その頃の別動隊
RIOがグランドマスターを眷属化させた時から少し遡る。
「行ったか……」
「いなくなって段々と分かってきたのじゃ。RIO様ほど頼もしい背中は他におらぬと……」
(そのお背中無しでもやるしかない。RIO様の成功は、祈るしか無い)
「RIOだって、きっと私達の成功を祈ってるはずだよ」
RIOの飛び立った姿が暗夜の空に隠れるまで見送りを続けたパニラとドゥルとメーヤ、そして飽きが早かったのか一足先に進んでいたジョウナの5人は、大きな存在と別行動となった不安感を覚えながらも洞穴の最奥にある広々とした空間へと到着した。
あとは時間になるまで座して待つのみ。すると、一行の来た通路の奥から、幽冥界全土まで轟きそうなほどの爆音が鳴り響く。
「わわっ! 何!?」
(いや私が入口にセッティングした爆弾だよ。事前に説明した気がするけど)
「そうだった。ビックリしすぎて記憶まで吹っ飛んじゃってたかも」
エリコは動揺しながらも、冗談まじりに返答するほどの落ち着きはすぐに取り戻せたようだ。
単純な爆破力もさることながら精密な計算により入口だけをピンポイントに塞いだ爆弾ではあるが、冒険者ギルドを爆破解体するためのダイナマイトは、これとは比較にならない威力を持つ。
仮にこんな洞窟で使えば崩落からの生き埋めは免れないほどに。
なお見た目が似ているせいでパニラはセッティング時に危うく取り間違えかけたのは墓まで持っていく内緒話だ。
「ともかくだ、この洞窟の繋がる入口は一つだけなのは自分が調査済だ。塞がった以上、これで外からの邪魔は入らなくなる」
「あるいは、退路を断ったとも言うけどねぇ」
「……はい?」
上気分になって真理を突いたかのようにいるジョウナだったが、向けられた視線は冷ややかであった。
背負うものの重さが違うパニラ、メーヤ、ドゥル、そしてエリコの四名に逃げる選択肢は端からない。
盛大な皮肉か自虐かと受け取られ、明らかに言葉選びを誤ったと気づいたジョウナは、すかさずフォローに移る。
「キミらにはいらない世話だったかな? アッハ」
「なんで世話かけられなきゃならないのさ」
「だってボクたち仲間だろう? 肩を並べて戦う仲間に気遣うことが、そんなに悪いことなのかい」
「ごめん。集中力が落ちるから話しかけないで」
エリコとジョウナは、少なくともエリコ側からは険悪なムードを放っていた。
共に幽冥界を旅し、共に復讐の決戦に望む仲間であっても、完全に警戒心を解けてはいない。
未だ敵として見ているというよりかはあくまで油断をしていないだけとはいえ、依然として潜在的な脅威であるイメージこそジョウナ。
何を考えているのかさえ読み取れない頭の中は、必要以上に警戒されても仕方がないのかもしれないし、唯一薄い動機で仲間入りしていることについても割り切れと言われても難しいかもしれない。
「まあまあみんな落ち着くのじゃ。これから息もつかない修羅場に入るというのに、肩ひじ張る必要なんてどこにもおらぬ」
そう言いつつ、その敵に向けるべき大盾をジョウナへと向ける。
「こやつの技は昨日まで殆ど見させてもらったぞい。いついかなる時に魔が差そうとも、その偉そうな頭蓋へと一撃を跳ねっ返せるからのう」
「アハッ! こりゃあ下手なアタッカーよりも攻撃的なタンクだこと。チビッ子には勿体ないくらいの逸材だよねぇ」
そうジョウナは苦笑する。先程から胡散臭い笑みを浮かべてばかりではあるが。
(メヤっさん今のは悪意あるんじゃない、そこで反省ね。うちの子がほんと失礼を……融和のために同じ鍋の飯を食べさせたんだけどね……)
そう申し訳なさそうにするパニラ。
あくまでも現実を直視し、復讐の達成に拘る構えだ。
