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045 わたくし悪役令嬢になりましたわ

 赤々と、大きなお屋敷が燃えている。

 時折する大きな音は、燃え尽き支えを失った屋敷の一部が崩れているのだろうか。


 イリスの魔法のお陰で無事に脱出した僕たちは、その様子を眺めていた。


 燃え上がる屋敷の前で、多くの巡回騎士たちが消化活動に当たっている。

 幸い屋敷は大きな庭に囲まれていて、隣接している家はない。

 隣の家というのはあっても、それは柵の隣で、屋敷との間には結構な距離があるからだ。

 幸いな事に今日は風もないので、魔法が使えるものが消化活動にあたっていれば燃え広がることはないだろう。


 まぁ燃やした当人が言う言葉じゃないけど、消化活動に当たっている人の中に魔導師がいてほっとする。


 問題は、それがただの魔導師ではないこと。

 銀に輝く鎧の中央に、獅子の頭を象った大きな装飾のある魔導騎士。

 この鎧を直接見るのは初めてだけど、こんな派手なものを間違えたりはしない。

 彼らは本来王都の守護から離れるはずがない、聖獅子騎士団だ。


 なんでこんな、王都から遠く離れた場所にいる?

 ゾルネ村ならまだ分かる。

 あそこは王都から1日半の距離で、高速移動可能な魔獣でも使えばもっと早くたどり着くだろう。

 

 けれどここは、ジェイドの次元魚に連れてこられたこの町はもっと、ずっと遠いはずだ。


「魔導騎士科のクリスタ=ブリューナク侯爵令嬢、それに首席のイリス殿とお見受けする」

「あら、貴方たちは?」


 その聖獅子騎士団の一人、若い男が僕らへと話しかけてきた。

 所属はその鎧を見ればわかるけど、一応聞いておく。


「我々は聖獅子騎士団、その分隊となる。現状の把握をしたいのでお話をお聞かせ願いたい」

「まぁ、火災は放置しますの?」

「なに、わたしの部下は皆優秀だ。3名ほど火災の対処をしているが、本来ならひとりでもこの程度の火災は消し去れる。ご心配には及ばない」


 ははは、僕が命がけで起こした火事を一人で消せるのが当たり前とか。

 聖獅子騎士団こえぇ。


「すでに周辺の住民から話は聞いているのだが、貴女はそこのイリス殿がここの領主に攫われたため、それを助けるためにここへ来たという事で間違いないか?」


「……耳が早いですわね。周辺の住民とやらが知っているお話だとは思えないのですけれど」

「我々は殿下からのご命令でここへ寄越された。この情報も殿下から戴いたものだ」


 殿下? つまり王子様?

 なんでここで王子様が出てくる。


「それは、第一王子のマリウス殿下ですの? それとも、第二王子のハイド殿下かしら」

「ハイド殿下だ」

「……意外ですわね、教えてしまってよろしいのかしら」


 正直はぐらかされるか、正面から言えないと言われると思っていた。


「殿下からは可能な限り貴殿らに協力するようにと言われているからな。それに、我々へ指示を出せるのは王族だけなのだから、隠しても仕方あるまい」


 ニヤリと、性格が若干悪そうな、でも嫌らしくはない絶妙な笑みを浮かべる聖獅子騎士。

 あ、そうか、この人達、聖獅子騎士団っていうことは、ロバートの部下なんだ。

 ……つまり有能な脳筋集団か。


 それにしてもハイド殿下か。

 たしか魔導騎士科の誰かなはずだけど、髪の色とか弄った上で偽名を使っているから未だに誰か分かっていない。

 村に残ったみんなが学園に報告して、そこからハイド殿下に伝わったのか?


 いや、いま考えることじゃないか。


「おい、しっかり歩け」

「ぐっ」


「お、俺たちはどうなるんだ」

「さてな。状況が状況だ、さすがに犯罪奴隷落ちはないと思うが、断言もできん」

「マジかよ」

「どうしてこんな事に……」


 その声に振り向けば、見覚えのある人たちが連行されていくところだった。


「あら、元気そうですわね」

「クリスタさま、あの人たちは?」

「このお屋敷の警備のものですわね。扉を開けてくれないから力づくで鍵をぶんどったのですけど」

「…………」

「なんですのその目は」

「いえ、わかってるんです。仕方なかったことも、お陰でみんな無事だったことも。分かってるんですけど……」


 まぁイリスの言いたい事はわかる。

 今回のお兄さまの状況が特殊すぎただけで、彼らは職務に忠実だっただけだ。

 それも警備という、誰かを守るための仕事に。


 そんな彼らが自分たちを助けるためにボロボロにされたというのは、仕方ないとわかっていてもやるせないものがあるんだろう。

 無事にイリスたちを助け出せた今となっては、僕も若干申し訳なさを感じている。


「あの、彼らはどうなるんですか?」

「事情を知らなかったとはいえ暴走した領主に組し、侯爵家のご令嬢に刃を向けたのだから、何かしら罰されるのは間違いないだろう。可能性としては低いが、犯罪奴隷に落とされることもないとは言えない」

