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088 わたくしレポートなんて初めてですわ

話とんでない? という指摘があったので数行追加しました。大丈夫です、飛んでません。

 翌朝、僕らは学園の図書棟へ来ていた。

 勉強のための本を借りに、ではない。そこはイリスの持っている教本と、そもそも魔導騎士科の教科書だけで事足りる。僕だけでは駄目だったかもしれないけど、幸いイリスの教え方はわかりやすい。


 ちなみに割れた頭はイリスの回復魔法連打であっさりと治っている。これがあるから僕も躊躇無く悪人の手を切り落とせるわけだけど、治癒魔導師レベルの回復魔法を行使できるイリスは本当にすごいな。


「クリスタさま、頭は本当に大丈夫なんですか?」

「その言い方はおやめなさい。わたくしが異常者みたいではありませんの」


 そう言った直後、図書棟にいた生徒たちの視線が僕へと集まった。

 目は口ほどに物を言う。すなわち、お前異常者じゃなかったのか、と。

 

 キッと睨めば一斉に目を逸らされる。

 僕の行動が貴族の常識から逸脱しているのは認める、というかそういう風に動いているから当たり前の反応なのだけど、だからといってこういう態度を取られるのは嫌な気持ちになる。

 自分でやっておいて、我が侭な話だなと思うけど。


「大丈夫ですよクリスタさま。わたしは分かってますから」

「イリス……」

「クリスタさまは、ちょっとズレてるだけでやさしい人です」

「イリス、フォローになっていませんわ」

「あれ?」


 まぁいい。

 それでここに来た本題だけど、それは試験にでる4科目とは別にあるレポートについてだ。

 イリスによれば学園の生徒たちは各々国にとって有益な何かを調べ、レポートとして提出。それがどれだけ役に立つか、或いはしっかりと調べ上げられているかで評価されるという。


 これの内容がひどかったからと言って留年や退学にはならないものの、その内容如何では進路に影響があるらしい。たとえば魔獣の研究所に勤めたい生徒なら、それについてのレポートをあげることによって推薦してもらえたり、場合によってはスカウトされる可能性が出てくる。


 騎士科であっても例えばより実践的な警備体制の提案だとか、効率的な訓練方法を組み立てることで部隊長や教官などへの道が開ける。


 だからみんな真面目に取り組む。


 本来なら僕は真面目に取り組む理由がないんだけど、王子との勝負内容にはレポートも含まれてしまった。


 だから僕も真面目に取り組む。


「とは決めたものの、何から手をつければいいのかしら」

「クリスタさまですと、魔道具や魔導武器なんてどうですか?」

「そうですわね」


 たしかに僕がもっとも親しみやすいのはそこかもしれない。

 ただ魔導武器については下手すると国家機密に抵触しかねないので、深入りしたくない。個人的には調べても良いけど、提出となると。相手はロバートや王族だから問題ないかもしれないけど、イリスや他のみんなにも見られる可能性を考えたら避けたほうが無難か。


「魔道具、生活系のものでも考えてみようかしら」

「え、呪いの道具じゃないんですか?」

「え?」


 言われて自分の姿を振り返る。

 首にはゴブリンキングの影響を受ける《繁殖のネックレス》をかけ、腰には《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》を()き、顔の横にはイリスから返してもらった《玉呑みのカンテラ》が浮いている。


 全身これ曰く付の品々だ。イリスの言いたいことも分かる。


「あまり呪いに傾倒しすぎるのもどうかと思いまして。痛い目にもあいましたし」


 文字通りに。イリスがあの場に居なければ《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》の一撃で二度目の死を体験していたところだ。

 

「あとは、そうね。奴隷か、暗号あたりかしら」

「奴隷はともかく、暗号ですか?」


 奴隷については普通に出回っているものではなく、闇奴隷について調べてみたい。

 通常の奴隷ですらろくでもない目にあう確立は高いけど、闇奴隷の扱いは反吐が出るようなものだ。それに奴隷はブリューナク家の管轄なので家の権力を最大限に生かせるし、そうして調べ上げた情報は国のためになる。

 十分王子に対しても勝ちの目があるだろう。


 暗号はぶっちゃけ日本語をそのまま使えないかと思っている。

 日本語というのは面倒な言語で、ひらがな、カタカナ、漢字に加えて最近は和製英語なんてものまである。

 目に見えないルビとかもえげつない。例えばミートチョッパーの話をしている時に肉を切り刻むものと書いてあったとして、ふたつの言語を理解していない相手が解読できるかというと、まず無理だろう。


