表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/131

086 わたくしお勉強は苦手ですわ

「クリスタさま……」

「な、何かしらイリス」

「……基礎からやりなおしましょう。いいですか、いまクリスタさまが住んでいる国の名前はグリエンド王国です」

「それくらいわかりますわよ!!」


 いきなり何の話をしているのかと言えば、学期末試験の対策である。

 あの後速攻で部屋に帰った僕たちは、ひとまず僕の学力を確かめようとイリスの作った簡単なテストをやっていた。


 その結果がこの反応だ。


「国語は問題ありませんし、数学もちゃんとできてます。わたしの知らない公式を使っているのが気になりますけど。ただ、残りが……」

「みなまで言わずともわかってますわ。だからこうして助力を請うているんじゃありませんの」

「そうですけど、それは嬉しいですけど。真面目に受験した人たちに申し訳ないと思わないんですか?」

「思って……いませんでしたわ。あの頃は」


 そう、思っていなかった。

 思い出してほしいが、僕の記憶が戻ったのはこの学園へやってきた時だ。それ以前は幽閉され、一部の肉親と使用人以外は顔すら見たことがない環境で育ってきた。そんな僕がお爺さまから学園へ行け、準備はしてある、役目はこうだ、と言われた時に「普通に入学する人に申し訳ない」なんて考えるはずが無い。


 きっと、記憶が戻らなければ気に留めることなんてなかっただろう。

 しかし今の僕は違う。前世では大学どころか高校すらも浪人を経験している。それは病気を始めとした様々な要因が重なった結果だけど、自分ではがんばったのに学校へいけないという辛さは知っている。


 学校が嫌いという人の意見もわかるが「行けるけど行かない」というのと「そもそも行かせてもらえない」というのは大きく違う。人間、興味の無いものでも、駄目だと言われるとほしくなるものだし。


 話はそれたが、要するに僕は学力が足りていない身でグリエンド王国最高峰の学園に通っていることへの罪悪感がある。魔導師なら試験は実質免除されるんだけど、僕はその魔法すら使えないので尚更だ。


「では、がんばりましょう」

「そうですわね。まずはどこから手をつけるべきとお思いかしら、イリス先生」

「先生……そうですね。今だけはクリスタさまの先生役として、ビシバシ行きます。まずは社会から。まさか他国の情勢どころかグリエンド王国の建国の由来から知らないとは思いませんでした」

「魔法学からにしません?」

「駄目です。クリスタさま、魔法学もあまりできてませんけど、テストで楽しそうでしたから。魔法学は放って置いても勉強してくれそうですけど、社会はご自分でやる気ないですよね?」

「う……」


 バレてる。


 だって、通常魔法の詠唱組み立て論や魔物や魔獣の生態とか、面白いんだもん。

 対して社会はその、普通に歴史とか地理とかだし。もちろん面白いことも多いんだけど、この世界は迷宮が突然発生したり、戦争で大規模な高位魔法が使われた結果などで地図が書き換わることがよくある。


 神消魔導歴500年にあった湖が520年には丸ごと消滅して、なぜか火山ができていたりするのだ。面白いけど、正直頭が痛い。日本の都道府県を覚えるくらいならともかく、年単位で都道府県の位置が変わり、それを年代別に全部覚えなきゃいけないようなものだ。

