますね。
「こんにちは。今日も一緒に下校しますか」
「ううん、それよりも聞いて、さっきわたしの教科書が無くなってて……。掃除当番でごみ捨てに行ってただけだったのに、置いていた所から消えちゃってて……」
「なんですって!? 私も手伝いますのですぐに探しましょう」
「あ、ありがとう」
常人離れした自分と違い、本堂さんは等身大の女の子なのもあるため、自主学習の予定を削ってでもとびきり親身になって相談に乗っていたのですが、授業に必要な教科書がなくなったとあればことさら重大ですね。
すぐ分担して探し回り、放課後に差し掛かり完全下校時刻ギリギリになってまで校舎中や校庭に至るまで隅々まで調べた結果、校舎付近にあるビオトープに無くなっていた物一式が落ちており、触れれば千切れてしまいそうなまでに濡れていたのを発見しました。
冗談にならない事態だと見過せなかった私は教員に報告。
すると後日、犯人は前回と同じ男子生徒のグループのみならず、女子生徒のグループまでも関わっていたと判明。絶句したのは、彼女らも前回の一件に陰で加わっており、私の目から逃れていた点に尽きます。
なので、自身の豊富な知識からいじめの賠償金を例に出してダメゼッタイと教授させ、私自身の手で厳しく注意させました。
ここまで釘を刺したのです。
これで平穏が訪れたはずでした。
「……遅いですね。本堂さんのことですし、トラブルにでも遭ったのでしょうか」
今日も悩みの相談を約束されていたのですが、昼休みの待ち合わせ時刻から三十分も遅れている本堂さんの様子が心配でした。
心配はやがて不安感となり、本堂さんが濡れた子犬のような面持ちで俯きながらやってきた時には愕然へと変化したのです。
「うっ……うぐ……戸沢ざんっ。助けて……」
「本堂さん! これは一体どうしたのですか!」
可憐な洋服は垂れ下がるまでに水浸しで、所々微細な傷があったため、どう見てもただ事ではないと悟りました。
外は雨ですが、それとは間違いなく無関係でしょう。
「またあの人達が……やめてってずっと言ったのにやめてくれなくて……先生も話をきいてくれなくて……」
「そんな!? 彼らに指導したはずでしたが、まだ反省しなかったのですか」
二度目で解決し過去の事件となったはずなのにこれで三度目。
しかも狡賢いことにまた別の方法でのいじめですねこれは。
本来生徒を守るための大人の方よりも私を相談相手に選んだのですから、精神的にも相当堪えたのでしょう。
「……ごめんね、戸沢さん」
「いえ、謝らなくて結構ですから。誰がどう見ても悪いのはあなたじゃないですよ」
「違うの。これ、大切なものなのに守れなくて……」
「これ……は……!」
本堂さんの手が開かれると、かつて私が自作してプレゼントしたフェルト製のキリンの人形が、酷ったらしく頭や四肢を千切られていたのです。
常に悲しげな本堂さんを笑わせたくて、……喜ばせたくて編んだ贈り物が原型を留めず変わり果てていたのが非常にショッキングで、様々な気持ちがごちゃまぜになり、そのうち自分の意思が組み合わさるように統一されていました。
「どうして、本堂さんは悪くないのに!」
憤慨に歪んだ表情とは裏腹に涙が溢れて止まらなくなっては、血液が逆流したような感覚が廻り、爪が食い込んで傷がつくほどに拳を強く握りしめていました。
自分の体が本堂さんの教室へと向けていたのは、無意識の内によるものです。
「戸沢さん落ち着いて!? それだけは絶対やっちゃダメ!」
「ああああっ! あいつらぁ!!」
これを自分がプレゼントした点は本堂さんの苦しみに比べれば無きに等しい問題。
激昂するほど許せなかったのは、望まずして虐めの標的となった弱い者に何度も加害行為を繰り返した挙げ句、大切な宝物を引き裂けるその腐りきった性根。
天才が天才のやり方でお灸をすえても到底理解不能ならば、彼ら愚図でも分かる単純な方法で応えなければならない。
私に頼るしか方法がなかった本堂さんの姿が脳裏を過ぎる度に衝動が体をつき動かし、加害者の男子三人が仲良く並んで歩く背中を視界に収めた途端。
「そんで本堂のことだが……。あっ! 麒麟児の戸沢じゃあがっ!?」
無我夢中で暴力を振るっていました。
「このっ! 早く償いなさい! 本堂さんに対して誠心誠意償いなさい!」
「謝るっ……謝るからやめて……」
「謝ってもやめてくれなかった本堂さんの苦しみはこんなものではありません! 本気で謝罪する気なら同じ苦しみを一身に背負いきれるはずです! まだまだ足りませんので!」
「戸沢さんが喧嘩してる! 先生呼んで!」
一人二人、そして最後の三人と持ち前の武術を行使し、激情の赴くまま力無き者の力となって代行する。それが、弱きを助ける正義のいない校内において私にしか出来ない使命。
ブレーキが壊れ、怒声を叫んでいた私は普段の沈着冷静さとは別人のような半狂乱の具合となっており、遠巻きから見ていた生徒は間に割って入るのを躊躇われるほどだったとか。
「この極悪人の番が終われば女子達の番です。当然、いじめを目撃していながら見て見ぬ振りをする人も全員同罪ですから!! っ!?」
「やめましょう、莉緒さん」
エスカレートする流血沙汰の惨事は、一人の教員に取り押さえられてひとまずの静止を迎えました。
