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063 わたくし馬車に乗りますわ

昨日の分になります。

 それは馬だった。

 雄々しいたてがみ、逞しい筋肉に覆われた胴と首。

 巨大な太ももに、そこから伸びるすらっとしたふくらはぎは、決して貧弱なわけではなく、走るために計算しつくされた理想的な形をしている。

 それが馬という生き物だ。


 ただしその脚は六本あった。

 六脚の大きな馬が二頭。

 彼らが今回、護衛訓練をこなすにあたり、学園から貸し出された馬車を牽引してくれる輓馬(ばんば)となる。


 走るのに理想的な形はどうした、おい。


「ジェイド、これは?」

「見ての通りの六脚馬(ヘキサホース)です。馬車による長距離移動で重宝されている魔獣で、通常の馬よりも最高速度が出ない代わりに、凄まじいまでの持久力を誇ります」


 良く見れば彼らは蹄鉄(ていてつ)をつけていない。

 代わりにひづめの周囲がうっすらと輝いていた。恐らく自前の魔法で保護しているのだろう。


「魔獣……ということはその普通の馬、というのも」

「お察しの通り、魔獣です。他国ならいざ知らず、魔獣や魔物の蔓延るグリエンドの大地で、ただの獣は生き残れません。ぱっと見がただの獣で、さらに魔獣でなかったとしても、何かしらの能力を有しています」

「つまり、本当の意味でのただの馬は」

「グリエンド産という事でしたら、数百年の昔に絶滅しました。他国にでしたら、それこそ普通にいるはずですが」


 あかん、グリエンド舐めてた。

 そりゃそうだよね。たった一日半の距離にあるゾルネ村へ行ったときですら、あの巨大な口をもつ恐竜、ヴォイドレックスがいたのだ。

 あんなものがいて、しかも火を噴いたりして短いリーチを補ってくる場所で、普通の草食動物が生き延びられるはずがない。


「お姉さま、六脚馬(ヘキサホース)が珍しいんですか?」

「え? ええ、そうですわね。わたくしあまりお屋敷から出たことがなかったものですから。それに遠出するにしても、屋敷のものに転移魔法を使わせれば、わたくしが行った事のない場所にも行けますでしょう?」


 危ない危ない。

 こういう些細なところから色々とばれていくんだよね。


 幸い幽閉される貴族はいなくとも、屋敷からあまりでない貴族は珍しくない。

 お嬢様ともなれば尚更だ。

 