そもそもパニラがジョウナを戦力に加えると立案し、勧誘しに赴いた張本人なのだ。まだ得体の知れなかった吸血鬼RIOと手を結んだ度胸は伊達ではない。
「チビッ子は分かってくれるのかい。見かけによらずリーダーらしいことしてくれるじゃないかぁ。よし撫でてあげよう」
(すまんやっぱ半径1メートル以内に入ってこないで。間合いだから)
「間合いって何のだい」
パニラもまた、開戦前のこの時点で必死なのだ。
この陽動作戦が失敗に終われば、次の復讐までは1年か2年か遠のいてしまうと見積もっていい。
失敗しても次のチャンスまでまた雌伏の時を過ごすではあまり済ませられないのが実情、何せ明日に唐突にサービス終了が発表されてもおかしくないこの世界だ。
この事情もあるため、勝っても負けても最終決戦。
(間合いって私の爆弾をぶん投げて確実に命中出来る間合い。もちろんギルド解体に使うやつとは別ね)
「いやそんなもんボクに投げつける気だったのかい。いやぁ投げるならもっとボクみたいに穏便にファンシーな音符とかを……」
(いやもちろん投げないけどさ。一応ね? 私のノーコン投擲力は意図したところへ飛んでいかないこともあるし逆も然り)
「逆も然りとかいう理由でフレンドリーファイアされたらたまったもんじゃないけどね?」
まともな答えを返すほど、パニラが醸し出したトーク術にジョウナは呆れ返っていた。
(銃は遠距離用、冒険者に掻い潜られた場合の中距離用に爆弾を投げまくる。でもそこまで詰められたら相手次第じゃ終わりだろうけど、ただでは終わらない)
パニラは来ている服を持ち上げる形でめくり、腹部を丸出しとさせる。
「ワッホォ! 更衣室じゃないってのにスッケベぇ……ええ?」
「そのお腹……」
(もし私が作戦の半ばで倒れたとしても、私自身も爆弾の一つとして使われる覚悟は出来てるから)
ジョウナと、ついでに目にしたエリコは驚愕のあまりパニラの臍の上辺りを凝視する。
そこには、帝王切開されたように縦に割かれた手術跡があった。
特に、切られた跡の周りは埋め込まれた爆弾の形が分かるほど変色している。パニラが命を落とした瞬間、手投げ式の爆弾として作動する仕掛けである。
そうまでしてても、僅かでも勝率を上げたいのだ。これを見せられれば二人ともそれぞれ思うことが湧く。
「これを美しいと感じなきゃ戦士じゃないねぇ。よぉし気に入った、チビッ子の身でなるべく多くの冒険者をボムして供養してあげよう」
「パニラさんがやられちゃう前提で話続けないで。みんなの力を合わせてこその復讐なんだから」
「でも本人がそんなこと言ってるし? それよりボクは足手まといの……しっつれい! ぐへっ娘の血気……もとい正義感でヒロイック自滅ルート入らないかが……ねぇ〜?」
「ぐぬ、殺人鬼のお腹を一番手術したい」
(結局喧嘩かぁ)
相も変わらぬ調子にパニラは肩を落とした。
パニラの中で多く残っている課題のうち、この二人の犬猿の仲をどう解消するかも含まれていたが、正反対の思想はパニラの想像以上に噛み合わず。
ここまで頑なだと、いっそ喧嘩するほど何とやらとも錯覚してくるから不思議だと、パニラは思考放棄した。
爆弾ばかり話をしていたが、無論それ以外にも武器はある。なのでパニラによる得物の紹介が始まった。
(この天才軍師パニラちゃんの兵器工房には、ハンドガン、マシンガン、ガトリングガン、こんな銃以外にも相手を絡め取るトリモチランチャーまで何でもござれ)
「わーすっごい。子供心にはウケ良さそうなラインナップ」
「だとしても、トリモチランチャーを試し撃ちするには早いよ」
(ん? エリコ氏何言ってるの?)
