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鬼のアジトへ

実に五ヶ月?ぶりの投稿です。お待たせして誠に申し訳ありません。

 放課後終了を告げるチャイムが鳴る。

 部活に行く者もいれば、友人達と集まって遊びに行く約束をする者もいる。

 それで見れば、周りからは咲達は後者に見えるだろう。

 しかし、其の実本人達にとっては楽しみなんてものがこれっぽっちもないのだが。

 今朝はそのことを思って登校する足取りが重く、授業も上の空になってしまっていた。

 浩二と絢もどうやら同じらしく、顔を合わせた時、気怠げだったのは言うまでもない。

 しかし、その日に起こったことで一番驚いたことと言えば、高千穂がいつもと変わらない様子で教壇に立ったことだろう。

 後に話を聞いてみると、

「あぁ、あれか? あれは私も驚いたよ。夜中に目を覚ましたら傷がなくなってるんだから。しかも、顔を横に向けてみるとあの男が突っ立ってるんだからね。月の光に照らされて、やけに幻想的に見えたのを覚えてる」

 その言葉に、三人は耳を疑った。

 つまり、ルシファーが再び男に化け、高千穂の傷を癒したと言うのだ。

「は、話したんですか!?」

「せ、聖奈ちゃん! あいつ何て言ってたんだ!?」

「氷崎、名前で呼ぶな。高千穂先生だ、馬鹿者」

「センセー、このバカは放っておいて、何話したんすか?」

「あいつか? 開口一番私に言って来たよ。『貴様の教え子が報復に来た』ってな。思わず飛びかかったんだが、やっぱりあいつは一枚上手だったよ。軽くいなした瞬間、気付けば押さえつけられてたんだから。ありゃ、誰にも勝てないよ」