 戦う力や優れた頭脳をもっていても、親の意向で学園に通えていない貴族も居たりする。

 そういう人たちは領地の経営に専念して、平穏に過ごすことを好しとしているらしい。

 学園に通わせるところは逆に、もっと名声をと向上心に溢れ、悪く言えば欲に塗れた人が多い。


 さすがにそれは言い過ぎか? 少なくともブリューナクにこれ以上の名声はいらないだろうし。

 現時点で貴族のトップなんだから、上を目指すならそれこそ国を取るしかなくなる。

 お爺さまはいまの王族に意見はしても、きちんと盛り立てていく腹積もりのようだし。


「転移魔法を使える方がいるなんて、さすがはブリューナク侯爵家ですね!」

「正確には擬似的なもの、ですわね。影を使ったものや召喚獣など。ほら、ジェイドも使えるでしょう?」

「ああ、なるほど! ……あれ、生臭いですよね」


 どうやらコレットも次元魚を知っていたらしい。

 というかこの感じ、たぶん移動に使ったことがあるな。

 うん、あれって中はともかく、そこへ行くまでに通る口の中がすごい生臭いんだよね。べたつくし。

 あの奴隷の女の子も嫌な思いをしたことだろう。

 いつか次元魚被害者の会とか結成できるかもしれない。


「さすがに御者はついてねーのか」

「護衛対象が増えても、面倒」

「護衛する必要がないほど強くても、それはそれでわたしたちの訓練になりませんからね」


 貸し出しは(ほろ)つきの荷台と馬のみらしい。


「ちっ、しゃーねーな。俺がやるか。他にできるやついるか? さすがにずっと俺だけってのはしんどいぞ。冒険者組とかどうだ?」

「あー、私は基本召喚獣頼りですので」

「私は、乗る専」

「ジェイドはともかく。ミゾレ、お前はなんでそこで自慢げなんだ」


 今回の目的地までは、馬車で片道三日はかかる。その往復を全てジミー一人に任せるのはさすがに(こく)というものだろう。

 前世でも長距離ドライバーの過労が問題となっていたはずだ。

 それによって起きる事故の悲惨さが、異世界転生のテンプレとして採用されてしまう程度には。


「じゃあ、ジミーさまがお疲れになったらわたしが代わりますね」

「お? イリスできんの?」

「はい。私の村は近くの町に行くだけでも、馬車で片道5日はかかる距離でしたから、そこそこ慣れてるんですよ」


 この世界、少なくともこの国の基本的な長距離移動手段は馬車だ。

 王都でも時々見ていた。あれは普通に四本足だったので、まさか中身が普通の馬じゃないだなんて思っていなかったけれど。


 それはともかく、だから村住まいだったというイリスが御者をできても本来なら不思議はない。

 ただ、高魔力保持者で魔法の得意なイリスが、そこそこ慣れる程度に御者をしていたというのは違和感がある。


「あら、イリスなら魔法でちょちょいのちょい、じゃありませんの?」

「クリスタさま、転移魔法は擬似的なものでも使うのには才能がいるんです。召喚獣の契約も一緒です。それに、わたしが魔法を覚えたのはこの学園へ入るための資金が手に入ってからなので、ここ1年くらいの話なんですよ?」


 それもそうか。

 もしイリスが擬似転移できるなら、お兄さまのお屋敷からだって子供たちをつれて簡単に戻って来られたはずだ。

 召喚獣も、呼び出しているのを見たのはジェイド以外だと、ドロシー先生くらいしかいない。

 前にワイヴァーンを連れてるクラスメイトがいたけど、あれは召喚獣なのか本人に聞いてはいないし。

 魔法を覚えて1年のイリスが、そんな昔から使えてるわけ。


「「「「「1年!?」」」」」

「ひゃぁ!? な、なんですか皆さん」


「魔法を覚えてまだ1年ですの!?」

「は、はい。去年のお誕生日にお父さんが魔法の教本を買ってくれたので」


「ちょ、ちょっと待て。それ、師事した人はいないってことか?」

「独学、ですけど」


「い、イリスさんは実は貴族、というわけじゃないんですよね? 代々伝わる魔法習得法があるとか」

「先祖代々平民ですよ?」


「ちなみに、ちなみにですがイリスさん。剣はいつごろからお使いになられで?」

「それは一応護身用に昔から、ですね。村のみんなが弱いので、わたしが代わりにがんばらないとって」

「つまり、剣も独学ですか」

「どうなんでしょう。一応騎士団の型を見せてもらったことがあるので、それを反復練習してたんですけど」


 質問攻めが終わり、みんなの間に沈黙が降りる。

 魔導騎士科首席。剣と魔法を操り学もある、高魔力保持者。

 実は全部独学でした、と。


「訳が分からない……」

「え、ふ、普通じゃないんですか?」


 ミゾレの言葉に、そしてイリスの疑問に、イリス以外のみんなが頷いた。





 移動を開始してしばらく、思ったほど馬車は揺れていない。

 荷台の質がいいのか、六脚馬の走りが丁寧なのか、ジミーの腕がいいのか。

 全部かもしれない。

 

