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028 わたくしゾルネ村へ向かいますわ

 翌週の頭、朝早くから魔導騎士科一同は校庭代わりの訓練場に整列していた。

 紛らわしいが鍛錬場とは別の場所になる。あっちは屋根も壁もあるが、こちらにはない。


「では改めての確認となるが、A班はミコタス村へ、B班はシャンティーユの町へ、C班はゾルネ村での実地訓練となる。今週一杯を使う訓練だが、早く終われば残りの時間は臨時休暇だ。逆に遅れた場合は冒険者や騎士団に委任することになるから恥ずかしいと思え。なおA班には俺が、B班にはキュリオール先生がついていく」


 その説明にジミーが首をかしげた。


「教官、俺たちは?」

「いるか? というかお前らの班が失敗するような魔獣が出てきたらそれこそ騎士団の仕事だろ」

「いや、まぁたしかにそうだけど」


 魔導騎士科の首席と次席、それに精霊魔法が使えるハーフエルフ、追加でBランク冒険者のジェイドに固有魔法を有する侯爵家のご令嬢。

 並の騎士団ひとつに匹敵する戦力である。

 僕が魔法を使えないという秘密を除けばだけど。


「というのはまぁ半分冗談だ。正直A班もB班も俺たち抜きで余裕だと思っているが、さすがに随員(ずいいん)がいないのもまずいからな。C班にも一応つける」

「あら、どなたかついてきますの?」

「ジェイドとミゾレに冒険者ギルドを通じて、学園の実地訓練への随伴及び護衛依頼を出しておいた。こいつら別に冒険者ギルドから脱退してるわけじゃないからな」


「ありなんですのそれ!?」

「お前ら、いつのまに」

「先日の買出しで冒険者ギルドへ寄った時に正式に受理してまいりました」

「わたしのも頼んでおいた。報酬がっぽり」


 さて、そんな軽い説明とサプライズの最中、僕は何故か地面に直接座っていた。

 しかも正座である。なんで正座があるんだ、グリエンド王国は椅子の文化だろう。

 休み明けに登校したら、なぜかいきなりロバートに正座させられたのだ。


「あの、そろそろ立ってもよろしくて?」

「お前、なんで怒られてるかちゃんとわかってんのか?」

「知りません。わたくしは何も恥じることなどしておりませんわ!」


 一応、心当たりはある。


 ロバートは公爵で王族の血縁だし、現国王は奴隷を解放すべきだと主張している。

 うちのブリューナク侯爵家をみても分かるように、貴族が一枚岩じゃないのでその主張はまだ果たされていない。だけどロバートも親国王派、つまり奴隷解放派なのは間違いないだろう。


 なら、こないだの奴隷の件が耳に入ったのかもしれない。

 が、あの奴隷は無事のはずだ。魔法の使えない、自分も共に幽閉される原因とさえなった息子を大事にしてくれたお母様が、奴隷だからと見捨てるとは思えない。

 それをここで言うわけにもいかないけれど、理不尽なものを感じる。


「たしかに、昨日のあらましは聞いている。貴族が自分に害をなした平民をどうしようと、また自分が買い取った犯罪奴隷をどうしようと、俺にはなにも言う権利はない。たとえ俺が聖獅子騎士団の団長であろうと、公爵であろうとも、他の貴族に口出しする権利なんざ持っちゃいねえ」


「でしたら!」

「だからって学園からの支給金で私物買ってんじゃねえよ! その奴隷にゾルネ村までの荷物持ちさせるわけでもねえんだろう?」

「あ、あら? 奴隷なら移動用の魚のエサですわよ?」

「お前、俺が次元魚の事を知らないとでも思っているのか? これでも聖獅子騎士団の団長、つまりは剣と魔法のエリートさまだぞ?」


「………… 」

「正直に言え、奴隷はどうした」

「お、お母様へのプレゼントに」

「そ・う・い・う・の・を、経費の横領ってんだよ!!」

「い、痛い! 痛いですわ! あ、アイアンクローは、アイアンクローはお止めなさい! あだだだだっ!」


 この馬鹿力! やめ、やめてください痛いから、まじで痛いから!

 ていうか浮いてる、浮いてるから身体!


「免罪費、免罪費を払いますわ! っていうか3000ジェムくらい今払いますわよ!」

「反省しろって言ってんのがわからんのかこんの馬鹿令嬢!!」


 ダメですか! 奴隷とか袖の下嫌いな王族筋のロバートだもんね、ダメですよね、知ってたけど!