 体術だけで世界レベルの彼女に言わせるのだ。ルシファーはやはり、よほどの猛者らしい。

 その後、報復に行ったことを小一時間説教されたのは余談だ。

 解放されると、三人は重い足取りで教室を出ていく。

 そして、正門に近づくと、何故か沢山の人だかりが出来ていた。

「何これ? 何か有名人でも来てるワケ?」

「そんな話は全く聞かないな」

 絢に聞かれ、学校一の情報通でもある浩二はその考えを否定する。

 その際、咲は不安に掻き立てられていた。

 何か、来てはいけないようなものがここに来ている気がするのだ。

「ねえ、私ちょっとした心配があるんだけど……」

「何? お腹でも壊した?」

「違う違う。そうじゃなくて……」

 なんと表現したらいいか迷う。すると――

「なぁ、あの二人やばくね?」

「ああ! チョー美人だよな!」

「モデルかな?」

「モデルがこんなとこくるかよ!」

 そんな会話が人混みのそこかしこから聞こえてきた。

 それを聞いて、咲は更に胸中を不安でいっぱいになる。

 どうやらそれは二人も同じらしく、表情をしかめてため息を吐いた。

「咲、あんたが何を言いたいのかわかっちゃった」

「奇遇だな。俺もだよ」

 三人は一度視線を交差させ、今一度ため息を吐いた後、搔き分けるように人混みを進んでいく。

 そして、目に入った光景に頭を抱えた。

 校門を出てすぐのところ。向かいにある家の塀に背を預けた美人が二人立っていた。

 黒髪で昨夜と同じ服装の千秋と、男に化けず、女の見た目のまま昨夜の服とは違う服装で立つ恐ろしい美貌の持ち主。

 そんな二人がいるだけで男女問わず好意の視線が向けられ、千秋は微笑んでいるが、対するルシファーは不機嫌そうに目を閉じ、腕を組みつつ柳眉を逆立てていた。

 彼女の恐ろしさを見に染みてわかっている身としては、その様子を見ていると、この場所を中心として灰燼へと変えられそうに思えて生きた心地がしない。

 ふと、ルシファーが閉じていた双眸を開け、人混みの中からまっすぐ咲に視線を向けた。

 一瞬。その場に現れた途端に咲の気配を感じ、そしてその姿をすぐに探し当てたのだ。目が合うと、ふっ、と妖艶に笑ってみせる。

 だが、ルシファーの向けた視線の方には他にも何人もの生徒達がいる。そんな彼らが一斉にざわついた。

 目が合ったと喜ぶ者、その微笑に心をときめかせた者。

 理由は様々だが、どれも共通しているのは、皆がルシファーに魅せられたということだった。

「随分と待ち侘びたわ」

「ホントだ。やっと来たな。それにしても、いや〜私もまだまだ若いねぇ」

「それもそうでしょうね。貴様、人間の年齢に換算すると、まだ二〇代後半か三〇代前半だもの」

「よくもまあ異種族の年齢がわかるもんだ」

「私の軍門にも吸血鬼なんてものもいるからよ」

 そんな会話をしているが、それを聞いて理解ができる者は少ない。それは咲達であっても同じことだ。

 咲達三人は呆然とその光景を眺めていると、ルシファーの視線が再び咲に向けられた。

「ほら、咲。早く来なさい」

 まるで我が子を呼ぶ親のように、自然な体で咲を呼び招く。

 それだけで、全員の視線が咲に注目する。そのどれもが驚愕の表情なのは言うまでもない。

「おい、なんであいつが?」「知るかよ!」「あいつのねーちゃんか何かかな?」「あー、確かに。何処と無く似てるもんね」「ないない。あいつ、確か妹しかいないぞ?」「は? じゃあなんでさ?」

 物凄く居心地が悪い。いや、それ以前に何で咲の家族構成を把握している輩がいるのだ。

 そして、ルシファーもルシファーだ。なぜこのような場で目立たせるようなことをしでかすのか。

 そう考え、それはすぐに思い至った。

 彼女は他人のことをよく考えてはいないのだ。そうでなければこんな状況で無意識に名を呼ぶなんてことはしてくるはずがない。

「絢と浩二も突っ立ってないで、とっとと来なよ!」

 ざわめく様子を見て千秋が悪戯っ子のような笑みを見せ、咲と同じように突っ立っていた絢と浩二にも白羽の矢を立てた。

 そして、彼女の目論見通り皆の視線が二人にも据えられた。

「せ、性格悪〜っ!」

 思わず絢が非難の声をあげ、千秋は自身の脇腹をつねって必死に笑いをこらえている。

 ルシファーはと言うと、その状況がよくわかっていないのか小首を傾げていた。



「いや、悪かったって。……くくっ!」

「わかった。絶対悪いなんて思ってないっすよね!」

「思ってる思ってる! ひひひひひっ!」

「やめときなよ、浩二。何言っても無駄」

 千秋が先導するように歩き、その隣にルシファーが。それについていく形で咲達三人が歩いていく。

 浩二は先ほどの辱めを抗議しようとしていたのだが、千秋は全く反省する素振りを見せない。

 それを見かねて絢が止めに入った。

「それに、聞きたいことあるんですけどー?」

 絢の視線の先にあるのはルシファーだ。

 それは咲も疑問に思っていることで、恐らくは浩二も同じ疑問を持っていることだろう。

 奇しくも絢は皆の疑問を代弁しようとしていた。

「ルシファーって――」

 絢が口を開いた刹那、銀光が奔り、思わずその口を噤んだ。

 いつの間に手にしていたのか、ルシファーの手には紅い槍が握られており、その穂先が、ぴたり、と絢の喉元に当てられている。少しでも動かせば、その刃は肉を抉り、絢の命を容易に奪ったことだろう。

 だが、その槍に幾状もの光の糸が巻きつき、その挙動を止められているところを見るに、それがなければ絢は確実にここで死んでいたことになる。

 そして、その糸を握っているのは、その隣にいた千秋だった。

 ルシファーの目は冷たい。目の前にあるそれを、人間扱いに、いや、自分と対等に話せるものという認識をしていないのだ。

 周囲の人達はその光景に気づく素振りもなく、普段通りに道を歩いて行き、日常的に繰り返される行動を行っていく。

 なぜ気付かない。異常なことが目の前で起こっているのに、どうして誰も気付かない……?