 そんな御者をしてくれているジミーから、僕らへと声がかかる。


「お前ら、前方に平原狼」


 よし、また撥ね飛ばそう。


「の群れを補食してるヴォイドレックスだ」

「イリス、頭は固すぎるから不要ですわっ!」

「了解です! ”魔力よ、全てを断ち切る光となれ”《付与(エンチャント)()魔力刃(マナブレード)》 せいっ! 」


 馬車がヴォイドレックスとすれ違う際に振るわれた魔力の大剣は、一瞬にして魔獣の首を切り落とした。


「ジェイド、網っぽいものを」

「かしこまりました。《召喚(サモン)()這いずる海月クロウィングジェリーフィッシュ》。あれを拘束しろ」


 そしてジェイドによって召喚されたクラゲが長い、いやもうほんとの本当に長ーい触手が、首のないヴォイドレックスの胴体を拘束する。


 触手はともかく、クラゲ本体は非常に小型なので馬車の幌の中にいる。

 よって、憐れな首なしヴォイドレックスは、ずるずると引き摺られていくことになった。


「これで今晩はごちそうですね、クリスタさま!」

「今回は寸胴もありますし、筋を切って煮込めばあの歯応えのありすぎる肉も柔らかくなりますわね。ジェイド、そのクラゲはどのくらい保ちますの」

「召喚の対価となる魔石ひとつにつき一時間といったところですね。これはクズ魔石で構いません」

「なら、容量極小のものを幾つかお使いなさい」


 袖口から色とりどりの魔石を取り出してジェイドに渡す。

 僕の魔力色からかけ離れていて、自分の魔力として誤魔化すには不都合なやつだ。

 ちなみに中身が空のクズ魔石もあるけど、あれはあれで使い道があるので対価にするのはもったいない。


「あ、買い直してたのか。たしかランタンに食われてただろ」

「カンテラですわ。ええ、買い直しましたとも。お陰ですっからかん、もう100万ジェムしかありませんわ」

「100万は大金ですよ、クリスタさま」


 最初はできるだけ漆黒に近い魔石を買ったんだけど、全部カンテラが呑みこんじゃったからね。

 在庫がなくて鮮やかな魔石も結構買っていた。


「いえ、いえいえいえ待ってください。皆さんちょっと待ってください!」

「「「「「ん?」」」」」


 コレットがすごくおろおおしながらヴォイドレックスを見ている。

 ついでに僕らのことも信じられないものを見るかのように見ていた。


「どうしましたの?」

「こ、これって凶暴な魔獣ですよね、なんであっさり倒してるんですか!?」

「コレットさま、私たちは学生ですが魔導騎士科ですから。この班はみな実戦経験も積みましたから、これくらいでは動揺しないのですよ」

「あ、魔導騎士ですもんね。わたしと違って攻性魔法もお得意でしょうし」


 ジェイドの、珍しく役に立つフォローに一応の納得をみせるコレット。

 戦わない人からしたらいまの一連の流れは驚愕物だったらしい。


「え、でも魔法使わなくても倒せますよね。クリスタさまなら」

「え? そうですわね。ちょっと大変ですけど、無理ではありませんわ」


 実際こいつの動きは一度見ているし、あれからゴブリンキングみたいなもっとやばいのとも戦っている。

 今更ヴォイドレックスに遅れを取るとは思わない。

 油断して死にたくはないから、無駄に試そうとは思わないけど。


「魔法いらないんですか!?」

「大丈夫ですよコレットさま、あったほうが楽ですから」

「そういう問題なんですか……?」


 あっけらかんとしたイリスにコレットが顔を覆っている。

 なんだろう、何か変な事を言っただろうか。


「そ、それはともかく。なんで引きずっているんですか?」


 今度の興味は倒した獲物そのものに移ったらしい。

 なんでって、あの巨体じゃ幌のなかには収まらないし。

 そもそもこれは。


「「ごはんです」わよ」

「メシだろ?」

「ごはん」

「食料ですよ」


 僕らC班の中でヴォイドレックスの立ち位置はこれで確定していた。


「食べるんですか!? これを!? 肉食の魔獣ですよ、草食の、食用に飼いならされた魔獣じゃないですよ!?」

「え、でも美味いぞ? コレットは食ったことないのか?」

「ありませんよ!」

「贅沢。お肉はおいしい」

「お肉を食べたことがないわけではありません! 何なんですか、魔導騎士科ってみんなこうなんですか!?」


 食べられるものを食べるのは普通だと思うけど。

 それに魔導騎士なんだから、魔法が使えなくても剣だけでこれくらいの魔獣は仕留められるだろう。騎士ってついてるんだから。

 僕はそう思っていたのだけど、何やらジミーとミゾレが震えだした。


「や、やべぇ、もしかして俺たち、クリスタに毒されてるのか?」

