ぜひとも妻には悪戯を
エブリスタの方で完結から結構立つのに今だにコメントや応援を頂くのに感謝して、少し時期が遅れましたがハロウィン企画ものです。
耳朶を掠める低くて甘い声。自分の名前を呼ぶときの彼の声が好きで、何度も呼ばせてしまうのは意地悪だろうか。世間では女に目がない節操なしの酷い噂ばかりが目立つ彼だが、アランシアの事は大切にしてくれるのはわかっている。
最近ではその噂を面白がっている節もあり、浮気の心配は多分まあ、ないと言えるだろう。
今は妻であるアランシアにべったりで時間があれば構ってくる。
それもそれで疲れるが、それでも嬉しいと思ってしまうのだから新婚パワーというやつなのかもしれない。
そしてなにもない時でも鬱陶しいくらい構ってくる夫だが、今日はハロウィンというイベント好きにはたまらない日らしい。
とりあえずトリックオアトリートの言葉を言われるのは目に見えてわかるのでさっさと菓子を買ってきて準備はできている。
「姫様! ゼイヴァル様がお越しです!」
「早速来たわね! ポーラ! そこのお菓子を持って来て!」
「イベントに乗じて下心を出す男など撃退なさってください姫様っ!」
「もちろんよ!」
主従そろって意気揚々とポーラが先日購入してくれたチョコレートの箱を持って扉の前で立つ。
やがてがちゃりと開いて侍従の少年がゼイヴァルを部屋の中へ入れ、自分は外へ出て行ってしまった。
「ポーラも外へ出ているといい」
シャンパンを垂らしたような淡く輝くこがね色の髪が窓から差し込む日の光でキラキラと光り、外交を扱う政務をしていたせいかきっちりとした白色の正装がよく映えている。
鼻筋の通った端正な顔立ち、程よく引き締まった体躯。女性を魅了してやまないこのアランシアの夫は、悠然と笑む。
「トリックオアトリート」
「もちろん用意はできているわよ」
こちらに近づいてアランシアの目の前に立つゼイヴァルに、アランシアも唇を弧に描いて微笑む。
「ポーラ、殿下のご命令よ。下がっていなさい」
箱に入ったチョコレートの包みを一握り掴んで彼女に渡す。外で控えている夫の従僕と二人で分けなさい、と目だけで伝えると彼女はしっかりと頷き、部屋を出て行った。
「はい、あなたもどうぞ」
箱から一つチョコレートの包みを掴んでゼイヴァルに渡すと、彼は苦笑を零した。
「ちょっと準備が早すぎるんじゃないかな? まだお昼前だよ?」
「あなたがこういうイベントに便乗してくるのはいつもの事でしょ」
ふふん、と自信たっぷりに微笑むアランシアに、ゼイヴァルは仕方なくチョコレートを受け取った。
「で? 自分も用意してるんでしょうね?」
と、いつもこういう事に関しては夫に引っ張られてしまいがちのアランシアは反撃に出てみた。
ゼイヴァルの顔がわかりやすく強ばった。
「トリックオアトリート!」
「……アラン」
「駄目よ」
勝った! となにやら訳のわからぬ高揚感に浸っていると、いきなりゼイヴァルに手首を掴まれた。
「ちょっと!」
「じゃあ悪戯希望で」
にっこりと微笑んだ彼に、アランシアの思考は止まった。悪戯希望?
「……はい?」
「だから、お菓子なんてないから悪戯してよ、アラン。仕方ないから今日は悪戯する方じゃなくて悪戯される方になるよ」
アランシアが言葉も発せずにいると額に口づけを落とされた。
「それともやっぱり悪戯しようか? どっちがいいの、アランシア」
──それは人間を堕落へ落とす悪魔のような囁きで、結局その後言いくるめられて寝室へ連れて行かれ、寝台で彼の上に乗って普段ではあり得ない痴態をさらした事は、誰にも秘密。
ハロウィンなんて大嫌い。
2014.02.12 天嶺 優香