 新しい暗号の開発は軍事的に大きな力になる。これも王子に対して勝てる確立が高い。

 問題としてはどうしてそれを思いついたのか説明するのが困難なことと、他に転生者、或いは居るのか知らないが転移者でも居たらあっさりバレるってところか。


「いえ、ここは素直に奴隷にしましょうか。遥か遠く、異国の言語をいじって暗号に使えないかとおもったのだけれど、知っているものに見られたら笑われてしまいますし」

「異国の言語ですか。どんなものですか?」

「あー……気になるようでしたら、あとで少しだけお教えしますわ」

「ありがとうございます!」


 イリスだけでも覚えてくれたら、色々便利かもしれない。魔法が使えないこととか、筆談で出来るようになるかもしれないし。日本語なら覗きこまれても内容はばれないだろう。イリスが覚えるのは大変かもしれないけど、彼女は天才なのであまり心配していなかった。


「奴隷は何を調べるんですか? 奴隷についてはわたしよりクリスタさまのほうがお詳しいと思うんですが」

「そうであれば良かったのですけれど、これについては家畜のほうが詳しいかもしれませんわね。何せわたくしが調べたいのは闇奴隷についてですから」


 闇奴隷が生まれる理由はふたつ。

 非合法の奴隷商に攫われるか、売られるかだ。

 正規の奴隷商ではなく非合法の奴隷商に売られる理由は単純。高く売れるから。

 前にも少し話したけど、奴隷、特に借金奴隷というのは日本で言えば待遇の悪い派遣社員のようなものだ。犯罪奴隷ともなればその扱いはさらに悪くなるが、それでも限度はある。

 

 しかし闇奴隷は違う。闇奴隷は完全に物扱いなので殺そうが、壊そうが、自由だ。もちろん闇奴隷そのものが違法なので自由なわけはないんだけど、闇奴隷を買うようなやつがそこを気にするはずもない。


 だから高く売れる。正規の奴隷にはできないこと、させられないことをさせるために、高い金を出してでもほしいという奴がいる。居てしまう。


「……また何かするおつもりですか?」

「全ては調べてからですけれど、今はまだ、何も考えていませんわ」


 もちろん闇奴隷なんてなくなったほうがいいと思うけど、お爺さまが長年取り締まってきて未だに根絶できていないものを、僕が一朝一夕にどうこうできるとは思わない。

 だからまずは調べるところからはじめなければ。


 本棚の商業のコーナーへ足を運ぶ。奴隷は商品なのでこのあたりになる。

 ちなみに奴隷の海外輸出などは禁止されているので、貿易のコーナーは無視。

 『奴隷の賢い使い方』『借金奴隷への保障と脱走されないための三カ条』『犯罪奴隷の利便性と危険性』『闇奴隷の末路』などなど。

 色々とあったが、一通り借りていく。闇奴隷と無関係な本も多いけど、普通の奴隷についても知らないことが多いから、読んでおくに越したことはない。


 僕は王子との勝負のため、学期末試験のためにと思いながらも、闇奴隷の調査にのめりこんでいった。





 二時間ほど経過して、3冊ほど読み終わった。知ってることの再確認もあるけれど、初めて知った事も多い。


 奴隷制度そのものは理解していたけど、奴隷の価格や借金の量に応じた人気職などは初めて知った。少し意外だったのは高額の借金奴隷ほど長く安定して続けられる職を選び、小額の借金奴隷ほどつらい肉体労働であったり、身体を商品とした職に手を出す傾向にあるらしい。

 

 いくら借金が多くとも、実入りの良いキツイ仕事を長期間続ければ身体を壊してしまう可能性が高く、逆に小額ならキツイ仕事を何度かすれば一気に返せるからと書いてあった。もちろん小額とはいえ借金奴隷になってしまう程度には大金だ。


 中にはどの仕事もろくにこなせず、キツイ仕事へ半ば強制的に回されてしまう人もいるようだけど、これはまぁ、仕方ないとしか言えない。


「ふぅ。なれない読書は疲れますわね」

「そうですか?」

「イリスは、楽しそうですわね」


 僕の横に座っている彼女の前には大量の本が積み重なっていた。僕の前にも大量にあるけど、イリスの恐ろしいところはそれが全て読み終わった本だということだ。軽く10冊はありそうだけど、この二時間で全部読んでいる。彼女のことだ、流し読みとかじゃなくてちゃんと読んでこれなんだろう。恐ろしい。


