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035 わたくし森へ向かいたいですわ

キリがいいので今回短めです。

その代わりではないですが、お昼に閑話を投稿しているので未読の方はそちらも合わせてよろしくお願いします!

 村の子供に自慢するためだけに高位魔法を放とうとしていたジミーを止めて、残りのみんなも呼び集める。

 魔獣の情報を共有して、作戦を練るためだ。


「つっても多足蛙(マッチフロッグ)だろ? ぱーっといってぱーっと蹴散らせばいいんじゃね?」

「そうですね、今回は食材にするわけでもありませんから、魔法で殲滅しちゃいましょう」


 ジミーとイリスはさっさと片付くと判断しているらしい。

 まぁ単体とはいえ多足蛙より上位のヴォイドレックスを、僕とイリスはほとんど魔法を使わずに狩っている。

 多足蛙が群れているとはいえ、五人がかりの魔法解禁なら余裕だろう。


 僕は魔法があろうが無かろうが使えないので関係ないが、それは秘密だ。適当に誤魔化そう。


「多足蛙、子供も飲むらしい。許せない」

「あら、被害者が出ていますの?」

「今年はまだ。でも昔いたって」

「そうらしい。だからぱーっと蹴散らしたい」


 どうやら遊んでいた子供たちから色々と聞いていたらしい。

 村の周囲の頑丈な木の柵はその対策で昔につくられ、毎年補強していった結果だそうだ。

 木製とはいえそこは異世界。魔力をもった頑丈な木を生きたまま加工しているので相応に頑丈らしい。

 生きたまま加工って植物だとよく聞くけど、動物で考えたらグロいよね。


 だめだ、想像しかけた、これ以上はいけない。


「多足蛙は体表がぬめっていて弾力があり、打撃には強いですが剣や魔法には弱いです。このメンバーなら問題ないかと思われます」

「さすがBランク冒険者ですわね。お詳しいですこと」

「いえ、そこの酒場で聞きました。親父さんが一度狩ろうとして調べたらしいのですが、さすがに訓練も積んでいない平民では困難で、諦めたらしいのです」


 おかしいな、村長宅で話を聞いた僕らより、みんなのほうが詳しくないか?

 や、ある意味では別行動した結果、有意義な情報があつまったという事なんだけど。

 解せぬ。


「では魔導騎士科C班、これより多足蛙の討伐に……ん?」

「なーなー、このねーちゃんたちどっか行くの?」


 いざ出発という段階で7、8歳ほどの男の子がミゾレを指差しながらイリスの裾を引っ張っていた。

 よくよく周りを見てみれば、村の子供たちに取り囲まれている。

 話し合いに集中していたとはいえ、これが魔獣だったらと思うと大失態だ。


「そうですよ、これからわるーい魔獣さんを倒しにいくんです」


 小さな子供に合わせて殺すとか殲滅なんて言葉は避けたらしい。

 けれどその気遣いも意味はなく、子供たちの顔はどんどんとしょぼくれていく。


「えー、おれもっと遊びたい!」

「あたちも!」

「俺も俺も」

「ぼくも遊びたい!」

「わたしもー!」


 一斉に騒ぎ出す子供たち。

 ジミーとミゾレはこの短時間で彼らの心をガッツリ鷲掴みにしたらしい。

 魔獣を退治したらすぐに戻るといっても、聞き分けてくれない。


 村の大人が止めに入るかと思ったら、ほっこり和まれているご様子。役に立たない。


「それにねーちゃんたちだけ森入るなんてズルだぞ!」

「そーだそーだー」

「あたちも森豚さんと遊びたい!」


 どうやら多足蛙が繁殖する前は森の比較的浅い場所で森豚と遊んでいたらしい。

 今は危険だからと森への立ち入りを禁止されているらしいが、親の心子知らずというか、彼らは物足りないらしかった。

 魔獣退治も遊びだと思っている節がある。


「ダメ、子供には危険」


 冒険者としての経験があり、この班ではジェイドと並んで実戦の経験が豊富なミゾレが子供たちを説き伏せようとした時だ。


「えー! その子はいいのに?」


 子供のひとりがイリスを指してそう言った。


「え、わたしですか?」

「ん? イリスさんは大人」

「でもちっちゃいよ?」

「わたしより年上」

「えー、嘘だー! ねーちゃんのがでっかいじゃん!」


 そう言えば、あの子供はミゾレを指してあのねーちゃんと言っていた。イリスにではない。

 まさかイリスに話しかけたのは、自分達とそう歳が変わらないと思ったからなのか?


 それを聞いたイリスがふらっと揺れる。

 慌ててイリスの肩を支えると。


「小さい? いや小さいのは認めるけど、けど、こんな子供たちから子供扱い?」


 と呟いているのが聞こえてきた。

 ミゾレも小柄なのだが、イリスはさらに小さいからなぁ。


 うん、子供って悪意なく人を傷つけるよね。

 イリスには強く生きてほしい。


「あ、おっぱいはおねーたんのが小さいよ?」

「本当だー、あっちのこちっちゃいけどおねーさんよりおっぱいは大きいー!」

「ほんとだ、じゃあ大人なんだ! うちの親父がおっぱい大きいのは立派なれでーだって言ってた!」


 子供に何教えてるんですか親父さん、どうせなら小さくても立派なレディーはいるって教えて欲しかった!

 あれか、彼の親父さんは巨乳派なのか?