「そんな……」


 それは、ちょっと嫌だな。

 彼らは巻き込まれただけだし、たしかに僕は剣を向けられたけど、それは僕のお兄さまを守るための行為だ。

 お兄さまがゴブリンキングに精神を汚染された結果ああなっただけで、元は少しくらい領民のためを思って行動できる人物だったことは分かっている。


 そんな人を守るために動いた彼らが罰せられるのは、とても嫌だ。


「まったく、服が汚れてしまったじゃありませんの」


 理由はどうしようか。

 なんでもいい。くだらなければくだらないほどいい。

 金だろうか? いや、そんなもの侯爵令嬢がほしがるわけがない。

 女も同様だ。


 ……そうだ、いいものがある。丁度さっき手に入れたばかりの一品だ。


「お兄様も、さっさと渡せばよいものを」


 あのネックレスを取り出す。

 それは炎の灯りを受けて、きらきらと輝いている。

 未加工の、消耗したとはいえ未だ内包する高密度の魔力が、素人目にもわかるほどに渦巻いている。


「うふふ、やはり綺麗な宝石は無粋な殿方よりもわたくしが持つべきですわ」

「え、クリスタさま?」

「いったい何を……」


 困惑するイリスと聖獅子騎士。

 僕はイリスは一度放置して、騎士のほうへ必死の目配せを行った。

 燃える屋敷、連行される警備兵、そしてこのネックレス。

 

「ふっ、なるほど。殿下が入れ込むわけだ」


 通じた、か?


「たかが魔道具、たかが魔石ひとつのために、実の兄を手にかけたというのか!」


 よっし通じた!


「あら、失礼ですわね? 殺してなんていませんわよ」

「な、それでは伯爵は生きていらっしゃるのか!?」

「さあ? 気絶したまま放置してきましたから、今もあの中にいるのではなくて?」

 

 燃え盛る屋敷を振り返る。

 それにしてもこの聖獅子騎士、ノリノリである。


 僕らの騒ぎを聞きつけて、野次馬と、警備兵を連行しようとしいた騎士たちもこちらを見る。


「この火の中無事でいるはずがなかろう!」


 チラチラと部下の騎士たちを見る隊長騎士。

 僕もそれに習う。


「……! なるほど」

「そういうことですか、では遠慮なく」


「まさかこの火事も貴女のせいだというのか!(棒」

「なんだって、他の家に燃え広がればどれだけの人が犠牲になると思っているのか(棒」

「許されることではないぞ(棒」


 驚きの白々しさ!?

 すげえよ、こんな棒読み始めてだよ!

 隊長騎士と目が合う。

 ……あ、逸らされた。


「家畜がどれだけ死のうがわたくしには関係ありませんわ」

「貴様、本気で言っているのかっ!」

「ええ、何か問題ありまして? 文句が終わりならそこの警備の者にお言いなさいな」

「なんだと」

「彼らがきちんと仕事をしていれば、こんな事にはならなかったでしょうから」


 これが今回の目的。

 彼らは悪徳領主に加担した警備兵ではない。善良な領主を守るために奮戦した勤勉な兵。


 そういう事にする。


 実際のところまったくの嘘というわけでもない。

 元々仕事をしていただけだし、犯罪奴隷に落ちる可能性も低いのだから、これだけ言ってやれば奴隷落ちはないだろう。


「さ、行きますわよイリス。目的のモノは手に入れましたし、こんな町に長居は無用ですわ」

「え、あー。ふぅ……そうですね、クリスタさま」


 僕を見て、周囲を見回して、また僕はみたイリスは、疲れたような 、呆れたような、ため息をひとつしてから話に乗っかってくれた。


「おい、待て!(棒」


 言葉だけで、追う様子のない彼らに感謝して、未だ燃え盛る屋敷を後ろに、僕らは町中へ歩き出す。

 この町が国のどこにあるかなんて知らないし、学園への帰り道もわからない。

 だけどまぁ、まっすぐ歩いていればその内ジェイドあたりが迎えにくるだろう。


 え? 素直に聖獅子騎士団に送り届けてもらえばいいって?

 いやいやそれじゃ駄目だって。

 聖獅子騎士団はこの国の正義と希望の象徴だ。


 悪役はいつだって、彼らの差し出す手を振り払い、かっこよく歩いていかなきゃ。

 それがニセモノの令嬢である僕の、ハリボテの”悪役”でしかない僕の、せめてもの矜持だから。





神消魔導歴(しんしょうまどうれき) 617年 6月 

 

 グリエンド王国の貴族、アルドネス=ブリューナク伯爵は家督争いの末にその妹、クリスタ=ブリューナクの手により殺害。


 事の発端はアルドネスの持つ宝飾品――希少な魔道具だったとされている。


 護衛の兵などに重傷者を出し、屋敷一つが燃え尽きるほどの火災に見舞われたものの、居合わせた聖獅子騎士団の懸命な処置により、奇跡的に死者は伯爵のみであった。


 これは平民、貴族の双方から恐れられ、後の世で数多くの劇に稀代の悪役として登場することになるクリスタ=ブリューナクの名が歴史書に登場する、最初の事件である。


 ブリューナク家の長子が実は生き延びていたという説もあるが、当伯爵は一部の領民からは強く慕われていたこと、ブリューナク家の人間として絶大な魔力を誇ったことから、ありきたりな英雄不死伝説のひとつにすぎないとされている。





 という事になっていますのよ?

 真実を知っているのはごく一部、それでいいじゃありませんの。

 あぁでも、最後にひとつだけ。

 仕方ないと分かってはいるのですけれど、これだけは言わせてくださいな。

 その妹。妹って――


 ――いや、男なんだけど!

これにて一章完結となります。約一ヵ月半のお付き合い、ありがとうございました!


当然二章以降も続いていきますし、毎日更新もできるかぎり続けていきます。

というか自分で書いておいて作品の終わりみたいなラストになっていてビックリです。

終わりません、続きます!


続きます!(大事なことなので

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