 ちなみに神消魔導歴以前、神歴までいくとそもそも大陸の形や数からして違うらしい。数万年前とかじゃなく、たった600年前の話だ。頭が痛い。


「グリエンド王国はそもそも、かつて神々と魔神が争った終焉の地、そこに発生した魔力の淀みを抑えるために派遣された人たちの末裔です」

「はいイリス先生」

「なんでしょうクリスタさま」

「なんで神々と魔神は争いましたの? そもそも魔神ってなんですの?」


 あ、イリスが頭を抱えた。

 そして自分のスペースからなにやら一冊の本を持ってくる。古びていて、中々年季の入った絵本だ。


「それは?」

「子供向けの魔神についてまとめられた絵本です。いきなり詳細を説明すると長くなりますし、試験の範囲には入っていないのでこれで十分かと」


 試験範囲外というのはこの世界の、少なくともこの国の人間にとっては常識だからだろう。

 正直に言おう。常識知らずと正面から言われるより、余程恥ずかしい。顔が熱くなるのを感じ顔を両手のひらで覆う。


「それで、お願いしますわ」

「はい、いい子ですねクリスタさま」


 イリスに頭を撫でられる。声も優しく聞こえるし、完全に子供扱いされているのだが、今は我慢だ。ここで取り乱したりしたらみっともない事この上ない。


 侯爵令嬢としての立場? 魔法も使えず、勉強わからないので教えてくださいと頭を下げている時点でそんなものはない。


「では読みますね」

「え、いや、さすがに自分で読めますわよ」

「昔々あるところに、たくさんの神様と、たくさんの生き物が平和に暮らしていました」


 あ、聞いてくれない。子供をあやすお母さんモードになっている。

 イリスがお母さんか、何でも出来るし似合いそう。


「その中に一柱の美しい女神さまがおりました。女神様は綺麗なもの、可愛いもの、そしてかっこいいものが大好きで、毎日加護を与えて回っていました」

「加護?」

「当時は神と人の距離が近かったこともあり、気軽に与えられていたそうです。加護を与えられた人はその神の力の一端を貸し与えられ、特に強大な神の加護であればその力を行使することがさえ出来たと言います」


 これを信仰魔法といい、現在の魔法より遥かに強力だったらしい。

 

 ただ神々から加護を与えられなければ使えない点はミゾレの精霊魔法と似ていて、現在は神々が眠りにつき、新たに加護を与えられなくなってしまったので使えない。信仰魔法を研究して何とか自分達だけでも似たようなことをできないかと生み出されたのが現在の魔法体系とのこと。

 

「ある日女神さまは考えました。加護は生き物や道具、形あるものにしか与えられないけれど、他の神々が使う魔法や、その加護を得た人の使う信仰魔法もまた美しく、可愛らしく、かっこいい。なんとか加護をあげられないだろうか」

「嫌な予感がしてきましたわ」

「そして女神さまは思いついていしまったのです。そうだ、形が無いなら形を上げればいいと」

「やっぱり……」

「そうして女神さまの加護には無形のものに命を与えるというものが追加され、世界中で数多くの魔物が生み出されます」


 始まりは、良かれと思ってパターンだったのか。

 ナーチェリアの鑑定結果によれば僕には魔神の加護ある。僕が関わった覚えのなる神さまなんてお地蔵さまくらいだから彼女が魔神なんだろうけど、邪悪な存在だとは思えなかった。


 だからこのキッカケは納得できる。


「悪いことをする魔物が増える中、神々は女神様へ魔法に加護を与えるのを止めるよう言いました。ところが!」


 イリスも楽しくなってきたのか、演技に熱が入っている。


「女神さまは堂々とこう言い返してきたのです。やっちゃいけないのは分かってるけど、やりたいものはやりたいんだもん! と」


 あぁ、言いそう。そしてやりそう。そして間違いない、この魔神ってお地蔵さまだ。

 それにしても随分フレンドリーな台詞だな。こういうのって普通神々らしく、大仰な言葉で掛かれるものなんじゃ。


「あ、ちなみにこの絵本の原典は記録の神ウィータ様によるものです」


 まさかの神直筆だった。


「これに慌てた神々は女神さまを魔神と認定。女神さまと魔物たち、神々とその眷属たちによる戦いのはじまりです。その後魔神は封印、魔物も大半が消え去りましたが、神々も下界へ顕現するだけの力を保てず神界で眠りにつきました。下界の管理は各種族の長、始祖が担うことになり、今の世が訪れたのです」

「その始祖って今は何をしていますの?」

「大半は国を束ねてます。大きな組織の長をしてることもありますけど。グリエンドの国王陛下も始祖ですよ」


 ……はい?

 数時間前にあったばかりの若々しい王様が頭に浮かぶ。あれが始祖?