 それまで静かに殺気を放っていたルシファーは、ようやくそれを抑えこみ、静かに口を開いた。

「私は、我が名を呼ぶ栄誉を、貴様に与えた覚えはない。わかったら、次からは気をつけることだ」

 彼女の言う紛い物の自分ではない、恐らくその口調が彼女本来の物なのだろう。それだけで、今の一撃がどれだけ本気なのかが無意識に理解させられた。

「こらこら、暁美の娘を殺そうとするな! 両親共々すっ飛んでくるぞ」

「? 構わないわよ? 手こずるだろうけど、どうせ最後は私が勝つもの」

「いや、そうなんだけどねぇ……。当時の戦いを生き残ってる連中じゃなきゃ、次にまた同じことが起こった時は勝てるもんも勝てなくなっちまう。それでもいいんなら、アタシは止めねぇよ」

 それを聞き、ルシファーは少し思考した後、

「……それは少し面倒ね」

 それは心からの言葉らしい。思わずため息すら漏れていた。

「懸命だな。流石は上に立つ者だ。……それにしても、案の定こうなったな」

「認識阻害? ご苦労なことね」

「誰のせいだと思ってやがる?」

「その子」

「人のせいにするな!」

 ルシファーは絢の喉元に当てていた槍を下げ、その途端に絢がその場にへたり込んだ。小刻みに体が震え、じわりと涙も目に浮かんでいた。

「絢、大丈夫?」

「……咲? 私……」

 その声にはいつもの元気がない。

 無理もないだろう。今のはどんな猛者であっても死を覚悟した。一瞬だけ放たれたおぞましいものでその助けを掣肘させ、確実に自身に仇なす輩を屠る一撃。

 人間では確実に助けに入ることはできない。それだけが、嫌という程理解出来た。

 完全に怯えてしまっている絢を元気づけようと咲に語りかける。その様子を横目で眺めていたルシファーが、馬鹿にしたように嗤った。

「それにしても、この程度で腰を抜かすなんて、今の人間も脆弱なものね」

 それを聞いて、浩二が怒りを隠そうともせずルシファーを睨みつけた。

「お前、自分でやっといて……! 魔王でさえも今のは――!」

 直後、浩二の全身を猛烈な殺意が襲い、表情を強張らせる。

 下げていた槍を待ち上げようとしたようではいたが、それは巻き付いたままの糸が制止し、その首には千秋の手刀が当てられていた。

 そして、どうしてか咲も体が思わず動き、浩二を背に庇う位置に立ち、構えた。

「――魔王でさえも今のは?」

 ルシファーが浩二の言葉を口にし、ほくそ笑んで彼を見下ろした。

「貴様はあの子の何を知っている? 碌に何も知らないのだろう? そのくせに、よくもまぁ言えたものだ」

「し、知ってる!」

 浩二が思わず叫ぶ。それを聞いて、「ほぅ」と小さく声を漏らした。

「なら、何を知っている?」

「……誰にも看取られずに死んだ、碌でなしだ!!」

 浩二が腹の底から叫ぶ。その内容に、咲が目を見開いた。

 確かに、誰にも看取られずに死んだと言う話は、お伽話として幼い頃から親に聞いていた。

 だが、碌でなし、とはどう言うことだろうか? 口を衝いて出たと言うこともあり得るのだが、その割には確たる物言いだった。

 果たしてルシファーは凶相を浮かばせ、魔術で創られた糸を容易く引き千切り、咲を肩に触れるだけで右方向に吹き飛ばした。

「きゃっ!」

「よく言った。ならば、死ね!」

 ルシファーは首をなぎ払おうと手を上げ、それを千秋が穂先を無造作に掴み止めた。

 それをルシファーが横目で睨む。

「何故止める」

 それは本当に不審に思っている言葉だとわかる。それに冷めた笑みを千秋が見せた途端、ルシファーはその意図を察した。

「今回ばかりは気持ちは大いにわかるさ。なんて言ったって、馬鹿にされたのはアタシの息子だからな。だから――アタシがぶん殴る!!」

