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053 わたくし身バレしましたわ

活動報告にクリスタのイメージ画を載せてみました。ちなみに自作ですヽ(・ω・。ヽ)

 コレットをイリスに押し付けたので、僕は部屋へ帰るために校舎から女子寮への道を歩いていた。

 食堂は各学科の中間、つまりそれぞれの教室からある程度離れた位置にあるので、一限が始まるまでもう少しというこの時間に人通りはない。

 さっき学食にいた人たちも、わざわざ外へ向かう通路は通らず、別のルートでそれぞれの教室へ向かっているはずだ。


「あ、いた! クリスタさん!」

「はい?」


 そんな人気の無い道を歩いていると、元気な声に呼び止められた。

 相手は青年というよりは少年という年頃の、前世で言えば中学生くらいに見える。


 髪は茶色で、派手すぎず、自然な範囲で刺々している。

 年上のお姉様方に人気が出そう。


 制服は青いから平民か。


「先に見つけられてよかった。探したぜ」

「……どなた?」

「ひでえ!? クラスメイトの顔くらい覚えてくれよ! マーティンだ、魔道騎士科第十一席の!」


 マーティン? 誰だっけ。

 聞き覚えはあるんだけど、クラスメイトたちとはまだちゃんと話してないからな。


 えー、と?


「ああ! マシュマロゴレム相手に戦意喪失していた方ですわね!」

「そういう覚え方はやめてくれないか!?」

「冗談ですわ。貴方はたしか、B班でしたわね。実地訓練は終わりましたの?」


「ああ、それが聞いてくれよ。魔獣退治って言われて行ったのに、出てきたのがスライムでさ! 危うく死ぬかと思った」

「それは、大変でしたわね」


 スライムは創作によって強さがまちまちだけど、この世界では中位の魔物だ。

 単純な魔力量ではゴブリンキングと同等。ただし近接主体のゴブリンキングでは相性が悪く、手も足も出ずにその身を取り込まれてしまう強力な魔物だったりする。


「いや、そんなことより今ひとりか? イリスさんやジェイドさんは? いつも一緒にいるだろ」

「ひとりですけれど」


 僕たちは仲良し三人組みたいな認識なんだろうか?

 実際は色々と複雑な関係なんだけど。


「マジか。まずいなぁ、じゃあちょっと一緒に来て、いや、用事があるようなら俺が一緒についていくんでもいいけど」

「……デートのお誘いですの?」


 たしかにマーティンは整った顔でイケメンに分類されるだろうけど、生憎と僕にそっちの趣味はない。


 平民の身で年上の貴族に対して馴れ馴れしいと思わなくもないが、丁寧に話そうとがんばってるのは分かるので、友人としてなら好感を持てるけど。


「ちげーよ!? いや、そう思われても仕方ないのかな。えっとだな、あんたが今ひとりで居るのすげーまずいんだ。ちゃんと説明するからひとまず」


 そこで唐突にマーティンの言葉が途切れ、彼は勢いつけて振り返った。


「見ぃつけた……」


 小さな、けれどハッキリと伝わる声に目を向ければ、そこには黒髪の少女が立っていた。

 ぱっと見の年齢は僕と同じか、少し下か。

 髪は女性にしては短めだけど、前髪は目を隠すほど伸ばされている。

 特徴的なのはその頭部についている猫耳と腰の尻尾だ。

 制服の色は青。


 たしか、クラスメイトの一人だ。

 こちらもまともに話したことがないので、名前も覚えていないけど、彼女もマーティンと同じB班だったはず。


「げ、もう来やがった!? どんな足してんだよ、こちとらシル姐さんの魔法で転移してきたってのに!」

「シル姐さん?」


 シルっていうと、あれだろうか。家憑き妖精(シルキー)だというシルシルさん。

 たしか、許可を得た家の扉へと転移できる固有魔法を持っていたはずだし。


「《来たれ(アポート)》」


 猫耳少女が右手を天高く掲げて簡易詠唱を唱えると、その手に巨大な剣が現れる。


 刃渡り2mを越える大剣は、ゴブリンキングが使っていたような両刃の剣じゃない。

 あれと同等のサイズを誇るが、彼女が呼び出したのは片刃だ。


 創作物の斬馬刀に近いだろうか? 

 ちなみに本当の斬馬刀は中国版の薙刀みたいな武器だったりする。


 そしてその大剣は、一瞬の躊躇もなく僕の頭上へと振り下ろされ。


 間に飛び込んできたマーティンの持つ、二本の片手半剣(バスタードソード)で防がれた。


「おい、早く逃げろ! 悔しいが俺じゃ足止めにしかならねぇ!」

「マーティンどいてっ! そいつ殺せない!」


 おお! まさかあの台詞をリアルで聞ける日が来るとは。

 お兄ちゃんじゃないのが残念だが、まぁよし!


