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『親愛なるリアド様。』

 いつものように、その常套句をペン先につけたインクですらすらと綴る。

 開け放たれた窓から風が入り込み、パタパタと飛んで行こうとする羊皮紙を片手で押さえながらペンを走らせる。

 咲いた花や、取り留めのない些細な日常。

 そうして綴った後、ラリアはゆっくりと深呼吸して追伸を綴る。

『あなたの敵をゼイヴァル様がうって下さいました。』

 あくまで報告だけ。感情は入れない。きっとリアドゥードには伝わる。ゼイヴァルの苦労も、葛藤も、何もかも。もう心配はいらない。

──だから、天国で、ゆっくり休んでいて。

 リアドゥードの家族はゼイヴァルが守った。それを、彼はきっと満面の笑みを浮かべて喜ぶはずだ。──もう叶わない事を思って、涙が一滴だけ零れた。

「ラリアお嬢様」

「ええ、今行きます」

 指で涙を拭って、したためた手紙で紙飛行機を折る。

 開け放たれた窓からそれを飛ばし、ゆるやかな風に乗って空へ舞い上がる紙飛行機を、ラリアは笑顔で見上げた。

「よろしいのですか?」

 いつもならゼイヴァルに──今ならアランシアに届けるはずだが、この手紙だけはそうしたくなかった。

 風に乗って、あの人に届いてほしい。

 空高い所にいるもう亡くなった婚約者に向けて飛ばした紙飛行機。

「ええ。あれは、リアド様だけの為に書いた手紙だから」

 ラリアは椅子からゆっくり立ち上がり、振り返って微笑む。

「では、行きましょうか」

 遠くへ、高くへ飛んでいって。

 あの人の元に、どうか私の言葉が届きますように。


    ***


 いつも食事をする時に使う長いテーブルに、王族達が並ぶように座り、そこにいる誰もがゼイヴァルに視線を向けていた。

「……それで、証拠は押さえられたのか?」

 国王が、慎重に口を動かす。

 ゼイヴァルは緩やかに微笑み、後ろに控えていたゾアに目配せをする。

「こちらがゼイヴァル様を暗殺しようとした時には使われた短剣です。そして、牢屋の鍵を開けるように手引きを受けた兵士です」

 部屋の扉近くにいた兵士が恐縮しながら一歩前に進み出た。その兵士の顔は緊張のせいか可哀想な程、青ざめている。こちらが協力してくれるよう命じたので何も怖がることはないが、一階の兵士が王の前に出る等そうそうないので緊張でもしているのだろう。

「王太子を殺そうとし、そして返り討ちにあった。昔の事は罪に問えなくても、今回は違う。目撃者もいます」

「アランシアを連れて行ったのはそのためか?」

 国王はゆっくりと息を吐きながら尋ねた。

「愛人を囲っている夫をよく思わない妻。これなら目撃者として周りも認めるでしょう」

 実際、アランシアはそこまで嫌っていないのだろうが、周りからしてみれば筋書き通りの事を思うに違いない。

「……放蕩(ほうとう)していた不出来な息子が、どうやら我々の憂いを晴らしてくれたようだ」

 認めるように、いたわるように、国王は隣で涙を流す王妃の手を握りしめて言った。その様子に、ゼイヴァルが長い騒動がようやく終わりを告げたことを理解した。

「遺体はゾアが管理してあります」

 ぶっきらぼうに言いながら立ち上がるゼイヴァルを、国王は名前を呼んで引き止める。

「お前が大勢の女を連れてきた時はとうとう腐ってしまったかと心配したが……杞憂だったようだな。アランシアの事もまさか曖昧にしておくわけではないだろう?」

 その言葉にゼイヴァルは微苦笑をもらす。

「全部話すって言ったのに酷い場所へ連れて行った俺を、きっと怒ってます。だから、ちょっと機嫌を取りに」

「そうだな。お前にはもったいない方だから、せいぜい本当に嫌われないように」

 国王の忠告を受け止め、ゼイヴァルは今度こそ部屋を出た。廊下を歩き、妻のいる邸へ向かう。

 もし自分が死にかけていたら、彼女は泣いてくれるだろうか。それを知りたくて牢屋へ連れて行った。そして実際、彼女は泣いてくれた。自分の為に流す涙はとても綺麗で、女の涙に何の魅力も感じなかったゼイヴァルだが、なぜか彼女には惹かれる。

 その表情をもっと見たくて、もっと泣かせたくて──些か調子に乗りすぎたが。

 思わず苦笑してしまう。

 渡り廊下を歩いていると、ゆるやかな風が頬を撫でた。風に誘われて視線を動かすと、庭の隅にある林檎の木の下に、会いに行こうとしていた妻がいた。

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