058 わたくし次の実地訓練先を選びますわ
魔導騎士科全員が無事に帰還し、各班の報告が済んだ。
蒸発ゲルとの邂逅後に急遽行われた実技の授業でも、実地訓練による後遺症などがないことが確認されたので、翌日から正式に授業が再開される運びとなった。
本来ならまだ数日の猶予があったのだけど、今回問題を起こした生徒が多すぎたため、臨時休暇は取り上げられた形だ。
僕たちC班は言うまでもなく、B班はナーチェリアがやらかしている。
かわいそうなのは特に問題を起こしていないA班なんだけど、真面目な人間が集まっているのか特に不満は出ていなかった。
午前中はドロシー先生による様々な講義、午後はロバート教官による実技の訓練。
ドロシー=キュリオール魔導教師。緑の長い髪を後ろで束ねている綺麗なお姉さんで、ロバートと並んで魔道騎士科を担当している先生だ。直接聞いたことは無いけど、たぶん高魔力保持者だろう。
主に知識面での講義を担当している。力のロバート、知恵のドロシー、そんな感じ。
ロバートの授業では生徒同士の組み手(剣や魔法色々と)もあったけど、相手をイリスやジェイドに頼んだので魔法が使えないことは露見していない。
何回か模造剣限定の訓練でナーチェリアに相手をしてもらったけど、彼女は大剣じゃなくても強かった。
ただ急所を狙うのはやめてほしい、男だってバレたらどうしてくれる。
そうして、さらに数日が経過した中で、ドロシー先生から次の実地訓練について言及された。
なんでも実地訓練は月1で実地されるので、丸一ヶ月先らしい。
それまでに色々と準備を済ませて置くようにとのことだった。
実のところ、僕らが行ったあの訓練も一ヶ月前、つまり僕らが転入する前には告げられていて、班も決まっていたらしい。
そこへ僕とジェイドが転入してきたので、わざわざ班を決めなおすことにしたそうだ。
わざわざ二人増えただけでそこまでしなくても、と思ったのだけど、トラブルに対応する訓練も兼ねて班を決めなおしたらしい。
A班の班長であるミリアリアが『ミゾレがいれば』と言っていたのも、最初は彼女と同じ班の予定だったからと後になって聞いた。
改めて申し訳ない。
「次の実地訓練ですが、前回の訓練では皆さん、想定していた魔獣よりも強力な下位・中位の魔物との戦闘を経験しています。中には魔法も使わず倒したという報告もありますし、すでに戦闘力だけなら一端の魔導騎士と言えるでしょう。これは歴代の魔導騎士科を省みても非常に優秀だと言えます」
ドロシー先生の視線が一瞬僕へ向けられた。
本当は優秀じゃなくて異常って言いたかったんじゃないかな。わざわざ魔法を使わずに中位の魔物を倒す理由が無い。
命がかかった現実で、縛りプレイをしたって仕方ないのだから。
でも僕は魔法が使えないし、魔物に普通の攻撃はほとんど通用しない。
あのゴブリンキングを再生不能なまでに切り刻む攻略法だって、いまにして思えば《肉を切り刻むもの》に斬属性だけじゃなく、呪属性があったからできたように思う。
本当にただの物理攻撃だったら、魔石を砕くくらいしか攻略法がないんじゃないかな。
結局あの方法以外に僕があの場で生き延びるすべはなかったわけで、なんていうか見逃してほしい。
「そんなわけで、皆さんが魔獣や魔物の相手をする訓練はもう不要と判断します。これからはより実践的で様々な内容の訓練を積んでいく必要があるでしょう」
「具体的に、次の実地訓練はどんな内容なんですか?」
シュタっと手を上げて質問したのはマーティンだ。
あれから何度か会話をしたが、彼は魔法の腕はそこそこだけど努力家で、向上心に溢れている少年だった。
訓練の内容が変わると聞いて居てもたってもいられなかったんだろう。
「来月の実地訓練は護衛と調査をメインに据えようと思っています。丁度他の学科の生徒たちを他の町へ研修に向かわせようという話が出ていまして、その往復の護衛と、現地の冒険者ギルドからの依頼を果たしてもらうことになります」
護衛と聞いて渋い顔をしている生徒が何人か居る。
まずジミー。戦い方がわりとえげつなくて、突っ走る傾向があるから苦手なんだろう。