 しかし状況はそんな呑気な思考を許してはくれなかった。

 猫耳少女がその手に持つ大剣が、剣呑な雰囲気を振りまく。


「ど、っけえええええっ!」

「くそっ!」


 唸りをあげながら迫る大剣を、マーティンの二つの剣が器用に受け流す。

 猫耳少女が見るからにパワーファイターなのに対して、マーティンは速度重視の技巧派みたいだ。


 突然始まった戦闘に、思考が追いつかず呆然と見守ってしまう。

 もしかして魔道騎士科同士がまともに戦うのを見るのは初めてじゃないか?

 中々迫力があってすごい。っていうかやっぱり強いな。


「せめて話くらい聞いてやれっての! なんか事情があったかもしんないだろ!」

「そんなの、殺してから頭の中覗けばいいじゃない!」

「「うわ、怖っ!?」」


 おっと、思わず素が出てしまった。

 どうやら僕が狙われているらしいけど、いったいどうしてこうなっているのか。

 命を狙われる心当たりなんてまったく……あんまり、ちょっとしか、ないよ?


「ちょ、ちょっと、なんでわたくしが襲われなければなりませんの!?」

「はあっ!? 殺す、絶対に殺すっ!」

「だからなぜ」

「こい、つは! 貴族からの、推薦組な、んだよっ!」


 大剣を受け流しながらマーティンが告げた言葉に、猫耳少女の顔がこちらを向く。

 その目は長い前髪で隠れて見えないが、強く噛み締められた口元から僕を睨んでいるだろうと予測がついた。


「アルドネス様の仇ぃっ!」

「え、な、はい!? あ、なに、まさかそういうことですの? マジですの!?」


 学園に入るには普通に試験を受ける他、貴族から推薦を受けるという方法がある。


 当然それでも無能な者は入れないので、推薦をするということはその貴族が『こいつはわたしが認めるほどに優秀だ』と保障するということでもある。

 万が一それで無能だったりしたら、その貴族の顔は泥まみれというわけだ。


 つまりこの猫耳少女は、お兄さまがそのリスクを犯してまで入学させた実力者で、僕は少女にとって大恩あるお兄さまを、実の妹でありがなら焼き討ちして殺した人でなし。

 しかも噂として広まっているその理由は宝石目当ての押し入り強盗と大差ない。

 どう考えても彼女が僕の命を狙うに足る、ひっどい内容だった。


 やばい、どうしよう、完全にこちらが悪役だ。

 いやそうなんだけど! 

 たしかに悪役令嬢として生きてはいるけれど。

 これはさすがに、予想外すぎる!


「ぼーっとしてんな! ここは俺に任せて早く行け!」

「ちょ、分かりましたから、貴方も死ぬんじゃありませんわよ!?」


 堂々と死亡フラグを立てるマーティンをその場に残し、素直に逃げ出す。

 突然の事態に頭が混乱していて、少し考える時間がほしかった。


 それに彼は自分では足止めしかできないと言っていたが、真っ当な魔導騎士科でそれなら、僕がいても足を引っ張ることしかできないだろう。

 マーティンだって僕がいなければ庇いながら戦う必要がなくなるので、多少は勝率が上がるはずだ。


 とはいえ、魔道騎士科が自分の実力を過小評価したり、相手の力量を見誤るはずもない。

 いずれあの猫耳少女は追いついてくるだろう。


 普通なら人の多い街中のほうが戦いにくいはずだ。

 けれどあの猫耳少女が周囲の被害を気にしてくれるとは思えなかった。

 あんな大剣が人ごみの中で振り回され、あまつさえ高位魔法なんて使われた日には大量の死者が出る。


 そんなことをしたら国に喧嘩を売るようなものだし、聖獅子騎士団が出てくればどうあがいても捕縛の後、極刑だと思うけど。

 冷静さを失っているようだったからなぁ。


 僕に置き換えてみたら恩人(恩神?)のお地蔵さまを殺され、壊され? たようなものなんだから、それも当然だけど。


 そんなわけで僕は学園から抜け出すのも、人が多そうな校舎へ駆け込むのも諦めて、学園内の森の中へと逃げ込んだ。

 この学園はかなり広いので、敷地内に多少の自然が残っている。

 王都からゾルネ村への道中は平原しかなかったけれど、城壁の周りには森や湖なんかもあったりするのだ。


 豊かな自然はグリエンド王国の良さだと思う。

 その分空気中の魔力も豊富で、魔物や魔獣が跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)してるんだけどね……。


 ゴオオンッ! バキバキバキィッ!