「離して下さい! 彼らは何度も教え込もうが平気で忘れる下衆です!」
その時の私は、手足を塞がれたなら噛み付こうとする執念を根性で示そうと身をよじらせていました。
「相手が悪いとしても、向こうは謝ってますし、これはやり過ぎなのでは?」
「そうですね。しかし彼らの軽薄な言葉だけで許せばまたいじめの連鎖が起こります。その度に大切なものを奪われ傷つくのは本堂さんだけだってどうして分からないのですか!」
「いいえ、謝ってるのなら許すというのは、莉緒さんなら分かるはずです」
「許すかは本堂さん側に権利があるはずです! こいつらに反省させるのは私じゃなきゃ出来ないのに、みんなして私の意思を無理矢理制限しないで下さいよ……」
「あ……」
本堂さんの件だけでなく、私の秘めていた苦悩も漏れ出していたようで、教員は自身にも当てはまるとして返す言葉も無いままでいました。
私は誰からも頼られる存在と自負してます。
しかし誉れ高い異名を逆手に取られては、頼まれごとを一手に押し付けられるのが日常でした。
誰かが喜んでくれるならと別段悪感情が無かったのですが、それはあくまで負担が自身だけにかかる時のみであり、他者のしわ寄せが伴っているなら話は別なのがこの事件最大の引き金でした。
その後、本堂さんが駆けつけ涙ながらに懇願したために落ち着きを取り戻し、その胸にしがみついて本堂さんへの負い目を口にしていました。
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少なくとも私が在校中の間はいじめは無くなり、取り押さえていた教員は退任処分となりました。
元から各方面からの支持力があったおかげで、紆余曲折の末に友人のための献身的行動だと一転して評価されたのです。
そこはやはり麒麟児たる所以と自嘲しましょうか。
しかし、唯一人の友人のために、自分なりに正義を執行した本当の結果は、想像以上に残酷でした。
「おはようございます」
「……わたし、悪いこと何もしていないわ」
「すみませんでした。邪魔するつもりはありませんので、どうか気になさらず」
強行的な手段で解決した影響は看過できないまでの傷跡を残しており、私も本堂さんも、クラスメートから距離を置かれてしまいました。
正当性さえあれば何をしても正義になれるほど世の中は寛容ではないのです。
涙を流す人のためだとしても、苛烈な手段を用いてしまえばその人が新たな悪人の座を受け継いでしまうだけです。
「私が悪いんです……こんな私さえいなければ……」
正義感だけが人一倍強かった私のせいで、虐めとは別の曇った表情を日々見せながら「大丈夫だよ」と気丈に振る舞う本堂さんの姿が辛く……耐えられず、一人になっては顔を覆う手がふやけるまで泣き続けて……どれもこれも全て私が悪いのですから罵ってくれれば楽になれたのに、どうしてみんな口数少なくするままでいるのですか……。
そしてようやく自分自身の学力ばかりで独りよがりな内面を把握しました。
私には、誰かのための"正義"になれる器が無いと。
本堂さんに「学校は恐いところではない」と慰めたかったのに、私の正義感が学校を恐いところにしてしまったとは、一生をかけても償えない大罪です。
「……ねえ戸沢さん。今回のテスト、すごい点数が落ちてるけど調子悪いの?」
「問題ありません。これが本当の私ですからもう頼らないで下さい」
「う、うん。別の友達と復習してくるね」
私の答案用紙に付けられた点数は60点。
形から入るため、解答の後半部を白紙のままで提出して得た意図的な点数です。
私という天才は憧れの的であり、理解され難い存在でもあります。
なので身の程をわきまえ、二度と頼りがいのあるイメージを持たれないようにするため、自分だけで平均前後の能力へと落とし込むよう努力することにしました。
こんな苦悩を他人に打ち明けたところで、天才の嫌味な贅沢だと中傷されるのが目に見えていますからね。
帳尻合わせのためにバランス良く怠けては成績を調整し、勉学に触れない時間を作るために仮病や怪我、その他自殺未遂を繰り返し、学校を休む理由付けをする。
本堂さんが両親の都合で転校したために精神を病んだと伝播されがちでしたが、好都合な理由として登校拒否をするために使いました。
「行ってきます。お父さん、お母さん」
「チッ」
「……頑張ってちょうだいね」
そして可もなく不可もない評判と能力になるためには小学校卒業から中学校生活全てを丸々捧げましたが、偏差値が並程度の高校へと進学した頃には、知人や両親からも、コンプレックスという名の呪縛である麒麟児だなんて欠片も呼ばれなくなりました。
所々飛び抜けたままだったり平均以下となってしまった部分もありましたがね。
「おっはよー莉緒! ぐ〜へっ」
「おはようございます。笑い方をあざとくしても無駄ですからね」
周囲の期待を全面から裏切り、基礎体力や身体能力を著しく落とし、見る影もなくなるまで学力を低下させた苦労の甲斐あって手に入れた平均的女子高生の身分とは、肩の荷が下りたかのように毎日が楽になりましたよ。
人生で二人目となった唯一の人である恵理子とも出会えましたし、人並みとなって恋を知れた人生が楽しくて仕方ありません。
最後まで読み進めて下さり、ありがとうございました。誠感謝です。