温泉ではしっかり村人たちを守っていたけど、何体かのゴブリンを抑えきれていなかったからなぁ。
高位魔法を使えば楽勝でも、近くに護衛対象がいたら巻き添えだ。イリスがお兄さまの屋敷でゴブリンの群れを一掃できなかったのもこれが原因。
ナーチェリアも見るからに嫌そうにしている。
まぁ大剣振り回して地面を隆起させる魔法を多用していたからな。あんなの密集地や馬車の近くとかで使われたら大惨事だ。
他にも高位魔法による高火力の魔法を得意としている生徒が顔をしかめていた。
逆にイリスはあの時のリベンジと思っているのか、やる気に満ちている。
A班のミリアリア、B班のマーティンあたりも生き生きとしているから、護衛が得意なのかもしれない。
「先生、その護衛対象はどの科の人間か決まっているのですか?」
そのミリアリアも手を上げて質問している。
青服の平民と赤服の貴族が同じように質問しているのを見ると、本当にこのクラスは身分差別がないんだなって関心してしまう。
僕も差別はしてないよ……ちゃんと平民も貴族も平等に扱ってるじゃないか。
「ええ、ここに並べた土地は全て研修予定地ですが、皆さんが選んだ後に募集をかける予定になっています。どの学科の生徒が来るかはわかりませんが、まぁ多くても2~3人。基本はひとりくらいだと思ってください」
「ずいぶんと少ないのですね」
「これは、皆さんからすると不服かもしれませんが、魔導騎士科とはいえ生徒に守られることに不安を覚える人が多いからです。皆さんは実力はありますが未だ学生。命を預けるに足る信頼を築くのは、まだまだこれからです」
そうか、訓練とはいえ失敗すれば怪我をするし、最悪命に関わる。
戦える僕らはいいけれど、例えば近づかれたらなにもできない魔導師科や、魔法が使える貴族が多いとはいえ、戦闘訓練を積んでいない政治科の生徒にとっては本当に命がけだ。
騎士科だって、魔物が出てきてしまったらほとんど戦えないのだから同じだろう。
魔導騎士科はエリートではあっても、実績はほとんど無い学生だ。
逆に、そんな僕らに命を預けてもいいと言ってくれる生徒が少しでもいる事を、大切に受け止めたほうがいいだろう。
「ということで、移動手段は学園から貸し出される馬車限定です」
「「「「えっ!?」」」」
「先生ぇ~、わたしの転移魔法も禁止ですかぁ? 現地にお住まいの誰かかぁ、冒険者ギルドが許可してくれれば一歩でたどり着けるんですけどぉ」
「当たり前です。それでは護衛の訓練になりません」
シルシルさんの意見をばっさり切り捨てるドロシー先生。
そりゃそうだ。護衛訓練でTAS(最速攻略)をしてどうする。
みんなが渋々と納得したところで、訓練候補地としていくつかの地名が黒板に書き連ねられていき、ひとつひとつドロシー先生が解説をしてくれた。
基本的に現地での調査内容は場所を選んでから、訓練の直前に現地の冒険者ギルドに依頼を斡旋してもらうらしい。
まぁ、一ヵ月後じゃね。
あの多足蛙の繁殖みたいな問題が起きていたとして、授業の予定が一ヵ月後だからそれまで待ってね、なんて言えないし仕方がない。
その中で僕の目を引いた土地は次の三つだ。
カスカ村、ゴレフ鉱山、グラスリーフの町。
カスカ村は聞いたことがなかったけど、説明によれば漁村らしい。ジェイドの魚が大活躍するかもしれない。
ゴレフ鉱山は以前ドロシー先生が授業中に召喚した鉄食い鼠が元々居た場所だ。良質な鉱石がたくさん取れるらしい。
グラスリーフの町も聞いたことがないけど、ガラスのように透き通った葉をもつ、とても綺麗な植物が特産品らしい。
というかグラスリーフって名前を最近どっかで聞いた気がして、そっちが気になっている。
「前回は森の中の村でしたし、今回は町にしませんこと? 鉱山ではジミーが好きな火の魔法を使いにくいですし、漁村でミゾレの氷の精霊が暴れまわったら海に影響がでるかもしれませんわ」
「お嬢様、そこはやめましょう」
班ごとにあつまって相談していると、ジェイドに真顔で拒否された。
やっぱり、魚好きっぽいジェイドは漁村がいいのかな?