 轟音、そして土煙。

 数本の木々を、切り倒すというにはあまりに惨い有様に変えながら、猫耳少女が降ってきた。

 親方、空から猫耳美少女が! 

 真下にいなくてよかったよ。受け止めてたら死んでたと思う。


 いくら異世界人の肉体が強靭で、魔法による身体強化が可能とはいえ、あんな大剣を振り回した挙句あの高さまで跳躍するなんて滅茶苦茶だ。

 彼女は獣人のようだし、人間とは基礎スペックからして違うんだろうけど。

 耳や尻尾の形からして猫獣人ってところかな。


「はあああぁぁあっ!」

「問答無用ですのね!」


 どうやらマーティンは押さえ切れなかったらしい。

 彼の安否も気にかかるが、今は自分の身が優先だ。


 振り回される大剣を、とにかく避けることに集中する。

 今の僕の手元にあるのは《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》だけだ。

 いくらなんでもあんな大剣を防ぐほどの強度はない。


 何度もかわす内、特別に大振りな一撃が放たれた。

 無駄な動作の大きいそれを余裕を持ってかわすと、大剣は地面を穿ち、大量の土を巻き上げる。

 この隙に猫耳少女へと接近し、一撃で意識を落とす。

 そうすればこの騒動も終わるだろう。


 なんて、上手くいくはずもなかった。

 それまで怒声や罵倒しか発していなかった猫耳少女の唇が、耳にしたくなかった祝詞(のりと)を紡ぐ。


「《土くれの散弾(ソイル・シャッター)》」


 巻き上げられた大量の土は、くちなしの実のように鮮やかなオレンジ色の魔力を纏い、無数の弾丸へと姿を変える。


 通常魔法では大規模な攻撃はできない。ましてや省略詠唱では、魔法自体は使えても、威力は減衰してしまう。

 ただ、それは自分の魔力ですべてを(まかな)おうとするからだ。

 魔法に適した触媒があるのなら、その威力を損なわず、規模をあげることも可能となる。


「嘘でしょう!?」


 猫耳少女の周囲を、円を描くようにして必死に走る。

 時に横へ、時に後ろへと決して偏差射撃ができないように。

 けれど相手は一発ずつしか撃てないわけじゃない。

 直撃しそうな弾丸だけを《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》で防ぎながら、それでもいくつかは体を掠めていく。


 ああ、もう! いつもと違う服装だから動きにくい!

 下手な動きをしたら下半身が丸見えになってしまう。

 そしたら命が助かっても社会的に死亡確定だ!


 そんな風に思考が横道にそれた時、唐突に土くれの雨が止む。

 代わりに風の流れを感じてそちらを見れば、大気を切り裂きながら大剣の切っ先が迫っていた。


「やばっ」


 突き出された大剣を、跳躍して上に乗ることで回避する。

 大剣はもともと叩き潰すことに主眼を置いた打撃武器に近い。

 刃は上を向いていたが、押したり引いたりしなければ簡単に切れたりはしないので、その部分に乗っても問題はない。


 このまま大剣の上を走り、今度こそ猫耳少女の顔面に膝蹴りでも食らわせて終わりにしよう。


 そして走り出そうとしたところで、唐突に、強引に、突き出されていた大剣が動きをとめて、その剣戟が真上への切り上げに変化した。


「きゃあっ」


 それで乗っている僕が切れたりはしないが、体は天高く打ち上げられてしまう。

 言ってる傍からチュニック(みたいになってるワンピース)がめくれ上がりそうになって、慌てて裾を抑える。

 高さは……どれくらいかなこれ、かなり高い。

 このままなら落下してそのままお陀仏だ。


「《指令・起動オーダー・ウェイクアップ》、ゴブマロ!」


 裾の内側に、部屋を出る前に念のため仕込んでおいた野球ボール大のゴブマロを取り出して起動させる。

 けれど彼はまだ修復が完了していない。

 そのため今の姿は一般的なマシュマロゴブリンと同じ、丸いボディに同じく小さな丸い手足がついているのみだ。


 それで構わない。

 僕は地面に落ちる際に彼をクッション代わりにして、何とか生きながらえた。


「いったぁ」


 それでもかなりの痛みと衝撃を受けたけど。

 準備運動もせずに激しい動きをしたからか、体もだるい。

 ついでにゴブマロは口からジャムを流していた。

 血のようにみえても苺ジャムである。ここ大事。


「貴女、さっきから何なんですの! 少しは人の話をお聞きなさい!」

「あなたこそさっきから気持ち悪いのよ! この変態女装野郎!」

「……は?」


 まて、いまなんていった? 野郎?

 落ち着け、そんなのただの罵詈雑言だ。

 この野郎! だなんてよく使われる言葉だろう。


 いやまて、女装!?