「そんな、このわたしが、いつの間に……クリスタさん、恐ろしい」

「待ってくださいます!? いま倒したのはイリスですわよ!」


 僕が非常識なことをした、みたいにいうのはやめて欲しい。

 むしろ一番非常識なのは網を出せって言ったのに、何故かクラゲを出したジェイドだろ。


「いや、お前がこの程度の相手に魔法なんて不要ですわっつって切り刻むのに、ここ一ヶ月で見慣れたのと、俺も魔法使えば楽勝だから忘れかけてたんだが」

「ヴォイドレックスも、多足蛙(マッチフロッグ)も、攻性魔法なしで倒せるようなランクじゃ、ない」

「え、包丁あればいけますわよ?」

「「いけない」から」


 あ、あはははは。

 それはほら、仕方ないじゃないか。僕魔法使えないんだし。


「ジェイドさま、私、道中うまくやっていけるのか、少し不安になってきました……」

「まぁ、気持ちがわからないとは申しませんが。すぐ慣れますよ」


 そこで僕を見ながらコレットを励ますのはやめるんだジェイド。

 それだと魔導騎士じゃなくて僕に慣れる必要があるみたいじゃないか。


 あれ、コレットが頷いてる。

 おかしいな。懐いてくれていたはずの彼女から若干距離を感じる。

 いや、婚約者のジェイドとの距離が近いから、離れたように思えるだけか?


 そんなコレットへイリスが真顔で近づいていく。

 狭い幌の中だから、別に遠くに居たわけじゃないんだけど。


「コレットさま。これは大事なことなんです」

「い、イリスさん?」

「考えてみてください。ヴォイドレックスを放置すればここを通る他の人達が襲われるかもしれません」

「あ……」


 例えば、冒険者に護衛されている商人なら無事に通れるだろう。

 けれど、その冒険者たちが魔導騎士のように無双の力を持っているとは限らない。

 商人そのものは無事に済んでも、護衛の中に犠牲者がでないとは限らないのだ。


「そして、その人たちが私たちのように戦う力を持っているとは限らないんです。特に、平民はほとんどが魔法を使えませんから」

「そ、そうですよね。ごめんなさい、突然のことに驚いてしまって」


 イリスの言葉に、コレットは落ち込んだようにして俯いている。

 政治科の生徒、それも根っからの貴族だろうコレットがそういうことを分からなくても仕方ないんだけど。


 あと、イリスは絶対そういう理由でヴォイドレックスを倒したわけじゃないぞ。

 だって僕が指示を出すまでは動かなかったし。


「おいおいイリス。首席ともあろうものが建前で誤魔化そうなんて、クールじゃないぞ?」

「ん。ひとりだけかっこつけて、ズルい。で、本音は?」

「クリスタさまのご飯は美味しいんです! その為の致し方ない犠牲なんです!」

「イリスさん!?」

「コレットさんは知らないんです! クリスタさまの包丁捌きを。高級さはなくても、必要なときに求められるだけのごはんを提供してくれる手際の良さを!」


 包丁捌きは呪いの力である。

 そして高級じゃないのは材料がないからで、手際がいいのは前世で料理に挑戦したことがあるからだ。

 体のことがあったから一人暮らしは許されなかったけど、自炊できる程度の腕は持ちたかったんだよね。


「ところでお嬢様、先程から何をなされているのですか?」


 コレットがイリスと話し始めたからか、ジェイドが僕へ話しかけてきた。

 そんな僕はいま、魔石を買ったときに詰められていた木箱を改造している。


「え、ああ。ちょっと便利グッズの手作りを。あ、ジェイド、お暇ならこのクズ魔石に保温の魔法を込めてくださらない?」

「それは構いませんが。このサイズですと20℃程度にしかなりませんよ?」

「ならあと……そうね、二つほど。全部で三つお願いしますわ」


 そうして作ってもらった保温の魔石を縦40cm、横10cmほどの長方形の木箱に詰めていく。

 あとはここにお肉を入れるんだけど、馬車を止めさせるのも悪いよなぁ。

 あ、そうだ。


「イリス、お話中悪いのですけれど、ちょっとヴォイドレックスのお肉を切り取ってくださらない? 一食分で構いませんから。イリスなら馬車が走っていてもいけますわよね?」

「あ、はーい。わかりました」


 走る馬車から引きずられるヴォイドレックスへと飛び移り、手際よく必要量を解体しだすイリス。

 この目論見が上手くいくとは限らないけど、今から晩御飯が楽しみだった。

今後もしかしたら毎日投稿できない日がちょいちょいあるかもしれません。

埋め合わせはきちんとします。


いえ、仕事が忙しいとかはないんですが、同人誌の進捗が……。

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