050 50万PV記念 閑話 『ある魔剣士の過去と現在』
名前しか出ていなかった彼のお話になります。
俺は元々借金奴隷だった。
同年代のやつより剣の腕が立つくらいしか取り柄が無くて、かといって騎士になれるほどじゃない。
実の両親もすでにない、というか知らない。いわゆる孤児ってやつらしい。
孤児院では名前もろくに決められず、おい、とかおまえ、とか呼ばれていた。
そうして13歳になり、仕事に就けなかった俺は借金奴隷となった。
出来ることもないから、危険な戦闘奴隷に志願した。
俺みたいなのが好きっていう女もいるから愛玩奴隷はどうかとも進められたけど、尊厳を汚されるくらいなら命を懸けたほうがまだマシだ。
いや、愛玩奴隷の人達を貶すわけじゃなくて、俺はそうだって言うだけ。
でも、俺は運が良かったみたいで、俺を買ってくれた傭兵団『灼熱の風』はいいところだった。
みんな乱暴だし、金にはうるさいし、危険な魔獣や魔物と戦う日々だけど、意味のない暴力は振るわなかった。
そして団長は俺に名前をくれた。
それが今の俺の一番大切なもの。マーティンというたったひとつの宝物だ。
ある日他国から流れてきた盗賊の討伐依頼をうけ、順調に追い詰めていた時のことだ。
突然魔物の群れが現れて、俺たちと盗賊、双方に襲い掛かってきた。
魔物には色々いるが、ある条件を満たすと襲ってくるやつもいる。もしかしたらこいつらの条件は「この場で戦闘が起こること」とか「人が争うこと」だったのかもしれないけど、今となってはわからない。
ゴブリンやオークなど、二足歩行の魔物が中心だった。
中には攻性魔法を使う魔物もいた。魔法は魔導師以外では防ぎようが無い。
だから使われる前に倒すしかない。
盗賊もそれが分かっていたらしく、一時共闘した。
それでも盗賊はあっけなく全滅した。
弱い獲物を狙う盗賊は魔導師との戦闘経験が浅いから、対処できなかったんだ。
対してこちらの傭兵団は魔導師がいる盗賊とも戦うし、戦争に参加したこともある。
いや、その戦争があったとき俺はまだいなかったんだけど。
とにかく、傭兵団のみんな手馴れたように、魔法を使う魔物から狩り取っていった。
でも、一度も使わせないなんてできるはずがない。
魔物の放った火の玉が、運悪く俺に飛んできた。
本当は、運なんかじゃなく、俺が一番弱そうだから狙われただけかもしれない。
「マーティン!?」
団長の声が響く。
あんな必死に叫んでるの、初めて聞いた。
俺、結構大事にされてたのかも。
そんな風に考えながら、火の玉が俺に直撃した。
めっちゃ痛かった。
痛い、だけですんだ。
俺に向かうまでの直線状、そこにある草木は燃え尽きているというのに、俺は痛いだけですんだ。
とはいえ動き回ることはできなくて、団長たちが魔物を駆逐するまで倒れたままでいた。
「マーティン、お前には魔法の才能があるのかもしれん」
団長のその言葉をきっかけに、俺の魔法の訓練が始まった。
魔法を防げるのは魔法だけ。つまり俺はあの時、咄嗟に魔法を使ったのだろう。
けれど、咄嗟にできたからといって何度もできるとは限らない。火事場の馬鹿力ということもある。
団長は大枚はたいて魔道書を買ったり、魔導師ギルドに頭を下げて触媒をゆずってもらったり、商売敵の冒険者ギルドに魔導師の教育者募集の依頼を出してくれたりもした。
その甲斐あって、俺は簡単な魔法なら使えるようになった。
特にうまく使えたのは『肉体強化』系統の魔法と、身を守る『防壁』『障壁』系の魔法だ。