「無礼にもほどがありますわね。女に言うなら女郎ではなくて? それにわたくしが女装していてなんの問題がありますの? もしかして男装の令嬢がお好みでして?」


「は? ああ。あはは? ははははははっ! アハハハハハハハッ!」


 僕の言葉に、お腹を押さえて狂ったように笑い出す猫耳少女。

 単純に、とても怖い。

 全身に鳥肌が立っている。ドン引きどころの話ではない。


「アハハハハッ! ああ、ああそっか! そうだよね! あなた知らないんだっけ? 転入生だもんねぇ! 自分がアルドネス様の弟だから見逃されてたって、分かるわけないよねぇ!」


「何の、お話ですの?」

「わたしが! 高位魔法を扱うほどの魔力を持たない獣人の、魔導師としては無能な私が! 並み居るクラスメイトを押しのけて第四席にいる、その理由っ!」


 第四席……魔導騎士科第四席!?

 あの高度な精霊魔法を扱うミゾレの、三つ上!?


 ドゴンッ!


 猫耳少女は大剣を右手で豪快に地面へ突き立てると、空いた左手で長い前髪をかき上げる。


「魔導騎士科第四席、ナーチェリア」


 そこにあるのは、今まで髪に隠れていて見えなかった金と銀の異なる瞳(ヘテロクロミア)


「教えてあげるわ! アルドネス様がわたしを拾い上げてくださった、その理由。わたしの固有魔法、左右で違う不ぞろいな、たった一組の魔眼。その力は《鑑定》と《邪視》!」

「かんてい……鑑定!?」


 かつての世界であふれていた、異世界を題材にした物語。

 そこで生きることになる主人公たちの多くが授かる、特殊能力。

 それは創作の上ではありふれたもので、けれどチートと言われる主人公にはほとんど備わっていた。


 なぜなら、見知らぬ土地で、見知らぬ相手と関わって生きなければならない上でのハードルを、そのたったひとつの能力が取り払ってくれるから。


 そして、強敵と戦う際にはその手の内を全て読み、先手を打つ事を可能とする。

 もし彼女のもつその能力が、創作のものと大差ないのなら。


「クリスタ=ブリューナク、侯爵家三男、魔法無能者、幽閉貴族、魔神の友人、異世界転生者(・・・・・)


 彼女は僕の全てを知っている。


「アルドネス様の仇っ! ここで死ねえええぇぇえっ!!」


 猫耳少女、ナーチェリアの叫びに呼応して、僕の周囲の地面が隆起する。

 おそらくは土系統の攻性魔法。


 彼女が大剣を突きたてたのは僕を舐めているからでも、ましてや手加減してくれるからでもない。

 僕が魔法を使えないと知っているからこそ、一方的な遠距離魔法こそがもっとも有効だと理解しているから、大剣を使っての近距離戦という選択肢を放棄した。


 鍛え上げた騎士よりも。

 剣と魔法を駆使し、近距離戦闘で無双を誇る魔導騎士よりも。

 巨躯を誇る恐ろしい魔獣よりも。

 遠距離から魔法を放つだけの、平凡な魔導師こそが僕の最大の弱点なのだから。


 彼女の大剣を通じて、彼女の魔力色に染まった大地がいま、触媒としての役目を果たす。


 あれはまずいと、逃げ出そうとして、体が思うように動かないことに気がつく。

 鍛え上げたはずの肉体が、その役目を放棄している。


 何故だ。 

 前世の虚弱な肉体ならともかく、強靭な異世界人の肉体が、どうしてこの程度でここまで疲弊しているんだ?


 ……そうだ、彼女は《鑑定》ともうひとつ、《邪視》と言っていた。


 前世でも(まこと)しやかに噂され、オカルトやホラーの一種に分類されていた力。

 見つめただけで相手を衰弱させ、ついには殺す呪われた瞳。

 僕はこの戦いの最中、ずっとその瞳に見つめられていたことになる。


 この魔法飛び交う異世界の《邪視》が、偽物であるはずがない。


 まずい、これは本気で、殺される!

死亡フラグ「呼ばれた気がして!」

コメディ&シリアス「「ぎゃああっ! でたああああーーー!?」」


 ちなみに新キャラは登場するために必要なフラグを裏で設定してあるので、唐突に見えても登場にはそれぞれ理由があったりします。何故登場したのか予想してみるのも面白いかもしれませんね。


 ちなみにミゾレを例にだすと登場条件は『ジミーがイリスに模擬戦以外で絡もうとする』。PT加入条件は『クリスタがミゾレを褒める』などです。

 実は第一王子とかもちゃんと作ってあるのに自分で作ったフラグが中々達成できないので登場してきません。哀れな。

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