018 それいけマシュマロゴレム 後編
「ははははは! いいだろう、その挑戦受けて立つ! お前らも見ていろ、公爵家と侯爵家が戦うなんざ訓練だろうと何年ぶりか分からねえぞ!」
「ちょっとま」
『”見逃し”ない♪” ”見逃し”ない♪”』
「おう、見逃す必要なんざない、かかってこい!」
ええええ、なにこの状況、違うんです、こいつ僕の魔法じゃないんです。
魔導武器の時みたいに僕の魔力が引き出されている感じもしないし、完全によくわからないゴブリン型マシュマロゴレムなんです!
しかしゴブリン型マシュマロゴレム……長いな、ゴブマロって呼ぼう。
ゴブマロは剣を高く掲げるとロバートへ向けて投げつけた。
『《思いっきり投げつけるは模造剣》 !』
合体した残骸の中に音声再生機能とセットの録音機能が発動していた個体がいたのだろう、さっきの僕の声が再生されながら、ロバート目掛けてその巨大なマシュマロ剣が飛んでいく。
「ぬうん!」
ロバートはその場を動かず、マシュマロ剣を模造剣で爆散させた。
って爆散!? どうなってるんだあれ、魔法を使ってるようには見えなかったけど。
「温いぞブリューナク! この程度魔法を使うまでもない、筋肉だけで十分よ!」
「この王族! おやりなさいゴブマロ!」
は!? しまったイライラしすぎてつい指示を出してしまった!?
いや落ち着け、僕はゴーレムへの指示のような簡単な魔法すら使えない。
録音はジェイドが発動させてくれた録音機能をつかって魔石に声を込めただけだ。
ましてこいつはゴーレムかすら怪しい謎の存在。
僕の命令を聞く義理などあるはずもない。
『”魔導騎士は”コロ”コロ”!』
それがフラグというやつだったらしい。
ゴブマロは残った棍棒を振り上げてロバートへと向かっていった。
「ふむ、この程度なら剣もいらんな」
そして模造剣を投げ捨てて素手でファイティングポーズをとる。
迫り来るゴブマロの棍棒はその身長、腕の長さがあわせって凄まじい速度になっている。
ロバートはそれを拳で迎撃し、ごぃいんという音をたてて周囲に衝撃波を撒き散らし。
いやまって? なんでマシュマロっぽい材質と人の拳であんな音がするの?
ロバートは一応鎧を着ているけれど、腕に篭手はつけていない。
え、学生の服装? いつもの制服だよ? だって相手マシュマロゴレムだし。
そもそも魔導騎士は魔法で防御ができるので、重い鎧を着ずに高速戦闘ができるのが売りだ。
ロバートが着てるのはアレを着ていても高速戦闘に支障がないということなんだろう。
これだから王族は。
「あれは肉体強化魔法だよ!?」
「知っているのかヨハン!」
「魔力を肉体の隅々まで宿らせて身体能力と頑健さを向上させる魔法で、上級者ともなれば鋼の様な硬度を誇るんだ。付与魔法の一種だけど本来は自分専用なんだ。それを無詠唱で魔法が使えないはずのゴーレムに使わせるなんて、さすが侯爵家だね!」
「一流なのは見た目だけじゃないってことか!?」
「何言ってるの、彼女は口の悪さも一流よ!」
お前らちょっとまて!?
いや待ってください、お願いします。
たしかに色々言ってるけど、それは褒めてるのか貶してるのかどっち!?
そしてそんな高度な魔法使えないから!
「でもロバート教官のはなんだろう、魔力がみえないけど。同じ魔法かな」
「違うわ」
ロバートに疑問をもつヨハンくんにエルフさんが応える。
「教官は一切魔力を使ってない。あれは純粋な肉体技」
「ということは」
「ああ、やはり」
「「「筋肉か!!」」」
クラスメイトたちの心が一つに、いや、僕の心もあわさりクラスの心がひとつになった。
やはり王族は脳筋だ。
ロバートは公爵だけど。
「ふむ、やはり魔改造されていてもマシュマロゴレムはマシュマロゴレムか。雑魚には違いないな」
それはそうだ、ゴブマロは謎の進化を遂げているけど、その武器だって素材は同じ。
全力でタックルしてきても痛くない素材なのだからそれで殴られても大したことは無いだろう。
まして相手は鎧付き筋肉である。
ロバートはアゴを撫でながら僕ら、というかクラスメイトたちを見てため息を吐いた。
「まして、お前たちの時は通常のマシュマロゴレムと大差ない姿だったのだろう? 情けないにもほどがある」
「「「んなっ」」」
それに反応した憤ったのはクラスメイトたちである。
なにせ彼らは押されていたわけではない。むしろ一方的に嬲っていた側だ。
精神を滅多打ちにされていただけど。
……そう僕は思っていたのだけれど、このお人よしのクラスメイトたちが怒ったのはそこではなかった。
「発言を撤回してください教官!」
「そう、彼らは雑魚じゃない」
「武器をもつ腕すらなく、幼子のように柔らかい肌で我らの剣に立ち向かったのですよ!」
「そうだ、俺の《焼却炎》ですら即死しなかったヤツらを、馬鹿にしないでください!」
「いやお前はその魔法使ったことを反省しろよ」
自分たちではなく、マシュマロゴレムを雑魚呼ばわりされたことに怒っていた。
本当にもうこのクラスはなんなんだろうか。
考えてみたら傍若無人なクリスタへも特に罵声など浴びせられていないし、いいやつしか魔導騎士の才能には恵まれないという法則でもあるのだろうか?