 グリエンドの人間は背が高い。

 男性の平均身長が180cmくらいだといえば伝わるだろうか。

 そしてこのロバートは200cmを越える大男だ。僕より40cmもでかいしイリスとくらべたら60cm近い差がある。

 そんな男にアイアンクローで持ち上げられている僕はいま70cm以上も地面から浮いていた。


「ロバート教官、浮いてます、クリスタさまが浮いてますから!」

「あー、教官。見張ってなかった俺たちも悪かったからそれくらいで許してくれないか?」

「ん、訓練前に戦力が減る」


 みんなの口ぞえでやっと解放された僕は、地面に両手を突いてげほげほと咳き込んだ。

 頭を掴んで持ち上げられるとさ、首にここまでの負担がかかるんだね。

 知らなくて良かったよこんな知識。


「大丈夫ですか、クリスタさま」

「ええ、よくやりましたわ。さすがわたくしの下僕(ペット)です、褒めて差し上げますわ」


 反射的にイリスの頭を撫でる。

 本当に助かった。かなり痛くて苦しかったよ、アイアンクロー恐るべし。

 そこまで考えてハッとする。なに女の子の頭撫でてるんだ僕は。

 イリスは下僕(ペット)扱いが嫌いだし、口ではともかく直接手をだしたりはしないよう気をつけていたのに、つい撫でてしまった。


「えへへ……」


 しかしそこにいたのはいつもよりちょっと緩んだイリスさんだった。


「イリス?」

「はっ!? 違います、ペットじゃありませんから!」


 お、おう。いつもと反応が違うからびっくりしたよ。

 いや、前の一件でイリスが僕の心情を()んでくれていることはわかっていたけど、奴隷の案件からもっと懐いてくれたような気はしてる。うん。

 でも未だに緩んでるこの顔と反応。

 これ、女の子と仲良くなれたというよりは。


「見たかミゾレ」

「調教が進んでる。恐ろしい」

「あのイリスがあんな顔になってるぞ」

「あの首席が。恐ろしい」


 ジミーとミゾレの視線が痛い。

 というかあのイリスって、僕が来る前のイリスはどんなだったんだ。

 その辺も一度聞いて見たいな。

 ああ、確認しなきゃいけない事が多すぎる。


 この中に居るはずの第二王子も誰かわからないし、僕は無事にこの学園生活を乗り切れるのだろうか。

 ちなみにガイスト学園は二年制である。

 今はまだ一年目の初め、入学式から二ヶ月とちょっとなので先は長い。


「では各自健闘するように、出発!」

「「「「了解!」」」」


 ロバートの声に従いそれぞれの班が目的地へと出発していく。

 どうやら素直に馬車を使う班はいなかったらしい。支給金少ないからなぁ。


 A班は巨大な蒼いワイヴァーンを召喚し、B班は……どんな場所にもつながって居そうなドアを使って旅立っていった。

 ちくしょう、はじめて見るワイヴァーンに感動するよりも、あのドアが気になる!

 青い狸でもいるのかこのクラスは!


「あれは、シルシルさんの固有魔法ですね」

「あらイリス、お帰りなさい」


 ふにゃふにゃから帰ってきたイリスが教えてくれたことには、何でもあれはシルキーのシルシルさんというクラスメイトの固有魔法らしい。

 魔導騎士科第五席、家付き妖精(シルキー)のシルシルさん。栗色の綺麗なツインテールで、なぜかいつも箒をもったかわいい女の子だ。耳の先端がちょっと尖っているけれどエルフ系統ではないらしい。

 その正体、なんと魔物である。そう、精霊と違って妖精は魔物なのだ。


「家付き妖精自体は私たちでも簡単に倒せる下位の魔物なんですけど、シルシルさんは長い時を経て自我に目覚めた希少種さんらしいです。実力は中位の魔物に匹敵します」


 そんな説明を聞いて思ったことは、魔法から生まれたという魔物にも自我が芽生えることがあるのかとか。その上で人間と友好関係を築けるんだとか。魔物でも結構かわいいんだなとかでもなく。