 直後、瞬きほどの一瞬で距離を詰め、その鼻っ柱に向けて拳を振り抜いた。

 が、それは何者かの手によって止められた。

 バチィッ、という乾いた音に続き、その風圧が浩二を正面から襲い、たたらを踏んでその場にへたり込む。


「こんなこったろうと見に来て正解だったぜ。そう思いません? ねぇ、妹様?」


 突如として現れた闖入者の飄々とした声が、何者かに同意を求める。

 二メートル近い巨躯に、風圧を浴びて短い髪を大きくなびかせる。

 彫りの深い顔立ちに人懐っこい笑みを浮かべ見る者を不思議と和ませた。カットソーにカーゴパンツを履き、本来あるはずの厚みが右袖になく、ゆらゆらと無気力に流れていた。


「そうね。気持ちは分からなくもないけど、所詮は人間の戯言。言わせておくのが一番よ。あとルキフェル、あなたスカアハの槍(ゲイ・ボルグ)を振り回すのは危ないわ。しまっておいて」


 男に続いて一人の女の声が聞こえてくる。

 スプリングコートにガウチョパンツを履いた女性だ。小柄ではあるが、その佇まいには凛とした印象を受け、ルシファー達を見据えるその瞳には人とは違う力強さがある。

 その二人を見て、ルシファーは双眸をスッと細めると、呼吸を整えるように小さく息を吐いた。

「何? もしかして、貴様ら二人が案内人ということかしら?」

「ご明察。こうなることがわかってたんだろうな、御屋形さんは」

「あなた達二人は魔王を盲目的に溺愛してるから、少しでも罵倒されれば黙ってないもの。他の人外も含めてね」

「二人だけでよかったぜ。そうじゃなきゃ、オレと妹様でも流石に手に負えねえや」

 千秋は掴まれていた腕を振り払い、息を整えるように深呼吸をする。

 そして、飛ばされた咲の元に歩み寄り、手を貸して立たせてくれる。

「恩にきるよ、(なだ)風雅(ふうが)もな。じゃないと、殴り殺しちまってた。あの子の幼馴染の子孫を」

「いいってことよ。同族なんだから、当然だろ?」

 千秋が礼を言い、灘と呼ばれた男は、ニッ、と歯を見せて笑った。

 その目に入った歯の中に、犬歯にしてはやけに鋭い歯が目に入った。牙だ。この男は本当に人間ではないらしかった。

 すると、まだ少し不機嫌そうなルシファーが疑問を投げかけた。

「貴様らはなんとも思わないのか?」

「思ってるわ。だって、命の恩人なのよ? 今でこそちゃんと制御出来てるけど、それこそ、あいつがいてくれなきゃ、今頃はどうなっていたかわからない。そんな男を馬鹿にされて、頭に来ないはずないでしょう?」

 ──命の恩人?

 話を聞いている限り、この二人は魔王と面識があるらしい。それも、恩人だと。

 そうなると、先ほど浩二が口にした『碌でなし』という言葉が気になった。

 もしかすると、浩二は咲と違って親から何かを聞いているのかもしれない。

 風雅と呼ばれた女性は咲達を一瞥し、ルシファー達に視線を戻す。

「その子達ももう良いようだし、そろそろ行くわよ。無駄に時間をとっちゃった」

「そうだな。んじゃ、そろそろ認識阻害を解くぞ?」

 千秋が皆に確認をとり、ゆっくりと手印を結ぶ。

 咲には何をしているのかわからなかったが、魔術の類なのだろう。さほど時間もかからず、千秋が印を解いた。

 その一連の動作を横目で見ていたルシファーが感心するように口を開いた。

「腕を上げたようねぇ? 人間どもに違和感がないようゆっくり解いたわけね」

 それを聞いた千秋は、ニカッ、と笑い、灘は当然だと言わんばかりに快活に笑った。

「当然だろ。なんせ、深淵を視たんだからな」

「へぇ、随分と腕を上げたようで。また今度相手をしなさい」

「考えておく」

 ──深淵? 何それ……?

