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 沸々とわき上がる怒りにまかせて言葉を発すると、一瞬愛人達は怯んだがすぐに嘲笑を浮かべた。

「あれ、あなたの国からの贈り物なんですって? 派手でセンスのない赤のとか。一国の王太子の妻があんなもの身につけてたら可哀想だから私達……」

 最後までは言わせなかった。乾いた音が響いて、やけに周りが静まった。

 可哀想? アランシアの為を思った親切心だと言うのか。

 ベラベラと語っていた女を容赦ない力で平手打ちすると、不意をつかれたようで、思い切り横へ倒れた。一人をそうして排除し、呆然とこちらを見つめてくる近くの愛人の胸ぐらを掴み、そのまま乱暴に壁へ投げてやる。

 ガチャン、と壁に立てかけられていた花瓶が落ちて、派手に割れた音が響く。

「な、なにするのよッ!!」

 呆然と見ていた愛人の一人が叫んだその言葉を合図に、それまで沈黙していた愛人達が一斉に飛びかかってきた。

 多勢に無勢で、一気に不利になる。あちこちから髪を引っ張られ、靴で叩かれ、引っかかれ──それでも祖国で自由に姉妹達と喧嘩を繰り広げていたアランシアも負けまいと拳を握る。

 数で負けているのだから、こちらは容赦なく喧嘩で培われた拳と蹴りをお見舞いする。

 大切なものを土足で汚されて黙っていられるほど、アランシアは寛容ではなかった。


    ***


 その日の昼。王宮中に驚くべきニュースが広がった。王太子が囲う愛人達と王太子妃が大乱闘を起こしたと言う。

 その報告を政務室でゾアに受けたゼイヴァルは思わず目を丸くさせた。

 朝まで一緒だった自分の妻と、愛人が何故か喧嘩をした。理由は色々ありすぎてよくわからないが、一体なぜ急に。

「あの、様子を見に行かれてはいかがですか」

 ゾアがアランシアの事を気に入っているのは見ていてわかった。彼女とゼイヴァルの仲を取り持とうとしているのも。

「なぜ見に行かなくてはいけない」

「ケガもしているようですし、仕事の息抜きにもなるのではないかと……」

「ケガ? ケガをするほど大きな喧嘩だったのか?」

 言い争いだろうと高をくくっていたので、ケガと聞いて驚いた。

「はい。どちらも手当てが必要なほどのものだそうです」

 机に乗った書類にペンを走らせながらそれを聞き、やがて区切りの良いところでペンを置く。

「……息抜きにでも行こうかな」

 見舞いとは言えず、ゾアの提案に乗っかる。

 あの綺麗な妻が、今どんな様子か純粋に気になった。

 昨夜の彼女をゼイヴァルは脳内で映し出す。暗い部屋。涼やかに流れる風。そんな中で組み敷く彼女はシーツにも劣らないきめ細かい白さを持った肌を持っていた。

──いや、待って。……お願い。

 月の光だけで照らされた彼女は、妖しい程に美しかった。そんな顔で待ってと言われても、待てる男などいないだろう。

 涙を浮かべて苦しげに眉を寄せた彼女は、とても扇情的だった。

 こんなにも閨で夢中になった事はない。そう自覚できるほど、ゼイヴァルは彼女の肌に溺れた。まだ十代で女を覚え始めた頃のように終わりも早くてあっけなく、それなりに経験をしているはずなのに、どうしてこんなに、と自分を情けなく思っていた。

 その、妻が怪我をしていると言う。気にならないはずはない。


    ***


 ポーラが告げた来客の名前に、思わず背筋を正した。

 まさか、なんで来たの? そんな思いの中、ベッドで上半身を起こした状態のままでいると、すぐに来客であるゼイヴァルが入ってきた。

「どうして……」

 思わず声が漏れて、慌てて口を塞ぐ。それから立ち上がろうとして、しかしそれをゼイヴァルは軽く手で制した。

「ああ、そのままで構わないよ。……いやね、政務の息抜きに奥さんの様子が見たくなってさ」

 にこやかな笑顔でそう言われ、沈み込んだ気持ちが少しだけ浮上する。

「それにしても、君って結構タフなの?」

「え?」

「だって他の子はみんな君よりカラフルな痣だったよ。俺に見られるのも嫌がるほどボコボコだった」

 自分の愛人がボコボコにされたと言うのに彼は面白そうに笑っている。怪訝な顔で首を傾げると、更に話を続けた。

「しかも数は向こうの方が圧倒的に多いのに、君はひっかき傷くらいだし」

「……カラフルな痣じゃなくて残念でした?」

 元はと言えばあんたが愛人なんて作ってるからでしょ! と言う皮肉はとりあえず出さず、にっこり微笑んでみせた。この笑顔で十分嫌みになるだろう。

 しかし彼はベッド近くの椅子に腰掛け、アランシアの頬に手を伸ばして優しい手つきで撫でた。

「ひっかき傷程度ですんで良かった。……すまない」

 酷く真剣な声音で謝られて、思わず怯む。

 こちらを真っ直ぐ見つめる真摯な瞳も、心から詫びているように思える。もっと軽薄な態度を取るかと思っていたのに。──だからだろうか。

 アランシアは自然と笑みが零れ、頬に添えられた彼の手に自分の手を重ねる。

「……祖国は兄弟喧嘩が日常茶飯事で、怪力の妹とかと殴り合いになる事もあったので、慣れているんです」

 ただの気まぐれ。少しこの真摯な態度にほだされただけだ。そう判断してアランシアが謝罪を受け入れる態度を取ると、彼は頬から手を離す。

「怖い兄弟だ。俺も君と喧嘩する時は気をつけるよ」

 そう言って屈託なく笑うゼイヴァルの笑顔に、一瞬胸がざわついた。

 じんわりと胸が温かくなって、体温が僅かに上昇する。

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