 ついでに、魔導騎士科の強ければ身分も人種も問わないって、魔物でもいいのかよでもなく。


 中位の魔物に匹敵するシルシルさんで、ようやく第五席なんだ、っていうものだった。

 高位の魔物となるともうドラゴンとかだから、中位でもすごいはずなのに。


 ちなみにあの固有魔法は自分が訪れたことのある家で、かつ許可をもらえた扉へ自由に行き来できるものらしい。

 え、シルシルさんチート持ちなの? と思ったら家付き妖精はみんな使えるとか。

 許可を取るあたりが魔物的には難易度高いらしいけど、羨ましい。


 そんな彼らを眺めていた僕の横で、ジェイドも移動用の召喚獣を呼び出す準備を終えたらしい。


「では皆様、危険ですので離れてください。”巨躯の国より大魚よ出でよ、魔力を食らいて我に従え”《召喚(サモン)異世界に(ラージ・ )住まいし巨大なる肺魚ネオケラトドゥス・フォルステリ》!」


 現れたのは全長10m、幅2m、体高2.5mの巨大ハイギョだった。

 わあ、見覚えあるなあ、たしかオーストラリア原産の肺魚だったはずだ。


 ってなんでだよ! こんなでかくないよ! ついでにあの種類はほとんどエラ呼吸だよ地上に出すな!


「ジェイド、なんですのこれは」

「水中を時速70km、地上であっても時速30kmで移動する異世界の巨大魚です。しかもエラ呼吸、肺呼吸のどちらも可能で3時間以上呼吸をとめることができ、必要とあらば地中さえ泳ぐ有能な召喚獣です。生憎と魔法が使えないので魔獣ではなく普通の異世界の魚扱いですが」


 ツッコミたい、すごくツッコミたい。

 でも悪役令嬢はこんなことにツッコミを入れたりしない!