御歳(おんとし)617歳だそうです」

「じゃあ、人間ではありません、のよね? 殿下たちも?」

「陛下は聖獅子の始祖だそうですが、殿下たちは母親が人間なので貴種、つまり半神にあたるそうです。始祖はその種族にとっては神様同様で、神族の始祖科って感じになります。殿下たちの寿命はわかりませんけど、歳はわたしたちと大差ないはずです」


 急に生物の授業みたいになってきた。始祖科って、なんかしょぼく聞こえるな。実際はそんな事ないんだろうけど。というかそれで聖獅子騎士団なんてものがあるのか。そりゃ強いわ。


「ちなみに始祖を作ったもっと上の神々、そうですわね、例えば魔神なんかはどうなりますの?」

「そうですね。記録が抹消されているところが多いので正確なところはわかりませんけど、一説では美の女神であったとか、愛の神であったとも伝えられていますから、概念神だと思われます。神族目概念科の魔神ってところでしょうか?」

「そんなガイスト学園魔導騎士科所属みたいな」

「実際似たようなものなんじゃないですかね。っと、この辺りで一休みとしましょうか。お茶を入れてきますね」

「お願いしますわ。ありがとう」


 キッチンへ行くイリスを見送り、いま聞いた話をまとめてみよう。

 

 要するにお地蔵さまが好きなものに力をあげたらその好きなものが暴走して、それでも好きなものだから力をあげるのをやめなかったと。完全に我がままな子供……いや、悪いことだと理解した上でやってるのだからもっと酷いか。


 ただなぁ。お地蔵さまがそういう神様じゃなかったら今頃僕は普通に死んでいたわけで。なんて迷惑な神様なんだ! とは思っても、それを責める権利は無い。僕はいまの暮らしを結構気に入っていて、これが悪い神様の加護による結果で、本来許されないことだとしても、それこそ。


「やりたいことはやりたい、ですものね」


 イリスを待っている間、お地蔵さまとの思い出を振り返っていると、突然覚えのある魔力を感知した。魔法が使えなくてもこれくらいは出来る。炎を操れなくても近づけば熱を感じるようなものだ。


 これは、ジェイドのか? そう辺りをつけた直後、床から魚が飛び出してくる。

 最早見慣れた次元魚は何かを吐き出すと、すぐさま床へと帰っていった。

 いきなり何かと思えば、吐き出されたのは紙のようだ。少し濡れてる。


「これは、手紙? 逃げろって……一言だけ書かれても何のことだかわかりませんわよ。イリスー? ジェイドから連絡が来たのですけれど」


 危険が迫っているなら悠長にしているのも問題かとイリスを呼んだとその時、部屋の窓ガラスをぶち破り、何かが飛び込んできた。

 それは突然のことの連続に硬直していた僕の即頭部に直撃し、見事に割った。神経がやられたのか痛みは感じないが、部位が部位なので幸いにとは言えない。


「クリスタさま、今の音は一体、きゃああああ!? クリスタさま、クリスタさま!? な、何してるんですか《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》! 自分の使い手が誰か忘れたんですか!?」


 あぁ、そういえば見かけないと思ったら、レヴィアタンに突き刺さったままだったっけ。ジェイドがレヴィアタンの招来を解除して、それで解放された《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》が飛んでいくのを見たジェイドが慌てて連絡を寄越してきたと。

 そういえば実態化していない状態のレヴィアタンに突き刺さるとか、地味に凄いな。


「クリスタさま? 目を閉じちゃ駄目ですクリスタさま! クリスタさまああああああ!?」


 薄れいく意識の中、イリスの叫びと回復魔法の連続詠唱が耳に残った。

お勉強会と見せかけて情報提示回です。

クリスタがほぼノーコストで振り回している呪いの道具たちですが、気を抜くとこうなります。

備えなければ憂いあり。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました

クラウン・フォビア~幽霊少女の死んでからはじめるVRMMO~
https://book1.adouzi.eu.org/n2685ez/


短編


俺の彼女が何週してもBADENDに直行する
https://book1.adouzi.eu.org/n4707ey/


小説家になろう 勝手にランキング

 ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