060 わたくし護衛対象を交換したいですわ
昨日の分の投稿です。
時間が経つのは早いもので、あっという間に実地訓練の前日となった。
今日は同行者、つまり護衛対象との顔合わせの予定だ。
午前中はどの学科も授業が詰まっているので、午後の選択時間に魔導騎士科の訓練場で会うことになっている。
「ど、どうも! 先日ぶりですお師匠様!」
「「「お久しぶりです!」」」
「あら?」
班ごとに集まり、担当の学生が来るのを待っていた僕たちへ四人の少年が話しかけてきた。
いつだったか、半ば八つ当たりで扱いた騎士科の生徒たちだ。
「へっぽこ四人組じゃありませんの、どうしましたの?」
「「「「へっぽこじゃありません!」」」」
「は? じゃあせめてわたくしに一太刀浴びせて見せなさいな。いまからおやりになります?」
幸いここは訓練場だし、体を動かすのに何の問題も無い。
訓練用の模造剣だって用意されているし。
「「「「へっぽこで問題ありません!」」」」
「問題大有りですわよ、この馬鹿もの!」
「「「「ぐふっ!?」」」」
どこの世界に声を揃えて、へっぽこでいいと叫ぶ騎士がいるのか。
とりあえず一発ずつどついておいた。
「あ、あの、どちら様ですか? ていうか師匠ってなんですかクリスタさま」
「いえ、ちょっと前に彼らが訓練しているところに出くわしたのですけれど、あまりに不甲斐無いものですから、ちょっともんでやったのですわ」
「え、でも」
そこで慌てて口を押さえたイリスがちょこちょこと僕へ近づくと、少し背伸びをして口元を僕の耳元へ寄せ、さらに小声で聞いてきた。
「クリスタさま、魔法使えないのに4人も相手にして大丈夫だったんですか? いえ、剣だけならそこそこお強いのは知ってますけど」
そう、僕は魔法が使えなくても、剣だけならそこそこやれる。
基礎体力はお母さまに徹底的に鍛えられたし、剣術のほうもお母様と特に仲のいいメイドさんが結構な使い手だったので少し教わっていた。
お母様も強いんだけど、お母様の戦い方ってどっちかっていうとナーチェリア寄りなんだよね。
魔法で身体強化しての力押し、THE・パワーファイターって感じ。だから僕の参考にはまるでならなかった。
「その上でわたくしが圧倒できるほど貧弱ですのよ、こいつら」
「うわ」
哀れむようなジト目で4人を見るイリス。
ていうか顔が近い。ドキドキするから離れてほしい。
「た、たしかに僕たちは弱いです、ですが! 強くなってみせます!」
「そうです、そのために闘技場への研修へ名乗りを上げたんですから!」
「「そうだそうだ!」」
研修? そうか、ここに居るってことは彼らも魔導騎士科の護衛で研修をしにいく学生の一人、いや四人なのか。
騎士が魔導騎士に護衛されるのか、って思う人もいるだろうけど、騎士のほとんどは魔法が使えない。だからわざわざ剣と魔法のエキスパートを魔導騎士と呼んで区別しているわけで。
彼らは魔獣相手ならともかく、魔物が出たら危ないからなぁ。
一端の騎士ならゴブリンキングの相手くらい勤まるらしいけど、問題は範囲攻撃が行えないことにある。
騎士たちにとっては、多少強い魔物より、弱い魔物の群れのほうが危険度が高いのだ。
見習いの学生4人ではゴブリンの群れにでもあったら全滅必至だろう。
「あら、でもわたくしたちは闘技場行きではありませんわよ? 闘技場のある街はたしか」
「あーこっちですねぇ。よろしくお願いしますねぇ騎士さんたちぃ」
そう言ってこちらへ歩いてきたのは家憑き妖精のシルシルさんだ。
栗色の長いツインテールを揺らしながら、てこてこと歩く姿は微笑ましい。
だが油断してはいけない、彼女はこれで魔物だ。このへっぽこ四人組どころか、僕だって恐らくは勝てない相手なのだ。
そんな彼女はいつも背中に箒を背負っているが、これで戦っている姿は見たことがないので、武器というわけではないらしい。
彼女のメインウェポンは長い棒の両端に刃が付いた双騎士槍である。
何で箒を背負っているのかは謎だ。
案外、こっちが本体だったりするのだろうか? 魔物だし。
「あ、よろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」」
「はいはぁい。じゃあこっちへ来てくださいねぇ。自己紹介もみんなでまとめてやっちゃいましょう~」
他の班員たちのほうへ歩いていくシルシルさんを、慌てて追いかけるへっぽこ四人組。
「あ、それじゃ、失礼しますお師匠様!」
「「「失礼します!」」」
「しっかりお励みなさい。闘技場でみっともない姿を晒したと聞いたら、また特訓ですからね」
「「「「ありがとうございますっ!」」」」
うんうん、元気でよろしい。
……うん? なんかみんなの視線が白いぞ。
「おいクリスタ、何やったらああなるんだよ」
