魔王降臨 その4
【グオオオオ……素晴らしい……! 良いぞ! 儂さえも打ち破れる人間の可能性、味わい尽くせぬほど……!】
プリンセスチェリーの直径2メートル大もの拳が正面から魔王に直撃。
まともに食らってしまった魔王は両腕の力を抗っているようですが、まるで押し返せず自らのHPをすり減らすばかり。
この途轍もない威力、それはもう元は桜の花びらが集まっただけのものとは考えられないほどです。
しかも打撃と斬撃どちらの効果も持っているようで、魔王の装備にも皮膚にもダメージを与えていました。
『ノロケアタック鬼つええ!』
『エリコのパンチ気持ち良すぎだろ!』
『これが、エリコの卍か……スタン……なんだっけ』
『↑ジ○ンプ漫画の読みすぎ』
『これでエリコは9秒間だけ無双乱舞出来るな。ところで今何秒目?』
『3秒でい!』
『時間の経過もジャ○プ漫画じみてないかこれ』
ブレイクマジック・桜の姫君、エリコが懐で温めていた奥の手として文句のつけようが無い性能ですね。
9秒間の時間制限があるとはいえ、ここまで堅牢さに試行錯誤せざるを得なかった魔王を格下の如くシンプルな力だけで圧倒しています。
「まだ終わりじゃないよ! そんな大物ごっこしている余裕も無くしてあげるから!」
続けざまにエリコは左の拳もまた大きく引き、当然ながら《桜の姫君》も連動。
【拳のつき出す速さに隙がある……徒花で終わらせるのは惜しいが、《カルラウィンド》】
む、受け止めるのも精一杯なはずなのに風で即席の障壁を作り出して受け流しましたか。
更に桜の拳がその障壁に触れるだけで、ただでさえ小さな花びらが更に小さく細切れにされてゆきます。
これは散るしかないですかね。
「と、思うでしょ」
しかしエリコはそれすらも見越していたようです。
拳を振り、風すら吹き飛ばす弾丸さながらな速度のパンチで魔王を殴り飛ばしました。
「りおっ!」
聞いているだけで恥ずかしくなる掛け声をあげてまた更にもう一撃。
「りおりおりおりおりおりおりおりおりおりお!」
まだまだ加速してゆく拳でラッシュを放ち。
「裁くのは、推しへのラブラブイノセントだーっ!」
「場所と状況を考えて惚気けて下さい!」
もう聞いている私の方が耐えられませんでした。
私だってブレイクスキル発動中はドーパミンが溢れて止まらない感覚こそすれ、
【ぬうう、儂を縛る枷までもが破壊されて……】
それはともかくして、エリコのラッシュによって魔王の堅牢さの根底である手枷や足枷、首枷に口枷までもが破壊、鉄くずにされています。
これで魔王は防御不可、ブレイクマジックの桜の刃を掻い潜る必要はありますが、絶好の攻め時ですかね。
『そうだ、RIO様もノロケちゃいなYO!』
『嫁ばっかり大胆な告白させて恥ずかしくないんデスかー?』
『言っちゃえ言っちゃえ!』
『ブチかませ』
『セリフは難しく考えなくてもいいのですわよ。何が来ても尊死する準備は出来ていますので』
今回は調子のいい人が多すぎませんかね。
よそはよそでうちはうちという言葉を聞いたことは無かったのですか。
あのエリコが勝手に始めただけのこと、私は愛されるだけで満足なのです。
「りぃおーーっ! 私もりおの想いを聞いてみたいな!」
……ああもう言えば良いのでしょう!
