4
今回短いです。
二人の距離が縮まり、ゼイヴァルの端正な顔が近づいてくる。
アランシアはぎゅっと目を閉じた。ゼイヴァルがかすかに笑ったのがわかる。怖くて、恥ずかしくて、彼の服の裾を掴む。
──しかし、待っていても何も起こらなかった。アランシアはそろりと目を開け、そして眉を寄せた。
目の前の彼は額に汗を浮かべている。顔色も悪い。視線はアランシアにではなく、立ち並ぶ招待席の方へ注がれている。
アランシアもそちらへ視線を向けて、顔から血の気が引いた。──白い床の上、女が血塗れで床を這っているのだ。
「…………ッ!!」
アランシアは口元を押さえた。
血で湿った黒髪が床に広がり、青白い顔は力強く前を──ゼイヴァルを見ている。
「……にをしているッ!!」
静まりかえった広間に、彼の声が響いた。
「衛兵! 捕らえろ!」
どうやら先程の言葉は衛兵に向けられたものの様で、すぐに衛兵達は女を捕らえられる。しかし女はいつまでもアランシアの横を──ゼイヴァルを見つめる。ぎょろりと浮き出た目は血走っていた。
そしてようやく女の姿が見えなくなり、アランシアは強ばらせていた肩の力を抜いた。
「……殿下」
大司教が遠慮がちに声をかけた。彼は唇を噛みしめ、やがて顔を歪めて口を開く。
「……式を続ける。だが、皆も疲れている。大司教、簡潔に頼む」
「かしこまりました」
アランシアが呆然としている中、再び式が流れていく。表面上は穏やかだが、参列者も少しざわついている。誓いの口づけはやらずにすんだ様だが、嬉しいような、しかしなんだかもやもやとした、複雑な感情が渦巻いた。
そんな事を考えていると、ゼイヴァルの手がアランシアのヴェールの外に零れた金糸に伸びた。
「大丈夫か」
アランシアはたじろいだ。まさか、心配してくれるとは思っていなかった。
意外に思いながらアランシアは頷く。
しかし、自然と床へとアランシアの視線が向く。
まるで何事もなかったかの様に執り行われた式だが、白い床にこびりついた血痕は、妙な薄気味悪さを持たせたまま、そこに居座っていた。
アランシア・ローズ。人生初の結婚式である。




