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ちっぽけなアラン。
アランシアの双子の姉であるエスティランサがかつてそう呼んでいた。
生まれた時から将来を期待される顔を持った双子だが、妹のアランシアはおしとやかとはお世辞にも言えない性格だった。
ドレスを着たら庭を駆け回ってボロボロにしたり泥まみれにする。喧嘩も当たり前で、まだ立つことすら叶わない妹に悪戯をしたり、父親を蹴ったり殴ったり。
その点、姉は器用だった。幼少期からそつなくドレスを着こなし、読書をし、茶を楽しむ。
まだほんの幼い時に熱を出し、それ以降は味覚がわからなくなってしまったアランシアにはお茶会など楽しいはずもなく、それを乳母や母親に当たっていた時期もある。
「……アランったら、またそんなネズミみたいに薄汚れたりして。恥ずかしいわね」
姉は口を開けば皮肉ばかり。客人や臣下達には「せっかくの端正な顔が台無しだ。勿体無い」と言われ続けた幼少期。
窮屈なドレスも、訳のわからないダンスもお茶会も大嫌い。動きやすい服と、好きに走り回る事さえ出来れば幸せなのに。
そう思って過ごしていたある日。──姉のエスティランサが死んだ。
医者も匙を投げた流行り病で、最後の彼女の様子は今でも記憶に根強く残るほどに壮絶だった。
「なんで貴女じゃなくて私なの!」
痩せこけて以前の姿とはかけ離れたエスティランサはアランシアが見舞いに来る度に叫んだ。──そんな日々の後、彼女は無念だけを残して短い人生が散った。エスティランサはまだ四歳だった。
そして、姉が死んで、両親の様子が目に見えて変わった。やつれていく両親を見て、今までのようではいけないと思ったのだ。
台無しと言われないような所作も知識もつけた。今まで気を使わなかった肌の手入れや、味のわからないお茶会にも出て、今まで出たことのない舞踏会にも積極的に参加した。
その努力のおかげか、一年後には美姫として異国に噂されるようになり、両親も調子を取り戻した。
兄弟喧嘩や父親への蹴りなどのじゃじゃ馬ぶりは変わらないが、どこに出ても恥ずかしくない王女となった。──それなのに。
容姿も所作も、何の問題もないはずなのに。努力して手に入れたのに、なぜあの男の心は手に入らないのか。なぜここまで屈辱を受けなくてはならないのか。
アランシアは重たい瞼を上げながら、起床した。
「……ティランサってば記憶でも夢でも私のこと、馬鹿にするんだから」
自分よりも、もっと王女として優れていた姉の事を考えて、息を吐く。肌寒さに肌をさすりながら、アランシアは扉に向かって声をかけた。
「どなたかいる?」
通常は扉の向こうに兵士が立っている。ポーラが起きていれば彼女もいるだろう。そう思って声をかけると、すぐに扉が開いた。
「どうかされましたか」
ガチャリとドアが開いて顔をのぞかせたのは、見知らぬ女だった。
「ポーラはどうしたの?」
「今はいらっしゃいません」
そばかすの散った顔は人形のように無機質だ。感情などないのではないかと思うほど冷たい表情をした女は、端的に答える。
「ローテスは?」
「どこにいるか存じません」
「……そう」
どうして誰もいないのか。
侍女にと連れてきたローテスと名乗ったあの娘も、一度しか顔を見せていない。どこで何をしているのやら。
「わかったわ。……喉が乾いたわ。水を」
「すぐお持ちいたします」
パタン、としまったドアを眺め、アランシアはため息をついた。
やることもなく、ひとまず寝台から起き上がる。ゼイヴァルを問い詰めて、吐いた言葉を聞いてふて寝して……今は夕方頃だろうか。
そんな事を思っていると、ノックされた。
「どうぞ」
ドアを開けて入ってきたのは先ほどの女。水差しでコップに水を入れ、差し出してきた。アランシアは無言でそれを受け取り、喉を潤す。
「王太子様からお手紙です」
「ゼイヴァル様から?」
す、と差し出された手紙を開いて読んでみると、夕食の誘いだった。先ほどの事に対する妻のご機嫌取りだろう。
「どうされますか」
「お受けします、と伝えて」
はい、と短く返事をした女はすぐに部屋を出て行った。その後すぐにポーラが部屋に入ってきた。
「ポーラ、どこにいっていたの?」
「申し訳ございません。ローテスを探しておりました」
「ローテスを?」
話しながらもポーラに着替えを手伝ってもらう。夜会用のドレスはなくなったが、華美でないものならまだ数着ある。
「あの娘ったらきちんと仕事しないのですよ! 一度叱りつけねばなりません」
再びフグのように頬をふくらますポーラに、小さく笑った。
やはり、ポーラと話すと気分が落ち着く。名ばかりの夫との関係にストレスを感じながら、アランシアは笑顔を作った。
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