「何って、ただの走りこみですわよ。一応剣のほうも見ましたけど」
「それだけ? 走った、だけ? クリスタさんなのに?」
ミゾレ、クリスタなのにってどういうことだ。
クリスタはなにか、ミゾレの中ではそういう種族みたいな扱いなのか。
「あまりに走るのが遅かったり、逃げようとした時はどつきましたけど」
「お嬢様、一応確認ですが、素手で、ですよね?」
「いえ、フレイルで」
「フレイル……あぁ、あの時の」
「懐かしいですね、もう一ヶ月以上前のことになりますか」
懐かしそうに目を細めるイリス。
ジェイドも感慨深い、といった風情だ
二人ともやさしい表情をしているが、それをみたジミーとミゾレは若干引いていた。
「仕方ないじゃありませんの。彼らは騎士科の癖に、魔法を使わず模造剣一本だけ、というルールでわたくし相手に、四人がかりで一撃も入れられませんでしたのよ?」
「は? 弱すぎねぇ? 砂で目潰しとか、誰か一人盾にするとかすれば一撃くらい入れられるだろ」
「ん? むしろクリスタさんは優しかった? 魔法で追い回すくらいしてもいい」
この手の平クルーである。
見事に180℃返されている。
そう、忘れてはいけない。ジミーとミゾレはこの中では比較的まともだが、比較的、だ。
ジミーは勝つためなら手段を選ばないし、ミゾレは冒険者として命がけの旅を続けてきたので、弱い戦闘職への慈悲が無い。
そもそも魔導騎士科は戦闘脳筋集団である。
実力こそが全てであり、その前では身分も、性別も、種族さえも意味は無い。
魔導騎士科の貴族相手なら暴言すらも赦されるが、弱いことは罪である。
「あいつら帰ってきたら俺も鍛えてやるかぁ。なんか楽しそうだし」
「人に教えるのはいい経験になる、と聞いた。私もやる」
ジミーとミゾレが僕に触発されたのか、やる気を見せている。
へっぽこ四人組もかわいそうに、本物の魔導騎士に扱かれる事になるのか。
いや、それこそいい経験だよな、うん。
闘技場までの道中だって、もしかしたらシルシルさんたちに鍛えられるかもしれないし。
……本物の魔物に扱かれるのか、それも可哀想だよな。
「そういえば、あの人たちなんていうお名前なんですか?」
「え、名前? ……さぁ?」
ずっと脳内ではへっぽこ四人組って呼んでたから、知らない。
っていうか名乗られた覚えが無い。僕が名乗ったかさえ覚えてない。
いや、さすがに一度くらい名乗ってるよ、一度くらいは、うん。
「クリスタさま……」
イリスのジト目がチクチクと刺さる。
なんだろう、イリスが僕へ向ける表情って満面の笑顔かジト目っていう両極端な物しかない気がしないでもない。
「そ、それよりわたくしたちが担当する方はまだかしら? A班もまだ来ていないようですし」
「もう来てますよ、お姉さま!」
「え?」
話をそらそうと周囲を見回す僕に、そろそろ聞きなれてきた声が返ってきた。
「コレット=グラスリーフです! よろしくお願いしますね、皆様方!」
それが、僕たち魔導騎士科C班が、今回護衛を担当する事になる生徒だった。
嘘だろおい……。
「マジですの」
「こ、コレットさまが同行者なんですか?」
「お前ら知り合いなのか?」
「政治科なのに? 意外と交友関係が広い。二人とも」
動揺を隠せない僕とイリスに、不思議そうな表情を浮かべるジミーとミゾレ。
説明したいところだけど、僕らも何故彼女がいるのかまではわからない。
むしろ説明してほしいのは一緒だった。
「しばらくご一緒できますね、お姉さま!」
「ちょ、ちょっと抱きつかないでくださいませっ」
まずい! この調子でずっと一緒?
こんなアグレッシブな女の子と明日からしばらく寝起きを共にする?
馬鹿いうな、性別バレしかねないぞ!?
ええい、こういう時のためのジェイドだろ!
彼は何をしてるんだ、また放置か? 放置なのか!?
そう思いかけて、ジェイドがさっきから一言も発していないことに気がつく。
彼の顔は、僕とイリスに負けず劣らず。いや、それ以上にポカーンとしていた。
なるほど、これが間抜け面というやつか。イケメンがやっても間抜けに見えるんだな、新発見だ。
「な、なぜ、貴女がここに」
「え、ジェイド、コレットとお知り合いですの?」
なんだ? コレットと知り合いなのか?
「わたしも最初は別の研修地を選ぼうと思っていたのです。それが研修候補地の説明を受けたさい、なんとこの班の班長さんがイリスさんではないですか! これは当然お姉さまとジェイドさまもいらっしゃると踏んだのです!」
「「「「ジェイドさま?」」」」
様付けというのはこの国では特別珍しいものでもない。
イリスやジェイドなんかは貴族にはさま、平民にはさん付けが基本だ。
ただ、ジェイドは現時点ではまだ平民で、コレットは男爵家とはいえ立派な貴族だ。
そのコレットがなぜジェイドにさまづけ?