エリコのどこか不明瞭な発言に、パニラの文字にも頭の上にもクエスチョンマークが表示された。
「えっ? だってあっちの方からぬちょぬちょって音がしたから……」
「大声でしゃべるな!」
「ドゥルさ……?」
「目の前に来たとしても目を合わせるな」
「えっ」
エリコが形容したトリモチのようなものが這っている音は、この洞窟の入口辺りから伝わってきていた。
「少し騒ぎすぎたか……いや、いくら騒いだとしてもこの洞窟から外まで声が漏れるはずがない」
「何なの? そんなにまずいことが起こってるの!?」
声を出すことさえ憚られる危機感によりドゥルは頷いて返す。
エリコは訳もわからないでいたものの、幽冥界に生息する戦ってはいけない生物によるこの音に聞き覚えがあった。
「ショゴススライム……!」
「それに一体だけではない。この音は少なくとも三体はいるぞい」
地に右耳をつけ、敵の数を計るメーヤ。
正確な数までは分からなくとも、どちらへ進んでいるかも分かる。
涎が心臓へと垂れているかのような恐怖を想起させていた。
「通路を辿って、こっちに近づいて来ている……のじゃあ!」
「そんな! 入口は塞いだんだよね!? 外からは崩れた壁みたいになってるはずなんでしょ!」
「ショゴススライムは不定形の生物、1ミリだろうと隙間さえあればどこへでも入り込んでくるんだ!」
「どうするのじゃ! RIO様が突入するまであと23、今22分目になっとったが、ちと予定を早めるしかとれぬか!」
(駄目だ、駄目すぎる。RIO様と同時突入で敵を鈍らせるための戦力分散策なのに、こっちサイドだけ予定より先に突入すればこれこそ格好の各個撃破の的だ)
「こんな時にダジャレ? いや悪かったって痛い目線やめよう」
そうしている間にも、足音は少しずつ、確実に迫ってくる。
五人の試練は始まっているのだ。迷う選択肢に逃げ込んでいる場合ではない。
「けど何でよりにもよって、私達の居場所に向かってきてるの……これも冒険者の仕業!?」
「あの生塵連中、どこまでも卑怯な手段ばかりなのじゃなあ!」
エリコ達のように真偽を無視して冒険者のせいにしてしまえば楽だろうが、それでもパニラは追求せずにはいられなかった。
ボタンの掛け違いは自分達の誰かに違いないと、勘ではあったがそうした違和感がミミズのように地から這い出てきている。
そして最有力の原因を突き止めた時、その違和感の全てはパニラ自身の判断が生んでいたのだと判明した。
(しまったあああ! 私が入口に仕掛けたダイナマイト! その爆音に反応しちゃったんだあああ!)
