王太子の裏
エブリスタで連載していた時に掲載していた応援得点です。
「いい加減にしなさいよ、この馬鹿男!」
暴言と共に大きく振りかぶってから繰り出された平手が見事に頬へヒットした。
ばっちん、という強烈な破裂音とじわじわ来る痛み。打たれた頬を手で押さえながら、それでもゼイヴァルは微笑む。
「気が短いなあ」
「あなたがそうさせてるんでしょ! これ、どういう事よ。ちゃんと説明してくれるかしら?」
妻であるアランシアが怒りを顔に滲ませて紙を突き出した。
怒った顔が素敵で、ついつい見つめてしまう──否、今はそんな事を悠長に考えている場合ではない。
ゼイヴァルは突き出された紙にようやく視線を移す。
「説明って、ただ令嬢に手を貸してるだけだよ?」
そこには巷で流行る庶民向けの新聞だった。以前もそういえば特集になっていたな、と記憶を掘り出す。
あの時の彼女は怒る、というよりも呆れていた。寝床が一週間ベッドからソファーになったのは良く覚えている。今回は舞踏会に出席した令嬢を少しエスコートしただけだ。
「何が手を貸しただけよ! この女はあなたを本気で狙ってる泥棒ねこよ!?」
「みたいだね」
まあ、何度も誘われたのだからそうなのだろう。彼女の意見を肯定すると、なぜか赤かった顔が青ざめていく。
「……アラン?」
ぐしゃりと紙を握りつぶして俯いてしまった妻の様子に戸惑った。
「……もういいわ。勝手にしたら」
彼女らしくない投げやりな言葉が聞こえ、ぎくりとする。
やばい。少し苛めすぎたか?
そのまま部屋を出て行こうとする彼女の手首を慌てて掴む。
「アラン、どこに行くんだ?」
彼女は答えない。
不穏に思って俯いてよく見えなかった顔を無理やり覗き込んだ。
ぽたぽたと、彼女の瞳から涙が流れていた。悔しげに唇を噛んでいて──見た瞬間に思い切り抱きしめた。
「ごめんね。アランが悲しむ事はしてないから」
涙を舌で舐めとりながら顔に口づけを落としていく。その許しを乞う仕草に耐えきれなくなったのか、アランシアがぎゅっと抱きついてきた。
令嬢をエスコートしたのはわざとだ。もちろん令嬢からの誘いは氷点下の冷たさでばっさり断った。
──君が可愛いから悪いんだよ。
苛めたくなる。泣き顔や怒った顔が見たくなる。
ごめんね、ともう一度謝った。
2012.07.18 天嶺 優香