 深淵と言うからには何か深いところにあるものなのだろう。だが、それが何のことなのかはさっぱりわからなかった。横目で浩二と絢を見るが、彼らもわかってはいないようだ。小首を傾げている。

 二人も気になってはいるらしい。だが、先ほどの浩二と絢のことがあり、聞こうと思っても恐怖心が勝りそうはできなかった。

 改めて、自分はとんでもない人物達と一緒にいるんだと思った。

 それからはルシファー達四人が先導し、咲達が後を追う形で目的地に向かった。途中から人通りのない不気味な細道に入り、何もない場所で止まった。

 周囲には何もなく、ビルが林立するその間にある裏路地なのだと言うことはすぐにわかった。ただそれだけの場所なのだ。

 咲は思い切って前にいる者達に声をかけた。

「ねぇ。行き止まりだけど。ホントにここなの?」

「ああ。ちょっと待ってな。すぐに見えるようにしてやるから」

 灘の言葉に、どういうことだ、と思ったとき、「へぇ」とルシファーが感慨深そうに呟いた。

「懐かしい。あの戦争の拠点をそのまま住処にしているわけ?」

「そうよ。あれから何度か場所を移ったりはしたけど、ここが一番しっくりくるの。ここにとどまって、そろそろ一五〇年になるかしら?」

 ──戦争?

 ルシファーが唐突に口にしたその言葉に、不意に動揺した。自分でもどうしてかはわからない。だが、その戦争という言葉が何を指しているのかが無意識に思い至った。

 昔から聞いていた、魔王と天界の戦争。

 彼らは魔王が生きていた頃から生きている人物達だということは嫌と言うほどわかっている。そうなると、それしか思いつかない。

 だが、その戦争というのは作り話だという話が一般的なのだ。

 それも当然かもしれない。

 なぜなら、誰も悪魔を見たこともなければ、天使や神などというものも見たことがない。そもそも、そういったものはすべて歴史の先達の作り話だという見識が強い。

 それに加え、天界というものがどこにあるのがもわかっておらず、更には当時の文献もあまり残っていないために皆は作り話で片付けているのだ。

 しかし、咲達は違う。今三人の目の前にいるのは魔王が生きていた時代、共に肩を並べて戦った人外達だ。そして、そんな人物達の口から出る戦争という言葉によって、あの話は本当は覆しようのない真実なのだと認識せざるを得ない。

 三人は誰からともなく目を合わせ、その誰もが信じられないと言いたげな顔をしていた。

 その時、ルシファーが思い出したように疑問を口にした。

「ここにあの護法二匹はいるのかしら?」

 護法二匹。それは魔王の研究者達が二年ほど前に発表した論文に書かれていたこと。


『魔王は二匹の護法と契約を施していたと考えられる』


 咲はその論文の内容をよく覚えている。当時受験生だった咲は時事問題に出ると思い必死にそのことを頭に詰め込んでいたのだ。

 確か、その護法というのが酒呑童子と茨木童子。大江山を住処に悪さを働いたとされる鬼だ。

 どうしてそんなことがわかったのかというと、魔王が暮らしていたとされる家が今もまだ残っており、その裏手にある山から、魔王を我が主とし、契りを結ぶ、といった内容が記された書物が見つかったらしい。

 内容に関してはなかなかに突拍子もない話だ。だがしかし、それを証明するかのようにそこから杯や着物が見つかったことから真実味を帯びたといったものだった。

 それでもその内容を信じない人も数多く存在する。

 身近で言えば絢がそうだ。彼女はそんな馬鹿なこと、あるはずないって、と鼻で笑っていた。

 その主な理由として、酒呑童子は伝承では大江山に住み着いていた鬼で、茨木童子はその部下だったという。そんな二人は源頼光と渡辺綱が筆頭の頼光四天王によって倒されたという話があるからだ。

 その伝承が真実かどうかもわかっておらず、仮に真実だったとしても倒された鬼が千年以上経って現れた魔王と会えるはずがない、ということだった。

 咲はそれを聞いて納得していた。だが、それも改めなければならない。

 何故なら、魔王と契約したと会ったときに言っていたルシファーが、護法はいるか、と聞いた。それも鬼にだ。

 そうなると、十中八九その論文が真実だったという事の裏返しではないだろうか?

