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欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
二 結婚式
9/48

4

今回短いです。

 二人の距離が縮まり、ゼイヴァルの端正な顔が近づいてくる。

 アランシアはぎゅっと目を閉じた。ゼイヴァルがかすかに笑ったのがわかる。怖くて、恥ずかしくて、彼の服の裾を掴む。

──しかし、待っていても何も起こらなかった。アランシアはそろりと目を開け、そして眉を寄せた。

 目の前の彼は額に汗を浮かべている。顔色も悪い。視線はアランシアにではなく、立ち並ぶ招待席の方へ注がれている。

 アランシアもそちらへ視線を向けて、顔から血の気が引いた。──白い床の上、女が血塗れで床を()っているのだ。

「…………ッ!!」

 アランシアは口元を押さえた。

 血で湿った黒髪が床に広がり、青白い顔は力強く前を──ゼイヴァルを見ている。

「……にをしているッ!!」

 静まりかえった広間に、彼の声が響いた。

「衛兵! 捕らえろ!」

 どうやら先程の言葉は衛兵に向けられたものの様で、すぐに衛兵達は女を捕らえられる。しかし女はいつまでもアランシアの横を──ゼイヴァルを見つめる。ぎょろりと浮き出た目は血走っていた。

 そしてようやく女の姿が見えなくなり、アランシアは強ばらせていた肩の力を抜いた。

「……殿下」

 大司教が遠慮がちに声をかけた。彼は唇を噛みしめ、やがて顔を歪めて口を開く。

「……式を続ける。だが、皆も疲れている。大司教、簡潔に頼む」

「かしこまりました」

 アランシアが呆然としている中、再び式が流れていく。表面上は穏やかだが、参列者も少しざわついている。誓いの口づけはやらずにすんだ様だが、嬉しいような、しかしなんだかもやもやとした、複雑な感情が渦巻いた。

 そんな事を考えていると、ゼイヴァルの手がアランシアのヴェールの外に零れた金糸に伸びた。

「大丈夫か」

 アランシアはたじろいだ。まさか、心配してくれるとは思っていなかった。

 意外に思いながらアランシアは頷く。

 しかし、自然と床へとアランシアの視線が向く。

 まるで何事もなかったかの様に執り行われた式だが、白い床にこびりついた血痕は、妙な薄気味悪さを持たせたまま、そこに居座っていた。


 アランシア・ローズ。人生初の結婚式である。

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