076 わたくし飛びましたわ
一難去ってまた一難、なんて目には会いたくない。
ほつれ蜘蛛との戦闘で警戒を強めた僕たちは、目視に加えて周囲の魔力を感知する魔法を定期的に使っている。
多少移動速度は落ちるものの、安全には代えられない。
普通の魔導師がこんな魔法の使い方をすれば探索中に魔力が切れるだろうけど、そこは魔導騎士科の面々。魔力は有り余っていた。
僕以外。
「あら?」
時折現れる魔物を倒しながら歩を進める僕らの前に、通路より広い空間と、無数の分かれ道が現れる。
「これが捕食の遺跡が未だ探索しきれていない理由です。階層そのものは然程深くはないと予想されているのですが、分かれ道が多く、その全てが別々の場所に繋がっています」
「たしか、地下5階までは踏破されているんでしたわね。地下2階への通路は全て探索されていますの?」
「はい。今回は一番安全なルートで向かおうと思いますが、それでよろしいですか?」
ジェイドの確認に頷く一同。
魔導騎士は戦い好きが多いけど、勇気と無謀を履き違えるようなやつはいない。
それでもジミーあたりは文句を言うかと思ったけど、ほつれ蜘蛛相手に苦戦を強いられた直後とあって素直に頷いていた。
分かれ道の先は緩やかな傾斜になっていて、人の手で整備された坑道から荒い洞穴のようになってきた。
それから3分ほど歩いただろうか?
ついに僕らの前に終着点が見えてきた。
土砂でいっぱいだった。行き止まりである。
「おい、崩れてんじゃねえか!」
「ジミー、叫ばないで。崩れる」
「大声で崩れるような遺跡なら戦闘で潰れてるだろ!」
ごもっとも。
魔法で爆発とか起こしてるしね。
「どういう事ですのジェイド。事と次第によっては怒りますわよ」
「そういう反応をなされるとは思っていました。ですがご安心ください、道を間違えたわけではありません」
「あれ? これもしかして」
何を思ったのか、イリスは小石を拾い上げると、行き止まりの土砂に向かって放り投げた。
すると小石はそれにぶつかることも無く消え去る。まるでジェイドの次元魚が異次元へ移動する時のように、土砂の奥へと。
「幻術ですね」
「さすがですね、その通りです。そしてこの先からが地下2階、捕食の遺跡本番となります」
「よっし、んじゃ早速」
「待って」
ジミーの服をミゾレが掴む。
意気揚々と駆け出そうとしていた、否駆け出していた彼はバランスを崩して倒れた。
ビターンっと、顔面から。とても痛そうだ。
「いってぇ。何すんだミゾレ!」
「先走らないで。お願い、見てきて、光の精霊」
ミゾレの眼前に蛍ほどの小さな光が瞬いたかと思うと、急激に膨れ上がりバスケットボール大の光球となる。
ふわふわとミゾレの周囲を浮遊している光球は、どこか飼い主に懐く子犬のようで愛嬌がある。
ミゾレの指示に従って光球は土砂、正確にはその幻術をすりぬけて向こう側へ消えていった。
「ミゾレ、今のは?」
「光を司る精霊。とても脆くて儚い。光源があればどこにでもいる良い子」
「脆いって、何故出しましたの?」
「向こう側の偵察。精霊は脆くても、死んだりはしないから」
呼び出した精霊というのは魔力を纏って実体化していて、戦闘の結果死んだように見えても魔力を纏っていない、つまり素の状態に戻っているだけなのだとか。
精霊は本来肉体を持っていないので、そもそも死んでいる、というか生まれていない状態に近いのかもしれない。
精霊はほんの30秒ほどで帰ってくると、再びミゾレの周りをふわふわと回りだす。
やっぱり犬みたいだな。
「どうだった? うん。うん。そう、ありがとう」
「どうでしたか?」
「近くに魔物はいないって。少なくとも、精霊を攻撃するようなものは」
「わかりました。それではC班、これより地下2階を攻略します」
土砂の幻術を抜けると、そこは真っ白な地下室でした。
イメージするのは、病院の壁だろうか。
あんな感じで一面真っ白な壁と、いくつかの扉、数本の通路がある。
まるで太陽の下のように明るいけれど、当然電灯なんてものはなく、壁そのものが発光しているようだ。
「随分とまぁ、現代的ですこと」
「すげーな、この壁。つなぎ目も無いし、ろくに管理されてないだろうにぴっかぴかだぞ」
本当にさっきまでの空間とは別世界のようだ。
振り返れば土砂の幻術が掛かっていた場所は坑道につながる四角い穴が開いている。
こちら側だと幻術の効果はないらしい。
「それで、これからどうしますの?」
「目的は高位の魔物の討伐。正確にはその魔石の確保ですから、地下5階までは最短距離を進もうと思います。それでいいですか?」
上目遣いで問いかけてくるイリス。
本人は無意識だろうが、それは男に対する必殺技のひとつなので気軽に繰り出すのはやめてほしい。
というかこの班のリーダーは君だ。
なんなら魔導騎士科1年全員で行動するとしても主席であるイリスがリーダーだ。
「リーダーのイリスがそれで良いというのなら、構わないのではなくて?」
「でも、私はクリスタさまの奴隷ですし」
無骨な隷属の首輪をこんこんっと指で叩くイリス。
むぅ、やっぱりこの首輪イリスには似合わないな。
背徳的な意味ではとても似合っているのだけど、装飾品としては落第だ。