傭兵として身体を鍛えていたことと、あの日咄嗟に身を守るために魔力を使ったことでそっちに特化されたんじゃないかって教育役の冒険者は言っていた。
それから俺は強くなった。
いまでは魔物だって切り捨てられる。
障壁魔法を掛けた俺の剣は、魔力で構成された魔物の肉体さえ再生させることなく両断する。
もちろん魔法は障壁魔法で遮れるし、人間の使う剣や槍、弓矢だって防壁魔法で弾き飛ばせる。
俺は調子に乗っていたけど、傭兵団のみんなへの感謝を忘れたことはなかった。
団のみんなも、仕方ないヤツだなって顔はしてたけど、俺の成長を喜んでくれた。
そしてある日、団長から呼び出された俺は、衝撃的な一言を告げられる。
「次の仕事が終わったら、お前を奴隷から解放してやる」
なんで、と思った。
俺はここが好きなのに、捨てられてしまうのかと。
でもそれには続きがあった。
「そしたらなんだ、お前がここを気に入ってるなら、団員として雇ってやっても良い」
俺は喜んだ。
だってそうだろう。みんなと対等な立場に、ちゃんとした仲間として認められるという事だ。
次の仕事は大規模な魔物の群れの掃討らしい。
傭兵団としては難しい仕事でも、団長たち歴戦の猛者には慣れたものだ。
しかもいまは魔法が使える俺もいる。
入念な準備をして、油断無く、当日に望んだ。
傭兵団『灼熱の風』はその日、俺ひとりを残して壊滅した。
「すまなかったな」
ガタいのいい男が、俺を覗き込んでいる。
あの筋骨隆々の団長と比べてもそん色ないほどの大男だ。
「情報を聞いてすぐに駆けつけたのだが、間に合わなかった」
傭兵団は壊滅した。
ドラゴンが出たのだ。
ワイヴァーンは魔獣だけど、ドラゴンは違う。やつは魔物だ。
魔物はいくら傷つけてもその身の魔力が尽きない限り再生する。
数十mに及ぶその巨躯を支える魔力を削りきるなんて、たかが傭兵団にできるはずがない。
周囲を焼きつくす魔力で編まれた吐息を、俺みたいなひよっこ魔導師に防げるはずがない。
いや、防げたんだ。
たった一度だけ、防げたらしい。
その瞬間に団長が王都へと連絡用の鳥を飛ばした。
ドラゴンが出たと。国を滅ぼしかねないSランクの魔物が出たと。
そして再び吐息が放たれ、傭兵団は壊滅した。
障壁魔法を使える、俺ひとりを残して。
幸いなことに、死者はいなかった。
だが手足に重傷を負い、炎に焼かれた傷口は回復魔法でも癒しきれなかった。
そう、傭兵団は全滅こそしなかったが、壊滅したのだ。
団長たちはもう、剣を振るうことはできない。
それから駆けつけてきたのがこの大男とその部下らしい。
王都を守護する聖獅子騎士団、その団長ロバートと部下の魔導騎士たち。
俺たちを一瞬で壊滅させたドラゴンを、彼らは一人も欠けることなく追い払ってしまったらしい。
「退治したかったのだが、こちらの力量を見抜いたらしい。逃げられてしまった」
「なんで」
「遅くなってすまない」
「違う。違います、なんで!」
なんで貴方たちは無傷なんですか?
── みんなはもう、戦えないのに。
なんで貴方たちは、あの化け物を追い払えたんですか?
── 傭兵団は、手も足も出なかったのに。
なんで俺には、それができなかったんですか……。
── 俺だって、魔法が使えたはずなのに。
震える声で、ひどい事を言っていると自覚しながら問う俺に、ロバートは力強く応えた。
「俺たちは、いや、我々は魔導騎士だ。この国最強の聖獅子騎士団だ。ドラゴンごときに遅れをとりはしない」
「俺も、魔導騎士だったら、あいつを殺せましたか?」
弱かったから、殺せなかったのだろうか。
俺がもっと強ければ、あいつを追い払えたのだろうか?
