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「私と離れている間は文通して下さるのですって。おまけにリアド様だと思って書いてくれても構わないっておっしゃって下さるの」
ゼイヴァルやアランシアが読んでいたリアドゥードに向けた手紙のやり取りを、イーリは許可したらしい。
「イーリ様は優しいからそう言ってくれるけど、本当にリアドゥードに向けた手紙を送るだなんて失礼な事はしないよね?」
ゼイヴァルが釘を刺すように言う。
「ええ、多分」
「多分ってなんだ!? 駄目だからね、本当に!」
「もう少し声を落として下さい、ゼイヴァル様」
「ラリア!」
アランシアの目の前でじゃれ始めた二人は、恋人──というよりは兄弟に見える。ゼイヴァルはラリアを好いていたけではなく、大事な兄の恋人を物騒な騒ぎから守りたかっただけなのかもしれない。
アランシアが手紙の中を再度確認して読み、やはり婚約の件が書かれていたのでラリアに返すと、上機嫌で彼女は踵を返して部屋へと戻って行った。
「……あれが今度は姉から妹になるのか」
アランシアより一つ年下のラリアは、確かにゼイヴァルの兄と婚約して、次はアランシアの弟と婚約した。
あの人の暮らしていた場所で過ごしたい、という希望は、どうやらイーリの「リアドゥードだと思って手紙を送れってもいい」という条件によって無くなったらしい。
果たして本当にリアドゥードだと思って書くのかはわからないが、恋人を失った彼女が、今度こそ幸せになってくれればいいと思う。
「……幼い頃にリアドゥード様と会った事があるの」
ぽつりと呟くと、隣にいるゼイヴァルが笑った。
「何度も兄から聞いたよ。小さい王女があまりにも可愛くて、うまく言葉も話せなかったって。おまけに照れ隠しで雑草なんて渡しちゃって、もっと綺麗な花を渡せば良かったって、すごい後悔してた」
やっぱりあれは照れ隠しだったのか。アランシアもゼイヴァルにつられて笑ってしまう。
「私、彼の胸ポケットの花をくれるのだと思って、雑草を渡された時はびっくりしたわ。雑草男、なんて失礼な呼び方もしてたの」
「きっと胸ポケットの花なんて思い浮かばなかったんだろうね」
ゼイヴァルは笑いながら庭に咲く薔薇を手折って、棘を爪で軽く取ってからアランシアの髪に刺した。
「胸ポケットに残念ながら花はなかったけど、綺麗な薔薇はあったよ」
頬に手を添えられて、ゼイヴァルの方へ向かされる。リアドゥードに雑草をもらった時、理不尽にもショックを受けていた。
怒る、というより、綺麗な花をもらえなかった事に落ち込んだのだ。
そのアランシアの本心を見抜いて、尚且つ花をプレゼントするゼイヴァルは、本当に抜け目ない。
「……アラン」
「なによ」
顔に熱が駆け上がっていく。
やけに真摯な瞳で見つめられて、顔をそむけたくなる。腰に回された彼の腕に引き寄せられて、抱きしめられる。
「契約はもう必要ないし、女達は帰す。だから、そばにいてほしい」
耳元で囁かれて、アランシアは狼狽えながら彼を見上げる。
「どうして?」
どうしてそんな事を言うの。どうしてこんな事をするの。
アランシアが俯くと、頭上で笑う気配がした。顔を上げて、ゼイヴァルの笑顔が目に入る。
悪戯っぽく、どこか艶めいたその笑顔に、アランシアの顔が更に赤くなっていく。
彼の指が、アランシアの耳をくすぐった。
「鈍いね」
言われた言葉が理解できず、耳を撫でられて首をすぼめた。
「に、鈍いって、なにが」
「本当にわからない? 困ったなあ」
困ったなんて言っているが、全然困った様子ではない。むしろ楽しそうだ。
ゼイヴァルの大きな手のひらが首筋やうなじをゆるく撫でてきて、アランシアは熱で潤んだ瞳で睨みつける。
彼は苦笑して、アランシアの耳朶に口づけて、そのまま囁く。
「好きだよ、アランシア」
同時に息を吹き込まれて、膝が崩れそうになるのを支えられた。
「そ、それ、本気?」
「本気本気。君の事は結構最初から気に入ってたんだよ?」
「最初っていつよ」
「結婚式。あそこに君が来ることがまず予想外だし、来ていなかったら俺は興味を持てなかった。……まだ、妻を迎える気なんてなかったからね」
つまり、アランシアではなく他の女が妻だったら、もしかしたらゼイヴァルは王太子になっても色事をやめなかったのかもしれない。
遊び癖がそんなに早く治るはずがないのだから。
「……本当にどうしようもない人ね」
「いたたたた!」
腕を伸ばして彼の耳を思い切りこちらへ引っ張ってやった。こんなに情けないのに、敵を罠にはめるなんて良い性格をしている。
国王になるなら更に過酷な事もしなくてはいけないし、隣に立つアランシアもそれを覚悟しなくてはいけない。──お姫様でいていい時期は終わった。
「今まで君を傷つけたのは本当に悪かったと思ってるんだよ。だから、何か望みがあったら言って」
できるだけ叶えるから、と子犬のように眉尻を下げてそう言う彼に、アランシアはくすりと笑った。
「じゃあ、そばにいて」
彼の心が手にはいるなら、それが一番欲しい。
「私はあなたがいればいいわ」
幼い頃から美貌を誉められた。だけど、アランシアが欲しいのは、賞賛などではなく、夫の心と好物の林檎だけでいい。
彼が腰をかがめて顔を近づけてきて、アランシアは微笑みを浮かべたまま目を閉じた。
この先に、何か素敵な事が待っている気がする。
二人の周りに、甘い爽やかな林檎が香った。
2012.07.18 天嶺 優香
完結です。今までありがとうございました!感想・レビュー随時受け付けております^^




