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クローン

 異能の街某所――

 人気のない雑居ビルの一室に繁華街のネオンサインの光が差し込む。室内は殺風景としており、家具はひとつのソファぐらいだ。

 そのソファに一人の男が腰掛けている。

 キッチリとしたスーツを着こなし、左腕には高級そうな腕時計がネオンサインを反射し、一本のタバコの紫煙を肺いっぱいに吸い込む。

 名を金田道久(かねたみちひさ)と言い、アンチ異能派の幹部に立つ男だ。表向きは国会議員として動き回っている大物の役人である。

 そんな男の周りには、武器を持った男や、まるまると太った大男など、様々な男たちが立っていた。そんな彼らも、金田と同じようにアンチ異能派だ。

 ここは、アンチ異能派の数ある会議場所のひとつなのだ。ここ最近はいつも集まりがある。金田が集めているわけではあるが、こう毎日集まっていると警察に気付かれるのではないかとヒヤヒヤさせられる。

「今日は何人だ?」

 金田は声を低くして威厳を出しながら周囲に立つ男たちに問いかける。

「六人の魂を奪いました」

「上々だ」

 紫煙を吐き出しつつ呟く。

「これすごいっすね〜。どこで手に入れたんです?」

 男の一人が小さな箱型の物体を手の中で転がしながら薄ら笑う。

 彼が転がしているのは、最近開発された人の魂を抜き取る『カラフス』と呼ばれる道具だ。彼らは知らないが、政府子飼いの研究グループが秘匿で作った物である。

 元々は異能者から異能を奪う道具で、稀に現れる自身の異能の暴走で死に瀕する人々を救う苦肉の医療道具だった。それを改良したのがカラフスなのだ。

 だが、先述の通りに秘匿に作ったものであるため、彼らには使い方以外の詳しい説明は何ひとつしていない。

 今回も今までと同じように、カラフスについての問いかけは無視した。

「使ったところを誰にも見られていないだろうな?」

「そんなヘマはしませんよ。これでも五年間自衛隊員として訓練を受けていたんですよ?」

「それでももしもということがある。過信しすぎないようにしろ」

「わかりました」

 これは世界共通でのことだが、軍人のほとんどは異能を持っていない一般人である。

 理由は多々あるが、主だった理由は一般人でも異能者より強くなれることを示すため。自衛隊や各国の軍部は訓練に対人戦闘の他に対異能訓練も行っている。それで異能者を体術だけで屠ることも可能としている一般人も間々いる。

 だが、やはりランクSの異能者たちは別格だった。

 一度、一位から一五位全てのランクSと一対一での模擬戦を行ったが、そのどれもが敗北した。中でも五位からは多対一でも敗北。しかも、三位から先は隊員達からは触れることすら出来なかったのだ。

 これには自衛隊の上層部たちにも忸怩たるものがあった。

 だが、それでもどうにかして倒そうと考えている者も数多く存在するのが現状だ。金田もその一人である。

「そういえば、聞きました? ランクSの三位、今絶賛入院中で生死の瀬戸際らしいですよ」

「あの移動女が? 誰にやられたんだ?」

「その辺は警官時代のコネで調べました。と言っても、結構有名になってるみたいでしたから結構簡単に出ましたよ」

 そう言うと、元警官の男はパソコンを立ち上げキーボードを叩く。そして、スッと金田の方にディスプレイを向けた。

 そこには、確かに三位が一人の男を相手に圧倒されている姿があった。とどめに腹部を氷で貫かれ、いつ死んでもおかしくはないという重傷を負ったようだった。

 最後に男の姿が黒い靄のようなもので隠されたが、すぐに去っていくのだけはわかった。

「相手は異能者みたいだなぁ」

「それも、三位を圧倒するランクSクラスか」

「みたいです。でも、少し気になったんでネットで調べてみました」

 言うと、男はまたキーボードを叩き始めた。

 次の瞬間、画面いっぱいに一人の男の資料が現れた。

 跳ね回った長い黒髪に、特徴的な左眼、首筋、左手の甲の傷痕。一八〇前後の身長にそう悪くはない容姿の青年がそこに映し出されていた。

 名前の欄には映し出されている青年と同じ人物の名前であるのか、それともこの男が使っていた名前の数々であるのかは知らないが、幾つかの名前が書き出されている。加えて、その異名も。

 鬼桜薫、阿久根薫、ウィリアム・A・ブラウン。どうやらこれらの名前を使い分けていたらしい。異名に関しては多過ぎるために省くが、特に有名なのを言えば、『魔王』だ。

「魔王がどうした。こいつは既に過去の遺物だろう?」

「それがですね……」

 男はそう言うと、警察専用のアプリでもあるのだろう顔認証システムを使い出した。

 すると――

「なっ!?」

「へぇ……!」

「ね? 驚きますよね?」

 その場にいた皆がその結果にどよめき出す。互いに顔を見合わせ、各々が驚愕の言葉を紡ぎ出した。

 画面には、適合率九十八.七パーセントと書かれていたのだ。

 現代の顔認証システムはその正確性は九十九.九パーセント。つまり、これだけ適合率が高ければ、本人とみて間違いないのだ。

 そうなると、誰もがこう考える。

 数百年の月日が経ち、魔王が復活を遂げた、と。

 訊けば誰もが大笑いしそうな滑稽なものだが、金田達にはそうすることが出来ない。魔王は異能の第一人者という声も多い。つまり、アンチ異能派である彼らにとっては目の敵なのだ。

 だが、一度死んだ男が蘇るなんて馬鹿げた話が本当にあるのだろうか?

