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欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
五 寵妃の娘
24/48

5

卑猥警報!

 重なった唇はお互い冷たくて、まるで熱を求めるかのように舌を絡める。

 ぐ、と頭に腕を添えて引き寄せられる。

 耳に彼の吐息がかかり、肩をすくませた拍子に甘噛みされた。

「や……っ」

 わずかに抵抗するアランシアの腕は捕まれ、むき出しになった肩にゼイヴァルの顔が埋まる。なんとかこの状況から逃げたくて、彼の頭を手でどけようとするが、びくともしない。

 肩に吸い付かれて、ぞくりと体が震えた。

「もう、やめ……っ」

 抗議の言葉を唇でふさがれる。

 体が熱い。冷え切っていたはずのお互いの体が燃えるように熱い。

 唇が離れたと思ったら至近距離で見つめられ、顔についた水滴を彼の指が拭ってくれた。

 すぐにまた近づいて、唇を掠めた。何度かそうやってじらされて、それまで抵抗していたはずの自分の手が、ねだるように彼の服を掴む。

 ご褒美とばかりに降ってきた口づけに、アランシアはもう逆らえなかった。

 この狡猾で野蛮な獣に喰われてしまう。──だけど、アランシアもそれを望んでいた。


    ***


 にこにこ、というには口元が緩みすぎている。なんだか心底腹が立つ笑みを浮かべるゼイヴァルを、アランシアは睨みつける。

「……むかつく顔ね。殴りたくなるわ」 

 ぐっしょり濡れたドレスや髪から、ぽたぽたと雫が垂れる。王太子である夫妻がこんな惨めな姿でいて良いわけがない。

 鮮やかな赤いドレスは水を含んで深い紅色(べにいろ)となって体に張り付く。大きな噴水を出ながら人がいなかったか周りを確認した。

 少し、肌寒い。

「だいたいね、こんな辱めをして、どういうつもりなのよ」

「辱めも何も、君が誘うからいけないんだよ」

「誘ってないわ!」

 ゼイヴァルも噴水から出てきて、水を含んだシャツを絞っている。

 衣服を整えながら濡れた髪をかき上げる仕草に少しだけみとれてしまうが、こちらへ近寄ってきたので再び睨む。

「あんな熱烈に靴を投げてきたじゃないか」

「熱烈!? どこが熱烈なのよ!」

「そのまま逃げるから、捕まえなきゃと思ったんだ」

「……なにそれ」

 もしかして、彼には靴を投げつけてはいけなかっただろうか。もちろん、はしたない事なのは重々承知しているが、激怒のまま投げた靴が熱烈な求愛に思えるなら態度を改めなくては再び今回みたいな事になる。

「それに、君だって嫌なら逃げれば良かったじゃないか」

「それは……っ」

 確かにゼイヴァルは腕を抑えつけたり捕まれたりはしたが、そこまで力は入っていなかった。

「……やっぱり君は変わってる」

「変わってない!」

 苛立ちながら怒鳴るとゼイヴァルは黙り込んだ。じっとこちらを見て、少し遅れて言葉を発する。

「情事の後にここまで元気な女性は初めてだよ」

「じょ、うじって……!」

 真っ赤になりながら口ごもる。先程、噴水の中で二人は口づけだけでは終わらなかった。

 そのまま勢いで最後まで夫婦でも情事を行った。衣服は脱いだわけではないし、こんな薄暗い奥の噴水にわざわざ客人は来ないだろう。

 だが、さすがにはしたないと言う言葉では足りないほど愚かな行いだ。

 雰囲気に呑まれた自分を罵り、先程まで自分達が行っていた事を思い出して赤面する。

 しかし、そんなアランシアをよそに、にやけた顔をいつまでも続けているゼイヴァルが、本当に憎らしい。

「この変態! たらし! 馬鹿! はげ!」

「いやいや、はげてないよ?」

 真面目に言葉を返されて、更に頭に血がのぼる。

 踵を返してずんずん歩いていくと、すぐにゼイヴァルが呼び止める。

「まだ何かご用?」

 惨めすぎる自分に苛立つ。振り返らずに足だけ止めて不機嫌なまま尋ねると、さらりと肩を撫でる手の感触がした。

「肩紐が落ちているよ、アラン」

 低い声が耳元で囁く。

 落ちた肩紐を彼の指がすくい上げて定位置に戻す。

「ありが……」

 礼を言おうとした刹那、首元に口づけされて言葉が喉の奥へ引っ込む。

「あれ、静かになったね」

 耳に息を吹き込むように言葉を発する彼は余裕が見えて、振り返って思い切り睨みつけた。

「あなたなんて大嫌い」

 余裕しか見えない彼の態度に苛ついて暴言を吐くが、ゼイヴァルはにこりと笑うだけだ。

「……今日はもう部屋に戻って休むといい」

 顔へいまだに滴り落ちる雫を苛立ちにまかせて乱暴に拭うと、苦笑したゼイヴァルが優しい手つきで拭った。

「おやすみ、アラン」

 優しい声音で言われ、おやすみの口づけをされた。そのまま去っていくゼイヴァルの背中を見つめる。こんなにも誰かに心を乱されるのは初めてだ。

 先ほどの怒りもすっかり鳴りを潜め、胸が強くどくどくと脈打つのを感じる。

 彼に対する想いは、本当に悔しさだけだろうか。

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