はずせない、壊せないのは仕方ないとして、色を塗ったり布を巻いたり、何かしらデザインを変更したい。
まぁ、それはここを出てからにしよう。
「何度も言っていますけれど、気にしなくていいですわよ。わたくし忠実な下僕には寛容ですのよ」
「はい、知ってます。家族ですから」
おかしい、微妙にニュアンスが違う気がする。
あと他のみんなの目が白い。
この話をこれ以上続けるのは危険だ。
「ジェイド、このあたりに目ぼしいものはありまして?」
特に魔道具とか魔導武器とか。
「ここは特に安全なルートです。従って探索もしつくされていますので、部屋などは無視していただいて問題ないかと」
「だそうですわよイリス」
「それでは前進します。ジェイドさん、後方から指示をお願いします」
「ジェイドに先進んで貰ったほうがいいんじゃないか?」
ジミーの疑問はもっともなんだけど、ここは街中ではなく危険な迷宮の中だ。
最後尾の人が地理に明るくないと、何らかのトラブルで逸れた際の合流が難しくなる。
そんなわけで隊列は変わらず、ただしある程度先までミゾレの光の精霊に探索してもらいながら進むことになった。当然探知魔法も併用していく。
「何か来る」
光の精霊から合図を貰ったミゾレの言葉に、一斉に長剣を構える。
《肉を切り刻むもの》はリーチが短すぎるので今回はお休みとして、僕もみんなと同じ長剣を構える。
それから少しして現れたものに僕は目を見張った。
白く、厚みのある円盤。
角は丸みを帯びていて、全体に走るミゾには赤い魔力が走っている。
そして宙に浮いていた。
「ゴーレム、ですの?」
「ガーベジゴーレムです。ゴミ収集用に開発されたもので、王宮などでも利用されています。とはいえ王宮のものは一部の迷宮でハッケンされたガーベジゴーレムを量産できるようにしたものなので、このゴーレムはオリジナルなのでしょう」
危険は無いとの事なので、武器を下げる。
なるほどなぁ、と見上げていたらそのガーベジゴーレムが僕の真上で停止した。
近くには他にも人がいるのに、それを無視して一直線にだ。
そして、僕を吸い上げた。
「え?」
「「「「え?」」」」
円盤は驚きの吸引力で僕を吸い寄せると、そのまま移動を開始する。
いやちょっと待って、どこへ行く気!? どこへ連れて行く気なの!?
「クリスタさま!?」
イリスの悲鳴が聞こえる。
まずい、まともに動けない。
それにこの高さで変な落ち方をしようものなら怪我をしかねない。
多少の怪我なら治してもらえばいいけど、頭から落とされでもしたら。
「お嬢様!」
「おい待て! クリスタは置いてけ! そいつの性根は腐ってるがゴミじゃない!」
「失礼ですわよジミー!」
「ゴミじゃなくて生き物を捕まえるなんて。……暴走?」
他のみんなも慌てて駆け出すが、ゴーレムの移動速度が思いのほか速い。
僕をぶら下げているといっても、物理的に掴んでいるのではなく、何か魔法のようなもので吸い寄せているみたいだから、重量過多で動きが鈍ることもなさそうだ。
次第にみんなとの距離が開いていき、さすがの僕も焦り始める。
「「「「”疾く駆けよ、駿馬の如く”《加速》」」」」
ってうお!? 4人が一斉に加速魔法を使用した。
ただでさえ脚が早いのに、今では車と同じくらいの速度が出ていそうだ。
「よし、いける! 任せろ!」
ジミーは速度を生かして壁を蹴ると、そのまま壁を走ってこちらへ急接近する。
悔しいがちょっとだけかっこいい。
浮遊するゴーレムの真横まで来ると、長剣を構え、跳躍しゴーレムを切り裂く。
はずだった。
円盤型ゴーレムの側面が開き、ブースターを吹かせてそれを回避した。
「「は?」」
さらに後方の一部も開き、同じくブースターを吹かせて加速した。
まるでジェット戦闘機である。こんな地下の狭い場所でやめてほしい。
「「はあああああああああ!?」」
僕とジミーの叫びが重なる。
いや、いやいやいや、冷静に考えてる場合じゃない。
なんでごみ収集用のゴーレムにこんなものがついてるんだよ!
「皆様、ガーベジゴーレムには広大な迷宮内を短時間で移動、清掃するためか、あのような機能がございます」
「先に言え!」
「王宮などで使われているものには危険だとして組み込まれていませんので、忘れておりました」
く、なんてことだ。これじゃ浮遊じゃなくて完全に飛行じゃないか。
……?
あれ、もしかして僕、いま飛んでいるのでは?
飛行魔法は非常に難易度が高く、失敗した時の危険が大きいため滅多な事では使われない。
現に魔導騎士科の訓練中でさえも見たことが無い。
これは、とてもラッキーな経験なのでは!
このまま連れ去られてみるのも一興かもしれない。
「ねぇあなた、もしかして二段QBとかもできたりします?」
「クリスタさま、何か楽しんでませんか? クリスタさま!?」
ひとつ文句があるとすれば、どうせ飛ぶならこんな地下じゃなく、もっと自然豊かな景色を眺めたかった。
「ごみ焼却用にレーザーとか積んでませんの?」
「やっぱり楽しんでますよねクリスタさま!?」
心配するイリスに怒られそうなので、スー○ーマンのポーズをとるのは自重しました。
吸引力の変わらないただ一つの掃除機。
ウ○トラマンのポーズにするか最後まで悩みました。