 そんな疑問が金田の中でグルグルと回り始めた。

 そこに、一本の電話が来た。

 相手は自分と同じ政界の重役だった。

「もしもし、金田です」

『どうも、金田さん。ご無沙汰しています』

 低くしゃがれた声が電話の奥から聞こえてくる。その声がいつもに比べて落ち着きがない。

「どうしました? 何か事件でも?」

『えぇ、実はアメリカでとある問題が判明しましてね』

「問題、ですか?」

 アメリカといえば、嘗ては力を持った国であり、戦争でも勝利を収めることも多かった国だ。しかし、それも過去の産物。現在では、当時の威光も見る影がなく、没落したと言ってもいい国だった。

 だが、ここ最近小さな国に戦争を仕掛け、勝利を収め植民地にしている野蛮な国としての見解が強い。

「アメリカがどうかしたんですか?」

『実は、アメリカは秘密裏にクローン技術を向上させて、とあるクローンを作っていたと言うんです』

「クローン、ですか?」

 クローン技術は非人道的としてその研究を世界共通で禁止されているはずだ。日本でもそれは同じ。

 それを、アメリカが手を出していたなど……。

「一体何のクローンですか?」

 嫌な予感があった。タイミングを見ても、それは確信に近いものだ。しかし、金田自身はそれは信じたくはない。

 そして、それは通話相手によって信じざるを得ない状態になった。

『「魔王」ですよ』



 同時刻、アメリカ合衆国東部の海岸線――

 アメリカは日本よりも時間の経過が遅く、まだ日が昇って少しの朝早くだった。潮の匂いや海鳥の鳴き声、その土地にする人々にとっては聞きなれた毎日の始まりだ。

 そんな中、武装をした人々が規制をし、何やら海で作業をしていた。

 その人々に共通しているのは、鋭い目つきであるということだ。体も鍛えられ、逞しいという言葉が似合うそんな人々だった。

 男から女まで様々だが、そんな彼らは皆水着を着て海で素潜りをしている。

 そんな中、一人だけ水着でない男がいた。

 身長は一八〇前後。髪は長い黒髪で、わずかに乱れた髪型はワイルドさを引き立たせる。薄く顎髭を生やし、左眼、首筋、左手の甲に傷痕がある。黒いタンクトップから見える肌にも数多の傷痕が覗ける。周りにいる男達と比べて細身だが、それでもひ弱な雰囲気はこれっぽっちも感じられない。どころか、その威圧感はその場にいる誰よりも強い。まるで、数多の戦場を渡り歩いた歴戦の兵士のようにも感じられる。

 こんな海辺でBDUパンツにコンバットブーツ、黒のタンクトップという出で立ちだが、まだ春先ということで少し肌寒い。そんな中でも男はその場に寝転び、左耳を塩水につけ黙って目を瞑っているだけだった。

 右手に狙撃銃(レミントンMSR)の銃把を握りながら。

 不意に、すぐそばでバシャッと何かが海面に姿を現したような音が聞こえた。

 その瞬間、男はその方向に銃口を向け、引き金を引く。

「うおぉっ!?」

 一発の銃声が轟き、銃口から潮風に混ざって火薬の匂いが立ち込める。

 そのままボルトハンドルを引いて空薬莢を排出、そのまま次弾を装填。

「あっぶねぇなぁ、大佐ぁ!! 当たったらどうすんだよ!」

 撃たれた男なのだろう図太い声音の英語で文句が聞こえてくる。だが、当の撃った本人は眼を瞑ったまま涼しい顔をして舌打ちをしている。

「外したか」

「狙ってたのかよ!?」

「この近くで泳ぐんじゃねぇよ。音が聞こえねぇ」

 男はようやく右目だけを開けて、こちらに泳いでこようとしている禿頭姿の黒人男を睨めつける。その瞳の色はワインレッドだった。

「大佐、目が殺気立ってるっての。元の黒に戻してくれよ」

「俺の目は元々茶色だトンチキが。それと、泳いでくるんならさっさとしやがれ。聞こえねぇって言ってんだろうが」

 現在、彼らは何をしているかというと、変異生物の討伐だ。

 彼らアメリカ陸軍は、戦争に出ることも多いが、そうでないときは国内の問題ごとの解決に尽力している。今回、近隣の家から「海に変異生物が出てきた!」という通報を受け、すぐに特殊な弾頭も用意しつつ現場に向かってきたわけだ。