 今度はミゾレが揺らめいた。

 さすがにイリスのように肩を貸すほどじゃないけれど。


「胸は、エルフだから。半分だけど、エルフだから」

  

 この世界のエルフはどうやら胸の大きなエロフさんではないらしい。

 イリスも特別大きい訳じゃないけれど、ミゾレはぱっと見で僕と変わらない。

 いや、その、つまり、うん。


 子供って悪意なく人を傷つけるからね!

 ミゾレにも強く生きてほしい。

 僕は大きいのも小さいのも好きだよ。


「どうすんだこれ、無理矢理引き剥がしていくか?」

「かわいそうではありますが、致し方ないかと」


「待ってください、わたしに考えがあります」


 イリスはまだ遠い目をしていたが、村の子供たちに向かって呼び掛けると、テントなどをしまっていたバックパックから野球ボールサイズのピンクの、いや、桃色の球体を取り出してみせた。


「はーい。みんな、これを見てくれるかな?」

「なにそれー?」

「ボール遊びー?」

「これはねー? えいっ!」


 わいわいと集まってきた子供の前で、イリスがボールに魔力を込めると、それはバスケットボールほどまで膨れ上がった。

 それをゆっくり地面に置くと、今度は丸いふたつの足が生えてくる。

  

 イリス愛用のマシュマロゴレム、モモちゃんだった。


 そういえばイリスは昨日、似たようなものを枕にしていた気がする。

 枕が変わると眠れないのかと思っていたら、まさかモモちゃんだったとは。


「連れてきていましたのね」

「はい、いつも一緒です」


 そこまで喜ばれると連れ帰るのを許可した甲斐もあるが、いったいそれでどうしようというのか。


「うわ、なにこいつ変なのー」

「えーそうかなー可愛いよー?」

「かっこよくはないよなー」


「今からみんなには、この子と追いかけっこをしてもらいます。もしこの中のひとりでも一時間以上逃げ切れたら、みんなでわたしたちを追いかけてきてもいいですよ?」


 勝手なことを言い出すイリス。

 

 マシュマロゴレムは鈍い。

 ゴーレムたちは基本的に鈍足だが、小型ならそこそこ速くもできる。

 そしてマシュマロゴレムはかなりの小型に入る。

 しかし、それでもマシュマロゴレムはゴレームたちの中でもっとも遅い。材質がゴーレムに適していないからだ。


 万が一どころか確実に逃げ切られるし、一時間で森の安全を確保できるとは限らない。

 僕がイリスを止めようとすると、ジミーが僕の肩を掴んで止めてきた。


「ちょっと、何をしますの」

「安心しろって、あいつあれで首席だぞ。子供たちの安全が掛かってる場面で、勝算のない賭けはしないさ」


 悔しいが、付き合いの長さでいえば転入してきた僕よりも、ジミーの方が長い。

 彼がそう言うならと様子を見ることにする。


 案の定子供たちは余裕そうだ。

 今もイリスの周りをよたよた歩く桃ちゃんを見て、そのスペックを理解したのだろう。


「それでいいの? 簡単だよ?」

「楽勝だぜ!  ちっちゃいねーちゃん優しいな!」

「はやくはやくっ! もう逃げていいの?」

「それじゃあ、わたしがはじめって言ったら逃げてくださいね? よーい、はじめ!」


 一斉にわーきゃー叫びながら村の中へと駆け出していく子供たち。

 さすがは屋内娯楽の少ないグリエンド国、それも村の子供というだけあって、僕が暮らしていた日本の都心の子供とは比べられないほど元気だ。

 そしてこの世界の人間は子供であっても鍛えれば強くなる。

 毎日ああして走り回っているのだろう、それなりに脚も速かった。


 それを未だ、どこか遠くを見た瞳で眺めていたイリスがぽつりと、何でもないかのように呟いた。


「《指令・変形オーダー・メタモルフォーゼ》」


 モモちゃんから脚が生えた。


 足ではない。モデルと見紛うほどのスレンダーな美脚である。

 人間大のそれは本体と比べて大きな脚だが、色はもちろん桃色だ。

 マシュマロゴレムから脚が生えた時点で何がもちろんなのかわからないが、とにかく長い人型の脚がにょきっと生えた。


「モモちゃん、行って」


 イリスの指示を受け、モモちゃんだったナニカが走り出す。

 振る腕はないものの、マラソン選手のように軽快な走りだ。あれなら後半バテる事もないだろう。

 モモちゃんらしきナニカはどんどん子供たちとの距離をつめていく。


「ぎゃーばけものになったー!?」

「こわいー! かわいくなーい!」

「に、逃げろおおおおお!」

「ちっちゃいねーちゃんやさしくねええええ!?」


 アレに追われたら僕だって本気で逃げる。

 ましてや直前までまるっこくて可愛いゴーレムだったのだ、彼らの気持ちは痛いほどに伝わってきた。


「ジミー、貴方これを知っていましたの?」

「いや、イリスなら苦手な魔法はないから、ゴーレムの使役もいけるんだろうなって思ってただけで……さすがはイリスだな」


 ジミーのその言葉で、あのイリス、あの首席、の意味がちょっとだけわかった気がする。

 イリスは以前使役魔法は得意ではないと言っていたが、それは準備にお金がかかるからだ。つまりすでにゴーレムが用意されているなら問題ない。


 子供たちの発言に、未だ深く傷ついた様子のイリスとミゾレに若干の居たたまれなさを感じつつ、僕らは森へと向かうのだった。

まさかモモちゃんの再登場がこんな事になるとは、作者をして見通せなんだわ……。

(お風呂でリラックスしながらふやけた脳みそでスマホぽちった結果)

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