 そう思っていたらやってくれた人がいた。


「そんなハイギョがいるかああああ! ていうか普通の異世界の魚ってなんだ、普通ってなんだ!」


 僕の心の叫びをジミーが代弁してくれたのだ。

 持つべきものは友である。うん、ジミーはもう友達で良い、いま決めた。


「まぁ魔法は使えませんが、主食は魔石なので召喚はしやすいですよ。ゴブリン相手なら善戦しますし」

「すごく、生き難そう」


 ミゾレが哀れみを込めてハイギョを撫でている。

 主食が魔石なのにゴブリンと互角とは……。

 いや、この世界のゴブリンは強いらしいけど、だからって主食を落とす中では下位の魔物と互角って。


 それとも異世界では魔物を倒さなくても魔石が手に入るのだろうか? 少なくとも地球に魔石なんてなかったけど。

 異世界は広いなぁ。


「ねぇ」

「なんでしょうか、ミゾレさん」

「ヌメヌメしてる……」

「まぁ、魚ですから」

「これ、乗るの?」


 ミゾレの言葉に改めて巨大ハイギョをみやる我ら魔導騎士科C班一同。

 ぬめっている。あの次元魚さん以上にぬめぬめてかてかしている。


「あの、ジェイドさん、それは私もちょっと」

「俺も魚の粘液まみれになる趣味はないぞ」

「わたくしもありませんわ」

「私も嫌ですね」


 この班が初めて団結した瞬間だった。

 なお最後の発言はジェイド本人によるものだ。


「いえ、ちょっとジェイド、貴方まで何を言い出しますの」


 呼び出した当の本人が乗りたくないとは何事か。

 というか丸呑みは良くて騎乗は嫌なのか。


「そこはきちんと考えておりますので、少々お待ちください。”形あるモノを防ぐ壁よここへ、彼の身に纏いて此を守りたまえ”《物理防壁(プロテクション)》」


 普段魔導騎士科の面々が無詠唱で当たり前のように使用している物理防壁、通称防壁魔法を使用したジェイド。

 それは彼本人ではなく、目の前の巨大ハイギョにかけられた。

 詠唱によって普段より強力に発動したソレはハイギョの全身、ではなく顔の周りと背中を中心に翡翠色の膜となって展開している。


「はい、この通りです」


 その膜をジェイドが拳の裏で小突くと、コンコンと小気味の良い音が返ってくる。

 物理防壁がぬらぬらとした膜よりも上に展開されているためぬめりを遮っているらしい。


「全身にかけないんだな」

「それをしてしまうとこの子が移動しにくいのです。二本足の我々や四足の獣、そして空を舞う鳥ならばともかく、這いずる身では防壁が邪魔ですからね」


 そしてぬらぬらを無事解決した僕らはハイギョに乗り移動を開始した。

 ……学園から王都の中心をつっきって、その出口まで。


「見られてるな」

「見られてますね」

「見られてる……」

「見られてますわね」

「見られていますね」


 王都を出てから召喚し直すべきだったかもしれない。

 けれど、一々そんな事をしてジェイドの魔力を消費させるのも勿体無い。

 結局多くの目を集めながら王都を出るしかないか、そう思った矢先。


「あ、あれは例の侯爵令嬢じゃないか!?」

「あんたら、早く子供を隠しな!」

「に、逃げろ! 魚のエサにされるぞ!」

「なんてデカイ魚なんだ、今度は何人食わせるつもりなんだよ!」

「うえーん、ママぁーっ!」


 巨大魚にぎょっとした次の瞬間、その背に僕が居ると気がついた民衆が一斉に逃げ出した。

 喧騒渦巻く王都は、この場だけ静寂に包まれる。


「クリスタさま」


 気遣わしげなイリスに、僕は自棄っぱちの笑顔を浮かべて応えた。


「邪魔な障害物がなくなりましたわね、ジェイド、速度を上げなさい」

「かしこまりました」

「ん、楽ちん」


 速度をあげて一気に移動を開始するハイギョ。

 この事態に動揺するどころか順応しているミゾレは結構大物だと思う。

 ジミーだけは「魔導騎士科って、平民の憧れの的のはずなんだけどなぁ」って遠くをみてたけど。


 ゾルネ村へは街道を通って馬車で1日半とのことだけど、こんな怪魚にのって通るわけにはいかない。

 同じ街道を通る馬車が混乱するに決まってるからだ。

 よって王都からゾルネ村がある森までの平原を、街道が見える範囲ギリギリまで離れつつ、それに沿うようにつっきることにした。

 さすがに道中で魔物に出会うようなことはなかったけれど、普通の猛獣や弱い魔獣くらいは出る。


「平原狼か、この程度ならこいつの上から魔法打てば倒せるな」

「左様ですね、ただの猛獣ですし、そういたしましょう」

「いえ、このまま突っ切りなさい」

「「え?」」


 珍しくジミーとジェイドの声が重なる。


「イリス、この子の前面に防壁魔法を」

「え? は、はい」

「ん、何がしたいか分かった。わたしも手伝う」

「ジェイド、このまま突っ切らせなさい」

「か、かしこまりました」

「おい、まてクリスタ、お前まさか」


 巨大ハイギョVS平原狼、ファイッ!

 時速30kmの巨大ハイギョは3重の防壁魔法によって異世界版爆走トラックとなり、平原狼たちを弾き飛ばしていった。


「ギャオオォォォオ!?」

「キャンキャンッ」

「っっッッ!?」


 決着は一瞬だった。

 さらば平原狼。僕がこの世界ではじめて出会った野生の獣よ。

 君たちの事は忘れない。


「おい、事故ったぞ! いいのかこれで、平原狼が哀れすぎるんだが!?」

「むしろよかったじゃありませんの、轢かれて死ぬのはテンプレですし。今度生まれ変わる時は神様からチートスキルでも貰えるといいですわね」


 僕がほしかったよチートスキル。むしろ魔法使えない時点で縛りプレイだよ。

 あれか、転生させてくれたのが美の女神なお地蔵さまだったからか。この顔がチートだとでも言うつもりか。

 今のところ女装させられてるだけで良いことなんて何もないぞ。


「テンプレ?」

「……チート?」

「この世界の神々は大戦(おおいくさ)で力を削がれて以来休眠中だから、無理だと思うな……」


 不思議そうに単語を繰り返すイリスとミゾレ。

 ジミーの呟きはこの世界に伝わる神話だろう。

 僕もあらましだけざっと聞いたけど、ちゃんと調べたことは無い。

 地球で有名だった宗教の本ほどではないけれど、この世界の神話の本もわりと分厚いのだ。

 お地蔵さまの正体も謎のままだし、いずれきちんと調べてみてもいいかもしれない。


 一方、ジェイドはきらきらとした瞳でハイギョを見ていた。


「この召喚獣にこんな使い方が……ぶつぶつぶつ」


 なんか、要らない知識を、教えちゃいけない奴に与えた気がしないでもなかった。

コメディ「|///|ヽ(゜Д゜ )ノ|///|<ただいまー!」


シリアス「-=≡(ノ・∀・)ノ<マタナッ!」

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