 そもそも、変異生物とは、異能が発達した現在、その実験などによって排出された魔力残留物によって生物の姿が変貌した種のことを言う。その中でも主に魚類型、鳥類型、甲殻型、哺乳類型が多い。今回は魚類型がターゲットだった。

「で、どうなんだ? 目標は見つかったのか、ゴウラ?」

「連中が潜ったままだってのでもう答えですよ。だが、いる痕跡だけは見つけた」

「――静か過ぎるんだな?」

「ヤー。中には小魚とかも本来はいるはずなんだ。しかし、ここには一匹も見当たらない」

「全部食い尽くされたってのが妥当か」

「それか、すぐに逃げたかです」

 まだ二十代半ばの青年にそれよりも年上の男が敬語を使って話しているというような状況だが、軍という上下社会には当然のことだ。

「そういえば大佐。どうでした? この間のテストは?」

 おそらく彼が言っているのはつい先日に受けさせられた異能者能力値テストのことだろう。世界共通の評価基準でランク付けされるくだらないものだった。

「測定不能だとよ。政府(ガヴァメント)の連中もついに仕事のサボりぐせが浮き彫りになってきやがったな」

「いやいや。それ、ランクSよりも上ってことですよ」

「冗談抜かすなポンコツ。それだと俺が国ひとつ簡単に潰せることになるじゃねぇか」

「実際やってるじゃないですか。それも、異能なしで」

 彼がこの世にクローンとして(・・・・・・・)生み出されて三年。既に三度ほど戦争に出ているが、その全てに勝利を収めている。

 生前もそうだったが、人間とはさもくだらない争いが好きすぎて困る。そのどれもが己の欲望のためであるため尚更タチが悪い。

「もうそれ見てると、大佐が魔王の生まれ変わりだって話信じますよ」

「馬鹿言うなよ。昔軍のサーバーに忍び込んで魔王の映像を見たが、圧巻の一言だったぜ。俺じゃ、比べものにならねぇよ」

 実際は彼の魂に残っている記憶を思い起こしてのことだが、それをこの男が知る由もない。

 実際、青年には魔王と呼ばれていた時代の記憶はある。クローンと言っても、本来なら同じ容姿の生物が作られるだけのもので、その頭の中はまた違うものが生まれてしまう。

 そうならないために、国の重鎮たちは肉体は冷凍保存されていた魔王の細胞を、魂は異能で呼び起こしたのだ。堕天使ルシファーの気付かぬうちに、その一部分のみを。

 その分力や魔力量は落ちてしまってはいるが、それでも引けを取ることはない。

 ルシファー自身も魔王の魂が少し足りないことには気付いているだろうが、まだ何のアクションもないということは、泳がせているのだろう。

「さて、ゴウラ。そろそろ終わらせよう。今この中には何人潜ってる?」

 青年の問いに、ゴウラは指を折り曲げながら数えていく。

「四人です」

「じゃ、次の頼みだ。そこらに転がってる石を海に向かって投げ込んでくれ」

「あぁ、なるほど」

 流石に三年も付き合っていると狙いがわかったのだろう。すぐに拾いに行く。

 男も即座に弾倉(マガジン)の残弾数を確認。対変異生物用炸裂水銀弾。名称通りの効果を発揮する特殊弾頭だ。

 ゴウラはすぐに石を投げ込む。男もマガジンを差し込み、すぐに耳をすませる。

 海に石が落ちるボチャンという音。その音が海の中で響き、海中の様子を浮き彫りにさせていく。

 ――マリナ、シュトーラ確認。

 音の反射で海の中の深さ、障害物の位置、大きさ、現在の状況など様々なことが男の頭の中で形成されていく。

 そして、三人目の無事も確認し、四人目を確認した直後のことだった。

 四人目に確認を取ったデボラのいる位置から南西に一二〇メートルの位置に巨大な生物の存在がわかったのだ。

 全長は約六メートル。距離や周囲の状況から判断して、明らかに部下が狙われている。

 すぐに上半身を起こして先ほどとは逆にうつ伏せになり、MSRに取り付けていた二脚(バイポッド)で安定させて狙いをつける。左顔面に水が伝う感覚があるが、それを無視してスコープ越しに眼を凝らす。

 ズドンッ――という音が轟き、発射された際に生じた衝撃を、下半身に根をはるかのようにして地面に流した。

 発射された弾丸は狙いあやまたずに海の中に吸い込まれていった。

「やりましたか?」

「……掃討(クリア)

 無機質な声音だったが、それを聞いたゴウラはすぐに右耳に取り付けられたインカムに手を当て、作戦終了の旨を伝えていた。

 男はひとつ息を吐き、空を仰ぎ見る。

 雲ひとつない青空だった。たまには生前に過ごした街に行きたいとは思うが、政府が亡命することを懸念して任務の休みをなかなか与えてくれていないのが現状だった。

 だが、彼は知らない。

 彼が日本に赴く時が、刻一刻と迫っていることに。

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