表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
五 寵妃の娘
22/48

3

   ***


 ドタバタと、朝から騒々しい音が響く。まだ寝ていたいアランシアはうめき声をあげながら体を起こした。

「アランシア様! アランシア様!」

「……朝から何なのよ、ポーラ」

 部屋に入ってきたポーラは満面の笑顔を浮かべながらテーブルに長方形の白い箱を置く。

「ゼイヴァル様から贈り物です!」

「……殿下から?」

 薄手の夜着の上からローブを羽織る。のそのそと重い足取りでテーブルまで近寄り、箱を開けた。

「…………」

 中には真っ赤なドレスが入っていた。体の線がよく出そうな、夜会ドレス。

「あの愛人達にドレスを破られたのを覚えて下さってたのですね!」

 呆然とドレスを見つめるアランシアに対して、ポーラが飛び跳ねそうな勢いで喜んでいる。すると、ドアがノックされ、その音に気づいていないポーラの代わりにアランシアがドアへ向かった。

 ドアノブを回して扉を開けて──すぐに閉めた。

 デジャヴが起こった気がする。

「……何のご用かしら」

 扉向こうにいた夫に、アランシアは尋ねた。

「ドアは開けてくれないんだ?」

 今、あなたの顔は見たくない。そう言いたいのをアランシアはぐっとこらえ──きれなかった。

「約束破りのあなたの顔なんて見たくない。気分が悪くなるだけだわ。むしろ、それが目的で来たのではなくて?」

 どうやら自分は一度吐き出すと皮肉が止まらない悪癖持ちらしい。

 こんなに怒りを覚えた事がないアランシアだが、この国に来て質の悪い悪癖を発見してしまった。

「……どうしたら許してくれる?」

 扉の向こうから聞こえる声はとても申し訳なさそうな、捨てられた子犬を連想させるもので、心が揺れた。

──ほら、また簡単に動く。

 そんな風に言わないでほしい。節操がなくて、無神経で、失望ばかりさせるあなたを、嫌わせてほしい。──私を迷わせないで。

「あなたに何を考えているか、どんな事情があるかなんて、私にはどうでもいいの。だから、無干渉でいることを約束するから、あなたも私にかまわないで」

 仮初めの夫婦の関係から何かを生み出す事はできない。慰めもいらない。同情もいらない。中途半端な気持ちで近寄ってきても、こちらが傷つくだけなのだから。

「それは、今後君に一切関わるな、という事?」

「……そうよ。あなたに想う人ができたら私は離れにでも住むわ」

「本気?」

「ええ、本気」

「……チャンスをくれないだろうか」

 なぜこの男は、そこまでくいつくのだろうか。

 もうこれ以上自分を乱されたくない。たとえ政略結婚でも、夫が他の女の所へ行くのは気分が悪い。

「チャンスなんて必要ないでしょ? 何も変わらない。チャンスを上げたら他の女の所へ行かないというの?」

「……なあ、それってもしかして嫉妬?」

 瞬間、一気に体温が上がる。ドアを思い切り殴りつけて、怒鳴った。

「馬鹿な事言わないで! 偽物の夫でも、あなたが他の女の所へ行くと私まで嫌な噂が立つからよ!」

 確かに先ほどの言い方は嫉妬に似たものだ。だが、あくまで祖国の王女として、この国の次期王位継承者の妻として、問題は避けたいだけだ。決して嫉妬などと、そんな感情を持てるほどこの男に入れ子んでいるわけではない。

「あなたには山ほど女がいるじゃない。私に構わずそちらに行けばいいわ」

 だからもう顔を見せるな、話しかけるな、夜伽へ呼ぶな。

 アランシアが提案していると、ドア越しの彼がため息をついたのがわかった。そうして返答を待っていると、下のドアの隙間から何やら手紙を入れてきた。

 そのまま遠ざかっていく足音に、アランシアの中で何かが切れる音がした。

「返事を言わないで去るって、どういう神経してるのよ、あの男は!!」

 手紙は、ありきたりな『親愛なるアランシア・ローズ様』から始まった。

 先日のお詫びに、以前から計画していた王太子妃の御披露目会──舞踏会を行う、という内容だ。もちろん主賓であるアランシアは欠席など許されない。

 手紙には、あなたにあうドレスを選びました、という彼の言葉。

 振り返って、ポーラが丁寧に抱える真っ赤なドレスをアランシアは見つめた。

 あの人が自ら選んだドレス?

 ドレスが入っていた箱は、よく見ると一流デザイナーのサインが入っていて、デザイナーのオリジナルドレスだという事がわかる。

 用意してくれたドレスも、舞踏会も、全てアランシアの為だ。こんなご機嫌とりに惑わされるな。

 綺麗なドレスも、有名な一流デザイナーも、何もかもがアランシアのご機嫌とりだ。

 ポーラと一緒にはしゃぎそうになる自分を必死に理性で押さえ込む。

「姫様の夫君は太っ腹ですね!」

 ……ポーラみたいに簡単に騙されると思ったら大間違いだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