「本は高額ですから、村ではこうして読める機会も無かったので。クリスタさまはどうですか?」

「わたくしは、一応家に書斎がありましたから。ただ娯楽小説ばかり読んでいたので、こういったものは慣れませんわね」


 書斎は今生のお屋敷、娯楽小説は前世で好きだったラノベの話だ。


「クリスタさまがお好きな小説ですか。この図書棟にもありますか?」

「残念ながらないでしょうね。あれは貴重なものです」

「残念です。機会があったら読んでみたいです」

「ええ、機会があればね」


 そんな機会、一生こないと思うけど。

 いっそ、気が向いたら自分で書いてみようか。とはいえ僕が好きだったのは異世界ファンタジーで、こちらで書いたら現代伝記になってしまう。銃が活躍するスパイものでも書こうか? いや、僕にそんな知識もなければ文才もない。


「少し休憩してきますわね」

「あ、じゃあわたしも一緒に」

「ひとりで行きますわ。イリスは……あー、食堂で席を取って置いてくださいます? すぐに行きますから」

「わかりました。その、大丈夫ですよね?」


 不安そうな顔を向けられるが、なんでそんな顔を? 何か不安にさせるようなことをしただろうかと己の行いを振り返り、あの辺りかと当たりをつける。


「別にナーチェリアと決闘するわけじゃありませんわよ? いまの相手は殿下ですし」

「冗談になってませんよクリスタさま」

「冗談ではありませんしね。なんにせよ危険はありませんから、安心なさい」


 くしゃくしゃとイリスの頭を撫でてから、図書棟を出る。

 向かう先はいつものトイレだ。正直人目のないあそこはとても落ち着く。





「あの二人は、今日はいませんわね」


 ニックとディアスが来ていないのを確認して、個室へ入る。

 外では常に女性のフリをしなきゃいけないし、自室でもイリスと一緒なので気が休まるところがここくらいしかない。イリスと居るのはとても癒されるが、それはそれ、これはこれだ。


 いっそ、正体を、性別を打ち明けてしまおうかとさえ思う。

 そもそも性別を偽っていたのは王子さまを篭絡するためだけど、いまの僕にそのつもりはないし、第一王子のマリウス殿下とは決闘を申し込まれる仲で篭絡なんて不可能。第二王子のロイド殿下が魔導騎士科の誰かはわからないけど、あれだけ好き勝手やってるの見られていたら百年の恋も覚めるだろう。

 一応何人か、もしかしてこの人では? って当たりをつけているけど、僕みたいに性別を偽っている可能性もあるし、それこそ魔法で全然違う姿になっているかもしれないから参考にはできない。


 つまりもう、僕が性別を隠している理由があまりない。

 一度お爺さまに相談してみよう。

 そう決意して、落ち着いたところでそっと人の気配を探り個室から出る。

 トイレの出入り口でも同じようにして、無事脱出に成功。見た目的には女子トイレに入っても大丈夫だけど、そこだけは守らなければいけない一線だろう。


 さて、イリスが待つ食堂へ向かおう。そう思ったところで物音がした。

 まずい、誰か来る!? っていやいや、もうトイレからは出ているし、出入りの瞬間を見られなければ大丈夫だ、問題ない。


「って、マリウス殿下?」

「な、クリスタ=ブリューナク!? いや、これは違」


 うん? なんで彼が慌ててるんだ。

 ……待て、彼が出てきた場所を改めて確認しよう。

 僕の出てきたトイレ、ではない。正確にはその横だ。つまり男子トイレではなく、女子トイレ。


「衛兵さーん! 衛兵さーん!? この人です!!」

「うわああああ待て待て待てちょっと待って!?」

「いけませんわマリウス殿下。いくら貴方が王族であっても、変態を見逃すわけには」

「だから違うんだ! その、これには事情があって!」


 昨日話したときの威厳などすでに消し飛び、焦りまくるマリウス殿下。

 男が女子トイレから出てきておいて、その言い訳はどうなのか。もちろん緊急時で、男子トイレが混雑していて、怒られるのを覚悟で女子トイレへというならまだ分かるけど、ここは学園一誰も来ないトイレだ。当然男子トイレはすかすかのがらがら。さっきまでだって僕ひとりしかいなかった。


 そこまで考えて、まさかの考えに至る。

 いやいやいや、そんな馬鹿な。いや無いって。ない、よね?


「マリウス殿下。もしかして、貴方……」

「う、ぐ、ぬぅ。……秘密は、守ってくれるかな?」


 一も二もなく無言で頷き返す。

 僕とて叩けばほこりだらけの身だ。これで「実は女子トイレに盗撮魔法を掛けるのが趣味なんだ」とか言い出したら、頷いたのを無かったことにしてぶちのめすが、違うという確信が僕にはあった。


「わたしはね、その、女、なんだ。あはは」


 麗しの王子さまは、そう言うと力なく笑った。

ついにマリウス殿下の秘密が白日の下に! はされていませんね、クリスタの下だけです。

次回、男子トイレから出てきた少年(女装)と女子トイレから出てきた少女(男装)の交流回となります。何かすごい。

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