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「あなたの噂を聞いて……。気になったの」
「ああ、なるほど。あの騒がしい方達からですね」
ゼイヴァルの数多くいる愛人達のことだろう。騒がしい方達、とわざわざ嫌みを入れたくなるような輩は彼女達しかいない。本当にゼイヴァルはその辺の趣味がおかしいとアランシアは思う。
「彼女達からしたら私もあなたも面白くないのよ」
正妃のアランシアと、寵姫のラリア。どちらも得られない者からすれば悔しいのだろう。確かに好いた男の妻になれないのは悔しいことだが、愛人達はただ大国の次期王妃という地位が欲しいだけ。同情の余地もない。そんな女を集めて残しておいて、ゼイヴァルはやっぱり変人だと改めて思っていると、目の前のラリアがくすりと笑った。
「……でも、私達は敵ではありませんから。言わば、守る者が同じ──同志ですものね」
にこやかに言われて、思わず口元が引きつった。気分の悪さにアランシアは嘲笑を浮かべてラリアへ冷めた一瞥を送る。
「冗談が好きなのね、あなたは」
苛ついた感情のまま言葉をぶつけると、ラリアは驚いたように目を見開き──固まってしまった。アランシアがなぜ怒ったのかわからない、と言うように。
「寵姫だなんて馬鹿馬鹿しい噂は信じたくなかったけれど、あなたの話を聞く限り、事実だわ」
もしかしたら愛人達が騒ぐだけで、勘違いかもしれない。そう思っていたのに、ティーセットやテーブルも家具も、愛人の物とは思えないくらい高価だ。恐らくはゼイヴァルが送ったのだろう。
その情景を考えようとして──やめた。考えたくない。
アランシアは出された紅茶を飲み、立ち上がる。
「お茶をありがとう。楽しかったわ、ラリア」
にっこり微笑んで、思考が停止したままのラリアに背を向けて部屋を後にした。
私達は敵ではない。同志。──先程会ったばかりのラリアの顔が、声が脳内に映し出され、アランシアは唇を噛み締める。
部屋に帰るとポーラが顔を真っ青にして待っていた。他の侍女達からラリアの所へ行ったのを聞いたのだろう。
「お早いですね、姫様。寵姫はいかがでした?」
両手を握りしめて恐る恐る尋ねるポーラに、アランシアは微笑む。
「どうって事ないわ。一言二言話して、帰ってきたの」
時間にすればほんの少し。だが、アランシアの精神的には全く少しではなかった。
「調度品とかも高価で、愛人の立場でこんなに揃えれるものかしらって疑問だったけど、問題ないわ」
「何が問題ないんですか! 問題ありですよ! 今すぐ王太子様の所へ行って抗議して下さい!」
ポーラが顔色を青から赤に変えて叫ぶが、アランシアはそれを無視して寝台に倒れ込む。平素とは違うその様子に、ポーラが声色を落として尋ねてきた。
「……お具合でも悪いのですか?」
「……いいえ。……少し、疲れただけよ」
酷く眠たい。動きたくない。何も考えたくない。アランシアの中で何もかもを拒絶する。
ただひたすら、静寂が欲しい。何も考える必要もなく、ゆっくりとしたい。
「何か飲み物をとってまいります」
アランシアの意志を察したのか、それとも本当に飲み物を取りに行くのかは不明だが、ポーラは静かに部屋を出て行った。
「え?」
ポーラの言葉がうまく飲み込めなくて、思わず聞き返した。
ポーラは俯いてもう一度言葉を繰り返した。
「ラリア様がぜひ姫様とお茶をしたいとおっしゃられて、三階のテラスでお待ちです」
この離宮にある三階には行った事はないが、小さな庭園になっているらしく、花や木で彩られている。そこにある純白のテラスはまさにおとぎ話のような景観で、アランシアもポーラにそれを聞いてから行ってみたい場所だった。
「テラスは素敵だけど……ラリアがなぜ?」
「詳しい理由はおっしゃいませんでした。ただ姫様の誤解を解きたい、とだけ」
「……へえ。誤解を解く、ねえ?」
アランシアの感情と共にぐっと声音が低くなる。
何の誤解を解くというのだろうか。これだけ妃としての誇りを傷つけられているのに。
別にゼイヴァルの寵姫だからって嫉妬をしているわけではない、と言い訳がましく自分に言い聞かせる。
「いいわ。解くようなものがあるなら聞いてみたいもの」
ポーラを伴ってさっそくテラスへ向かう。ラリアなりの言い分を聞くだけ聞いてみて、それでアランシアが納得できるようであればそれも面白いだろう。ストレスの軽減にもなる。
部屋を出た奥の階段を上り、いくつもある扉の中でもひときわ大きなドアノブを捻って開けた。
瞬間、飛び込んできた太陽の眩しさで目を細める。
徐々に慣らしながらゆっくりと目を開き、普段のアランシアなら絶景と喜ぶ庭を一瞥し、白いテラスに座るラリアを見つけた。
「私達、先ほど会ったばかりではなかったかしら?」
可愛らしいティーカップで紅茶を飲むラリアに声をかける。彼女はアランシアの方へ視線を向け、子犬のように眉尻を下げた。
「きちんとお話したかったのです」
お座りになって、と向かいの席を進められ、大人しく従った。
正面からラリアを見て、彼女の使うティーセットに描かれた花が、ヒヤシンスだと言うことに今ごろ気づく。
「……あなた、手紙のヒヤシンスね」