「ハッハァ! 天才軍師、策に溺れた〜」
「言ってる場合!?」
同時にパニラの失策を責めている場合でもない。液の音は通路の中間地点を踏破し、あとは真っ直ぐ進むだけで袋のネズミ五匹の踊り食いにありつける。
そんな限界の状況で決断する者は、ここに抜剣して立ち上がった。
「私が時間を稼ぐ。みんなは準備を再開して」
エリコは通路の方向に体を合わせる。
その行動と端的な言葉に込められた意味は、皆が皆エリコを静止せずにいられなくなるには十分であった。
「待て! 自棄になるな! 生きて立っているかさえも分からないぞ!」
「みんなの力を合わせてこその復讐と言ったのはそなたじゃ! 自分の身と引き換えで破るなど黙ってられるはずなかろう!」
「しょうがないでしょ! 誰かがやらなきゃいけないなら、私がやるしかないんだから!」
(エリコ氏それは大それた決断じゃない、ただの妥協だよ。それに決戦する前からエリコ氏を尻拭いのために犠牲にしたってなったら、RIO様に合わせる顔がない)
パニラはエリコの肩を掴んで諭すが、逆にエリコもパニラのその手を振り払って両肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、私がここで脱落したとしても、パニラさん達の成就のために命を賭けられたなら、RIOもきっと褒めてくれる。それに、私がいなくたって絶対に勝てるよ。私の力なんてみんなと比べてパッとしないだろうし、そっちの殺人鬼は……嫌いだけど私みたいな足手まといがいない方が暴れやすいでしょ。もしRIOと合流したら私がいないことははっきり伝えてね、約束して欲しいこと」
(こんな時でもRIORIOって……あなたさまはどんだけRIO様ラブなんだよ)
「ぐへへぇ、聞くまでもないでしょ。しかもこの戦いが終わればRIOと付き合えるからさ。笑って勝つために最善を尽くす気持ちはみんなと同じ」
その尊き覚悟にパニラは圧されるしかなかった。持つボードに浮かぶべき文字も無く、無地の白い表面が光源を反射するのみである。
「振り向くのはこれで最後っ! 《破壊の魔法》!」
そうエリコが花片を纏わせ駆け出そうとした直前。
「ほにゃああっ!?」
背中を人差し指でなぞられてしまい、思わず気が抜けるほどあられもない声を出してしまった。
振り向いてみれば、そこに人差し指を立てたジョウナがいる。
「ふえっ? どええっ? なにしたの? セクハラ? えっやだ? 最低なんだけど?」
「桜咲かすには季節外れ、ってね」
まるで裏をかいて一勝してやったとでも言いたげな笑みに、エリコの殺意がジョウナの方へ移りそうになったほど。
ただ、ジョウナは決してたちの悪い冗談のつもりでやったわけではない。
こうでもしなければアイデアを聞かせるためにエリコを止められなかったので、やむを得ずだ。
「ひとつ良い作戦を思いついたんだ。そんなにあのRIOのことが気がかりっていうなら、それこそうってつけの奇策さ」
◇◇◇
冒険者ギルド本部の一階、エントランスホールは東京ドーム一つ分にも及ぶほどの面積を持つ。
そこに集いし冒険者の人数は百か千か、皆が中央をとり囲むような陣形を組み、そこに召喚された悪魔でも出迎えるかのような雰囲気である。
その中央部からは彼らにとっての悪魔、突如として縦に光の一閃が走り、紙が捲られるように開かれた口からは洞窟の景色と5人の人間が世界を越えて本部内へと一目散に駆ける姿が映る。
「突入突入突入!」
「暴走列車のように突撃!」
「残念だったねRIOォ〜! どうせボクらを有利にするために急ごうとかしてるんだろうけど、どっこいボクらの方が大幅リードしちゃうのさぁ!!」
次元の裂け目から飛び出した五人の反抗者達は、緊張でも誤魔化したいかのように騒がしい。
冒険者達は上等な肉を投げられた虎のような目つきとなって、各々が獲物を狩る体勢をとった。
「すげぇ! 元帥さんの予測通りだ! なんかいやに早い気がするけども」
「この数で待ち構えて正解だったな! そんじゃ袋叩きにしてやれ!」
「マヌケな悪をぶった斬るのは最高の娯楽だぜぇ!」
「おめぇらちょっとタンマ! 肝心のRIOはどこだ? というかこいつらの後ろになんかいねぇか?」
冒険者達は異様さに全員が同時に気づき、思わず先程までの勢いが完全に停止する。
楽に正義が勝ち、楽に得点を稼げる絶好の企画だとの掲示板での触れ込みで集まった彼ら。
実際、この戦力がパニラ達とまともにぶつかればジョウナ以外は一分も持たないはずでもあったが、大きな誤算がこれだ。
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エネミー名:ショゴススライムLv90
状態:正常
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エネミー名:ショゴススライムLv90
状態:正常
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「「「うわあああああああ!!」」」