「それはわからん。だが、騎士に比肩する剣技をもち、並の魔導師を越える魔導騎士としての力があれば」
殺せたのだろうか。
「我々が到着するまで、おまえの仲間を一人残らず、無傷で守りきるくらいはできただろうな」
「……ッ!」
俺は泣いた。
盛大に、もうみっともなく、小さな子供のように泣いた。
その涙が涸れるまで、ロバートは俺を見守ってくれていた。
「なれますか、俺にも」
「成れるとも。お前は傭兵団として剣の腕を高めてきたようだし、あのドラゴンの吐息を防ぐほどの魔法を使えるのだから」
それから1年。
鍛えて、鍛えて、鍛えぬいた俺はガイスト学園の門を叩いていた。
首にはもう、奴隷の証はない。
あの日、生き残った団長の手で、俺は奴隷から解放されていた。
俺たちはもう戦えないが、死ななかったのはお前のお陰だからと。
でも俺はそれを喜びはしない。
あの首輪はいまも、俺の荷物の中に大切にしまってある。
あの日の仕事は魔物の群れの討伐だった。
ならいつか、あのドラゴンを倒した時こそ、仕事は完遂される。
ドラゴンへの恨みからじゃない。あの仕事を終わらせてこそ、俺は奴隷ではなく、団の皆の仲間になれるのだから。
今の俺はもう力のない戦闘奴隷じゃない。
栄光ある魔道騎士科、その第十一席だ。
俺の目の前にはいま、あのドラゴンではなく、白い玉がいる。
ある、じゃなくて、いる。
そいつは変な落書きがされていて、俺に向かってまっすぐに突き進んでくる。
腕すらない最下位の簡易ゴーレムだ。
魔法への耐性があるらしいけど、俺は剣のほうが得意なのであまり関係がない。
今の俺の腕なら、訓練用の模造剣だろうとこの程度のゴーレムは軽く切り裂ける。
そのゴーレム、マシュマロゴレムと呼ばれるそれを切り裂くと、中から真っ赤なモノが噴き出してきた。
「は!? え、血? いや、ゴーレムだろこいつ!」
咄嗟に身を引く。
訓練中とはいえ隙を見せてしまったのは未熟な証拠。
こんなことではあのドラゴンを倒すなんて夢のまた夢だ。
気を取り直して他のゴーレムに向かおうとした俺の耳に、それは届いた。
『なんで、ひどいよ、マーティン……』
「え? なんで俺の名前……え? え?」
喋った? いやいやマシュマロゴレムは最下位のゴーレムだ。知性などありはしない。
魂なんてないし、擬似魂魄だって搭載されていない、はずだ。
俺は奴隷でしかなかったが、魔法の知識は教育役の冒険者からちゃんと学んだし、この学園に入学するために猛勉強だってしたのだ。
使役系は得意な魔法じゃないけれど、それくらいの知識はある。
その隣で一緒に戦っていたクラスメイトの女も似たような状況らしい。
『ごめんね、パパ、ママ…… 帰れなかった』
「いやいやいやゴーレムなんだから親とかいないでしょうが! いない、よね? まってよ、いないよね!? この子たちが帰ってくるの待ってる人とかいないよね!?」
いないはずだ、居てたまるか。
隣の会話を聞いて、俺の脳裏に傭兵団のみんなが浮かぶ。
このマシュマロゴレムたちに帰りをまつ人なんていてたまるか。
もしいたら、俺はこんな、なんの力も無いか弱いゴーレムを惨殺した外道になってしまう。
クラスメイトの一人が、魔法でマシュマロゴレムを切り裂く。
『ひどいよ、魔導騎士は皆を守ってくれるって、うそつき……』
く、誰がこんな機能を盛り込んだんだ。
俺の脳裏に今度はロバートの、今や俺の教官となった男との会話が浮かぶ。
そうだ、魔導騎士は皆を守るために戦うものだ。
だから俺はこんなえげつない訓練だろうと、やりきって魔導騎士になってみせる!
けれど、魔導騎士科全員が俺のように傭兵や、或いは冒険者として実践を積んでいたわけじゃない。
中でも最年少で、貴族として実戦からは程遠い生活をしていたヨハンの精神に限界がきた。
「違うんだ、違う、うわあああああああああああ!! ”爆ぜ失せろ”《爆破》! ”爆ぜ失せろ”《爆破》! ”爆ぜ失せろ”《爆破》! 」
ヨハンお得意の高速詠唱。
俺たちが省略詠唱を使うために呪文名を唱える一瞬の内に、三度の通常詠唱を放つヨハンの得意技が最悪の形で放たれる。
次席のジミーが止めようとするも、混乱しているのはヨハンだけじゃない。
爆殺されるマシュマロゴレムの残骸は焼け焦げ、血のようなものを流している。
誰かの叫びによればこれは血ではなくジャムらしいが、最早残骸ではなく、死体のようだ。
その姿はまるであの日の、重傷を負った団長たちのようで。
「俺にもできねえ、俺は、俺は弱いものを斬る為に剣を学んだわけじゃない!」
俺はついに模造剣を放り投げた。
「いやお前らこれゴーレムだからな!?」
ジミーの叫びは聞こえていたが、これ以上はもう、無理だった。
クラスメイトのハーフエルフのぼやきが聞こえる。
「訳が分からない」
まったくだ、訳が分からない。
人よりも背の低い狼や、ゴブリンなんかと戦うための、やつらとの実戦を経験してる俺にとっては簡単な訓練だったはずなのに。
どうしてこうなった。
後に『マシュマロゴレムの悲劇』と呼ばれるこの事件は、ロバート教官が主犯であるクリスタ=ブリューナクを止めるまで続いた。
あの転入生はヤバい。
癖の強い魔導騎士科の心は、この時初めてひとつになった。
団長「傭兵酒場『灼熱の風亭』へようこそ! ってなんだマーティンかよ。ガキが酒場に来てんじゃねえ」
マーティン「元気っすね団長」




