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欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
七 狂気の理由
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1

 ラリアが倒れたと聞いて、ゼイヴァルは彼女の部屋へと向かった。

 そのため、アランシアは手紙の入った箱を抱えて部屋に戻って来ていた。

 ラリアが倒れたのは可哀想だ。だが、やはりゼイヴァルが真っ先に向かったというのが胸につかえる。

 素直に納得できない。

 ラリアがゼイヴァルの兄であるリアドゥードの恋人という事はわかった。だが、ゼイヴァルはラリアをどう思っているのだろう。

 アランシアは自室の椅子に座りながらため息をつく。

 すると、コンコンと軽いノック音が響いた。

「姫様、ポーラでございます」

「どうぞ入って」

 ティーセットとお菓子を乗せたワゴンを引いたポーラが、すぐに部屋へ入ってきた。

「さあさ、姫様の大好きな紅茶ですよ」

 香りの良い紅茶は、味覚がわからないアランシアでも楽しめる飲み物だ。

 可愛らしい花のティーカップに注がれた紅茶を、ポーラから受け取る。

「……良い香り」

 紅茶の甘い香りがふわりと鼻を掠める。このかぐわしい香りだけで癒される。

 ほっと息をつきながら紅茶に口をつけ、すぐに飲み干してポーラに渡す。

 意外と喉が乾いていたようだ。

「少なくしないでポーラ」

 たくさんついでと頼むが、ポーラは首を横に振る。

「いけませんよ姫様。たくさんついでは香りがすぐに飛んでしまいます」

 そう言いながら少量を注いだ紅茶を渡される。

 ポーラの機嫌が悪いようだ。いつもなら「姫様ったら」と甘やかしてくれるはずなのに。

「……何かあったの?」

 紅茶を飲みほして、尋ねる。

 ポットから紅茶を注ぎながら、ポーラは大きなため息をついた。

「どうもこうもないですよ。サボリ続けたローテスの居場所がようやくわかったというだけです」

 注いでもらった紅茶に口をつけながら、アランシアは首を傾げた。

「どこにいたの?」

「調理場です」

「……調理場?」

 なぜそんな所に、と呆れた呟きをもらすと、ポーラが全力で何度も頷いた。

「調理人の一人をたぶらかして、毎日お酒や料理を食べてぐうたらな生活をしていたらしいです」

 あんなに連れて行ってと頼むから叶えたのに、何をしているのやら。アランシアも大きなため息をついた。

「それで、今ローテスは何をしてるの?」

「先ほど、姫様に申し開きが立たないと喚き泣き、せめてお好きな紅茶だけども煎れさせてほしい、と」

 そう、と呟いてまた紅茶を飲む。

 ティーカップの中の紅茶を飲み干して、息を吐く。

「ちょっと様子見に行こうかしら」

 そう言いながら立ち上がった──刹那、急に酷い目眩に襲われる。視界が歪んで、慌てて足を踏ん張ろうとするが、耐えきれず、床に倒れる。倒れる時に手が当たったのか、置かれていた茶器が床に落ち、音を立てて割れた。

「姫様!?」

 ポーラの、何度も自分を呼ぶ声が聞こえたが、声が出ない。息苦しい。

 毒を盛られた、と瞬時に理解した。

 大丈夫よ。そう言って、今にも泣きそうな彼女を安心させたかったが、意識がどんどん薄れていく。

 暗闇の中に意識を引きずりこまれる時、アランシアはただひたすら“彼”に会いたいと願った。──愛人を山ほど抱えた自分の夫に。


    ***


 誰かの話し声が聞こえた。小声でよくわからないが、男の声だ。

 何かを指示している。

 頭の中が覚醒していくのを感じる。それでも重い瞼を開けれずにいると、誰かの手が自分の頬を滑った。

「アラン」

 知っている声に誘われてゆっくりと瞼を持ち上げて、涙が流れた。

 ベッドに腰掛けてこちらを見下ろすゼイヴァルは、安堵した笑みを零す。

「気分は?」

「……良いわ」

 本当は体中が痺れていて、舌すら思うまま動かない。

 だが、尋ねるゼイヴァルこそ顔色が悪かった。目の下に隈をつくって、精悍なはずの顔が儚く見える。

 勝手に震える重たい手をゆっくり動かし、彼の頬を撫でる。

「あなたの、方こそ酷い顔よ。せっかくの顔が、台無しね」

 舌が上手く動かない事に苛立つ。震える手が忌々しい。

 ままならない自分の体に不快感を覚えていると、頬に添えていた手をゼイヴァルに掴まれた。

「まだ手が震えてるよ」

「……わたし、何時間寝てたの?」

「何時間じゃない。君は三日も目を覚まさなかったんだ」

「……三日」

 愕然とする。

 まさかそこまでの物を盛られたとは。確実にアランシアの息の根を止めたかったのだろう。

 もしかしたら三日間、自分は生死をさ迷っていたのかもしれない。

 こちらを見下ろすゼイヴァルの顔へ視線を向けて、青ざめた顔の理由を見つけた。

「……ねえ。もしかして三日間、私の側にいてくれたの?」

 だから寝不足で隈ができているの?

 続く言葉は口にしなかった。彼には伝わるだろう事を確信していたのだ。

「当たり前だよ。君は、妻だ」

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