……それだとニックとディアスに才能が無い理由が証明ができてしまうな。
ブリューナク家も魔法はともかく剣の腕はてんでだめだし。魔法が使えなくて身体を鍛えた僕以外。
「ほう、ならば見せてもらおうか、お前たちが言うマシュマロゴレムの実力とやらを!」
しかし戦況は一方的で、ロバートが拳を振るうたびにゴブマロの身体がはじけ飛ぶ。
すかさず飛び散った欠片が寄り集まり再生するが、徐々にその体長は小さくなっていった。
最早頭の再生も追いつかず、首から上はすでに無くなっている。
それでも彼は戦い続けた。
グリエンド最強たる王族に向かって、胸のしょんぼりしたらくがきを唯一の顔として、必死に拳を振るい続ける。
その姿はただでさえ熱くなっていたクラスメイトたちの心を強く打ちならす。
「いけー! 負けるなマシュマロゴレム! そこだ!」
「いや違う、彼はゴブマロだ!」
「大丈夫、できる、がんばって」
「ゴーブマロ! ゴーブマロ!」
「「「ゴーブマロ! ゴーブマロ!」」」
怒涛のゴブマロコールが巻き起こる。
なんだこれ。
かくいう僕もちょっと熱くなっている。
気分は格闘技の試合を観戦する小学生だ。
ゴブマロはたしかに健闘した。
だがしかし、王族云々を差し引いても、熟練の魔導騎士に敵う存在などそういるわけもない。
ロバートも手加減はしているのだろうが、すでに再生を繰り返した身体は削れに削れ、人と同じ背丈にまで小さくなっていた。
ようやくこの茶番が終わる。
無事に乗り切れたかなと、そう安心しながら、僕はなんだかイライラしていた。
だって、その戦いぶりを見て、ちょっとだけこいつの事を気に入ってしまったから。
僕が悪役令嬢なんてやっているのは、貴族とか、平民とか、王族とかで態度を変えたくないから。
傍若無人なわがまま令嬢という立場を作り上げ、助けたい人を助けるという僕のわがままを貫くためだ。
ロバートがいましているのはただの訓練の一環、授業の一風景だ。
だから彼がゴブマロをこのまま砕いても恨みはしない。
彼はこの戦いを純粋に楽しんでいるし、ゴブマロも、魂なんかないはずなのに楽しそうだ。
だけど僕は、クラスメイトたちと同様にゴブマロを気に入ってしまったから。
彼の言葉が僕やイリスの声を録音したものから再生された、ただの音だという事もわかっている。
動き続けているのだって、きっと僕じゃない誰かの魔法か、あの魔石に込められた魔法なんじゃないかなと予想もしている。
でも、だけど、だからなに?
マンガを読んで主人公を応援したくなった。
アニメを見てヒロインを好きになった。
ゲームをプレイしていて、NPCを守りたくなった。
そんな経験、誰にだってあるだろう?