乗せられたわけではありませんが、私だってエリコ以上にエリコを愛しているのですから、これからエリコへの想いを口に出すのは負けた気分になりたくないだけですからね。
「エ、エリコは私の身も心も一生束縛して欲しい斬り!」
【ぐあっ! そなたは一体何なのだ!?】
あぁ、流れに押し切られてつい頭が真っ白になりながら叫んでしまいました。
普段よりも威力が出たような気がするのが特に恥ずかしい部分です。
『ヒエッ』
『重ももも……』
『歪んでる』
『そりゃ魔王も困惑するしかないわ』
『性癖とか願望とか、そんなチャチなもんじゃ決してねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ』
『いやーてぇてぇですなぁー(魔王戦の最中)』
あれほど言え言えと煽り立てておいていざ言わせたらドン引きするだなんて、皆様人の心があるのですか
今度やる時はもっと冷静に考えてから叫ぶことにしますから。
「ぐぅへへへへへへへへへへへへ! ぐへ!」
【愉しい! もっとだ! もっと追いつめていけ! そなたの人間の業前で儂を殺してみせよ! あの時、あの者と同じように、そなたはこの魔王を殺す価値が十二分に足りている! ぬわあっ!】
兎にも角にも、このまま攻めの姿勢が崩れなければ魔王を倒せる希望が見えてきました。
このブレイクマジックによるラッシュをあと四回か五回、相手の防御手段が破壊されているのでそれ以下の回数かもしれませんが、聖銀の針矢なんか無くてもエリコの力で倒すことが可能かもしれないのです。
思えば、エリコの提案した連携を捨てる作戦によって戦況が激的に好転したのでしたね。
その時の私では癖となった戦術的思考に囚われるあまり否定的でしたが、いざ無理矢理始まれば私達しか実行に移せないオンリーワンな連携へと昇華されました。
エリコはいつだって正しい道を示してくれます。
エリコに導かれれば、私は正義にだってなれます。
エリコがそばについているだけで、前向きに自分自身をも好きになれるような気もします。
よくあるトロッコ問題に対して「自分が線路の上に身を乗り出し、トロッコを脱線させて助ける」と答えるほど底抜けに純粋だった頃に戻っても許されるはずです。
たとえこの仮想世界で今更その生き方をするのが許されないのだとしても、別の世界、別のVRMMOならば、あなたと共に正義を愛し、正義のために生きることだってできるかもしれません。
秒針を巻き戻そうとするしかなかった寂しい人生をやり直せるんです。
罪から逃れたいだけの心変わりだと誹りを受けても平気ですから、夢を自由に追える明るい人生をもう一度走り出したい。この思いはあなたのおかげで芽生え、花咲かせているのは確かなことです。
『8秒……9秒』
『プリンセスチェリーが一度の発動で動ける時間は過ぎたな』
『これ部位一つダメになっても再発動出来たんだよな』
む、物思いに耽って時間を忘れてしまいましたね。
桜の姫君は頭部からふやけるように花びらのパーツが散開し、単なる薄ピンク色の小山になっています。
そしてエリコなのですが、身体機能回復ポーションがある以上は代償の心配はいらないはずですが……。
「う……」
エリコの方に目を配ると、ポーションが手からするりと離れ落ちました。
そのポーションを握っていた腕が代償なのでしょうか?
「く、苦しい……しぬっ……」
「エリコっ!」
今すぐ馬鹿なと言いたいです。何故エリコはその場で倒れなければならないのですか。
それに苦しい、死ぬだなんて、魔王に何かされたのですか。
「どうしたのですか! どこが苦しいのですか! 意識は……!」
戦ってなんかいられず、無我夢中でエリコのもとへと走っていました。
でしたが、いくら体をゆさぶっても苦しみあえぐ声でしか返事をしてくれません。
……いえ、何故こうなっているのか、エリコの体に触れてみてやっと推理が完了しました。
エリコは血液の流れと心臓の鼓動が停止しているのだと、ブレイクマジックの代償に選ばれた部位は心臓なのだと。
今のエリコは心臓発作もかくやでありすぐ事切れてもおかしくない状態でした。
「そんなことも有り得るのですか! 通りで倒れるしかないわけです」
「がっ…………りお……それ……」
「ポーションですね! すぐに飲ませます、絶対に助けますから!」
エリコなら、今回のようにどんな部位が代償にされても回復するために手元に準備していたはずです。
そうするしか他に方法がありませんが、心臓だろうと死ぬまでに飲ませれば間に合うでと信じるしかありません。
治すためのアイテムに手を伸ばし、掴んだ瞬間。
「ああっっっ!! あうっぐうっ!」
触ってはいけない熱だと手のひらが悲鳴をあげ、ポーションを思わず離してしまいました。
それに肉焦がす音に立ち上る煙、これらは私の手から発されていました。
これはつまり、ポーションの効果が強力過ぎて吸血鬼には近づくだけでも煉獄の熱で清められるということ。ああ歯がゆい、どんな材料を用いればこんなアイテムが製造されるのですか!