 風雅はルシファーを一瞥すると、かぶりを振った。

「あのお二方はここにはいないわ。山城の国に行く、と六百年前に仰っていたから。今はどうなさっているのかはみんな知らないわ」

 風雅がそう言い、同意するように灘と千秋が首肯した。

 ルシファーも納得したらしく、「そ」と素っ気なく言っただけだった。

「そろそろ入りましょうか。ずっと立っていては疲れるでしょ?」

 風雅はそう言うと、左腕を水平に掲げ、小さく呪文を唱えた。

 すると、彼女の腕が朱色に輝き、次の瞬間に眼前に巨大な鉄扉が姿を現した。

「なんだこれ!?」

「うっそ、こんな場所にこんなのがあったわけ!?」

 浩二と絢が思わず絶句し、灘がそれを見て快活に笑った。

 そうしていると、扉が内から外に開かれる。重厚な見た目にふさわしいほどの重々しい音を立てて中の様子を浮き彫りにさせていく。

 中は仄暗く、点々とろうそくのものらしい灯りが続いているのみ。開かれた扉から見える景色は斜め下に向かってまっすぐ続く天井。それによって、そこは階段になっており、地下へと続いているのだということぐらいしか離れた場所にいる咲にはわからなかった。

 そして、訪問者を迎え入れるように一人の筋骨隆々の男が現れた。

 短めの鮮やかな金髪。どこか異国の血を感じさせる面構え。野性的な凄みを裡に秘めつつ泰然とした物腰が、見る者にただならぬ緊張感と興味を与え、危険な魅力を醸し出していた。

 ノータイのスーツ姿で、スーツのボタンは全て開け、黒いシャツも第二ボタンまで開けている。

 その男を見た途端ルシファーと千秋は数瞬だけ固まり、何事もなかったかのように手を挙げた。

「久し振りね。全く変わってないわね」

「そうか? 少しは変わってると思ったが」

「無駄無駄。こいつは他人の変化なんぞ全く気付かねぇよ。さっきも、アタシはなにひとつ変わってないって言ったんだぞ?」

「なるほど。見る目があるな」

「どういうことだそれ!?」

 住処から出てきたところを見るに、あの男も鬼なのだと思った。それも、ルシファー達と親しげに話しているところを見るに、おそらくあの男も魔王の時代に生きた人物だろう。

 戦わなくても見ただけでわかる。あの男は強い。それも、咲程度なら簡単に遊ばれるほど。圧倒的な強者の貫禄が男にはあった。

 そう思っていると、隣からか細く今にも消え入りそうな声が聞こえてきた。

「うそ……」

「なんだ。どうかしたか?」

 見ると眦が張り裂けそうなほど見開かれた絢が呆然と現れた男に向けられていた。

 まるで幽霊を見たような顔だった。男勝りな口調で、勝ち気な彼女からは考えられない表情だ。絢は男を凝視したまま、どんどん青ざめていく。

 その様子に驚き、慌ててどうしたのかを問おうとして、彼女の呟いた言葉にその動きを止めた。

「オヤジ……?」

 一瞬何を言っているのかわからず、一拍の間を開けてその意味を認識した咲と浩二は思わずその二人を見比べる。

 言われてみれば似ている。目元とか特に。

 開いた口が塞がらないとはまさしくこういう事だろう。咲と浩二も呆然と絢の父親を凝視していた。

 その視線に気付いたのだろう。絢の父親と思しき男はこちらに視線を向け、柔らかい笑みを見せた。

「思ったよりも遅かったな、絢」

 ──こんなこと、ある……?

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