相手に魂があるかどうかなんて、力になりたいと思うかどうかとは関係ないんだ。
僕はゴブマロとロバートが向かい合うその場所まで、わずか4mという距離まで近づく。
「ゴブマロ!」
『!?』
僕が放りなげた魔導武器を彼が受け取る。
《肉を切り刻むもの》。僕に魔力を使わせてくれる唯一の魔導武器。
だけどこの瞬間だけは貸してあげよう。
この魔導武器がどの程度僕から離れたら呪いで戻ってくるかは調べてある。
その距離わずか5m。
だから僕が彼にこいつを貸すにはここまで近づく必要があった。
「お使いなさい、特別に貸して差し上げますわ」
「おいブリューナク、もっと離れろ、巻き込まれても知らんぞ」
「お黙りなさい。わたくしの部下が魔力を削って戦おうというのです。わたくしには見届ける義務がありますわ」
「そうかい、邪魔しないなら何も言わんさ」
そういってロバートは最初に投げ捨てた模造剣を拾い上げる。
それはつまり、ゴブマロは剣を使うに値する相手だと認めたという事だ。
ついに、最後の時が訪れた。
ゴブマロが《肉を切り刻むもの》を振るう。
マシュマロゴレムの肉体から作られたやわらかな剣とは違う、肉を切り裂く魔鉄の刃だ。
ロバートがそれを模造剣で受け止める。
その瞬間、《肉を切り刻むもの》の呪われた力が目覚める。
それは相手が肉体を持つ存在である時のみ発動する呪い。
生き物を斬り殺す呪い。
魔力が続く限り使い手に斬り刻む事を強要する呪い。
けれど、魔法が使えないゴーレムでも、魔石の魔力を力に変えることができる、そんな呪い。
『っ! ッ! ッ!』
「ぬう!」
ゴブマロの腕が動く、動く、動く。
脳天を、首筋を、腕を、足を狙って動く、動く、動く。
マシュマロのような柔軟性のある肉体を最大限に酷使して、鎧の隙間、肌をさらしている場所を執拗に狙う、狙う、狙う。
しかしロバートもさるもので、その全てを的確に防いでいる。
ほとんどは模造剣で。間に合わないと判断すれば包丁の腹を殴り飛ばして弾く。
王族で、騎士団長であるロバートにそれをさせるほどの速度を呪われた魔導武器は引き出す。
それでも、届かない。
ゴーレムの動力源、魔石の魔力を全て引き出しても、届かない。
ついにロバートの一撃が《肉を切り刻むもの》 を弾きあげ、つられてゴブマロの腕が大きく持ち上がる。
呪いは即座に役目を思い出し再び斬りかかろうとするが、その一瞬は致命的だった。
ロバートの模造剣が、刃のないその剣が、力づくでゴブマロの胴を横一線に両断した。
呪いに魔力を引き出された彼にはもう、再生する魔力が残っていなかった。
「「「ゴブマローー!?」」」
クラスメイトたちが駆け出す。
《肉を切り刻むもの》は動かない。
極少でも魔力があれば、近づいたクラスメイトへ切りかかっただろうが、もうそれすらないのだろう。
『っ』
「負けましたわねゴブマロ、無様ですわよ」
「ブリューナクさん、そんな言い方」
僕はゴブマロへ近づくと、いつものように悪役令嬢を演じる。
エルフのクラスメイトが何かいっているが、気にしない。
ゴブマロとはさっき出会ったばかりだ。
なんならちゃんと話したことすらないし、ゴブマロという名前だって僕が勝手に名づけたものだ。
大体、こいつには魂があるかすらも怪しい。
素体はマシュマロゴレムだし、あの魔石が何かわからないし。
でもまぁ、そんな小難しいことは置いといて。
「教官、ご満足いただけまして?」
「ああ、中々楽しかったぞ。いいゴーレムだった」
「教官は偉大なる王家に連なるお方。そんなお方にご満足いただけたなら光栄ですわ」
先の戦いに満足そうなロバートへ軽く頷いて応える。
これでこの授業であった色々はうやむやになるだろう。
だってロバートが満足している。
満足した王族は細かいことに拘らないのだ。
つまり僕はゴブマロの正体がなんであれ、彼に助けられたことになる。
だから僕は両断されたままの彼に近づいた。
「ゴブマロ、何か言い残すことはありまして?」
『”ごめんね”か”テ”なかった”』
「ええ、ええ、大丈夫、このわたくし、クリスタ=ブリューナクの名において、貴方を赦しますわ」
予想外だった彼の言葉に、僕はひとつ決意して、彼の胸のショボーン顔を一息に踏み抜いた。
どぐしゃあ!
「「「「ご、ゴブマロオオオ!?!?」」」」
「クリスタさま!?」
「お嬢様!?」
「おい!?」
「さて、今日の授業はもうお終いですわね? わたくし疲れましたの。お先に失礼させていただきますわ」
叫ぶクラスメイト、僕を呼ぶイリスとジェイド、呆然とするロバートを放置して、僕は帰路についた。
ゴブマロの最後の言葉は、明らかに自分で再生する言葉を選んでいた。
となれば、彼が何であるにせよ、僕の為に戦おうとしたのだろう。
ならその忠義には応えなきゃいけない。
と言ってもマシュマロゴレムが最下位のゴーレムで、魂がない木偶なのは変わらない。
なら変わっているのはあの魔石だ。
ゴーレムは核さえあれば何度でも復活させることができる。
魔石を調べれば彼を蘇らせることだって可能かもしれない。
僕は踏み抜いた彼の身体から、バレないように抜き出した黄土色の魔石を落さないように強く握り締めた。
……後日、クリスタ=ブリューナクは失敗した部下を容赦なく踏み殺す悪魔だという噂が広まっていた。
どうせ胸から魔石を取り出すなら悪役令嬢っぽい演出しておこうと思ったし、実際その通りになったけど。けどさぁ。
結構辛いよこの噂! 心にくるよ!
ゴブマロ、はよカムバック!
くぅ~、疲れました!
マシュマロゴレム回、これにて完結です!
毎回あとがきが長すぎてもなんですし、今後は活動報告でも色々書いていこうと思うのでそちらもよろしくお願いします。




