時には痴話喧嘩も
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その日は町の様子を見に行こうと誘われ、ゼイヴァルと共に城下町へ訪れ、色んな場所を見て回った。
祖国とは文化が違うのでそれなりに興味深く、また人々が温かい声をかけてくれるのが何より嬉しかった。お忍びではなく、即位式の日取りが決まったための挨拶という公式なものだったので護衛の騎士達の数も多いが、それに慣れれば快適な散策だった。
人々、特に少し年上の女性達から「ありがとう!」や「お妃様のおかげ!」等の声を次々にかけられたが、アランシアにはさっぱり意味がわからなかった。曖昧に笑顔を返しながらふと、隣の夫に視線を向けると実に良い笑顔で愛想を振りまいていた。彼が手を振る度、若い娘達が黄色い声を上げている。
足を思い切り踏んでやるか、耳を引っ張ってみるか、それとも実父にお見舞いしていた金蹴りを繰り出すか、と思ったがさすがに公の場は夫を立てねばならないと我慢をしたのだ。
昔ならそんな事気にせずやっていただろうが、今はもう次期王の唯一の妻。次の王妃だ。そう思って歯を食いしばり、我慢した。ぐっと耐えた。
重要な事なので、もう一度。
我慢したのだ。
──それなのに。
その散策が終わった、同日の夜。侍女であるポーラの知らせにより、自分の夫の暴挙が明らかになった。
「本当に信じられない!」
怒りでアランシアが座っているソファに置いてあるクッションを目の前に立つゼイヴァルに投げると、それを腹が立つくらい綺麗に避けられた。
「じゃあ君は俺に耐えろって言うの?」
ひやりとする冷たい声と、怒気が伝わる表情に一瞬躊躇うが、アランシアの怒りはおさまらずそのまま言葉を紡いだ。
「私はいつも我慢してるわ! もちろん今日もね!」
「へえ。我慢。俺との結婚に我慢があるの」
腕を組んで目の前に立たれるだけでも威圧的なのに、普段は決してこちらへ向けることのない怒りはアランシアを竦ませるのに十分だった。
「け、結婚に我慢してるとか、そんな事言ってないでしょ」
喧嘩の原因は簡単だ。昔から交流のあった祖国の貴族から手紙が来ることを妹の手紙で事前に知らされていたのだが、それが待てど暮らせど来ない。それを不審に思ったポーラがアランシアの妹に確認すると、その貴族は既に手紙を送ったと言う。その貴族は小さい頃、交流のあった伯爵家の長男で、自分が結婚するのでその挨拶を手紙で、という話だった。
送り主が男手で、なくなるはずのない手紙。そこで、夕食後に部屋にやって来たゼイヴァルに聞くと「君宛の男の手紙は全部燃やしているよ」と告げた。そこからの口論で、既に一時間以上続いている。既に侍女達は部屋から消え、二人だけで白熱している。
「人の手紙を勝手に燃やすってどうなの? 人として」
思い出すとまた腹が立ってきて、睨みつけながら言う。
「男からの手紙って必要?」
「ただの挨拶文でしょ! なにをそんなにむきになるの?」
「それこそ別にいらないよね」
お互い一歩も譲らない口論はまだ解決案の話にすらならない。アランシアが黙っていると、彼が深いため息を吐いた。それだけでもわずかに体がこわばるが、そこは相手にわからないようにごまかした。
「前にね。舞踏会があった時、他国の使者から言われたんだよ」
「なにを」
「君を寝室に呼んでくれって」
ゼイヴァルの言葉の意味がうまく理解できず、一瞬ぽかんとした。一国の王太子の妻を、寝室へ呼ぶ?
「その使者は?」
「まあそれはどうでもいいんだけど。とにかく、あの舞踏会以降君に求婚する手紙が多くてね。なにを勘違いしたのか、降嫁させるならうちへって書いてきた貴族もいるし、飽きたら国へっていう王族もいたし」
そんな事を聞いたこともなかったアランシアは驚いて怒りが失せてしまった。
最初にゼイヴァルへ声をかけた使者や、ルクートの貴族達はおそらく無事ではないのだろうが、そんな事が起こっている事を知らなかったのはゼイヴァルがずっと知られないように隠していたのだろう。アランシアが傷つかないように。
「そんなの……知らなかったわ」
「だから君の方にも直接手紙が来ると思って全部処分してきた」
「え、今回だけじゃないの?」
まさか今までずっと処分されていた事に驚くが、ゼイヴァルは飄々と言ってのけた。
「全部。男から来る手紙は全て、一通の見逃しもなく」
恐らく彼はアランシアに下心の丸わかりな下品な手紙を見せたくも知られたくもなかったのだろう。それに関しては嬉しく思うが、なにも全て手紙を燃やさなくてもいいのではないか、と思ってしまう。
「でも関係ない内容だってあるでしょ。今回みたいに」
「それを一々中を開けて調べろって事? 手紙の中までさすがに君に黙って見るのはそれこそ非道だと思うけど。それに、じゃあもし立場が逆だったら君はどうしてた? 許せた?」
それこそアランシアがもしゼイヴァル宛にそんな手紙が届いたのなら本人にきちんと事情を話して侍女や側近に内容を確認してもらってから下品な手紙は処分しただろう。と、言いたいところだが、それを言うとさらにややこしい話になりそうだ。
じゃあ君は俺の事なんてどうでもいいんだね、とか言って拗ねるのが目に見えている。
「……そうね。わかったわ。でもこれからは勝手に処分しないで。私に見せるのが嫌ならポーラが確認してもらうようにするから」
ここが今回の妥協案だろう。アランシアは大きく息を吐いて気持ちを切り替え、夫を見つめた。ゼイヴァルは無表情のまま黙っていたが、それがお互いの引き際だとわかったのだろう、小さな声で「わかったよ」と返した。
「じゃあこれでこの話は終わりよ」
ストレスになる会話は疲れがたまる。目を閉じてため息を吐き──次に目を開けた時には、驚く程近くにゼイヴァルの顔が迫っていた。そろそろこの整った顔は見慣れてきたはずなのだが、こうして見るとやはり顔が赤くなるのを抑えられない。
「な、なに」
「じゃあ問題も解決したし、夫婦の時間を楽しもうか?」
先程の怒気がにじみ出ていた雰囲気から一気に艶めいたものに変わっている。切り替えの早さに呆れつつ、アランシアは微笑んだ。
「はいはい、殿下。でもまずは仲直りの口づけをして」
更に迫ったゼイヴァルの顔を見つめ──あっという間に口づけをされる。唇を啄まれ、そして舌が容赦なく入ってくる。ぬるり、と口内を一舐めされ、口づけが終わった。それでもこの後を期待してしまうゼイヴァルの熱っぽい視線に、アランシアはくらくらした。
「さあ、寝室へ行こうか。アランシア」
2014.09.11 天嶺 優香