「あら、問題がありまして?」
「その、そこは、ですね、その」
と、思ったら視線がきょろきょろしている。
声も上ずっているし、明らかに何かを誤魔化そうとしているのが見て取れた。
素がそこそこ粗暴っぽいのに普段礼儀正しく装っているジェイドが、こんなあからさまに動揺するなんて余程の事だ。
これは他の場所がいいのではなく、ここが嫌ってことなんだろう。
グラスリーフになにかあるのか?
「歯切れが悪いですわね。なにか、ここではまずい理由でもありますの?」
「その、実は。グラスリーフは私の故郷なのです。そして私がご当主さまに認められた後に、養子入りすることになっている貴族が治める土地でもあります」
「まぁ! そういうことでしたの」
ジェイドは平民から冒険者となり、実績を積み上げて貴族になる直前のところまで来ている。
本来貴族として認められる冒険者はAランク以上でジェイドはまだBランクなのだけど、ある貴族に目をかけられ、貴族としての教養を積めば正式に貴族として認められることになっているのだ。
その教養など諸々は、その実力を買ったお爺さまが仕事を任せることで積ませている最中だ。
侯爵家当主の元で経験を積んだ人間となればその存在は貴族の間でも大きくなるし、お爺さまは優秀な貴族を手ごまにできるのでWin-Winの関係というやつだ。
僕の監視をしているのも、貴族の汚い部分を学ぶ一環のはずだ。
てっきり直接ジェイドに爵位をあげるものと思っていたけれど、貴族の養子となって後を継ぐ形だったのか。
「ご理解いただけましたか」
「地元民がいるなら心強いですわね。ドロシー先生、ここにしますわ!」
「お嬢様!?」
何を驚いているんだジェイド。故郷に行きたくないだとか、義理の親に会いたくないだとか、そんなの訓練を拒否する理由にはならないよ。
だというのにドロシー先生がまったをかけてきた。
「いえ、決めるのは班長の役目ですよ。それでいいのですかイリスさん」
「構いません。私もジェイドさんの故郷見てみたいですから!」
「イリスさんっ!? ジミーさま、ミゾレさん、お二人もなんとか」
「面白そうだから行こうぜ!」
「どこでもいい。うん」
「ちくしょうっ!」
あ、ジェイドがくず折れた。
そんな素まで垣間見せて、可哀想に。
でも考えてみてほしい。
今回は馬車を使った護衛任務と現地での調査がある。
せっかくその場所に詳しい人間がいるのに、わざわざ見知らぬ土地を選んで危険度を増す必要性があるだろうか?
いや、ない。
決してジェイドの地元を見てみたいとか、この反応ならなにかあるに違いないとかでは決して無い。
そう、噂のジェイドの妹に会えるかも知れない楽しみだなぁ、だなんて、全然思ってなんかいないからね!
噂の妹さん(現時点で未登場)がアップを始めました。