ですがエリコはもっと痛いはずです。
マグマバードにも劣る苦痛なんて永遠に耐えられます。
ビンの蓋を叩き割り、エリコの心臓を回復させるために掴み取って流し込みます。
「飲み込んで下さい! お願いですから、志半ばで終わる英雄になっても美談にすらなりませんよ!」
【……人間とは良い、エリコという人間に逢えたことは感無量に等しい。しかし儂ばかり愉しむのも礼を失するな】
く、これはいけません。
まだエリコが再起していないというのに魔王が怯んだ体勢を立て直していました
【あの拳によって枷の封印も解けている、これで礼には礼で返せる。完全となった儂の魔法を行使して義を果たそう】
視界が一瞬だけ暗転しました。
光すら吸い取るほどの魔力なのですかこれは。
それなのにエリコはまだ目を覚ましてくれません。
どんな魔法が飛んでこようが私だけで凌がなくては、何を捧げ物にしようともエリコだけは守り抜かなければなりません。
「フラインヴァンパ! 何としてでも魔王の攻撃を防ぎ止めなさ……!」
【《ガイアナックル》】
視界にある土が一斉に隆起し、地割れを起こし、天地が回転するほどの強烈な振動が私の体を放り投げてきました。
特に体内への衝撃が尋常でありません。
私は臓器がごちゃまぜになっているだけで済みましたが、フラインとヴァンパがこの一撃だけでHPが全損しています。
いえ、そんなことよりもエリコを見失いました。
今の振動でどこまで放り出されたのか、検討もつきませんが。
「エリコっ! はっ!?」
そんな、エリコは目を閉じているまま地割れの中へと真っ逆さまになっていました。
このままでは地割れに飲み込まれてお陀仏。
ポーションも飲ませましたし、回復しかかっているのに水の泡にはさせられません。
早く、早く、一刻も早く壁になるものを。足に触れたらそこから身を翻してエリコを拾いあげに走らなくては。
よし、隆起した岩に触れました。早く跳んで次はこの崖を駆け下りてエリコへと近づけば……。
【閉じよ】
「はっ……え……っああああ!! エリコおおおおっ!!」
エリコ、そんなことって、あんまりではないですか。
裂け目が塞がってその中が何も見えなくなり、手を伸ばそうとも固いものにしか触れられません。
目の前で地割れが閉じられてしまうなんて、それではエリコは挟まれて圧死されたみたいではないですか。
【エリコ、敵味方が違えば良き友にもなれる冒険者だった。儂の胸に去来するこの感情こそ『後悔』なのだろう】
エリコが、私より先に死なせてしまいました。
最期にどのような表情をしていたのかも分からず、地割れに飲み込まれる場面を覆えせないまま、亡き骸さえも見ることの出来ないままで……。
こんなもの、現実味を帯びた単なる夢に決まっています。
絶対にあってはなりません。
まだ戦いはこれからというところで、あなたを失うとは全てを失うに他なりません。
【しかしだ、残る一をゼロにするにはまだ早い。儂が今最も興味のある存在こそ、そこの吸血鬼なのだ】
だってエリコがいなければ、私が戦う理由なんてどこにあるのですか。