いやまて、それより。
そうだ、どっかで聞いたと思ってたグラスリーフってコレットの家名か!
「どういうことですのジェイド?」
「あれ、もしかして説明されていないんですか? ジェイドさま」
「学園生活では不要だと判断していましたので……」
「まぁ! 私が不要だなんて、失礼ですわ!」
「いえ、そういうつもりではないのですが」
本気で怒っているというよりは、からかうようなコレットの反応からして、二人がある程度以上に親しいのは明白だ。
これは、つつけば面白い事になるかもしれない。
「それでジェイド。どういう事か説明していただけるんですのね? 貴方が今回の訓練先を嫌がっていたの、故郷だからというだけではありませんわね?」
「それは、ですね。私が近い将来貴族の養子になるということはご説明したと思うのですが」
「今更ですわね。それが?」
「その、形、形式なんですが」
「ジェイドさまは私の婚約者なのです!」
「「「「はい?」」」」
ジェイド当人を除いたC班の声が揃う。
婚約者。婚約者ってあれか、恋人以上夫婦未満という。
……婚約者!?
「つまり、ジェイドさまは確かにお父様の養子となりますが、ただの養子ではなくて婿養子ということです!」
「「「「えええぇぇえーーーーっ!?」」」」
「ですよね、ジェイドさま!」
僕をお姉様と呼ぶのとはまた違う、キラキラした瞳でジェイドの事を見上げるコレット。
あれはあかん。
女の子の上目遣いは男に対する必殺技だ。
好きでもなんでもない、どころか嫌いな相手にされるとイライラが増すという諸刃の剣でもあるが、少なくとも僕がイリスにされたらあえなく撃沈する。
「……はい」
そしてジェイドも沈んだ。
いや、仕方ないよジェイド。君はよく頑張った。
「ちょっとお待ちになって。ということはこのグラスリーフという町はもしかして」
「はい! このコレット=グラスリーフのお父様が治める領地です、お姉さま!」
「やっぱり……」
つまりこの町はジェイドにとって。
生まれ故郷で。
妹が住んでいて。
自分が将来治めることになる土地で。
僕らが領主へあいさつでもしようなら、婚約者の存在が明るみになる場所。
それは行きたくもないだろう。
「驚いてごめんなさい、ジェイド」
「ああ、悪かったよ。貴族にはよくある話さ」
僕とジミーの二人で非礼を詫びる。
そう、コレットだって12歳。10歳くらいにしかみえないけど、12歳だ。
貴族なら結婚はともかく、婚約くらいしていたっておかしくは無い。
「そう、ですよね。すみません。わたしの村、同年代の人が居なかったので驚いちゃいました」
「私もずっと旅してたから、身内にそういう人がいるのは新鮮」
イリスの村はもう数家庭しか残っていないような、言っちゃ悪いけど滅びかけの寒村らしい。
だから若い人が少なくて、熟年夫婦ならまだしも、婚約者なんてものを見るのは初めてなんだろう。
この辺りは《繁殖のネックレス》がどういう経緯でお兄さまの手に渡ったのか聞いた際に教えてもらった。
ミゾレも遠くから旅してきたと聞いているし、その中でそういう人達と関わりはしても、友人がそう、というのはまた違う驚きをもたらしたみたいだ。
「中にはわたくしたちと変わらない年頃で結婚している貴族もいますものね」
たしか、二番目のお兄さまが一人目の奥さんと結婚したの今の僕らくらいの年齢だったはずだ。
逆に30過ぎて未婚のアルドネスお兄さまみたいなのもいるけど。
「この様子なら婚約者に嫌われてるってこともないんだろ?」
「はい! わたしジェイドさまのことをお慕いしてますから!」
コレットの、陳腐な表現だけど、花が咲いたような笑顔に場が和む。
僕へ向けていた笑顔より、余程自然な彼女がそこにいた。
だからこそ、僕への態度が気になるのだけど、今は横に置いておこう。
そんなことよりも大事な事がある。
「だから気にすることはありませんわ」
「ああ、胸張って婚約者だって名乗ってやれよ」
「お嬢様、ジミーさま」
そう、たとえ10歳にしか見えなくて。
12歳でこれだと、この先もあんまり成長しそうにないなぁ、とか思えても。
……思えても。
「「このロリコン」」
「っ!?」
僕とジミーの声が重なり、ジェイドの動きが止まった。
まるでミゾレの精霊魔法で凍結してしまったかのようだ。
こんな諸々を知って、僕らがからかわないはずがないのだった。
今回の話と関係ないんですが、感想欄で名前すら登場していないジェイドの妹がすさまじいキャラになっています。
作者がいうのもなんですが、正直感想欄が読んでてとても面白い。
なお、感想欄を読んでキャラクター性を変えることはありませんので、ご安心して書き込みください。
(使えそうなネタは拾いますが)




